一人っ子政策、家父長制の影を背景に、中国社会を生きる女性の物語。論争呼んだ『シスター』監督に聞く

一人っ子政策、家父長制の影を背景に、中国の厳しい社会を生き抜く女性の姿を描いた2021年の映画『シスター 夏のわかれ道』が日本公開される。一人、都会に出て医者になる夢を追うか、両親の事故死をきっかけに突然現れた6歳の弟と生きるか──自分の人生計画と姉としての思いの狭間で揺れる主人公。

彼女が最後に下した決断に対し、中国では「#SISTERをどう評価するか」、「#個人の価値は家族の価値より大切なのだろうか?」とSNSで論争が起き、『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』を超えて年間興収171億円を突破するほどの注目を集めたという。

本作は、2014年まで続いた一人っ子政策を生きた、同世代の女性監督と女性脚本家のタッグで制作された。本作が長編2作目となる、1986年生まれのイン・ルオシン監督に、ライターの西森路代が話を聞いた。

『シスター 夏のわかれ道』予告編

世代の異なる女性たち、立ちはだかる家族の問題。同時代のアジアの作品とも共鳴する物語

『シスター 夏のわかれ道』は、2021年に中国で公開されると、2週連続で興行収入ナンバー1を獲得したヒット作だ。1979年から2014年まで続いた一人っ子政策など、中国の社会状況を背景にした作品だが、描かれている世界は、我々にとってもごくごく身近に感じられるものだ。

舞台は現代の中国四川省・成都。看護師をしているアン・ラン(チャン・ツィフォン)の両親が事故で帰らぬ人に。一人っ子政策下に男子を望んでいた両親のもとに生まれた彼女は、早くから独立して一人暮らしをしており、弟のズーハン(ダレン・キム)とは一度も同居したことがなかった。しかし彼女は、顔も合わせたことのなかった弟の保護者となることを、親戚一同から望まれる。いずれ北京に出て大学院に進学したいと考える彼女は、当初は弟と馴染めず、養子に出すことを考えるのだが……。

この映画を見ていると、アジアのさまざまな映画のシーンを思い出す。自身と血のつながった子どもの里親を探しながらも悩む姿には、是枝裕和監督の最新作『ベイビー・ブローカー』が浮かぶ。

アン・ランが北京の医大を目指し、進路希望に書くも、「女の子は地元で働いて家族の世話をしろ」という考えから、両親が地元の看護科に書き換えていたとわかるシーンや、彼女の伯母もまた、女性ということで進学をあきらめ、長男である弟や家のために働くことを強いられたエピソードが交わる瞬間は、胸に刺さると共に『82年生まれ、キム・ジヨン』(2019年)を思い起こした。アン・ランの、どちらに行くのが正しいのかわからないような、揺れる表情を見ていると、同じく韓国映画である『はちどり』(2018年)のような繊細さも感じる。

キャラクターも魅力的だ。アン・ランの叔父は、ふわふわとしていていい加減なところもあるが、なにかとアン・ランとズーハンのことを気にかけてくれるし、ズーハンはいたずらっ子ではあるが、その背景には、突然、両親を亡くしてしまった不安が見え隠れして、なんとも愛しく見えてくる。

アン・ランのなかにも、同様の気持ちが生まれてくるのだが、だからといって、若く希望に満ちたアン・ランが家族のケアを担う人生を選択せねばならないものなのだろうかとも思えてきて、彼女がどんな選択をするのかと最後までハラハラしてしまう。

幼い子どもは守られるべきである。しかし、知識を身につけよりよく生きたいと願う女性は、それを投げ出してまで、ケア役割を負うべきなのだろうか。見ているこちらの価値観も揺さぶられる。それだけ、この映画が、どこで暮らしていても直面する現代的な問題を描いていることの証拠になっているのだろう。

監督は、映画のエンディングで、はっきりとその選択を描くことはしなかったと言っている。アン・ランやズーハンの今後がどうなっていくのかはわからないが、現実社会の状況と無関係ではないことだけはたしかだ。

以下、Zoomを介して行なったイン・ルオシン監督へのインタビューをお届けする。

主人公の苦境や、上の世代の女性の姿。中国の若い観客はこの作品をどう観た?

―この映画は中国でもたくさんの方に観られたということでしたが、どのような感想が寄せられていたのでしょうか?

イン・ルオシン:多くの方にとって、自分自身に引きつけて観ることができる話だったので、SNSなどでも盛り上がったようです。主人公のアン・ランの伯母さんのことを身近に感じた方も多かったみたいですね。

─伯母さんもまた、家族のために自らの夢や生活を犠牲にしてきた女性でしたね。アン・ランに対して厳しい人なのかと思っていたら、じつは、長男が家を継ぐために、進学をあきらめたりしていて、アン・ランへのシンパシーも感じられました。

イン・ルオシン:そうですね。自分のお母さんに似ているという人もいましたし、親戚の伯母さんだったり、身近な年上の女性だったりと、自分の周囲にいる女性たちを思い起こした方が多かったようです。

それに加えて、アン・ランの前に突如現れる弟のズーハンのことがただただかわいそうだという風に見て、アン・ランを含めて、二人の行く末が気になるという声もたくさんありました。若い女性は、アン・ランと自分を重ね合わせて、「いまの社会には、こういうところがあるよね」と共感する声も多かったです。アン・ランとまったく同じではなくても、それぞれに生きづらい状況があり、自分と照らし合わせながら共感して観てくれていたようでした。

