『ハケンの品格』2007年版を観る。今と通じる労働者の立場や環境

(メイン画像:『ハケンの品格』)

2007年に放送された篠原涼子主演作『ハケンの品格』は、一匹狼の「スーパー派遣社員」大前春子を主人公にした連続ドラマだ。放送当時、全話の平均視聴率が20%を超えるなど大きな話題を呼んだ。その13年ぶりとなる新作が今年4月から放送開始予定だったが、収録の休止に伴って初回放送が延期され、現在は「近日放送」という形になっている。

前作の放送時と比べて、働き方への意識や社会の状況が大きく変化した2020年に届けられる『ハケンの品格』はどのようなものになるのか気になるところだが、新作の放送を待つファンに向けて4月15日から2007年版を編集した特別編が放送中だ。本稿では2007年版が描いた「派遣社員の物語」について改めて振り返る。

残業や休日出勤、契約期間の延長は「いたしません」

今年、日テレで続編が放送される予定の『ハケンの品格』。その第1シリーズが放送されたのは13年前、2007年のことだった。

ドラマの冒頭では「現在、派遣人口300万人。しかし給与は時給制でボーナスなし、交通費は原則自己負担、3か月ごとの契約見直し、その環境は不安定で厳しい」とナレーションで派遣社員の状況が説明されているから、このドラマは、単に「派遣は楽しいよ」というメッセージを発するだけのお仕事ドラマではないことはわかる。

興味深いのは、様々な立場、勤務歴の登場人物たちの年収がテロップで提示されていたことだ。なぜか篠原涼子演じる主人公の大前春子だけは明確に書かれていなかったが、時給は3,000円以上の「特Aランク」の派遣社員という設定である。

この大前春子がまったく愛想のない人物で、派遣の面談の際にも、大泉洋演じる商社の販売二課の主任・東海林から「やってもらうのは彼(そこにいる社員の里中)のサポートと雑用になります」「うち来る前なにしてたの?」と聞かれても一言もしゃべらない。それどころか、派遣元の営業担当・一ツ木(安田顕)は、「契約期間の延長、担当セクション以外の仕事、休日出勤、残業はいたしません」と春子からの条件を東海林たちにつきつけるのだった。

近日放送『ハケンの品格』新シリーズ、第1話PR映像

契約更新の不安も周囲からの視線も気にならないのは、現実離れした「スーパー派遣」であるがゆえ

春子が東海林を無視するのには理由があり、それがこのドラマのテーマにもなっている。派遣社員を共に働く人間であると認めない人のことは、春子からも人とは認めないということなのだ。

案の定、他の正社員たちも、無意識に派遣社員のことを人と見ていないような態度をとる。春子や、春子と同時に派遣社員として働くことになった若い女性スタッフの森美雪(加藤あい)に対して、他の課の社員から仕事が舞い込むこともあるし、あろうことか、正社員たちは「コーヒー買ってきて」「タバコ買ってきて」とプライベートな「おつかい」を美幸に言いつけるのだ。また、十分なスキルのない美幸のような派遣社員の教育を、同じ派遣社員である春子に任せようとしたりもしていた。

『ハケンの品格』公式Instagramより

美幸を見ていると、かつて派遣社員として働いていた筆者もその頃のことを思い出す。派遣社員であるということは、無事に次の契約が更新がされるのか、常にジャッジされていて不安定な状況にある。だから派遣先で少々嫌なことがあっても、笑って受け入れないといけないという状況に陥る。私も春子のように、無駄な愛想をふりまかず、傍若無人で我が道を行く派遣でいたかった。もしかしたら傍目には十分我が道を行っているように映っていたかもしれないが、私は私なりにびくびくしていたし、社員よりも自分は劣った存在なのではないだろうかという思いを抱きながら過ごしていたのである。

春子は、社内の懇親会に呼ばれた際、派遣元の営業に対して「出たくもない歓迎会に出て、したくもないお酌をさせられるくらいなら、クビにしていただいて結構です。今すぐ契約を打ち切ってください」とぴしゃりと言うことができる。そんな態度をとれるのは、春子が豊富なスキルと膨大な数の資格を持つ「スーパー派遣」であり、今の会社をやめても引く手あまたで生活の不安がないからに他ならないのだ。

春子と東海林のラブコメディーを成立させた、関係性のバランス

この春子の高潔なキャラクターは、本作をセクシズムやパワハラを許さない作品にするという意味では有効であったし、その上で、東海林とのラブコメディーをうまく成立させている。

東海林は、いわゆる「社畜」と呼ばれるような働き方をしている。社内で行われる新年の餅つき大会でも張り切りまくり、出世がしたくて上にはゴマをするが、派遣社員のことは「単純な労働力」とみなし、人とは見ていないようなところがある。しかし、大前春子には何らかの感情を抱き始めるのだ。

東海林が春子に一目置くようになったのは、東海林と春子がある諍いを起こし、東海林が「ホッチキスの早打ち」で決着をつけたときのことだ。春子と東海林は一歩も引かないデッドヒートを繰り広げ、同時に1000枚の書類にホッチキスを打ち終わる。しかし、春子は最後の1枚のホッチキスの芯が外れてしまい負けとなってしまう。その様子の不自然さには、東海林の後輩の里中(小泉孝太郎)も気づいていた。彼が春子にそっと理由を尋ねると、「それは私が派遣だからです。大勢の人の前で正社員のプライドを傷つけても私はひとつも嬉しくはありません」「あの場を収める方法が他にありましたか」と語るのだ。ここに関しては解釈が難しいところもあるが、そこには、派遣社員はプライドよりも仕事とお金を得て生きていくことの方が大事だという考えがあったのではないか。これは前後の描写から導き出した私の解釈だが。

