アートは私たちの日常や都市空間に、どのような影響を与えるのだろうか?
この夏、日本最大級の都市型音楽フェスティバル『SUMMER SONIC』との連携により、多くの人々が行き交うエリアで、音楽とアートが交差する体験を創出するプロジェクト『MUSIC LOVES ART 2025』が、千葉と大阪の2か所で開催された。
掲げられたテーマは「転調の光景」。音楽祭と連動しながら、アートが都市空間や人々に「転調」を与え、新たな「光景」を立ち上げることを企図している。
千葉の幕張エリアでは、海浜幕張駅前広場、ショッピングモールのビジョン、幕張メッセ前の広場など、海浜幕張の街なかにアート作品が点在。
今回の記事では、『MUSIC LOVES ART 2025』参加アーティストで『東京2020パラリンピック』アイコニックポスターなども手がけた三人組デザインユニットGOO CHOKI PARと一緒に作品を見てまわる。
さらに、彼らの大型作品が設置されているお買い物チャンネルQVCジャパン本社ビル「QVCスクエア」にて、GOO CHOKI PARへのインタビューを実施。「すべてのプロジェクトに三人でたずさわる」という彼らに、今回の作品をはじめとするクリエイティブ制作の裏側を聞いた。

GOO CHOKI PAR
浅葉球(右)、飯高健人(中)、石井伶(左)の三人からなるデザインユニット。『東京2020パラリンピック』アイコニックポスターや、NHK大河ドラマ『どうする家康』タイトルロゴなどを手がけた。
インタラクティブ作品から巨大アートまで。GOO CHOKI PARが『MUSIC LOVES ART 2025』を鑑賞
まずはGOO CHOKI PARと幕張の街を巡り、『MUSIC LOVES ART 2025』参加作品を鑑賞。展示風景とともに、作品を見た彼らの言葉をお届けする。

海浜幕張駅南口駅前広場 GOO CHOKI PAR『Sound in Motion』


カメラの前に立った鑑賞者の動きに合わせて、画面のなかのダンサーがシンクロする。
飯高健人(以下、飯高):さっき歩行者のお兄さんが2人、カメラの前で踊ってくれていましたね。設営中にも子どもたちが来て作品を楽しんでくれました。日中も映像はハッキリ見えますが、夜はもっと目立つので、道行く人たちに注目してもらえているようで嬉しいです。
石井伶(以下、石井):機材やプログラムの技術が進化しているので、モーションキャプチャーの精度も高くなっています。すごく感度がいい。
浅葉球(以下、浅葉):鑑賞者にはガンガン踊ってほしいですね。インタラクティブな作品なので、踊ってもらうことで完成しますから。ダンスが得意じゃなくても楽しめると思います。僕も昔ちょっとだけヒップホップダンスをやっていたんですよ。
飯高:そうだったの?
石井:知らなかった。初耳なんだけど(笑)。
浅葉:その頃のダンサーとしての気持ちも少しだけ乗っかっています(笑)。
飯高:この作品はIE3の田中陽さんと一緒にアイデアを考え、プログラムとインスタレーションの実装も担当してもらっています。流れている音楽はアーティストの村井智さんにつくってもらったオリジナルの楽曲です。海浜幕張駅の駅前から、『SUMMER SONIC』の会場となるZOZOマリンスタジアムと幕張メッセまでの道のりで、街全体が踊っているような雰囲気をつくりたかったんです。

海浜幕張駅南口駅前広場 松本剛(GROUNDRIDDIM)『Resonant Materials』

金属や木材、竹、プラスチックなどでつくられた風鈴が吊り下げられており、自然の風と人工的な電子制御によって音が鳴る。

浅葉:この風鈴をかたどったオブジェ、電子制御されていますね。
石井:風が吹いたら自然と音が鳴るし、そうじゃなくても電動で音が出る仕組みなんだ。アーティストの松本剛さんは、普段は造形作家ではなく映像作家らしいですね。だからか、鑑賞体験に映像的なタイムラインを感じます。
飯高:夏らしいし、すごく音楽的な作品だと思いました。我々の作品も隣に設置させてもらっているので、相乗効果で駅前広場を盛り上げられたらうれしいです。


お買い物チャンネルQVCジャパン本社ビル GOO CHOKI PAR『Sound in Motion』

QVC ジャパン本社の窓に、GOO CHOKI PARによる10体のダンサーのグラフィックが並ぶ。
飯高:あらためて見ると、大きいですね。これほどのサイズの作品は初めて。駅前広場の映像と連動した平面作品になっています。

浅葉:踊りの動きを表現したダンサーのグラフィックが10体並んでいて、デジタルサイネージでも映像が流れています。
飯高:QVCジャパンさんから「この窓を使って作品を展示してほしい」というオーダーをいただきました。そこで、プリントしたグラフィックを窓の内側に掛けています。これほど平面的に整然と並んでいる大きな窓というのは珍しいので、踊りをテーマにした本作がうまくハマったと思います。
石井:躍動するそれぞれのダンサーを見上げながら歩道を歩いていくと、少しずつ全貌がつかめるようになっていきます。その一連の鑑賞プロセスが、『SUMMER SONIC』に向かう人たちの流れとシンクロするはずです。

