『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女』が、1月30日に劇場公開される。
ガンダムシリーズの生みの親、富野由悠季が1989〜1990年に発表した小説を映像化した全3章の第2章となる本作は、『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』から12年後の宇宙世紀を舞台に、腐敗した地球連邦政府に反旗を翻す青年ハサウェイ・ノアの戦いを描く物語だ。
第1章で強烈な印象を残したのが、不思議な力を示す少女ギギ・アンダルシア。何でも見通すような予知に近い優れた洞察力と、等身大の少女としての脆さを併せ持つ彼女は、物語全体を動かすキーパーソンでもある。
そんなギギを演じるのは、声優の上田麗奈。第2章ではハサウェイと離れた場所にいる状態で物語が進行し、ギギ自身の内面がより深く描かれることになるが、ミステリアスで多面的な印象のキャラクターを、彼女はどのように解釈し、演じているのだろうか。
上田が考える作品やギギの魅力、「ヒールを履くように」と語るギギの演じかた、第2章を通して感じた「ギギらしさ」についての考察まで、じっくりと話を聞いた。
第2章は「青春の物語」。上田が感じたハサウェイへの印象の変化
―全3章の第2章ということで、物語のテイストも変わった印象を受けました。上田さんが最初に小説や台本を読んだとき、本作の物語をどう受け止めましたか?
上田:一言で言うと「すごく青春の物語になっているなぁ」という印象を受けました。ハサウェイとギギが離れている状態で物語が進んでいくんですが、それぞれに悩み、葛藤、ドラマがあって、この一つひとつに「若い輝き」みたいなものをすごく感じました。
大人になってからも共感できるような部分もたくさんあって、トレンディードラマを見ているようなシーンもありました。
上田麗奈
1994年1月17日生まれ。富山県出身。『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』シリーズでギギ・アンダルシア役を演じるほか、近年では『チェンソーマン レゼ篇』レゼ役や『鬼滅の刃』栗花落カナヲ役などを務める。
―ハサウェイやギギなど、キャラクターの印象に変化はありましたか?
上田:第1章よりも第2章のハサウェイの方が、より具体的でタイムリーなことに悩んでいる感じがしました。
第1章の時はもう少し、何に悩んでいるか、自分がどう傷ついたか、ハサウェイ本人にもわからない感じがあって。全体的に、「もや」がかかったキャラクターに見えていたので、その部分の印象が変わりました。
逆に、ギギに関しては、第1章の時の漠然とした“もや”がかかっているような雰囲気が引き継がれていて、第2部の方が、第1章のハサウェイに近いものをギギから感じたのが印象的でしたね。
上田が演じるギギ・アンダルシア
「ハサウェイと出会って変化が生まれ、より普通の女の子としての部分が見えてきた」
―第2章まで演じられて、上田さん個人としてギギの魅力はどこに感じていますか?
上田:何でも見通したり、相手を手のひらの上で転がしたりするような万能感がありつつ、等身大の少女としての部分を持ち合わせている、絶妙なバランス感に魅力を感じています。
今回、第2章まで収録してみて感じたのは、いろんな諦めを経て第1章のギギが仕上がっていたところに、ハサウェイと出会って変化が生まれ、より普通の女の子としての部分が見えてきたということです。
上田:小野さん(ハサウェイ役の小野賢章)が「ふつうの恋がしたかったのかなぁ」ってポロッとおっしゃったんです。
―「ふつうの恋」ですか。
上田:私は演じている時は、ギギは自分の生き方に対して一度立ち止まって「自分がやりたいことをやれる道を選ぶために必要な人は誰なの?」と考えているような感覚でお芝居していたんですよ。なので、それが恋に繋がっている感覚はなくて……。
でも小野さんの言葉を聞いて初めて、「あ、もしかしてギギにとってこれは恋だったのかも」って思ったんです。それがすごく衝撃的で、もしかしたら私と同じようにギギ自身も、自分の気持ちが恋だと気づいていなかったのかもしれないと感じました。
自分の言った言葉や直感で出たものに、後から答えを得るという意味で、ここにもギギらしさがあるというか。自覚して悩むんじゃなくて、出てきたもので現実を見抜いてしまう……。
―ギギの悩み方はハサウェイとは全然違うと。
上田:そうなんです。分かりやすく葛藤を見せてくれるハサウェイとその感覚もあるのかどうか分からないぐらいのラインで一人で解決していってしまう感じのギギと、すごく違いが感じられる第2章だったのが魅力ですね。
『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女』本予告
「ヒールを履いて人の上に立って、気づかないように相手を踏みつけていくようなイメージでした」
―ギギを演じる上で工夫していることはありますか?
