青山界隈が「ダンスの快楽」に埋め尽くされる18日間

だいぶ認知度が上がってきた「コンテンポラリーダンス」だが、それでも「どうもダンスはよくわからないものを延々と見せられそうでちょっと」と、苦手意識を持っている人も少なからずいるだろう。コンテンポラリーアートには興味のある読者でも、ダンスとなると興味がないか、興味はあるがどこから入ったらいいかわからないか、さしあたり興味のあるフリだけはしておくか、という人も多いのではないだろうか。

最近はダンサーとアーティストのコラボレーションも盛んで、美術館や展覧会などでの公演も多い。しかし「そもそもなにを見たら良いかわからない……」そんな人にオススメなダンスフェスティバルが3年に一度、青山周辺で行われている『ダンストリエンナーレトーキョー』である。国際的なダンスフェスティバルとしては日本最大級。世界最先端の優れたダンスをまとめて見られる貴重な機会だ。そして今年の開幕を飾るのがフランスのナセラ・ベラザ。彼女には、先だって記者会見のために来日した際に話を聞いた。その話を通して、様々な角度から「ダンスの快楽」に浸れる『ダンストリエンナーレトーキョー2012』の魅力に触れていこう。

そもそもコンテンポラリーダンスって?

「そもそもコンテンポラリーダンスってどんなもの?」という声をよく聞くが、これが実は答えにくい質問だ。バレエやヒップホップのような、特定のダンススタイルを指す言葉ではないからである。定義しづらいというよりも、定義されたとたんにするりと身をかわすダイナミズムこそが、コンテンポラリーダンスの特徴だといえる。そうやってあらゆる周辺ジャンルの要素を取りこみながら、融合し、拡散し続けているのである。

ヨンスン・チョ・ジャケ ©Samuel Rouge
ヨンスン・チョ・ジャケ ©Samuel Rouge

逆にいえば広義にはバレエだってヒップホップだって、今あるダンスは全てコンテンポラリー(同時代)ダンスなのである。日本舞踊もタップダンスもコンテンポラリーダンス。今回の『ダンストリエンナーレトーキョー2012』で上演される作品の多彩さを見れば、その幅の広さがよくわかるだろう。ベルギーダンスの雄アラン・プラテルは、2009年に惜しまれつつ世を去った演劇的ダンスの巨人ピナ・バウシュへのオマージュ作品。いまや世界に冠たるダンス大国となったイスラエルから来日する、ヤスミン・ゴデールとアルカディ・ザイディスは、人間の深いところをザクザクとエグるようなダンス作品で魅せる。

ヤスミン・ゴデール ©Tamar Lamm
ヤスミン・ゴデール ©Tamar Lamm

アジアから南米、さらに日本の新世代までを紹介

また昨今の伸長が著しいアジアやブラジルのダンスにも焦点を当てており、男だけどバレエの白いチュチュを着てしゃべくりながらパフォーマンスをする韓国のチェ・チンハンもいれば、大人数を怒濤のように動かすブラジルのリア・ロドリゲスもいる。自ら様々なパフォーマンスをするオランダ在住のピアニスト向井山朋子がドイツの振付家ニコル・ボイトラーや世界的に著名な照明作家ジャン・カルマンと組んだ新作や、近藤良平、珍しいキノコ舞踊団といった国際的にも評価が高い日本の中堅世代も登場する。さらに田畑真希や川村美紀子、21世紀ゲバゲバ舞踊団など、日本の新しい世代もラインナップされている。彼らはユーモアや毒で作品を満たしながらもしっかりと強い身体性に裏打ちされた、若手期待の星たちである。

伊藤千枝/珍しいキノコ舞踊団 ©Hiraku Ikeda
伊藤千枝/珍しいキノコ舞踊団 ©Hiraku Ikeda

会場はほとんどが青山円形劇場とスパイラルホールを中心に歩いて行ける圏内にあり、イベントのハシゴも容易だ。やはり近所のシアター・イメージフォーラムでは、国内外のダンス映像作品をザッと上映する。ワークショップや講演など、どっぷりダンスに浸れる3週間である。

