民族音楽の熱狂に出会う。ケルト音楽を楽しむための3つのポイント

ケルト音楽を楽しむための3つのポイント

音楽好き、とりわけトラディショナルミュージックのファンにとってはすっかり暮れの風物詩となった『ケルティック・クリスマス』。1998年にスタートしたこのライブイベントは、ヨーロッパから北米にまで広がる「ケルト文化圏」のトップミュージシャンたちを毎年招聘し、熱心な日本人オーディエンスも巻き込んでエキサイティングかつ親密な空間を創りだしてきた。

『ケルクリ』(常連客は愛着を込めてこう呼ぶ)の楽しみ方は人それぞれ。さまざまな魅力が詰まった祭典だが、ここではトラッドにあまり馴染みのない読者を念頭に置いて、3つの要素をピックアップしてみたいと思う。

ケルト音楽の歴史。「庶民の愉しみ」からスタートした、音楽的イノベーション

まず1つ目は、ケルト音楽の重要なエッセンスである疾走感、バイタリティー、表現力を、超一流の演奏を通じて体感できること。シンプルだけど、これは決定的に大きい。というのも日本では、ケルトミュージックに対して「スピリチュアル」「神秘的」「癒し」といったスタティックで画一的なイメージを抱いている人が、まだまだ少なくないからだ。

We Banjo 3(撮影:石田昌隆)

実際のケルト音楽は、世界中のあらゆるルーツミュージックと同様、もっと重層的で豊かな地域性に満ちている。祝宴やパブで奏でられるスピーディーなダンスチューンから、古い伝承や物語を歌うバラッド、多様なワークソング、美しい独唱など、スタイルも実に幅広い。1つ共通点を挙げるとすれば、かつてローマ帝国によってヨーロッパの辺境へと追いやられたケルト民族の文化と記憶を根底の部分に宿していること。つつましい暮らしと共に育まれてきた、不屈のフォークミュージックという言い方もできるだろう。

そうやって長く受け継がれてきた「庶民の愉しみ」は、1960年代に入って大きな飛躍を遂げる。イリアンパイプス(アイルランドのバグパイプ)奏者のパディ・モローニを中心にダブリンで結成されたThe Chieftainsを筆頭に(参照記事:ハンバートハンバート、音楽の先生と呼ぶThe Chieftainsを取材)、プリミティブで野趣に溢れた伝統曲にモダンなアレンジを採り入れたグループが次々に登場。自分たちのアイデンティティを見つめ直そうという社会の気運も相まって、ケルト圏のトラッドミュージック再興が国境を越えた巨大なうねりになっていったのだ。

現在のトラッドシーンも、基本的にはこの「ケルティック・ミュージック・ルネサンス」とも言うべきムーブメントの延長線上にある。若く才能あるプレーヤーたちが、伝統に根ざしつつ自分の表現を追求した結果、多くの革新がもたらされた。例えば、純粋なインストゥルメンタル音楽としての洗練度もその1つ。

もともとケルト音楽には膨大なダンスチューンが存在する。よく使われる楽器はフィドル(バイオリン)、バグパイプ、ホイッスル(縦笛)、フルート、アコーディオンなどで、それらがときにユニゾン、ときに微妙に位相をずらしながら短い旋律をリフレインさせるのが、ごく一般的な演奏スタイルだと言っていい。

目まぐるしく回転するメロディーは、古代ケルトの文様である「螺旋」を思わせる独特のグルーヴを生むのだが、近年はそこにシャープで複雑なリズムや対位法的なアプローチなども加わって、アンサンブルの可能性自体がどんどん広がってきた。一流のプレーヤーたちが一体となって突っ走るスリルと昂揚感、火花が散るような演奏の応酬は、例えば最先端のジャズやエクスペリメンタル系の音楽と比べても、まったく見劣りしない。

つまりケルト音楽とは、「癒し」や「神秘」といった静的なイメージとは裏腹に、自らのルーツとしっかり繋がりつつ現在進行形のイノベーションを繰り返しているジャンルなのだ。それでいて敷居の高さはなく、むしろ一流のミュージシャンほど(おそらく彼 / 彼女らにとって原風景である)気軽なパブセッションの温かみを強く感じさせるところも、実に興味深い。

