アートコレクターという豪快な生き方「高橋コレクション」を観る

村上隆、奈良美智、会田誠、Chim↑Pom、名和晃平、草間彌生、横尾忠則、森村泰昌、荒木経惟、蜷川美花、束芋、山口晃、ヤノベケンジ……、アートに詳しくなくても、一度は耳にしたことのある著名アーティストが勢揃い。これら、日本の現代アーティストオールスターによる作品を、美味しいところだけ味わえるコンピレーションアルバムのようにまとめて観られるのが、東京オペラシティアートギャラリーで開催中の『高橋コレクション展 ミラー・ニューロン』です。

「高橋コレクション」とは、精神科医である高橋龍太郎が、1990年代から本格的に集め出した、日本の現代アートコレクション。それは、質、量と共に、美術館に匹敵する陣容で、日本の現代アートを語る上で欠かせないコレクションとなっています。

内外の美術館からの作品貸し出し依頼や、展覧会オファーなど、いちコレクターによるプライベートコレクションがなぜここまで成長し、影響力を持つようになったのか。東京オペラシティアートギャラリーで始まった新しい『高橋コレクション展 ミラー・ニューロン』を訪問して、その秘密を探ってみました。

(メイン画像:名和晃平『PixCell-Lion』2015年 Photo: 表恒匡 SANDWICH)

アートへの尋常ならざる情熱を傾けるコレクター

『ハーブ&ドロシー』という、世界有数の現代アートコレクターの日常を追ったドキュメンタリー映画があります。生活費を削り、狭いアパートに雪崩が起きるほど積み上げた作品の隙間で暮らす仲睦まじい老夫婦。日本ではわりとほのぼのとした雰囲気の映画として紹介されていましたが、そこには凡人にはとても真似できない、狂気にも似た情熱がハッキリと映し出されていました。まさに「アートの病」に侵されたコレクター。その姿には戦慄すら覚えます。

一方、美術館でも展示に躊躇するような巨大作品を手に入れる。そんなアートへの尋常ならざる情熱を傾けるコレクターが日本にいます。都内に3つのクリニックを持つ精神科医、高橋龍太郎。彼が収集した「高橋コレクション」は、今や現代アート界の大物となった村上隆、奈良美智、会田誠らの貴重な初期作品や代表作を始め、1990年代以降の日本のアートシーンを俯瞰できる重要なコレクションです。その作品は、これまでもさまざまな展覧会を通して多くの人の目に触れ、今や世界からも注目が集まるまでになりました。

奈良美智『in the Darkland』(1999年) ©Yoshitomo Nara
奈良美智『in the Darkland』(1999年) ©Yoshitomo Nara

森村泰昌『モナ・リザ』シリーズと『Doublonnge: Dancer 2』(1988年)©MORIMUA Yasumasa
森村泰昌『モナ・リザ』シリーズと『Doublonnge: Dancer 2』(1988年)©MORIMUA Yasumasa

1990年代以降の日本のアートを「ネオテニー(幼形成熟)」という独自の切り口で紹介、全国7か所の美術館を巡回し、約12万人を動員して話題となった展覧会『ネオテニー・ジャパン―高橋コレクション』(2008年~)。震災以降の日本を元気にしたいという思いから、「あるがままに受け入れること」「今、ここにあることの気づき」をテーマにした展覧会『高橋コレクション展 マインドフルネス!』(2012年~)などで、その存在を知った方も多いかもしれません。

欧米アートシーンと1000年以上の日本の伝統の間に挟まれた、日本現代アート

今回、東京オペラシティアートギャラリーで開催中の『高橋コレクション展 ミラー・ニューロン』は、その第3弾。2000点以上に及ぶ膨大なコレクションの中から選ばれた52作家による約140点の作品は、過去シリーズ最大級の規模になります。

タイトルの「ミラー・ニューロン」とは、他人の行為を見て、それがまるで自身の行為であるかのように反応する神経細胞のこと。「共感細胞」や「模倣細胞」とも呼ばれ、ミラー・ニューロンがもたらす模倣行動によって、人は他者への理解や共感を持つことができるともいわれます。

会田誠『紐育空爆之図(戦争画RETURNS)』(1996年)© AIDA Makoto
会田誠『紐育空爆之図(戦争画RETURNS)』(1996年)© AIDA Makoto