幕張メッセ正面広場&階段 AUTOMOAI『UNTITLED』

巨大な人型の立体作品と、階段に描かれた大きな絵などで構成される。

飯高:立体作品のほうは風が当たって微振動していますね。背中の部分、いい曲線が出てるなぁ。
石井:脱力感あふれるポーズがいいですね。顔のパーツが描かれてないから、鑑賞者も感情移入しやすいんじゃないかな。
浅葉:ポーズや表情はもちろん、こんなに巨大な立体が街なかにあることの違和感がすごい。階段を活かした絵も大迫力ですね。線と色がシンプルだから、目に飛び込んでくる。

石井:大きい立体は僕らもつくりたいと思っています。先日、GOO CHOKI PARの個展で『帰ってきたサラリーマン』というソフビ人形のシリーズを展示しました。AUTOMOAIさんの作品を見ていると、僕らの人形もめちゃくちゃデカくして、どこかの街なかに展示したくなりますね。

グー、チョキ、パーで「あいこ」になる。リーダーのいない三人組は、どう作品をつくっている?
―『MUSIC LOVES ART 2025』を鑑賞してみて、いかがでしたか?
浅葉:各作家によってリズム感とか、そこに流れている空気感が違うから、見て回っていて楽しめました。
石井:作品から音楽が鳴っていたり、違和感があるほど巨大だったりして、高揚感がありましたね。
飯高:街なかでの展示自体はいろんなところで行われていると思うのですが、『SUMMER SONIC』という一大フェスティバルと連動していることが特色ですよね。エネルギッシュな音楽フェスに接続することで、より多くの人がアートに触れる機会になるんじゃないかな。

―2015年結成とのことですが、そもそもGOO CHOKI PARがどんな三人組なのか教えてください。
飯高:もともと、学生の頃からの友人なんです。浅葉と石井が桑沢デザイン研究所、僕が武蔵野美術大学でデザインを勉強していて。当時、学校の垣根を越えた合同展覧会があって、そこで知り合った横のつながりという感じ。
2008年に、その仲間たちと8人で「TYMOTE(ティモテ)」というチームを立ち上げました。グラフィックをベースに、映像や空間、サウンドデザインなど、さまざまなクリエイティブを制作するカンパニーです。結成から10年ほど経って、TYMOTEの解散を期に、主にグラフィックデザインを担当していた僕ら三人が独立するかたちになりました。
解散後にも継続するプロジェクトがあったり、新たなオーダーが来たりしていたので、はじめは三人の連名で活動していたんですが、徐々に仕事の幅が広がっていって。いろんな方にお声がけしてもらうようになったので、名前をつけてチームで活動していくことにしました。
―GOO CHOKI PARという名前、覚えやすいしキャッチーですよね。
石井:ネーミングはパッと浮かんで、すぐに決まりましたね。いちおう浅葉がグー、飯高がチョキ、石井がパーを担当していて、特にリーダーはいません。決めたときは考えてなかったけど、よく「三人揃うとあいこだから平和だね」って言われるんですよ(笑)。

―あいこだから争わないと(笑)。そんなフラットな関係のトリオで、制作するときの役割分担はどうなってるんですか?
飯高:基本的にすべてのプロジェクトを三人で担当します。企画によっては誰かが先頭に立ちながら、三人でデザインを練っていく。言葉によるコミュニケーションというより、それぞれの手作業を重ねていってイメージを共有していくようなスタイルです。
浅葉:まず自分で作業をして、それを二人に投げて、またそれが返ってきて……という手順をくり返しながら完成に近づけていきます。同じデザイナーといっても、三者三様の視点があるからこそおもしろいモノが生まれる余地がある。
石井:だからか、三人組であることにあまり違和感はありませんね。それこそミュージシャンがバンドを組んでひとつの楽曲をつくるのに近いのかも。
飯高:僕らとしては「こういう作家性を打ち出そう」と狙っているわけじゃなくて、ただ毎回「いいな」と思うモノをつくっていて。そうすると、結果的にしっかりとGOO CHOKI PARの作風になっているという感じですね。
GOO CHOKI PARが大切にする「意図しない偶然性」
―海浜幕張駅前広場に設置されている『Sound in Motion』はどういったプロセスで完成したんでしょうか?
飯高:音楽とアートのコラボレーションというイベントのテーマから、三人で話し合って、ダンスというコンセプトがすぐに浮かびました。近年、僕らは人間の造形や動きといった要素をモチーフに作品をつくっています。きっかけは、『東京2020パラリンピック』(以下、『東京パラリンピック』)のアイコニックポスターを手がけたことです。

『東京2020パラリンピック』アイコニックポスター
─あのポスターは格好よかったですね。公共性と作家性のバランスがとても印象的でした。
浅葉:『東京パラリンピック』ではアイコニックポスターに加え、全競技の特徴をそれぞれ抽象化して、22パターンのグラフィックに落とし込みました。
石井:あれ、じつは勝手につくったんですよ(笑)。もちろん、最初にメインビジュアルを一枚つくるというオーダーはもらっていたんですが、そのルックと一緒に全競技のグラフィックを自主的に制作したんです。「こんなのもできました」って。
浅葉:そう、持ち込みでね(笑)。