映画のストーリーがオープンエンディングで終わっているということもあり、アン・ランはこれからどうなっていくのだろう、実際には、どのような決断をしたんだろうと、観られた方が、それぞれに考えているような反響も多かったです。

―アン・ランの伯母さんの話が出ましたが、もう一人、叔父さんの存在も、大きかったですよね。この叔父さんは、定職についているわけでもなく、社会の規範から距離を置いている存在だからこそ、同じように大家族と距離を置いているアン・ランとも、互いにどこかシンパシーがあったのではないかと思います。

イン・ルオシン:私自身もこの叔父さんのキャラクターが好きなんです。自分の周りにも、この叔父さんのような人が実際にいました。

映画のなかの叔父さんは、ちょっと調子が良くて、夢をいつまでも追いかけていて、過去には仕事で北京や深圳に行ったこともあったりして、フットワークが軽いというか、地に足がついていないところもあります。また、妻と離婚して離れて暮らしている娘はもう結婚するような年齢にもなっていて、子育てに対して後悔がある。

普段は麻雀ばかりしていたりと、どうしようもないところは多いんですが、同時にだからこそ、柔軟な考え方も持っていて、温かいところも見え隠れしていますよね。叔父さんを演じてくれたシャオ・ヤンさんも、このキャラクターを気に入ってくださって、非常に愛らしく演じてくださったと思います。

自由に生きることは、なんらかの愛を放棄することではない

―主人公のアン・ランについてですが、彼女は都会に行ってもっと学びたいという思いと、突然現れた実の弟の面倒を見なければいけないということの狭間で揺れるキャラクターでした。エンディングについては、明確な選択を描いたわけではないということですが、監督ご自身は、こうした女性像をどう見ながら演出していたのでしょうか?

イン・ルオシン:アン・ランは、25歳でまだ非常に若いんですね。かなり早い段階で家族と離れて自立していて、現在は看護師をしています。つらいことも多い人生だけれど、ある日突然、両親の交通事故をきっかけに弟が現れて、彼と対話する状況に置かれます。でも、この映画のエンディングの時点で、まだアン・ランと弟は出会って100日にも満たないんです。ということは、このストーリー自体が、まだ始まったばかりとも言えるわけで、だからこそ、明確な答えを出すということはしなかったんです。

だから、見た人によっては、彼女は自分の夢を追いかけるんだなと思う人もいるでしょう。この映画は、彼女がどんな選択をしたのかということよりも、弟と出会い、対話をしたことで、彼女のなかで何かが少しずつ変わっていくということを描くものだと思っています。私としては「愛をあきらめないでほしい」ということが、大きなテーマなんじゃないかと思っているんです。

現代の女性は、それぞれが考える自己の在り方を模索し、それに向かってさまざまに行動しています。そのように現代の女性は自由に生きられるようになりましたが、自由に生きることは、かならずしもなんらかの愛を放棄することとイコールではないとも思っているんです。

中国国内の女性クリエイターはいま、良い状況にある

―この映画を日本で暮らしている人々が見ても、非常に共感できる部分も多いのではないかと思いました。監督は、共感したり、影響を受けたりしてきた海外の作品にはどんなものがありますか?

イン・ルオシン:私はたくさんの映画を見てきましたので、良い作品を観ると、いつも刺激をうけますし、この作品も具体的に何にということはないのですが、たくさんの作品に刺激を受けてつくった映画だといえるかもしれません。

具体的には、是枝裕和監督の『誰も知らない』(2004年)、『奇跡』(2011年)、『海よりもまだ深く』(2016年)や、小津安二郎監督作品などをはじめとして、日本の映画やドラマもかなりたくさん観てきましたし、アン・リー監督作品や、エドワード・ヤン監督作品などにも刺激を受け、自分自身のクリエイティビティーを掻き立てられてきたところが大いにあったと思います。

―現在の中国国内で、女性のクリエイターはどのような状況にあるのでしょうか? 今回は脚本家のヨウ・シャオインさんも女性でしたが、女性クリエイター同士の横のつながりなどもあるのでしょうか?

イン・ルオシン:国内の女性クリエイターは、すごく良い状況であるといっていいと思います。映画監督だけでなく、さまざまなジャンルで女性たちが活躍していますし、みなさん、アクティブでバイタリティーのある方が多い印象です。

映画界でいうと、女性クリエイターの方はたくさんいるんですけど、スタイルもテーマもそれぞれ違うんですよね。そこが非常に良いところだと思います。最近だと、ショートフィルムの世界でもかなり女性が活躍していますし、これからも、若い世代の方にどんどん参入してもらいたいと思っています。

作品情報
『シスター 夏のわかれ道』

2022年11月25日(金)から新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋ほか全国公開

監督:イン・ルオシン
脚本:ヨウ・シャオイン
出演:
チャン・ツィフォン
シャオ・ヤン
ジュー・ユエンユエン
ダレン・キム
配給:松竹
プロフィール
イン・ルオシン

中国安徽省出身。1986年生まれ。中央戯劇学院演劇文学演出科を卒業し、『イェルマ』『真夏の夜の夢』など多くの演劇や、映画の脚本、監督を担当。2015年に脚本を手がけた『結婚しましょう』は中国の小劇場の興行トップ10に入る。2020年に『再見、少年』で長編映画デビューし、本作が監督2作目となる。



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