蘇る50年前NYの歴史的フェス。黒人文化と誇りを祝福する記録映画

1969年の夏、『ウッドストック・フェスティバル』が行なわれたのとほぼ同時期のアメリカで、『ハーレム・カルチュラル・フェスティバル』が開催された。『ウッドストック』の会場から約130km離れたニューヨーク・ハーレムの公園に集ったのは、スティーヴィー・ワンダーや、B.B.キング、Sly & the Family Stone、ニーナ・シモンら錚々たる面々。さらにアフリカンアメリカンの文化人、政治指導者も参加し、警備はブラックパンサー党が援助。6週間で30万人の観客がこの一大イベントを目撃した。

しかし、このイベントは『ウッドストック』のように音楽史に残る歴史的出来事として広く知られることはなかった。フェスを記録した映像はその後に日の目を見ることなく、約50年のあいだ、地下室に眠っていた。

映画『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』は、近年発掘された同フェスの映像に、当時の社会情勢を伝える映像、出演アーティストや当時の観客、現代のアーティストのインタビューなどを織り交ぜて構成されたドキュメンタリーだ。サブタイトルは、当時のブラックパワームーブメントのスローガンになった言葉でもあり、詩人、アーティストのギル・スコット・ヘロンの1970年の楽曲タイトルでもある“Revolution Will Not Be Televised(革命はテレビ中継されない)”からとられている。50年前のハーレムと現代をつなぐこの作品は、2021年の観客に何を伝えるのか? そして、この重要なフェスが歴史から「忘れられた」という事実は何を示すのか? 音楽ライターの渡辺志保が綴る。

アフリカン・アメリカンの人々の文化と歴史が刻まれた街、ハーレム

マンハッタンから地下鉄で北上し、125丁目の駅で降りる。そして、階段を昇って地上へ出るときの高揚感は何とも言葉にし難い。街角で売られているシアバターやインセンスの甘ったるい香りと、脂っぽい食べ物の香りが混ざって、何とも言えない空気に包まれる。私にとって、ニューヨークを訪れるたびに必ず滞在する場所が、ハーレムだ。

ハーレムには、歴史の香りも染み付いている。135丁目にはアフリカン・アメリカン研究には欠かせない巨大図書館のションバーグ黒人文化研究センターが位置し、さらに140丁目まで足を伸ばすと、ヒップホップファンにはお馴染みのビッグ・L(1999年に逝去したハーレムのアーティスト)の壁画がある。

ニューヨーク・ハーレム、「マルコム・X・ブルーバード」の標識 Photo by Kaysha on Unsplash

目抜き通りで一際存在感を放っているのは、ジェームス・ブラウンをはじめ、数多のアーティストたちに愛されてきたあのアポロ・シアターだ。南方へ下っていくと、南北戦争が始まる前にいくつもの奴隷たちを自由へと導いた「奴隷解放の母」、ハリエット・タブマンの銅像がある。「マルコム・X・ブルーバード」や「マーティン・ルーサー・キング・ブルーバード」「W.E.B.デュボイス・アヴェニュー」など、アフリカン・アメリカンの偉人たちの名前を冠した近くの通りの標識を目にするたびに、このハーレムの地が、いかにアフリカン・アメリカンの人々にとって特別な意味を持つ場所なのかを感じ取ることができる。

マルコム・Xとキング牧師を失った1960年代末。黒人アーティストと観衆が集った真夏の出来事

1960年代のアメリカでは、公民権運動が盛んになる一方、1965年2月にマルコム・Xが、次いで1968年の4月にはキング牧師が暗殺された。当時、二人の革命家を奪われたアメリカの黒人たち。ニグロという差別的な名残の呼称は捨て去られ、代わりにブラックパワーの美しさと強さをまとった彼らは、その視線を、そしてその姿勢を新時代へと向けざるを得なかった。そして、それが大きなパワーとして噴出したイベントの一つが、『ハーレム・カルチュラル・フェスティバル』であった。

1969年の6月29日から8月24日までのあいだ、120丁目から124丁目にかけて広がる旧マウント・モリス公園(現マーカス・ガーヴェイ公園。ちなみにガーヴェイは主に1920年代にアフリカ回帰を提唱した指導者の名だ)で開催された音楽フェスティバルである『ハーレム・カルチュラル・フェスティバル』。スティーヴィー・ワンダー、B.B.キング、Sly & the Family Stone、マヘリア・ジャクソン、そしてニーナ・シモンら、錚々たるメンバーが登壇したこのフェスは、当時のテレビプロデューサーであるハル・トゥルチンによってフィルムに収録された。

映画『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』は『ハーレム・カルチュラル・フェスティバル』のライブ映像と、出演アーティストや参加者への新たなインタビューで構成される © 2021 20th Century Studios. All rights reserved.

