10周年のロロに寄せて。新作を目撃した、彼らを愛する5人が綴る

2019年、ロロは10周年を迎えた。旗揚げメンバーが誰一人欠けることなくその歩みを進めてきた10年、ロロは客席に座る私たちになにを見せてきただろう。三浦直之が青春時代に受容したポップカルチャーへの偏愛やユーモアと、その奥にある懐かしさや切なさが共存し、いつかの自分の記憶までも呼び戻されるような感覚――。その正体はなんなのだろう。

今年1月から上演が始まり、現在ツアー真っ最中の新作『四角い2つのさみしい窓』においてもそのバランス感覚はありつつ、しかし、その視線は「その先」をみつめているようだった。それは、これまでロロが掲げ続けてきた「ボーイ・ミーツ・ガール」で出会った登場人物たちの、出会った「その先」を描いているような。人が出会って一緒に何かをし、寄り添ったり衝突したりしながら、続いていく関係性。それはもしかしたら、ロロとして活動するメンバー自身が向き合っていることにも繋がるのかもしれない。出会って10年以上が経ったいま、それぞれが異なる考えや事情を抱えながら劇団を続けていく、そのために向き合うその先の時間。そんなふうに、メンバー自身の時間とともにロロの物語は紡がれているように感じる。

本記事では、ロロや劇団メンバーと親交のある、夏目知幸(ミュージシャン)、金子大地(俳優)、新田章(漫画家)、谷口菜津子(漫画家 / イラストレーター)、柴崎友香(小説家)の5人のテキストから、新作『四角い2つのさみしい窓』、そして、ロロがこの10年私たちに見せてきたものの正体に迫りたいと思う。

(撮影:三上ナツコ)

「『失ってきたもの』を思い出す」 テキスト:新田章(漫画家)

ロロを観ると、私はいつもそうです。例えば、小学生のときの情景です。あのときのふとした感情、景色、誰かとのやり取り。私の経験と劇の内容は全く違うのに、です。きっと三浦さんが人間の「普遍的な想い」を根底に、物語を作っているからだと思います。感情とは違う、「花はきれい」のような反射的、且つどこか前向きな「想い」です。それは、ストーリーのなかでじわじわ伝わってきます。演者さんたちは気取らず、舞台美術にはファンタジーさもあるので、私のなかにイメージとして膨み、いろんな記憶の琴線に触れます。

ロロ
劇作家・演出家の三浦直之が主宰を務める劇団。2009年結成。古今東西のポップカルチャーをサンプリングしながら既存の関係性から外れた異質な存在のボーイ・ミーツ・ガール=出会いを描き続ける作品が老若男女から支持されている。15年に始まった『いつ高』シリーズでは高校演劇活性化のための作品制作を行うなど、演劇の射程を広げるべく活動中。主な作品として『LOVE02』(2012年)、『ハンサムな大悟』(2015年)、『BGM』(2017年)など。『ハンサムな大悟』は第60回岸田國士戯曲賞最終候補ノミネート。(撮影:三上ナツコ)

そして、二度と戻らない瞬間や感情、それは確かにあったと思い出させられ、毎度心臓がキュゥとします。『マジカル肉じゃがファミリーツアー』(2018年)は、自分でも引くほど泣いてしまいました。こんな感じで、私にとってロロは基本、切ないです。でも、ポップで素朴で音楽もよくて笑いもあって、とても良質な切なさです。

そういえば、三浦さんが脚本を手掛けたドラマ『デリバリーお姉さんNEO』(2017年 / テレビ神奈川及びGYAO!共同制作)も、たまにのんびりと観返したくなります。楽しくてちょっと寂しい。あの3人は不変であってくれと願ってしまいます。

『デリバリーお姉さんNEO』(2017年 / テレビ神奈川及びGYAO!共同制作)