大泉洋演じる東海林は前作で名古屋支店に異動になったが、新作にも登場する

東海林は、春子の束ねた書類を後でまじまじと見て「あの女ただもんじゃねえな。1ミリの狂いも緩みもなく、製本したみたいに留めてある」と気づく。そして翌朝、東海林は春子の凄さを認めたことで、それまでは「あんた」「おまえ」「ハケン」などと決して名前を呼ばなかったというのに、春子のことを「大前さん」と呼ぶ。春子もそこで初めて「東海林主任」と名前を呼び返すことになるのだ。ふたりが初めてお互いを認め合った瞬間である。

男同士の物語ではよく、敵同士であるふたりが剣術や銃のさばき方の「技術」が互角であることを知り、相手にとって不足はないと強い感情が生まれることがある。春子と東海林の場合は、ホチキス競争という、トホホな「技術」争いの結果ではあるが、そういうシンパシーを感じあうシーンとしてうまく描かれていた。

また、派遣社員と正社員の恋愛トラブルにおいて、社員のほうが地位が高く、弱い立場の派遣社員が何かあっても断れないような不利な関係に陥りやすいという危険性がある。会社内でのセクハラ、パワハラは、そういう構造を持っている。春子も東海林から気持ちを伝えられたときには「すぐ辞める派遣だから誘いやすい、軽く誘ってこじれたら切り捨てる、そういう正社員を私は死ぬほどみてきました」とつっぱねる。このドラマの中で、春子と東海林の間にそうした不均衡な上下関係があったら居心地の悪いものになっていただろう。春子と東海林の関係性をラブコメディーとして描くには、派遣社員と正社員の間の不均衡をあぶり出し、それをフラットにする必要があったのだ。

会社の都合で振り回される労働者。春子が「派遣」にこだわる理由

しかし、有能で周りにも一目置かれる春子は、なぜここまで「派遣」にこだわるのか。それは、1話の最後の美幸との会話で明らかにされる。

「正社員になってもリストラ、あと潰れたら終わりだね」「なのに会社のために毎日毎日根回し、ごますり、出世レース。無駄、全部無駄。不景気が100年続こうと、日本中の会社がつぶれようと私は大丈夫。派遣が信じるのは、自分と時給だけ。生きていく技術とスキルさえあれば自分の生きたいように生きていける」と。のちに明らかになるが、春子自身もかつては正社員として信託銀行に勤めており、銀行の統合による人員削減でリストラされた過去を持っているのだ。

近日放送『ハケンの品格』新シリーズより

一方、東海林も1話の最後に里中とともに、「電話の取り方を教えてくれた業務のおばちゃん」や、「残業のたびにおでんをおごってくれた主任」が、みんなリストラされて、派遣社員が増えることに疑問を感じていた。東海林は、会社の都合で人員が削減され、そこに派遣社員が入ってくることを、「これじゃインベーダーゲームみたいじゃないか」とつぶやいていた。

春子も東海林も、その主張は正反対に見えて、大元には同じような気持ちを抱えている。会社の都合で個人は振り回される。だからこそ、それぞれの立場で踏ん張っているのだけなのだと思えた。だからこそ、二人は近づいていくのである。

不況が深刻化すると真っ先にあおりを受ける非正規雇用者。2020年の『ハケンの品格』はどうなる?

ドラマとしては、非常によくできていた2007年版の『ハケンの品格』だったが、ひとつだけ言っておかないといけないことがある。春子はそのスキルが認められたうえで、高い時給をもらっている。それは春子の場合には「同一労働同一賃金」の考えがある程度、成立しているということだろう。しかし、現実に春子のように並外れてスキルが高く、それを正当に認められて時給に反映され、かつ、愛想もふりまかずに、会社の中でも浮かない存在として受け入れられる派遣社員は世の中にどのくらいいるのだろうか。

また同時に、美幸のように特別なスキルはなくとも、春子の影響を受けて、仕事をするひとりの人間として前進しているような人も、春子と同じように職場で「人として」扱われないといけないと感じる。

現在、2007年よりも働く環境は刻々と変化している。不況が深刻化すると、一番に契約を切られたり、守られない状況で過酷な労働を強いられたりするのは派遣社員をはじめとする非正規雇用の労働者だ。働き方改革が推進されてきた一方で、新型コロナウイルス感染拡大の影響による雇用不安が広がる今、どんな風に派遣社員の状況が描かれるのか、これから始まる『ハケンの品格』の新シリーズを注意深く見ていきたいと思う。

番組情報
『ハケンの品格』

近日放送

脚本:中園ミホ 他
演出:佐藤東弥、丸谷俊平
主題歌:鈴木雅之“Motivation”
出演:
篠原涼子
小泉孝太郎
勝地涼
杉野遥亮
吉谷彩子
山本舞香
中村海人(Travis Japan / ジャニーズJr.)
上地雄輔
塚地武雅(ドランクドラゴン)
大泉洋(特別出演)
伊東四朗



フィードバック 1

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

  • HOME
  • Movie,Drama
  • 『ハケンの品格』2007年版を観る。今と通じる労働者の立場や環境

Special Feature

Crossing??

CINRAメディア20周年を節目に考える、カルチャーシーンの「これまで」と「これから」。過去と未来の「交差点」、そしてカルチャーとソーシャルの「交差点」に立ち、これまでの20年を振り返りながら、未来をよりよくしていくために何ができるのか?

詳しくみる

JOB

これからの企業を彩る9つのバッヂ認証システム

グリーンカンパニー

グリーンカンパニーについて
グリーンカンパニーについて