似たり寄ったりのダンス作品が多い中、ダンス本来の魅力に満ちている、ナセラ・ベラザ

その『ダンストリエンナーレトーキョー2012』の開幕を飾るのがナセラ・ベラザ。芸術の国フランスといえばダンスの世界の中心……、と思うかもしれないが、それは正しくもあり間違ってもいる。たしかに30年前のコンテンポラリーダンス勃興期にフランスはその中心にいた。そして現在も世界のダンスマーケットを掌握し続けている。しかしそこで生み出されている作品は、いまや最先端とは言えない状況だ。詳しい説明はここでは省くが、要は「美術重視、コンセプト中心で、良いダンサーを使いながらもあまり踊らせず、身体性が希薄になってきている」という状況なのだ。そして結果的に似たり寄ったりのダンス作品が多くなってしまう。だがナセラ・ベラザは、そうした状況の中にあってバリバリに踊るスタイルを貫いている。アルジェリアに生まれ、フランスに移ったのは5歳からという来歴のせいかもしれない。ともかくダンス本来の魅力、身体を動かす喜びに満ちているのだ。

ナセラ:子どもの頃から身体を動かすことが好きで、妹のダリラと一緒に家で踊っていましたね。私のダンスは完全に独学なんですよ。はじめは流行っている音楽に合わせて身体を動かしていましたが、それでは物足りなくなり、すぐに音楽から離れ、自分のリズムで踊るようになりました。中学や高校では、学校のちょっとしたスペースで踊ったり振り付けを作ったりしていました。その頃からダンス作品を作ることを自然に考えていましたね。また、そうやって「劇場以外の場所」で作品を作っていたことが、私に「空間そのもの」について常に考える習慣をつけさせてくれたと思っています。それは、劇場やスタジオでしかダンスを踊っていない人が見落としがちなことにも、気付くことの出来る感覚を養ってくれましたね。

ナセラ・ベラザ ©Antonin Pons Braley
ナセラ・ベラザ ©Antonin Pons Braley

「観客を今とは別の場所へ連れて行くこと」が大切だと思っている。

ナセラのダンスは、エリートコースで純粋培養されていないがゆえの「雑味」の強さと地下茎の広さがある。そして彼女は、ダンスと同じくらいフランス文学を研究していたという。

ナセラ:私にとってダンスとフランス文学は分かちがたいものです。1989年に自分のカンパニーを立ち上げてからはダンス一本ですが、学校では両方を続けていました。いまでも私の作品のなかで、文学とダンスは互いに影響しあっています。といっても「ダンスで物語を演じる」ということではありません。エクリチュール(文字に書かれたもの)の大切さ、構造の考え方などが作品作りに生きているのです。ダンスにおいて私は「観客を今とは別の場所へ連れて行くこと」が大切だと思っていますが、それこそまさにドラマツルギー(製作手法)の考え方なくしては不可能ですからね。

ナセラ・ベラザ ©Antonin Pons Braley
ナセラ・ベラザ ©Antonin Pons Braley

暗黒舞踏の名作との意外な共通点?

今回上演される作品は『Le Temps scellé(刻印された時間)』『Le Trait(一筋の描線)-Solos』の二作品。前者は、2010年にリヨンのダンス・ビエンナーレで初演された。作品名は映画監督のアンドレイ・タルコフスキーのエッセイのタイトル(日本版では『映像のポエジア 刻印された時間』)から取ったものだという。

ナセラ:タイトルとは作品を見る上で鍵のようなものですが、『Le Temps scellé(刻印された時間)』というタイトルは私の作品全般に通底する素敵な言葉だと思います。今回は私と妹のダリラの二人のバージョンで上演します。照明にも特殊な効果を持たせた作品なので、楽しみにしてください。