上田: 「つねに上に立つ」というか。ヒールを履いて人の上に立って、相手を踏みつけていくようなイメージで演じていました。
でも、第2章ではそれが変わった感じもあります。メイスさん(第1章でハウンゼン356便のCAだった)とのシーンはヒールを履くような感覚があったんですけど、ケネスとの会話は、出会った時よりももうちょっとヒールを脱いで、裸足になって感触を確かめながら歩いている感じで、「人と触れ合っている」感覚が強いかなと。
―「ヒール」という比喩がとてもわかりやすいです。
上田:「自分の人生の中に、ほかの人が入ってきた」感じがありました。
「自由にやったテイクで『これがギギだね』と決まったこともありました」
―今回、かなりセリフにパターンを収録する形になったと思いますが、ディレクションについて教えてください。
上田:どのシーンがどういったディレクションだったかを細かく覚えられていないぐらいディレクションをしていただきました。村瀬修功監督のビジョンに近づくように、とにかく収録で一つひとつ答えていく気持ちでした。自分が想像していたプランとは全然違うものになったなぁというのを覚えています。
―最終的にはどのように決まっていったのでしょう?
上田:その時々ですが、みんなでいろんなパターンを出した後にどれをOKテイクにするか悩んで、最後に「上田さんが自由にやってみてください」と言われて、自由にやったテイクで「これがギギだね」って決まったこともありました。
―上田さんが当初考えていたプランはどのようなものだったのでしょうか?
上田:私が想像していたのは、ベースとしてもっと感情が見えやすく、前のセリフと意味が繋がりやすい演技でした。ポジティブな気持ちとか、ケネスに対しての不満とか、そういうものがもう少し分かりやすく出てくるイメージだったんですけど、「もっと淡々と」ってディレクションをいただくことが多くて、何を考えているのかあまり表に出ない形になったと思います。
セリフとセリフが線で繋がるというよりは、全部が点のまま置かれていく。だから「内心がよくわからない人で、思考回路は読めない」という見え方になりました。
「ギギらしさ」とは? 上田が考えるギギの「核」の変化
―ギギは本当に多面的で、社会に翻弄されている面もあると思います。上田さんとしては、そんな彼女に変わらないもの、「核」のようなものがあると思いますか?
上田:生き方に関して言えば、ハサウェイと出会う前まではパトロンであるカーディアス・バウンデンウッデン伯爵のもとで生きていくことしかできないという諦めに落ち着いていたと思うんです。だから、自分に対してのある程度冷めた感じがベースにある。
でもギギは、ハサウェイみたいにすべてを自覚して理解しているタイプじゃなくて、直感的に行動しているんです。
そう考えると、第2章では、彼女の核みたいなものが震えるような、変化が描かれている気がします。社会のなかでどう諦めて生きていくかじゃなく、個人としてどう生きたいかっていうのを考えた結果、「若い時にしかできないことがあるんだ」って。
上田:どう転んでも誰かしらが隣にいるように行動しているところには、ギギらしさがあるのかなと思います。
―最後に、ギギの見せ場や、ファンへのおすすめポイントを教えてください。
上田:「アデュー! 私のパトロン」の部分ですね。己の道を決めるシーン、ギギが動き出すシーンは、すごくギギらしくて。このセリフの後にケネスの元に戻っていきますが、そこから第1章の元気な、自信を持っているギギに戻った感じがして。「あ、やっとギギに会えたなぁ」って。……そこにほっとしました。
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