『サマー・オブ・ソウル』本編を観てまず驚くのは、映像の鮮やかさ、そしてサウンドの豊かさだ。カメラ4台を駆使して撮影されたというこの貴重な映像は、製作費をまかなうためにハーレムの公園に降り注ぐ自然光をふんだんに利用したという。そして、モノラル録音で収録されたコンサートの音源は、その場の雰囲気をありありと伝えるに十分なクオリティを保ったまま。

およそ40時間にもわたるフッテージ映像を2時間弱のドキュメンタリー映画にまとめ上げたのは、ヒップホップバンド、The Rootsのドラマーとしても知られるクエストラブだ。ミュージシャンとしてだけではなく、音楽プロデューサーとして、演劇や映画の仕事も手がけ、『アカデミー賞』の音楽ディレクターやミシェル・オバマの公認プレイリストのキュレーターも務めている。また、自著も多数出版しており、アメリカ黒人のカルチャーや歴史を音楽を通じて具現化し、多くの人々に伝えてきた人物である。クエストラブが映画監督として作品を発表するのは、今回が初めて。本編を観ていると、彼がこの作品に注ぎ込んだ愛情がひしひしと伝わってくる。

『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』予告編

音楽における「ブラックパワー」のプレゼンテーション。ラインナップの包括性に感じる意思

それぞれのミュージシャンによるパフォーマンス場面は、本作の肝とも言うべき要素だろう。ここはまさに、これまで幾度となくステージに上がり、多くの聴衆を沸かせてきたクエストラブならではのセンスが光っている部分でもある。

冒頭、いきなりスティーヴィー・ワンダーのドラムソロに度肝を抜かれるが、このドラムソロで本編が始まるのは、自身もドラマーであるクエストラブの希望だったそうだ。The Fifth Dimensionが歌う“Aquarius / Let The Sunshine In”はまだ見ぬ明るい未来へと胸を高鳴らせるし、The Temptationsを脱退し、ソロとしての活動をスタートさせたデヴィッド・ラフィンによる“My Girl”のパフォーマンスは、悲鳴を上げながらステージに熱い眼差しを送る多くの女性オーディエンスの姿が印象的だ。Gladys Knight & The Pipsのステージはまだキュートさを残しながらもThe Pipsとの絶妙な掛け合いを見せるグラディスの姿が光る。

コーラスグループとして1960年を中心に人気を博したThe Fifth Dimension。“Aquarius / Let The Sunshine In”は、ミュージカル『ヘアー』で歌われている楽曲のメドレーで、全米1位に輝いた © 2021 20th Century Studios. All rights reserved.
当時人気絶頂だったグラディス・ナイト率いるGladys Knight & The Pips。映画にはグラディスがステージを振り返るインタビューも © 2021 20th Century Studios. All rights reserved.

そして、圧巻なのは「ゴスペルの女王」の異名を取るマヘリア・ジャクソンやThe Staple Singersらによるゴスペル楽曲のシーンだろう。ゴスペルのステージが始まる前に、ステージ上から「スピリットを分かち合おう」と呼びかけられ、オーディエンスらが一斉に駆け寄る。途中、公民権運動で尽力した牧師のジェシー・ジャクソンも壇上に登場し、暗殺されたキング牧師に向けたメッセージを発する。

スクリーンを通しても、会場を包み込む熱気が身体を包み込むように伝わってくる。ミュージシャン、そしてオーディエンスの心に宿る、燃えるような意志と、夏のハーレムの空気が溶け合っていくようでもある。

「ゴスペルの女王」マヘリア・ジャクソンと、ソウル歌手メイヴィス・ステイプルズ(The Staple Singers)は、1年前の夏に命を落としたキング牧師に捧げるパフォーマンスを行なった © 2021 20th Century Studios. All rights reserved.

『ハーレム・カルチュラル・フェスティバル』が素晴らしい点は数多くあるが、ニューヨークやアメリカだけに焦点を当てず、もっと広い範囲で音楽における「ブラックパワー」をプレゼンテーションしたところも特筆すべきところだ。

キューバにルーツを持ち、ハービー・ハンコックの“Watermelon Man”を披露したモンゴ・サンタマリアや、アパルトヘイトの政策に反対して南アフリカからアメリカに渡り、ヒット曲“Grazing In The Grass”を放ったヒュー・マセケラといったラインナップからは、このフェスそのものが黒人の歴史やプライドをいかに包括的に語ろうとしていたかがわかる。

モンゴ・サンタマリアによる“Watermelon Man”のパフォーマンス映像を用いた『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』本編映像

「Everyday People=市井の人」に歌いかけるSly & the Family Stone、激動の時代を生きる黒人女性を祝福するニーナ・シモン

ここまでも各アーティストのパフォーマンスについて触れてきたが、特にハイライトとして記しておきたいのは、まずSly & the Family Stoneのステージだ。当時、まだオルタナティブ的と言われていた彼らのサウンドは、大衆を目前にしてさらに弾け飛ぶ。大ヒットアルバム『Stand!』をリリースし、そこに収録された“Sing a Simple Song”、そして“Everyday People”を熱唱する。

「Everyday People=市井の人」という意味だが、このフェスティバルにはまさに30万人にもおよぶ市井の人が集まった。いま、自分たちの人権を取り戻すのだ──“Everyday People”からはそんな叫びが聴こえてくるような気もした。

人種・性別混合編成のバンド、Sly & the Family Stoneは、『ハーレム・カルチュラル・フェスティバル』出演者のなかで唯一『ウッドストック』にも出演したアーティストだった © 2021 20th Century Studios. All rights reserved.