冒頭、舞台上はしばらく暗いままだ。曲が流れ、踊っているらしいことはわかるが、やはり舞台は闇の中である。これは暗黒舞踏の金字塔といわれる土方巽の『禁色』(1959年)が、見えるか見えないかぎりぎりまで照明を絞っていたことを思い出させる。もっともそのときは、客席から「ちゃんと光を当てろ!」と声がかかったそうだ。つまり観客は、照明の故障だと思っていたのである。

ナセラ:面白い話ですね。照明ではないですが、似たような経験は私にもありますよ。フェスティバルの記念公演で短い作品を踊る予定でリハーサルもしていたのですが、直前に「やっぱり私は踊らない方が良いだろう」と判断し、踊りませんでした。すると友人のアーティストが「ナセラが出てない! なにか問題があったのか!?」と騒ぎ出したんですね。私としては「予期せぬ不在」を提示したつもりでしたが、それを演出と取る人もトラブルと取る人もいるものです(笑)。

ナセラ・ベラザ ©Antonin Pons Braley
ナセラ・ベラザ ©Antonin Pons Braley

舞台上には、様々な社会的な制約から解き放たれる自由がある。

しかしこれはとても重要な問題を含んでいるのだとナセラは言う。舞台では出演者も観客も、闇やトラブルなど様々なことに対する不安を絶えず抱えている。そんな中、アーティストには、才能にもまして勇気が必要なのだと。

ナセラ:舞台上には、様々な社会的な制約から解き放たれる自由があります。不安に立ち向かうのではなく、その自由に向かって羽ばたくことが、舞台に立つということなのです。そして「全てのことは起こりうる。不確かさや疑いを孕みながら踊るのだ」という意志が大切です。ただ始めから終わりまで、滞りなく進行すれば良いというものではありません。振付作品であっても、一瞬一瞬の動きは絶えず無限の可能性に開かれた中から選び出されているべきで、決められた振りをなぞっているのではダメなのです。

それは彼女のダンスを見ているとビンビン伝わってくる。ピンと張った空気、そして限られた光の中で、大きくしなやかな肢体が無限の連なりを持って踊り続けるのだ。大地から沸き上がってくるエネルギーのままに踊る様は、ダンス本来の魅力に満ちている。公演の前も終わった後もずっと踊り続けているような、永遠の一瞬に触れる作品だ。

アルジェリアの儀式や伝統舞踊で触れた、演じる側と見ている側との一体感。

さて『ダンストリエンナーレトーキョー2012』では、彼女の作品がもうひとつ上演される。『Le Trait(一筋の描線)-Solos』。これはひとつのデュオ作品とソロ作品の2つからなるピースで、今年の7月アヴィニヨン演劇フェスティバルで初演されたばかりだ。

ナセラ:デュオ作品を長く踊ってきたので、私はソロ作品を作ってみたいと思っていました。ちょうど妹のダリラにも温めていたアイデアがあったんです。私は先日、生まれ故郷であるアルジェリアに行き、様々な儀式や伝統舞踊に触れました。そこには演じる側と見ている側との一体感があり、非常に感動しました。それは観る者と演じる者とに分かれている今のダンスには欠けているものですね。もちろんその動きをそのまま採り入れるわけではありませんが、私の身体に流れている文化を、もう一度見つめ直した作品になると思います。

ナセラ・ベラザ ©Antonin Pons Braley
ナセラ・ベラザ ©Antonin Pons Braley

「身体言語を探索する旅」は、まだまだ始まったばかり

最後に、現在のフランスのダンス界についてどう思っているのか聞いてみた。彼女はしばし考えこんで、それはどういう方向からの質問なのかと慎重に問い返してきた。私は「ありていにいって今のフランスのダンスはコンセプトと美術ばっかりで、身体性が希薄であり、ほとんどつまらない。バリバリ踊るナセラさんからみて、正味のハナシ、どうなんですか、フランスのダンス界は?」とぶつけてみた。まあこれは賭けだ。芸術の殿堂たるフランスをなんだと思っているのだ! と喰ってかかられるかもしれない。だがナセラはしばし考えたあと早口で話し始めた。

