相鉄線・天王町駅から星川駅にまたがる高架下のスペースなど、横浜のさまざまな場所で、新人クリエイターを支援するプログラム「PUSH FOR CREATION(P4C)」に選出された3人の作家によるパブリックアートが展開されている。
このプログラムは、星川駅〜天王町駅の高架下にある施設「星天qlay」内にあるクリエイター向けのコワーキングスペース、「PILE」が実施。クリエイターに対し、自由な制作環境と、さまざまな職種や背景を持つ他者との交流する機会を生み出すことを目指している。プログラムに選出された3人は、PILEでの作品制作を経て、高架下エリアや「横浜ビジネスパーク」など複数の場所で作品展示を行なう。
選ばれた3人は、パブリックアートの役割をどのように捉え、どんなテーマを持ちながら創作を続けているのだろう。CINRAでは、「孤独」や「実在」をテーマに写真活動を続ける高山力土、グラフィックデザイナーとして活動しながら「公共」に注目したアート制作を行なう篠原奏、「お魚系女子」など女性をモチーフにした作品を手がける千葉希代美にメールインタビューを実施。三者三様の言葉を伝える。
孤独を抱えながらも、同時に満ち足りているー。写真家・高山力土
―今回の展示作品はどのようなプロセスで制作され、どんなことを表現されたのか、教えてください。
高山:今回の作品はすべて、終電後の真夜中の街で、フィルムカメラと36枚撮りのフィルムを何本か持ち歩き、始発が出るまで撮影を行ないました。
「真夜中の街を撮る」という発想自体は、ある映画からインスピレーションを得ました。P4Cの募集を知る前に観た『ゴースト・トロピック』(ベルギー / バス・ドゥヴォス監督)という映画です。真夜中のブリュッセルを舞台に描かれる温かみのあるロードムービーです。ストーリーはもちろん、一つひとつのカットに衝撃を受けました。映し出される映像や音楽に、何か自分の根底にある思想が共鳴するのを感じました。そして映画が終わる頃には「自分もこれを写真でやらなければならない」と確信していました。
今回、自分の作品全体を『Existence within Midnight’s Silence』と題し、真夜中の街特有の静寂に身を置き感じた「不在により強調される実在性や温もり」を表現しています。
―今回の作品は高架下スペースなど公共の場に展示されます。パブリックアートの役割とはなんだと思いますか? また、ご自身の作品を通じて、鑑賞者とどんなコミュニケーションをしたいと考えていますか?
高山:パブリックアートはあらゆる人に対して平等に開かれています。故にその意義・役割は見る人の数だけあると思います。質問の答えになるかわかりませんが、今回僕が大切にしたのは空間との親和性です。
パブリックアートというと、道ゆく人の目を引くインパクトや、社会に対する問題提起の面が重視されがちな気がします。しかし今回僕が展示をさせていただくベリーニの丘は、人々が休憩や散歩で利用する憩いの場であり、たとえ何も展示せずとも美しい建築物です。そういった「人々と空間の関係性」を崩したくありませんでした。なのでその空間に馴染み、すでにある人々の生活を肯定し、漠然とした負の感情も受容し寄り添えるような展示を目指しました。
作品を通じて「こんな世界の見方があるんだ」とか「自分と同じような感覚を持つ人が他にもいたんだ」といった、ささやかな発見の喜びを共有できれば嬉しいです。
―アーティスト活動をする上で、注目している / 大切にしているテーマはなんでしょうか。また、その理由を教えてください。
高山:多くの人の目に留まらずとも、誰かの心の深いところにリンクして、そっと寄り添えるような写真を撮りたいと思っています。自分自身、写真を撮り始めたころは明確な目的を持たず、独りで自身の内面と向き合うためにカメラを構えていました。写真を通して、自分という存在、目前に広がる世界と向き合ってきて……丁寧に見つめれば、この世界も悪くないなと思えています。そしてその感覚を、必要としている人に届けたいです。
そのうえで「孤独」「温もり」「実在」などのキーワードが今後の活動においても重要なテーマであり続けると考えています。
―これまで制作された作品の中で、特に質問3のテーマに着目した作品について教えてください。
高山:選ぶのが非常に難しいですが、この2枚は自分のテーマがよく表れていると思います。1枚目は昨年製作した写真集に入っている1枚で、灯台とその横で釣りをしている男性の写真です。いつでも自分のなかに孤独を抱えていますが、同時に満ち足りていることを感じた場面です。