そして、この映画においても最もアイコニックな存在として映っているのがニーナ・シモンである。公民権運動とともに闘い続けたアーティスト、ニーナ。ピアノの前に座り、彼女が鍵盤の上に指を滑らせる瞬間、そこから猛烈なエネルギーが放たれる。1920年代の「ハーレム・ルネッサンス」(1920~30年代にハーレムで起きた、アフリカ系アメリカ人による音楽やアート、文学などの文化的な興隆)を率いた詩人、ラングストン・ヒューズの詩を歌った“Backlash Blues”を歌うニーナの姿はハーレムに降り立った戦士であり、激動の時代に黒人女性として生きることをこのうえなく賛美し、鼓舞する女神のようだ。

ニーナ・シモンは、アレサ・フランクリンのカバーでも知られる若き黒人たちへの賛歌“To Be Young, Gifted & Black”も披露。公の場でほぼ初披露だったという © 2021 20th Century Studios. All rights reserved.

本編では、ニューヨーク・タイムズの黒人女性記者が、それまで一般的に黒人を指す用語であった「ニグロ」ではなく「ブラック」という表現を用いて記事を書いたものの、白人記者によって「ニグロ」に訂正されるというエピソードも登場する。

先にも少し触れたように、1960年代はアメリカで公民権運動が起こり、全米の各地で暴動が起こった。多くの指導者が投獄されただけではなく、命を奪われた者もいた。いっぽうで、1964年に公民権法が制定され、翌年には投票権法が制定されたという出来事もある(これまで、アメリカにおける黒人たちは選挙の有権者登録を行なうにも、難解な試験に合格することなどが課せられていた)。こうして、黒人の彼ら・彼女らが当たり前に持つ、社会における「人権」がようやく立体的にかたちを持ち始めたのだった。

激動の1960年代を経て、1969年は、これまで単一的な(そして劣悪な)ステレオタイプに押し込められていた黒人の人々が、アイデンティティとブラックパワーを獲得したタイミングでもあり、何よりも音楽がそのダイナミックさを表現していた。スクリーンからは、そうした変化を尊ぶミュージシャンやオーディエンスに共通する連帯感が滲み出てくるようだ。ブラック・パンサー党に会場の警備をお願いした、というエピソードからもその連帯感を感じることができるし、本編が始まってすぐ、会場内で財布の落とし物をアナウンスする素朴な一幕もまた、参加者が誰しも平等であることを印象付ける。

『ハーレム・カルチュラル・フェスティバル』の開催中、人類が初めて月面に上陸したというニュースが報じられる。その偉業を手放しで喜ぶアメリカの白人たちに対し、ハーレムの公園では、莫大な金額を掛けた遠い月の話題よりも、果たして明日、自分たちは生き延びることができるかどうか、瀬戸際の現状が語られるのであった。

フェスの存在が約50年間「忘れられていた」という事実が示す、「black erasure=黒人史の抹消」

監督を務めたクエストラブは、『TIME』誌のインタビューに「この作品は(アメリカ黒人の)歴史を修正するチャンスだと思った」と語っており、また、クエストラブほどのミュージシャンですら、このフェスティバルについてはほとんど知らなかったとも明かしている。

約50年前にトゥルチンが撮影した貴重な映像は、当時、どのメディアからも興味を持たれず、結果、半世紀にも渡って地下室に眠り続けることとなったのだ。この素晴らしいステージが、群衆が、なぜずっと放って置かれたままだったのか(クエストラブは、同インタビューで「black erasure=黒人史の抹消」という言葉を用いて説明している)。『サマー・オブ・ソウル』を最後まで観ると、1969年のハーレムの熱気を、いま、われわれが目の当たりにすることの意義が見えてくるはずだ。

『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』© 2021 20th Century Studios. All rights reserved.

パフォーマンス中、ニーナ・シモンが、壇上で「Are You Ready Black People?」と呼び掛ける。もとになっているのはラップの元祖とも言われるLast Poetsのメンバー、デヴィッド・ネルソンによる詩だ。この日、ニーナはこの詩を紙に書き付け、ステージ上で読み上げた。準備はできているか。時代や背景は異なれど、混沌とした2021年の社会において、私もまたニーナ自身に「準備はできているか」と奮い立たせられたのだった。

作品情報
『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』

2021年8月27日(金)公開

監督:アミール・“クエストラブ”・トンプソン
出演:
スティーヴィー・ワンダー
B.B.キング
The Fifth Dimension
The Staple Singers
マヘリア・ジャクソン
ハービー・マン
デヴィッド・ラフィン
Gladys Knight & The Pips
Sly & the Family Stone
Mongo Santamaría
ソニー・シャーロック
アビー・リンカーン
マックス・ローチ
ヒュー・マセケラ
ニーナ・シモン
ほか
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン



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