新作『四角い2つのさみしい窓』は、10周年に相応しい名作でした。特に凄いなと思ったのは、東日本大震災を扱ったこと。『あまちゃん』以来だ、よくぞやってくれた! と思いました。現実の「残された人」をなるべく傷つけないような演出でありながら、拭えない喪失感は伝わってきます。

私はこの震災を東京で、親戚は東北で、友人の1人は福島で体験し、これが起こる前と後では「もしも……」に対する考えが自分のなかで明らかに変わりました。自分も物語を描く側の人間として、作品のなかで何かできたらと考えることがあります。でも、どうしてもできない。思い出すと未だに息が詰まる、あの絶望に対して私に何が言える、と、ドラゴンボールの神龍のように、自分のキャパを超える事象に立ち入れないでいました。

しかし三浦さんは自分なりの切り口を見つけ、悲しいだけではない人間たちを見せてくれました。本当に笑ったし、楽しく切なく、希望もあり、素晴らしい演目でした。

ロロの舞台はいつもこちらに想像の余白をくれるのですが、今回はその余白の量と質が、本当に調度よいなと感じました。たくさんの人に観てほしい、たくさんの媒体で取り上げられてほしいです。これからも、ロロの皆々様の活躍が楽しみです!

「境界の曖昧について、ジワっと私の心に共鳴してくる」 テキスト:谷口菜津子(漫画家、イラストレーター)

ロロを観劇している最中のこの気持ちはなんなのだろうかと考える。いい言葉がなかなか見つからない……胸がいっぱい? が1番近い気がする。

キャラクターへの感情移入、寂しさや懐かしさ、思い出す誰かのこと、過去の経験、日々考えていること、いろんな感情や記憶が万華鏡みたいに心のなかでぐるぐるして、胸が満ちてくる。物語をただ眺めているのではなく、ロロの作品は私の心に入り込んできて、観客である自分の立ち位置が曖昧になってくる。『四角の2つのさみしい窓』はまさに境界の曖昧について、ジワっと私の心に共鳴してくる作品だった。

『四角の2つのさみしい窓』メインビジュアル(イラスト:矢野恵司、デザイン:佐々木俊)

1年前、私は結婚した。30年間名乗っていた私の名字は別の名字に変わった。「恋人」であり「彼氏」だった人は「夫」なった。法律上、私と彼は「家族」になった。「家族」になってからというものも、関係性に違和感を感じることが多くなった。名字が変わったことによる不都合、この世の中にうっすらまだ残っている妻の役割と言われるものごと、昔のようにお互いに「好きだよ~」って言っているだけじゃ、やっていけないように感じた。「家族」とか「夫婦」とか「夫」とか「妻」という言葉はわかりやすくて安心するけど、すごく窮屈だ。

『四角の2つのさみしい窓』で、演者の方が一人二役をしていた。そのなかでも心に残ったのは、一方で演じるのは旅するちょっとちぐはぐな新婚夫婦、もう一方ではお互いをよく理解し合う劇団仲間2人の男女だった。ちぐはぐな夫婦はお互いの違う性格を愛し合い法律上の家族になっている。劇団仲間の2人は性愛と違う愛し方で家族のように支え合っている。その2人を同じ2人が演じ分けていて、終盤にかけてその2人と2人の存在が曖昧になっていくように感じた。

苗字が変わった自分のことは、相変わらず「私」だと思っているし、彼のことを見たり考えたりしているときも「夫」とは思ったことはない。彼は相変わらず「彼」だ。彼のことは「家族」でなく、「恋人っぽい、友達っぽい、たまに敵になったりする、居心地のいい人間」として認識しているような気がする。できるだけ長く一緒にいたいので、相手が健康でいれるように支えあって生きていきたい。ズバリ解決! みたいなことはないけれど、自分が作っていた窮屈な箱が透明にふやけて、曖昧な存在に少しなった。

物語がハッピーエンドになった満足感や、とんでもないどんでん返しを食らった爽快感などはないけど、ロロを観劇した後は、ロロと私の間にしか作れない素晴らしい宝物をもらったような気持ちになる。

「いつかは僕もあのなかに溶け込んでみたい」 テキスト:金子大地(俳優)

ロロのみなさん、10周年おめでとうございます。『四角い2つのさみしい窓』観劇させていただきました。凄すぎた……優しくて寂しい世界感が心地よくて、ずっと観ていたいと思いましたし、とにかく面白かったです!!