ヤノベケンジ『イエロー・スーツ』(1991年)© YANOBE Kenji
ヤノベケンジ『イエロー・スーツ』(1991年)© YANOBE Kenji

マンガやアニメなどから受けた「幼さ」や「可愛いらしさ」といった影響を隠さず、そこに超絶技巧や細密描写をハイブリッドする特徴が見られた、1990年代以降の日本のアート作品。それらを「未成熟なままの成人=ネオテニー」として紹介した『ネオテニー・ジャパン』に対して、『ミラー・ニューロン』は、この「ネオテニー」を内包しつつ、より歴史的な広い視点を交えて日本の現代アートを位置づけようという試みです。親しみやすい現代アートの入門編であるだけでなく、戦後日本のアートの潮流を一望するまでに成長した「個人のコレクション」として、圧倒的なエネルギーを実感することでしょう。展覧会にあたり、高橋は次のような言葉を寄せています。

「日本の現代アートシーンは、正面に西欧のアートミラーがあり、背後に千年の伝統ミラーを見据え得る合わせ鏡の只中にある」(『高橋コレクション展 ミラー・ニューロン』カタログより 玄光社)

欧米の現代アート文脈で、1980年代に広まった「シミュレーションアート(カットアップ、サンプリング、リミックスといった手法を特徴とするアート)」と呼ばれたものが、日本においては「見立て」「やつし」「本歌取り」といった伝統的な美意識における「なぞらえ」の文化として1000年も昔から存在している。欧米と日本のこうした合わせ鏡に挟まれた日本の現代アートは、つまりどちらを向いても「模倣」の中にある。その状況で、むしろ積極的に模倣から独自の表現へと昇華させてきたのが日本の現代アートだ、というわけです。

『ミラー・ニューロン』は、これまで紹介されてきた、1990年代以降の作品に加えて、草間彌生や「もの派」など、戦後の前衛芸術も紹介することで、高橋コレクションのベスト・オブ・ナウだけでなく、日本のアートのルーツまで遡って見せてしまおうという、じつに野心的な展覧会なのです。

草間彌生の展示室は、まるで回顧展のような充実ぶり

展示の構成は、必ずしも年代順ではなく、展覧会でよく見かける大きな説明パネルも、ルートを示した地図もありません。つまり前情報は一切抜きで、コレクター高橋龍太郎という一人の人間の美学と対峙することになります。期待と不安と共に最初の展示室、草間彌生の部屋へと入ります。

草間彌生の展示室 ©YAYOI KUSAMA
草間彌生の展示室 ©YAYOI KUSAMA

草間彌生『ハーイ、コンニチハ!ヤヨイちゃん』『ハーイ、コンニチハ!ポチ』(2004年)©KUSAMA YAYOI
草間彌生『ハーイ、コンニチハ!ヤヨイちゃん』『ハーイ、コンニチハ!ポチ』
(2004年)©KUSAMA YAYOI

1946年生まれの高橋は、いわゆる団塊の世代。1960年代後半には、当時隆盛を誇った学生運動に没頭し、社会の変革を志す高揚と挫折を味わいます。そんな同時代に、ニューヨークで東洋人アーティストとして孤軍奮闘しながら反戦を訴えるゲリラパフォーマンスを行っていた草間彌生は、高橋にとって常に「特別な存在」だったそうです。多大なリスペクトと憧れを30年後にコレクションというかたちで成就させた高橋コレクションは、草間の貴重な初期作品、1950年代の水彩画から2000年代の近作まで、ミニ回顧展ともいえる充実の内容です。

欧米のアートシーンも驚いた、日本独自のアバンギャルド「もの派」と「書」

草間の部屋の次に続くのが「もの派」の部屋。「もの派」とは、石や木、鉄、ガラスなどの素材を、そのまま扱って作品とした、1960年代末から70年代にかけての日本の前衛芸術運動です。「もの」に付いた既成概念を取り払い、自由に向き合おうとした「もの派」の作品は、近年国際的にも再評価され、欧米でも大きな展覧会が相次いでいます。1990年代以降のアートコレクションで知られる高橋が「もの派」とはちょっと意外かもしれません。

李禹煥『Correspondance』2002年
李禹煥『Correspondance』2002年

菅木志雄『空態化-7』(2011年) ©SUGA KIshio
菅木志雄『空態化-7』(2011年) ©SUGA KIshio

さらに、李禹煥(リー・ウーファン)、菅木志雄、関根伸夫といった「もの派」のスター作家に混じって、何故かそのはるか以前から活躍した抽象画家の岡田謙三、前衛書家の井上有一の作品も展示されています。この2点は高橋がぜひ展示したかった作品だと、東京オペラシティアートギャラリーの福士キュレーターは言います。