ナセラ・ベラザ ©Philippe Sébirot
ナセラ・ベラザ ©Philippe Sébirot

ナセラ:そうですね……。たしかに他の振付家のダンスを見ていても「身体が語っているな」という作品に出会うことは稀です。たいていは身体性の上からコンセプトや美術などを足している、という印象のものが多いですね。本来コラボレーションとは、十分に自分自身を知った上で相手と取り組むべきものですが、ダンスに関して言えば、身体という素材について十分に考察する前に、演劇やテクノロジーといった他の分野と混合されることになってしまったと思います。


彫刻でも絵画でも、たいていのアートは、使う道具が自分自身の外にある。しかしダンスは、自分自身の身体を道具として使う、数少ない芸術のひとつである。

ナセラ:自分という身体と向き合うことから逃げようとして他の分野に手を出しても、うまくいかないのは当然でしょう。たとえばバレエは「人間本来の動きとは全く違った動き」という外的な表現要素を使っていますね。ノンダンスは身体を否定するところから入っていく。身体自体を活かしているという点では、ジャズダンスやヒップホップなどのアメリカのダンスがありますが、彼らにしても音楽からは自由になっていません。「身体言語を探索する旅」は、まだまだ始まったばかりだと思っています。私の作品にしても「抑制された表現だ」と感じる方もいれば、「強い意志を感じた」という方もいます。日本の皆さんにどう感じていただけるか、楽しみにしています。

ナセラ・ベラザは、ダンスの本質に揺るぎなく立っている。そして『ダンストリエンナーレトーキョー2012』は、ナセラ以外にも多角的なラインナップで君を待つ。 熱烈なダンスファンも初心者も、構えることなく観にきて欲しい。心配はいらない。本当に優れたダンスは、無条件に見た者の魂を揺さぶるからだ。むろん、合う、合わない、はあるだろう。しかし「これは自分のための作品だ」と思える、忘れ得ぬ出会いも、必ずある。まずは、挑め!

イベント情報
『ダンストリエンナーレトーキョー2012』

2012年9月27日(木)〜10月14日(日)
会場:東京都 青山(以下同)
青山円形劇場、スパイラルホール、東京ドイツ文化センター、シアター・イメージフォーラム、国連大学、青山ブックセンター本店
参加アーティスト:
ナセラ・ベラザ
アルカディ・ザイディス
アラン・プラテル/les ballets C de la B
平敷秀人
21世紀ゲバゲバ舞踊団
ジェコ・シオンポ
近藤良平
リア・ロドリゲス
伊藤千枝/珍しいキノコ舞踊団
ヨンスン・チョ・ジャケ
ヤスミン・ゴデール
田畑真希
川村美紀子
チェ・チンハン
マルティン・ナッハバー
向井山朋子+ニコル・ボイトラー+ジャン・カルマン
ほか
※全プログラムはオフィシャルサイト参照

シンポジウム
『人はなぜ踊るのか?』

2012年10月6日(土)17:00〜19:30
会場:東京都 青山 国連大学 ウ・タント国際会議場
モデレーター:榎本了壱、近藤良平
パネリスト:岩下尚史、高橋和子、束芋、TETSUYA(EXILE)
料金:1,000円(前売のみ)

プロフィール
ナセラ・ベラザ

アルジェリア生まれ、5歳でフランスに移住。フランス文学を勉強した後、ダンスに専念することを決意し、1989年にカンパニーを結成。フランスにおいては、モンペリエ、セーヌ・サンドニ、アヴィニヨン、リヨンのダンス/演劇フェスティバルに招待され、ヨーロッパ他、アフリカ、アジア、北米で作品を上演、演劇や映画においても活躍している。2008年フランス演劇・音楽・舞踊批評家組合「驚嘆すべき振付賞」、2009年ケベックLa Danse「最も情緒のある作品賞」を受賞。

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