三浦さんは『腐女子、うっかりゲイに告る。』(2018年 / NHK系)のオーディションで初めてお会いしました。今こうして舞台を観に行かせていただけるようになったり、ご飯を食べに行ったりするような関係性になれるなんて思ってもいなかったので素直に嬉しいです。亀島さん、望月さんも『腐女子』でご一緒させていただきました。面白くて優しいお兄さんやお姉さんのような感じで、僕はロロのみなさんが大好きです。

ロロの舞台は、非現実的とまでは言わないけれど、三浦さん独特の世界に連れていってもらえるのが毎回楽しいです。その世界に溶け込んで演じることができるキャストのみなさんも心から尊敬します。これからも三浦さん、ロロのみなさんの素晴らしさを表現し続けていただきたいですし、いつかは僕もあのなかに溶け込んでみたいです。また三浦ワールドで役者として生きられる日を楽しみにしています!!

ロロ『四角い2つのさみしい窓』場面写真(撮影:三上ナツコ)

「現実の物語は作品として触れられるどんな表現よりもより複雑で、より頼りない」 テキスト:夏目知幸(ミュージシャン)

ロロ『四角い2つのさみしい窓』を2回見た。1回では消化しきれなかったからおかわりした。

三浦くんや、ロロメンバーたちに聞きたいことがいっぱいできた。いろんな感想が僕のなかにあるのだ。僕はバンドをやっている。ソングライターで、バンドメンバーで、演者でもあるわけなんですけど、それぞれの立場の自分が多角的に物語に吸い込まれていった。そして、「共感」するところが多かった。僕はいつも感動していたいけれど、共感は欲していない。なるべく共感したくない。ぶっ飛んだファンタジーに触れて、新しい視点を得ることで自分の、同時に他者の、くすぐられたことのないくすぐったいところを知りたい。

その点でも今作はよかった。「いろんな境目を曖昧にしながら、もっと奥へ飛び込もうとする作業」を初めて生で見た、というような感想。ド級のファンタジーでありながらノンフィクション / ドキュメンタリーだったから、同調から胸を締め付けられつつ、遠くにも飛べた。

ロロ『四角い2つのさみしい窓』場面写真(撮影:三上ナツコ)

人を集めて何かをやろうとしたとき、僕らには3つのカードが渡されるよなと、観賞中なんとなーく思った。

①こっちへおいでよカード
②一緒にいこうよカード
③さらにもっとこの先へカード

順番に使えたらうまく行きそうだ。少年漫画のように、努力・友情・勝利のストーリーが見える。紆余曲折を経てドラマチックに、みんなで何かをなしとげる。勝ち取る。僕はそういうのが好きだ。きっとみんなもだろう。

だけど現実はそう上手くいかない。困難を乗り越えるだけなら難しくない。外的要因はむしろ団結を生んだりする。厄介なのは内的問題の方。だって僕らは勝利などなくても暮らしていけるから。

「①で十分楽しいよ」「②は本当にゴメンだよ」「③だけほしいよ」「②までは付き合えるけど③はちょっとなあ」などなど、いろんな人がいる。タイミングで各々の意見は変わるし、現実の物語は作品として触れられるどんな表現よりもより複雑で、より頼りない。ということを表現できた作品だけがリアリティを持つ。ロロはそれができる劇団だ。

『四角い2つのさみしい窓』は、劇が進むにつれて最初差し出された面倒なカードたちを物語というヤマのなかに隠していくんだった。このお話が、登場人物たちがどこへ向かうのか明かさないまま、いや、もしかしたら脚本家も演者も分かっていないままそのヤマはマジシャンの手つきで滑らかに切られた。誰が切っているのか。おそらく「ロロ」という得体の知れない「集団」がやっていた。スタスタスタスタスタ。直後、空にばらまかれ、あっけにとられていると胸ポケットを指さされる。カードが1枚、入っている。おおおおお。やるな!