2枚目は今回の展示作品中の1枚です。自動ドア越しに撮った、クリニック(?)の待ち合い用の椅子です。左から2番目の椅子にはレシートが残っています。日中、誰かが座っていた痕跡が見えます。人が不在にもかかわらず、強く存在を感じる瞬間でした。
こういった場面に遭遇しファインダーを覗く時、僕は被写体から反射されるかのように自分を強く感じます。そして幸福感に包まれます。もしかすると、何かを通して自分の実在を実感することこそが人間の幸福なのかもしれない……と最近は考えています。
「すでにある素材を活かす」ことを大切にする。篠原奏
―今回の展示作品はどのようなプロセスで制作され、どんなことを表現されたのか、教えてください。
篠原:まずはじめの2か月間で、PILEの津田さんや、会員・スタッフの方々、保土ケ谷ガイドウォークの方とのコミュニケーションを大切にし、街の歴史や、音や写真、イラストなどの素材を集めました。具体的には、旧東海道を初めとした昔の地図や、織物工場があった時の写真、相鉄線の駅のホームの音、現在の横浜ビジネスパークの写真、高架下のカフェのレシート、楽譜に色鉛筆で書いてもらった絵などをスマホにまとめました。
その後の3か月間で、それらを「音楽・楽譜」という自分のテーマのもと、スキャンしたり編集したり……という制作と、印刷・施工を行ないました。行き来する時間も画像の加工時間などに使っていました。
その素材を通して、保土ケ谷区での思い出を振り返ると、とても豊かな時間であったことを再認識させられます。私の作品は、約5か月にわたる、「コミュニケーションの譜面」を表現しています。
―今回の作品は高架下スペースなど公共の場に展示されます。パブリックアートの役割とはなんだと思いますか? また、ご自身の作品を通じて、鑑賞者とどんなコミュニケーションをしたいと考えていますか?
篠原:パブリックアートの役割は、子供からお年寄りまでの幅広い年代、異なる生活背景、そのまちの今と昔……など、その場所に住んでいたり、その土地と関わる人、もの、こと、等の「風景」となることだと考えています。
今回の作品が、星天qlayという場所で、そこに住む人々にとって、相鉄線、そして「PILE」の魅力や、保土ケ谷区の歴史を少しだけ日常に感じられるような、コミュニケーションのきっかけとなることが出来たら、とても嬉しいです。
―アーティスト活動をするうえで、大切にしているテーマはなんでしょうか。また、その理由を教えてください。
篠原:メディアに合った表現をすることです。表現の場は、web、印刷物、イベントなど、たくさんありますが、それにあった手法で表現をすることが1番大切なことだと思います。
今回であれば、屋外、パブリックアート、平面の印刷表現、高架下、展示場所である星天qlayの、「生き方を遊ぶまち」というコンセプトが与えられていました。それをもとに、最大限の成果を残すために何ができるかをつねに考えています。
私自身、グラフィックデザイナーとして、まちづくりをテーマにしたり、編集者の方々と関わることが多いので、アーティストとしても、自然と「新しくつくる」ことよりも、「すでにある素材を活かす」ことを大切にしていると思います。日常をいろんな目線から見てみると、単純におもしろいし、楽しいというのも大きいです。
―これまで制作された作品のなかで、そのテーマに特に着目した作品について教えてください。
篠原:PC上のソフトでしか制作できないバグのあるような似顔絵を作成し、そのグラフィックを活かした冊子を制作しました。PC上で偉人の似顔絵を50個描き、その見た目が複雑で多面的な構造をしていることから、その偉人たち50人の意外な素顔を感じられるエピソードを添え、印刷物として表現しました。
「こうなりたい」と思う自分をイラストに込める。千葉希代美
―今回の展示作品はどのようなプロセスで制作され、どんなことを表現されたのか、教えてください。
千葉:コンセプトを選定する際、「地域の方に少しでも身近なテーマ」かつ「自分自身の描きたい、得意なかたちで表現すること」で作品づくりをしたいと考え、相鉄線沿いの市・区が指定しているシンボルの花に注目しました。
女性のポートレート形式のイラストを用いて、花言葉の意味を作品に込めています。恋に関する花言葉が多く、「恋する相鉄」というコンセプトで作品を制作しました。表情やライティング・仕草などで女性の美しさや恋の儚さを表現しています。
今回の自身の作品が、地域の方に花や花言葉を知っていただく手段となり、そして作品そのものが地域を照らす明るい象徴になればいいなと願いを込めて描きました。
―今回の作品は高架下スペースなど公共の場に展示されます。パブリックアートの役割とはなんだと思いますか? また、ご自身の作品を通じて、鑑賞者とどんなコミュニケーションをしたいと考えていますか?