「ケルト音楽」の中でも、エリアによって音・演奏が異なる

そして2つ目には、毎年ベテランから若手までバラエティーに富んだミュージシャンを、幅広いエリアから呼んでくる目配りのよさを挙げておきたい。ケルト文化の面影を残す地域は、アイルランド、スコットランド、ウェールズ、コーンウォールなどのブリテン諸島、フランスのブルターニュ、スペインのガルシアなど、おもにヨーロッパの周縁に点在している。

また20世紀に入ると北米への移民を通じて、アメリカやカナダの一部にもケルト系コミュニティーが形成された。彼らが持ち込んだアイリッシュやスコティッシュの民謡がアパラチア地方やナッシュビルなどに定着し、やがてカントリーやブルーグラス、ロックンロールなどの源流の1つとなったのは音楽好きには有名な話(それもあって現在も、トラッド畑のミュージシャンとカントリー / ブルーグラス系のプレーヤーがコラボレーションした作品は少なくない)。

同じケルト音楽でも、土地や風土が違えば演奏スタイルやレパートリーは変わってくる。もちろん世代による感覚の違いも大きい。こういった地域性や多様性を肌で感じられるのも『ケルティック・クリスマス』の楽しさの1つだ。イベントを主催するプランクトンはごく小さなインディペンデントの事務所だが、もう30年近くにわたってケルト音楽を日本に紹介してきた。そのコネクションは世界中に広がり、第一線のミュージシャンから絶大な信頼を得ている。観客を喜ばせつつ、個性豊かなラインナップでケルト音楽の多様性も伝えるキュレーションには、確かな裏付けがあるわけだ。

2016年にプランクトンによって制作された、『ケルティック・クリスマス』の告知映像

今回の『ケルティック・クリスマス2019』で来日するのは3組。ヘッドライナー格のシャロン・シャノンは人気・実力ともにアイルランドを代表するアコーディオン奏者で、達人ぞろいのアイリッシュトラッド界でも掛け値なしの天才だ。抜群のリズム感の持ち主で、明るく歯切れのよいフレーズを途切れることなく紡ぎ出す。3年前の『ケルクリ』にも出演しているので、全身から人懐っこさが伝わってくる彼女のパフォーマンスに魅了された人も多いのではないだろうか。最新ライブ盤『Live In Minneapolis』でも、ドライブ感たっぷりの演奏を聴かせてくれていたが、今回はそれと同じメンバー編成での来日となる。

シャロン・シャノン『Live In Minneapolis』を聴く(Apple Musicはこちら

シャロン・シャノン

2組目のWe Banjo 3は、2011年にアイルランド西岸のゴールウェイで結成された若手バンド。エンダ&ファーガル・スカヒル、マーティン&デイヴィッド・ハウリーという2組の兄弟で構成されている。

最大の特徴はその名の通り、バンジョーを主軸にしたユニークなアンサンブルだ。カントリーやブルーグラスの世界ではメインメロディーを担う花形楽器であるバンジョーは、独特の乾いた音色もあって、アイリッシュトラッドではフィドルやパイプなどの装飾音を控えめに奏でる裏方的な役回りが多かった。それを「主役」に抜擢したアンサンブルは、ポップな疾走感に溢れていて、トラッド初心者にも馴染みやすい。

最新アルバムの『ヘイヴン』では初のアメリカレコーディングを敢行。歌モノの比率を増やし、オルタナカントリーにぐっと接近した仕上がりだった。その風通しのよさをどう表現するのか。サービス精神がものすごく旺盛で常に全力投球、元気いっぱいのステージを観るのが今から楽しみだ。

We Banjo 3『ヘイヴン』を聴く(Apple Musicはこちら

We Banjo 3(撮影:石田昌隆)

毎年、個人的に一番注目している3組目の「新人枠」は、TALISK。2014年にスコットランドのグラスゴーで結成された若き3人組で、2016年発表の1stアルバム『Abyss』、2018年発表の2ndアルバム『Beyond』はともに世界各国のフォーク / ワールドミュージック系メディアで絶賛されている。ケルト音楽界で今もっとも旬なバンドと言ってもいいだろう。

メンバーはコンサティーナ(八角形の小型アコーディオン)のモーセン・アミニ、ギターのグレム・アームストロング、フォドルで紅一点のヘイリー・キーナン。ギターが鋭いリズムを刻み、その上で2つの楽器がせめぎあうアンサンブル自体はベーシックなものだが、演奏に漲る躍動感がすばらしい。なかでもモーセンの手風琴は、リリカルな旋律を奏でていたかと思うと一転して、空間を塗りつぶすような音圧でエモーションを表現したり、まさに変幻自在。間違いなく次代のトラッド界を牽引する才能を生で目撃するだけでも、今年の『ケルクリ』に駆け付ける意義は大きいと思う。