カードには書いた覚えはないが自分の文字で「たぶん大丈夫!」と書かれてた。僕の場合はそうだった。あなたの場合はどうだったでしょうか。

「他の人には見えない誰かと、今は会えない人たちと、声を響き合わせ、その声に支えられている」 テキスト:柴崎友香(小説家)

ロロの公演を思い出すとき、いつもまず声が聞こえてくる。それはもうすっかり覚えてしまった、それぞれの声の響きで、その話しかたで、その強さで、再生され、人の声ってこんなに正確に記憶できるものなのだなと思う。

『四角い2つのさみしい窓』では、その今では懐かしいとさえ感じるようになった声が、それぞれ複数の声になっていた。一人が二人を、最初から最後まで演じ続ける。

一人の人間が二人になっているから、その二人は同時には現れることができない。出会えそうで、出会えない。だけど、出会うことがないはずの人が、舞台の上でだけ、観客にとってだけ、出会っている。五人が十人として、重なり合っていた。

だんだんと人数が減ってきた劇団の最後をどうにか保とうとしている人たちと、偶然出会ったカップルたちと、彼らの言葉も、思いも、常に噛み合わない。嘘をついたり、受け止められなかったり、傷つけたりして、その言葉の隙間やぶつかるところに巻き込まれるように見入ってしまうのはこれまで観てきた公演でもあったけれど、一人の顔が別の二人として現れる場所では、不穏さにずっとひやひやする。

本当は出会っていない人が舞台の上で同じ場所にいるように、同時にあることができないはずの過去と現在も、そこにある。ロロの物語に登場する人たちは、記憶や回想と共に生きている。他の人には見えない誰かと、今は会えない人たちと、声を響き合わせ、その声に支えられている。

海岸での公演を終えた舞台のセットを解体するシーン。役者たちが自分たちが立っていた舞台を声を合わせて片付けていく動きには、唐突に心を揺さぶられた。さっきまでの噛み合わなさが嘘のように、滑らかに連携して、形が変わっていった。そして現れた別の形によって、離れた2つの場所が、そこに同時に存在することを、わたしは確かに見た。空の上を見つめる視線。高いところから見守る視線。そことここ、いつかと今。会える人と会えない人。それを見ることができるのが、四角い窓だったのだろうか。

ロロ『四角い2つのさみしい窓』場面写真(撮影:三上ナツコ)

ロロを初めて観たのは、アフタートークに呼んでいただいたときだった。なんの予備知識も観た誰か他の人の話も、なんにも聞かずに体験したその世界に、わたしはとまどった。この騒々しいほど賑やかな声と、混線するような生身の運動と、加速していく記憶と想像と現実を、もっと観たい、と思った。

今でも、ロロの新しい作品が始まるたび、やっぱりとまどう。そこで生まれてくるのが、まだ知らない感情だから。このとまどいと、奥から押し寄せてくる切なさに、もっと揺さぶられて、その先を知りたい。

作品情報
ロロ
『四角い2つのさみしい窓』

脚本・演出:三浦直之
出演:亀島一徳、篠崎大悟、島田桃子、望月綾乃、森本華

徳島公演
2020年1月19日(日)
会場:徳島県 阿南市情報文化センター コスモホール

東京公演
2020年1月30日(木)~2月16日(日)
会場:東京都 こまばアゴラ劇場

福島公演
2020年4月25日(土)〜4月26日(日)
会場:福島県 いわき芸術文化交流館アリオス 本館4階 小劇場

*新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止のため、開催延期となりました。詳細は特設サイトをご覧ください。

