『彼氏をローンで買いました』で野島伸司が暴く、現代社会の歪み

「すべての女性が輝く社会」と女性の専業主婦願望

<将来の夢はお嫁さん 誰か叶えてね>と、あいみょんは“○○ちゃん”(2015年)という曲のなかで歌っていたが、実際に今、若い女性の間で「専業主婦願望」が高まっているという。

たとえば、博報堂生活総合研究所の2016年の調査によれば、「将来、専業主婦になりたい」と答えた20代女性は32.3%と全世代のなかでも最も多く、1998年の26.2%から大きく上昇している(参考記事:博報堂生活総合研究所「生活定点1992-2016『専業主婦になりたい [女性のみ]』」)。また、ソニー生命による「女性の活躍に関する調査2017」では、働く女性572人のうち「本当は専業主婦になりたい」と考えている女性の割合が、39.2%となり、働く女性の4割が実は専業主婦になりたいと思っていることがわかった(参考記事:ソニー生命「女性の活躍に関する調査2017」)。

男女雇用機会均等法(1986年)が施行されてからおよそ30年。女性の社会進出は当たり前となり、安倍内閣も「すべての女性が輝く社会づくり」を目指してはいるが、理想と現実の壁はまだまだ厚い。

「ワークライフバランス」とは名ばかりで、実際はバリバリ働きながら、家事や子育ても両立させるスーパーウーマンのような女性像を求められ、それができなければ「女子力が足りない」などと揶揄される。そんな日々にうんざりしている人が増えているのだろうか。かたや、雑誌のページをめくれば専業主婦のセレブな日常が紹介され、SNSには料理や習い事、海外旅行などを楽しむ専業主婦たちの写真がアップされる。そうした、ゆとりのある生活に憧れるのかもしれない。

優雅な専業主婦になるためには、それなりの「スペック」を持つ相手——つまり安定した企業に勤める高収入の男性が必要。もちろん、身なりもキチンとしているに越したことはない。となると、競争率も一気に跳ね上がる。昨今、様々な趣向を凝らした婚活パーティーや、婚活を目的としたマッチングアプリが流行っているのは、そんな背景があるからだろう。

婚活でようやく「理想の彼氏」をゲットしても、良好な関係をキープするには「愛される努力」も欠かせない。日本では今、「愛される女」になるためのセミナーが大繁盛。女性誌でも「愛されるファッション」「モテの極意」「セックスで男を虜にする方法」といったような特集が、頻繁に組まれている。……と、書きながら軽い目眩を覚えた(ちなみに筆者は、婚活戦線からはとっくに離脱したアラフィフのバツイチ・子なし男である)。

優雅な専業主婦ライフに焦がれる主人公を通じて、野島伸司が世をざわつかせる

愛されるために「あるがままの自分」を隠し、相手に合わせて生きることが、果たして本当の幸せなのだろうか。いつか溜まりに溜まった鬱憤が爆発して、幸せ(なはず)の専業主婦ライフをぶち壊してしまうのではないか。そんな葛藤と不安を抱える専業主婦志向の女性を主人公にした、野島伸司・脚本の配信ドラマ『彼氏をローンで買いました』が今、働く若い女性をざわつかせている。

主人公の浮島多恵(真野恵里菜)は、専業主婦になるのが夢の受付嬢。海外事業部に勤める高収入の彼(淵上泰史)は将来有望だが、それ故にモテるし実際かなりの浮気者。それでも多恵は、「彼に嫌われないように」「ドン引きされないように」と気持ちを抑え、いつも猫を被ってストレスフルな毎日を送っている。

左から:浮島多恵、白石俊平
左から:浮島多恵、白石俊平

そんなある日、かつて「伝説のセンター」と呼ばれた受付嬢の元カリスマ、南場麗華(長谷川京子)と彼女は偶然に会う。寿退社し、優雅な専業主婦ライフを送っていると風の噂で聞いていたが、目の前の麗華はまるで化粧っ気のない、やさぐれたシングルマザーだった。

南場麗華
南場麗華

ショックを隠しきれない多恵に麗香は囁く。「私のようにストレスを爆発させて離婚したくなければ、永遠に猫を被り続けなきゃダメ」「そのためにはストレス発散の道具が必要なの」と。そして彼女に勧められるがまま、多恵は借金まみれの若者・刹那ジュン(横浜流星)を闇サイトで購入(!)し、自分の思いどおりにできる「ローン彼氏」としてコキ使うことにした。