TALISK『Beyond』を聴く(Apple Musicはこちら

TALISK

ケルト音楽が鳴る場所で生まれる、お酒が似合う「祝祭感」

そして3つ目の要素として、『ケルティック・クリスマス』というイベント自体が持っている祝祭性を強調しておきたい。音楽とお酒が大好きで、興が乗ればどこでもセッションを始めてしまうケルト系ミュージシャンたちの人柄が、イベント全体に伝播するのだろうか。いつ出かけても会場は、華やいだ幸せな空気に満ちている。開演前には映画の上映会があったり、出演者たちの公開インタビューが行われるなど、関連イベントも盛りだくさん。そしてライブ本番では、最後に必ず出演者全員のセッションがあって、観客も一体となって踊り、盛り上がる。

オーディエンスとミュージシャン、人と音楽の距離がこんなにも近いイベントはそうあるものではない。師走の風も忘れさせてくれるこの雰囲気こそ、もしかしたら『ケルクリ』が届けてくれる最大のプレゼントなのかもしれない。

イベント情報
『ケルティック・クリスマス2019』

2019年11月30日(土)
会場:福井県 福井県立音楽堂 ハーモニーホールふくい
出演:
シャロン・シャノン
TALISK

2019年12月1日(日)
会場:神奈川県 よこすか芸術劇場
出演:
シャロン・シャノン
We Banjo 3
TALISK
※終演後アフター・パーティー(セッション)開催

2019年12月7日(土)
会場:長野県 長野市芸術館メインホール
出演:
シャロン・シャノン
We Banjo 3
TALISK
クリスティーン・カー(ダンス)

2019年12月8日(日)
会場:東京都 すみだトリフォニーホール 大ホール
出演:
シャロン・シャノン
We Banjo 3
TALISK
クリスティーン・カー(ダンス)

助成:Culture Ireland

Culture Ireland
『シャロン・シャノン 来日公演2019』

2019年12月3日(火)
会場:大阪府 あいおいニッセイ同和損保 ザ・フェニックスホール

2019年12月5日(木)
会場:山形県 文翔館

『We Banjo 3 来日公演2019』

2019年12月4日(水)
会場:大阪府 梅田クラブクアトロ

2019年12月5日(木)
会場:東京都 渋谷クラブクアトロ

『タリスク 来日公演2019』

2019年12月3日(火)
会場:東京都 晴れたら空に豆まいて

2019年12月4日(水)
会場:愛知県 宗次ホール

リリース情報
TALISK
『ビヨンド(来日記念盤)』(CD)

2019年10月20日(日)発売
価格:2,500円(税抜)
VIVO-476

1. Montreal
2. Crooked Water Valley
3. Serbian Dreams
4. Cabot Trail
5. Farewell
6. Liddesdale
7. Rations
8. Beyond

We Banjo 3
『ヘイヴン(来日記念盤)』(CD)

2019年10月20日(日)発売
価格:2,500円(税抜)
VIVO-477

1. Haven
2. Light in the Sky
3. Sugar House
4. War of Love
5. Annabelle's Cannon
6. Pack It Up
7. Marry Me Monday
8. Sunflower
9. Don't Let Me Down
10. Dawn Breaks
11. Hold Onto Your Soul

シャロン・シャノン
『ライヴ・イン・ミネアポリス(来日記念盤)』(2CD)

2019年11月24日(日)発売
価格:2,700円(税抜)
VIVO-478

[Disc 1]
1. Rusheen Bay
2. Pull out the Stops
3. Sacred Earth/ Madonnas Groove
4. The Merry Widow Waltz
5. Reel Beatrice
6. Don't Think Twice, It's Alright
7. Rathlin Island
8. Marbhna Luimni/Phil Cunninghams
9. Sandy River Belle Set

[Disc 2]
1. Smoke in the Chimney Set
2. Sliabh na mBan
3. Frenchies Reel
4. Smile
5. Cavan Potholes
6. Blackbird
7. James Brownes March/Clickin'/ Tobique
8. The Galway Girl/Music for a Found Harmonium



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