三重公演
2020年5月9日(土)~5月10日(日)
会場:三重県総合文化センター 三重県文化会館 小ホール

*新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止のため、開催延期となりました。詳細は特設サイトをご覧ください。

ロロ
『窓辺』

ロロの生配信企画始動!
ビデオ電話で交流する人々を描く連作短編通話劇シリーズ。

第1話『ちかくに2つのたのしい窓』
脚本・演出:三浦直之
出演:亀島一徳、篠崎大悟
2020年4月19日(日)より配信開始

プロフィール
ロロ
ロロ

劇作家・演出家の三浦直之が主宰を務める劇団。2009年結成。古今東西のポップカルチャーをサンプリングしながら既存の関係性から外れた異質な存在のボーイ・ミーツ・ガール=出会いを描き続ける作品が老若男女から支持されている。15年に始まった『いつ高』シリーズでは高校演劇活性化のための作品制作を行うなど、演劇の射程を広げるべく活動中。主な作品として『LOVE02』(2012年)、『ハンサムな大悟』(2015年)、『BGM』(2017年)など。『ハンサムな大悟』は第60回岸田國士戯曲賞最終候補ノミネート。(撮影:三上ナツコ)

新田章 (にった あきら)

青森県出身。漫画家。『恋のツキ』『あそびあい』『パラダイス新田章作品集』発売中。

谷口菜津子 (たにぐち なつこ)

漫画家・イラストレーター。著書に『放っておくだけで、泣くほどおいしい料理ができる』、『彼女と彼氏の明るい未来』、『スキマ飯』など。

金子大地 (かねこ だいち)

1996年9月26日、北海道出身。「アミューズオーディションフェス2014」にて俳優・モデル部門を受賞しデビュー。以降、映画、ドラマ、CMに多数出演。ドラマ『おっさんずラブ』(2018 / EX)にて演じた栗林歌麻呂役が注目を集め、翌年『腐女子、うっかりゲイに告る。』(2019 / NHK)でテレビドラマ初主演を務める。ゲイの高校生役を繊細に演じコンフィデンスアワード・ドラマ賞新人賞を受賞。そのほか近年の出演作に、ドラマ『チート~詐欺師の皆さん、ご注意ください~』、映画『家族のはなし』『どすこい!すけひら』『殺さない彼と死なない彼女』など。W主演した映画『猿楽町で会いましょう』は6月5日公開。

夏目知幸 (なつめ ともゆき)

東京を中心に活動するオルタナティブギターポップバンドシャムキャッツのボーカル、ギター、作詞作曲。2016年、自主レーベル「TETRA RECORDS」を設立し、リリースやマネジメントも自身で行なっている。近年はタイ、中国、台湾などアジア圏でのライブも積極的。個人では弾き語り、楽曲提供、DJ、執筆など。

柴崎友香 (しばさき ともか)

小説家。2000年に初の単行本『きょうのできごと』を刊行(のちに行定勲監督により映画化)。2007年『その街の今は』で芸術選奨文部科学大臣新人賞、織田作之助賞大賞、2014年『春の庭』で芥川賞受賞。2010年に野間文芸新人賞を受賞した『寝ても覚めても』が濱口竜介監督により映画化。『わたしがいなかった街で』『パノララ』『千の扉』『よう知らんけど日記』『公園へ行かないか? 火曜日に』『待ち遠しい』『かわうそ堀怪談見習い』など著作多数。



フィードバック 0

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

  • HOME
  • Stage
  • 10周年のロロに寄せて。新作を目撃した、彼らを愛する5人が綴る

Special Feature

Habitable World──これからの「文化的な生活」

気候変動や環境破壊の進行によって、人間の暮らしや生態系が脅威に晒されているなか、これからの「文化的な生活」のあり方とはどういうものなのだろうか?
すでに行動している人々に学びながら、これからの暮らしを考える。

記事一覧へ

JOB

これからの企業を彩る9つのバッヂ認証システム

グリーンカンパニー

グリーンカンパニーについて
グリーンカンパニーについて