福士:1950年代、岡田は抽象表現主義(主張的な抽象モチーフを描く絵画の潮流)全盛のニューヨークに渡り、日本の大和絵を思わせる独自の抽象絵画で大きな成功を収めました。また同じ頃、日本の「書」をめぐって、抽象表現主義など欧米最新の美術との類似や交流、影響関係が熱く語られ、井上の前衛的な「書」は国内外で非常に高く評価されました。高橋先生は日本のアートの独自性を、こうした欧米との出会いや影響、コミュニケーションを含めてポジティブに捉えようと考え、「ミラー・ニューロン」というタイトルを提案してくださいました。

左:岡田謙三『池』(1955年) 右:井上有一『風』(1968年) ©UNAC TOKYO photo:KIOKU Keizo
左:岡田謙三『池』(1955年) 右:井上有一『風』(1968年) ©UNAC TOKYO photo:KIOKU Keizo

そういった高橋の想いを知ると、その後の展示室に現れる、奈良美智の作品や、日本よりも先に欧米のアートシーンで大成功を収め、今やアート界における世界ランカーとなった村上隆の作品にも、何か感慨深いものを感じるかもしれません。

奈良美智『深い深い水たまり』(1995年)©Yoshitomo Nara
奈良美智『深い深い水たまり』(1995年)©Yoshitomo Nara

村上隆がまだ大学院生だった頃、『G.I.ジョー』のプラモデル人形を使って作られた『ポリリズム』シリーズ(1989年~1991年)や、絵画作品『ズザザザザザ』(1994年)など、初期の代表作を間近で観られるのも、貴重な体験です。

日本の「現代アートシーン」が誕生したのは、1990年代

高橋が本格的にコレクションを開始した1990年代は、現在まで続く日本の「現代アートシーン」の黎明期でした。小山登美夫ギャラリー、TARO NASU、SHUGOARTSといった新しい世代のギャラリーが登場、同世代の作家を積極的に国内外で紹介し始め、海外のアートフェアにも出品するようになります。

一方、グローバルで大きな展開に対して、アートによる「日常」への回帰やパーソナルな物語が注目され、アーティストが独自に立ち上げた「オルタナティブスペース」や、街を使ったアートイベント、滞在制作などが実験的に始まったのもこの頃です。

当時の日本は、バブル経済の崩壊後。公立美術館による作品購入予算が極限まで削減され、「美術館の冬の時代」といわれた時期でもありました。しかし、だからこそ美術館以外の場を中心に多様な試行錯誤が生まれ、日本のアートの裾野が広っていった時期でもありました。つまり1990年代とは、バブル崩壊をきっかけに1つの価値観が一旦終わり、新しい価値観とシステムを一から構築していく時代だったと言えるでしょう。

加藤泉『無題』(2010年)©KATO Izumi
加藤泉『無題』(2010年)©KATO Izumi

左から:伊藤存『親指現象』(2001年)、名和晃平『PixCell-Lion』(2015年)、塩保朋子『cosmic perspective』(2015年)、舟越桂『遠い手のスフィンクス』(2006年)©FUNAKOSHI Katsura
左から:伊藤存『親指現象』(2001年)、名和晃平『PixCell-Lion』(2015年)、塩保朋子『cosmic perspective』(2015年)、舟越桂『遠い手のスフィンクス』(2006年)©FUNAKOSHI Katsura

そうした状況の中で、高橋が収集活動を加速させていった背景には、ある種の使命感が働いていたのではないでしょうか。つまり、日本の現代アートの新しい芽生えを応援し、育てたい、そしてその優れた成果が海外へ流出してしまうのを食い止めるには、もはや個人のコレクターの力しかない……。きっとそんな使命感のおかげで、私たちは当時の傑作をこうして一堂に目にすることができるのです。福士キュレーターは、高橋コレクションの重要性を次のように指摘します。

福士:高橋コレクションの特徴は、作品の情報をウェブサイトで公開し、展覧会への作品貸出に積極的に応じていることです。個人コレクターで、ここまで情報を整備し、公開しているケースは日本ではまれです。そして現代アートの展覧会をする際に、多くの美術館が高橋コレクションに協力を仰がなくてはやっていけないという状況もあります。重要な作品がきちんと保管されて、多くの人に観てもらえる機会が生まれるのは、コレクションされたアーティストにとってもありがたいことです。

今でこそ大物アーティストと呼ばれる作家のデビュー当時の作品や、後に代表作となった作品をしっかり収集していた高橋の慧眼には、本当に感服します。

会田誠やChim↑Pomなど、「問題作」のコレクションは、タブーに挑むアーティストへの支持表明?