「彼氏を闇サイトで購入する」という設定が帯びる現代的なリアリティー

あらすじをざっと紹介しただけで、このドラマがいわゆる普通のラブストーリーではないことがわかると思う。「彼氏を闇サイトで購入する」などという突拍子もない設定は、『この世の果て』(フジテレビ系列、1994年放送)や『聖者の行進』(TBS系列、1998年放送)などで「現代ファンタジー」を描いてきた野島の面目躍如といったところだし、ポリティカルコレクトネスやフェミニズム的考え方が浸透している昨今、「え、大丈夫?」と驚くような表現を随所に散りばめるなど、なかなかに攻めている。ただ、それを軽妙なセリフのやりとりやシーンの反復、セルフパロディーなどでコーティングし、とてもポップに仕上げているのも野島ならではといえよう。

個人的な見解を述べさせてもらえば、価値観が多様化している今、自分らしく幸せに生きるためには、家族や仕事などに依存先を「集中」させず「分散」しながら、精神的にも経済的にも自立を目指したほうが、男性も女性も生きやすくなると考えている。

だから、「女は家庭を守り、男は外で戦うのが本来あるべき家族の姿」と信じる多恵の生き方は、かえって辛いんじゃないかな? と心配になる(「あんたみたいな負け組に言われたくない!」と多恵に怒られそうだが)。むしろ、「依存先をエリート彼氏とローン彼氏に分散させなさい」とそそのかす麗華の言い分のほうが、「ごもっとも」と思ってしまう。実際、多恵が、自分の思いを正直に打ち明けられるのは、エリート彼氏ではなくてローン彼氏のほうなのだ。

左から:刹那ジュン、浮島多恵
左から:刹那ジュン、浮島多恵

旧来の男女の画一的な役割分担と、現代社会の間に生じた歪みのなかで多恵は叫ぶ

ここで、ドラマ本編から多恵の人生観が色濃く反映されているセリフを紹介したい。

うちの両親は共働きでいつもいがみ合い、喧嘩が絶えず離婚になった。それは、役割分担ができないから。本来、雄は狩に出て、雌は家で育児をする。それが動物としてのあり方。ありとあらゆる動物は雄と雌で役割を分担するの。そして、お互いの役割をリスペクトして褒め殺し合い、愛し合うものなの!(第3話より)
物語を信じてるの。『シンデレラ』『白雪姫』『美女と野獣』だって、最後はお城のお姫様になってハッピーエンド。お姫様願望のどこがいけない? お城なんて贅沢は言わない。小さなおうち。マンションでもいい。自分が安心できる場所、出て行かなくてもいい場所が欲しい、子どものそばにいてあげられて、めでたし、めでたし。それのどこがいけないの?(第4話より)
共働きが当たり前? でも、あたしが読んだ絵本の物語は違う。そんな絵本で育ってないし、ディズニーが夢の国なのは、ほんとは……女の子はそれが理想にあるの。共働きのお姫様なんて、どこにもいない、いないもん……。(第4話より)

このまま猫を被ってエリート彼氏と「役割分担」を続けていくのか、それとも、借金まみれのローン彼氏を選ぶのか。最終回で多恵が選んだ選択肢には、おそらく賛否両論あるかもしれない。ただ、多恵の信じる「物語」を聞くことで、筆者もまた考えを深めることができた。本作が迎える結末について、野島は以下のようにコメントしている。

好き同士は、相手にこそ自分を分かってほしいと、時に思いやりに欠けてしまいます。疲弊し、壊れないように、セクシャルな関係でなければ、別の異性に理解者がいてもよくないですかね。(野島伸司)

「幸せになりたい」と誰もが思っていて、そのための方法を模索しながら私たちは生きている。このドラマを恋人や友人、家族と一緒に見て、笑ったり感動したりしながら、自分たちの「恋愛観」「結婚観」を話し合うのも、きっと楽しいはずだ。

『彼氏をローンで買いました』メインビジュアル
『彼氏をローンで買いました』メインビジュアル(サイトを見る

番組情報
『彼氏をローンで買いました』

dTV、フジテレビオンデマンドで配信中

脚本:野島伸司
主題歌:BiSH“Life is beautiful”(avex trax)
出演:
真野恵里菜
横浜流星
久松郁実
小野ゆり子
淵上泰史
長谷川京子



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