飯高:そのとき僕ら三人で、各競技の身体の動きを分解し、抽象化してから、さらに再構築するというプロセスを踏みました。そのなかで「この色や形の組み合わせがおもしろいな」と、自分たちでも意図しない表現が生まれたのが新鮮で。その経験が本作にも活きています。
―意図しない偶然性も作品に取り込んでいるんですね。
飯高:偶然性は毎回すごく大切にしていますね。今回も「人物の造形を動かしたい」というシンプルなモチベーションからスタートしましたが、そこにIE3というチームがテクニカルディレクションで入ってくれたことで、僕らの想定をはるかに越えたモーションが実現しました。
制作の手順としては、実際のダンサーさんの踊りをキャプチャーし、それに僕らのグラフィックを当てはめています。そうすることでジェネラティブ(生成的)な動きが生まれ、最終的には単純なパターンのループを逃れた、二度と再現性がない動きの連続を表現できたんです。
浅葉:ダンサーのタイプは全部で10体。QVCジャパン本社ビルではすべてのグラフィックが並んでいますし、駅前では3面あるLEDディスプレイの表と裏で、つねに6体のダンサーが踊っています。東京パラリンピックもそうだったけど、僕らは一連のシリーズをつくるのが得意なのかも。
飯高:シリーズにするというのも、モチーフの抽象化の過程で生じるものだと思うんですよ。個が立ちすぎないようにするというか、集団で一つみたいなイメージ。
―そのスタンスも三人組ならではかもしれないですね。

「人の満ち引きが激しい街」で「転調の光景」を立ち上げる
―作品が設置された幕張という街に対しては、どんな印象を持ちましたか?
飯高:まず、つくるものって発表する場所で変わるんだなと感じました。街の雰囲気が変わると作品も変わってくる。幕張はすごくきれいな街並みじゃないですか。だから直線的なビルの壁面にグラフィックが並ぶと、その有機的な線が映えてくる。
また、整然とした街なので作品を設置しやすかったです。地元の人たちも新住民さんが多いので、こうした新興のプロジェクトに寛容なのかもしれません。しかもイベントごとがあるときには、ものすごい数の人が大挙して押し寄せてくる。なんと言うか、「人の満ち引きがすごい街」だと思いました。
―幕張新都心と呼ばれる埋立地のニュータウンで、特色ある街ですよね。本企画のテーマは「転調の光景」ですが、アートによる都市や人の「転調」は意識されましたか?
飯高:街なかにアートを設置するときに生まれる違和感が「転調」の一種だと思うんです。たとえばAUTOMOAIさんの大型作品は、どこに出没しても刺激的な違和感がありますよね。同じく僕らの作品も、駅前でダンサーのグラフィックが踊り続けることで、いままでにない「光景」をそこに創出できるはずです。
浅葉:それに実際に鑑賞者も身体を動かして、インタラクティブに作品を体験することが、また新たな「転調」になるんじゃないでしょうか。
―街行く人たちが駅前で自由にダンスすることで「身体性の転調」も引き起こしていますよね。そんな「転調」は音楽用語ですが、GOO CHOKI PARのクリエイティブと音楽は何か関係がありますか?
浅葉:音楽を聴きながら作業するときもあれば、イヤホンをしたまま無音で集中していることもあります。音楽って朝に聴くのと夜に聴くのとでは印象が変わるし、そのときの空気を柔らかくしたり硬くしたり、日々の生活が変質しますよね。そういう音楽の力が僕らのグラフィックにも影響を与える部分は大きいと思います。
石井:音による日常の「転調」ということで言えば、どの街でも近所の学校のチャイムが17時ごろ鳴るのが聞こえるじゃないですか。あれが僕にとってはある種の「転調」ですね。「ああ、今日も一日が過ぎていったんだ」と、どこかもの寂しくなりますから。

―では、今回のイベントを経てどんな手応えがありましたか?
飯高:鑑賞者が直に体験できる作品をつくったのは初めてでした。僕らのなかでもグラフィックが拡張したような感覚があります。
浅葉:体験型の作品は今後もどんどん展開していけそうです。
石井:『Sound in Motion』もボディランゲージでコミュニケーションできるから、世界中のどの都市にだって持っていけますし。
飯高:ダンサーの数も増やしていけそう。広大な原っぱのような場所に大量にディスプレイを並べて、みんなで音楽を聴きながらダンスするような風景が実現できれば素敵だなぁ。いまはそんなことを夢想しています。

- プロフィール
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- GOO CHOKI PAR
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浅葉球(右)、飯高健人(中)、石井伶(左)の三人からなるデザインユニット。『東京2020パラリンピック』アイコニックポスターや、NHK大河ドラマ『どうする家康』タイトルロゴなどを手がけた。作品はサンフランシスコ近代美術館やパリ装飾美術館などに収蔵されている。
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