千葉:私の考える「パブリックアートの役割」は、鑑賞者とアーティストの距離だけでなく、鑑賞者とアート自体の距離を近づけることだと考えています。アートに興味のなかった方や、触れる機会のなかった方にも間近で見ていただき、「なんだか魅力的」「こんな世界があるんだ」「自分もなにか造ってみようかな」という気持ちが芽生えてくれたら嬉しく思います。
今回私は、相鉄線が通っている市・区のシンボルである花に注目し、それぞれの花言葉の意味を自身の作品に込めて制作をしました。そのまま作品を目で見て楽しんでいただき、加えて鑑賞者の皆さんが縁のある土地の花を知っていただくことで、作品をより身近に感じていただければと思います。
―アーティスト活動をするうえで、大切にしているテーマはなんでしょうか。また、その理由を教えてください。
千葉:制作をするうえで大切にしているテーマは「自身の気持ちを具現化する」ということです。自分が「こうなりたい」「こんな魅力が欲しい」と感じるものをイラストに込めることを重視しています。
アートは自由であり、まさに憧れや夢をそのまま表現できるものなので、描くことで自分自身の背中を押してくれたり、見ていただいた方に元気を与えることができるものだと感じています。私も過去、素敵なアート作品や音楽に出会ったときに勇気や元気を貰った経験がありますし、私の作品を見ていただいた方にもそのように感じていただければ嬉しく思います。
―これまで制作された作品のなかで、そのテーマに特に着目した作品について教えてください。
千葉:「お魚系女子」というイラスト作品で、魚のベタと一緒に泳いでいる女の子を描いた作品です。この作品は「魚になりたい人間の女の子が、水に飛び込んで魚と生活しているうちに、自身にも鱗が出てきたり、耳がヒレのようになったり、水の中に適応している様」を描いています。
千葉:新しい環境に飛び込んだり、順応するのが苦手な自分が、「こんなふうにまったく違う世界で生活してみたい」という願望から描いた作品です。この作品を描いた後すぐ今回のP4Cという企画を知り、「やはり飛び込んでみないと何事も進まない」と思って挑戦をしたので、まさに自身の作品に背中を押してもらいました。
創作拠点・PILEとは?
2023年4月に開業したPILEは、PCなどのデジタルを使った作業から、ペインティング、立体造形、模型づくりなどアナログ作業、両方が行なえるスペースだ。
PILEを創設し、今回の支援プログラム「P4C」を実施したRoute Design合同会社の津田賀央によると、星天qlayを運営する相鉄との長い協議を経て、今回のパブリックアート展覧会の実施に至ったという。
「初開催となった2023年は、アーティストと話しながら、『PILEやその周辺環境をどう使いたいか?』について話し合う中で、PILEがある相鉄・天王町駅〜星川駅の高架下の壁面を使った展示をしたいという案が浮上。無理も承知で普段からお付き合いしている相鉄の担当者に相談し、長い交渉の末に『絶対に壁を傷つけたり跡をつけないこと』を条件に承諾いただけました」
「再剥離が可能な特殊な印刷紙の存在を知り、PILE内で印刷できる環境が揃っていたことも大きかったです。また、初めてのことだらけのアーティストの制作や壁への貼り付けを、普段からPILEを利用する常連の会員さんたちが自主的に手伝うようになっていったのも感慨深いことでした。最後にはみんなが仲間となりつくりあげた展覧会だと思います。
2回目となる今年は、昨年の様子を見ていただいた野村不動産が運営する横浜ビジネスパークさんからもお声がけいただき、同施設の壁面にも作品を展示させていただきました。PILEの向かいにある施設なので、徐々に地域へ広がっている嬉しさがあります」
これまでの受賞歴などは評価対象にせず、「コミュニティ意識と意気込み」を重視してアーティストを選定したという。
「今年はイラストレーター、グラフィックデザイナー、写真家の3名で、3名ともまさにこれから活動を本格化したいと考えている方ばかりです。また、これまではデジタル上での作業が中心だったため、大きな紙に印刷したり、屋外に展示をしたり、環境に応じて制作を変えるといったことも経験したことがなかったそうです。
自分で施工し、施工のためのパーツも自分で作ったり工夫する行為は、これからの創作にとって良い経験につながると思いますし、PILEに集まる人たちと育まれるつながりは、個々の人生にも影響するのではと思っています」
高山、篠原、千葉による作品は、11月30日まで展示されている。
- イベント情報
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『PUSH FOR CREATION 2024』
開催期間:
2024年11月1日(金)〜11月30日(土)
開催場所・展示エリア:
PILE - A collaborative studio -
星天qlay B zone 〜 D zone
駅の仮囲いや高架下の支柱など、様々な箇所を活用した作品を公開
横浜ビジネスパーク 「ベリーニの丘」
同施設の中心に位置する公園の壁面
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