高橋コレクションのさらなるポイント、それは時代への批評精神です。日常に潜むサブリミナルな狂気をコミカルに描いた、束芋のシュールでコンパクトな映像作品『にっぽんのちっちゃい台所』(2003年)を中心としたインスタレーション。田中角栄の『日本列島改造論』(1972年)を、いわゆる「戦隊シリーズ物」の怪人に擬人化して描いた風間サチコの『列島改造人間』シリーズ(2002年)といった、社会をチクリと風刺する作品を始め、架空の戦争画を描いた会田誠の『紐育空爆之図(戦争画RETURNS)』(1996年)や、Chim↑Pomの『ヒロシマの空をピカッとさせる』(2008年)といった、政治や社会問題を扱って論争を巻き起こした作品もコレクションされています。

束芋『屋上からの景色』(部分)(2003年)©Tabaimo
束芋『屋上からの景色』(部分)(2003年)©Tabaimo

風間サチコ『列島改造人間』シリーズ(2002年)©KAZAMA Sachiko
風間サチコ『列島改造人間』シリーズ(2002年)©KAZAMA Sachiko

こうした問題作とも言われる作品をコレクションすることは、タブーに挑戦し、問題提起を続けるアーティストの自由な批評精神を支持する、というコレクターの意思表明にも思えます。

福士:ある意味、高橋コレクションには、高橋先生自身の、1960年代の学生運動とその挫折からの精神史が含まれていると思います。1990年代に同時代のアートに出会い、その渦に自ら飛び込んでそれを世に問うていく営みには、社会に対する批判や抵抗の精神が脈々と息づいている。それがないと、単にアートが好きだとか、収集癖が高じてというだけでは、これほどの凄まじいコレクションは生まれないでしょう。

Chim↑Pom『ヒロシマの空をピカッとさせる』(2009年) ©Chim↑Pom photo:KIOKU Keizo
Chim↑Pom『ヒロシマの空をピカッとさせる』(2009年) ©Chim↑Pom photo:KIOKU Keizo

ひょっとして高橋は、芸術によって一人ひとりの中に小さな革命を目論んでいるのかも。そんなふうにも思いました。

『ガンダム展』に展示された、あの「巨大キャラクター彫刻」を手に入れていたのは……

そして今回、高橋コレクションからの初お披露目作品で、ひときわ不気味な存在感を放っているのが、西尾康之による『機動戦士ガンダム』人気女性キャラクターをモチーフにした巨大彫刻『Crash セイラ・マス』(2005年)です。作家の指や爪跡が残る陰刻鋳造という手法で作られた彫刻は、高さ2.8メートル、幅4メートル、奥行き6メートル。圧倒的なサイズに一瞬たじろぎ、狭く見えてしまう展示室がさらに圧迫感を与えます。

西尾康之『Crash セイラ・マス』(2005年)©NISHIO Yasuyuki ©Sotsu, Sunrise
西尾康之『Crash セイラ・マス』(2005年)©NISHIO Yasuyuki ©Sotsu, Sunrise

2005年から2年間にわたって全国を巡回した展覧会『GUNDAM―来たるべき未来のために―』で展示されて以降、その途方もない大きさゆえに、日本では展示する機会がなく、幻の作品となりつつあったこの大作を、まさか高橋が購入していたとは驚きです。個人でこのサイズの作品を買う心意気がとにかく凄い。いろんな意味で圧巻です。

圧巻と言えば、次の展示室には、今展のメインビジュアルにも使われている名和晃平の最新作『PixCell-Lion』(2015年)が展示されています。なんとこの作品は、作家に直接依頼して、高橋のために作ってもらったコミッションワークとのこと。

名和晃平『PixCell-Lion』(2015年)
名和晃平『PixCell-Lion』(2015年)

尾を振り立て悠々と歩くライオンの雄々しい姿を感じ取ることはできても、表皮を包む大小のガラスビーズを通してその実体を見ることはできません。うつろうデジタル世界と実質世界のリアルを問う名和晃平の代表的シリーズ「PIXCELL」の中でもかなりの大作です。

どこかエロス(生)とタナトス(死)が漂う、特異なコレクション

『PixCell-Lion』が展示されている室内は、全体的にクールな雰囲気を保っています。舟越桂による、両性具有の妖精のような木彫『遠い手のスフィンクス』(2006年)が空を見つめるその前には、宮永愛子のナフタリン彫刻『はるかの眠る舟』(2009年)が置かれています。衣服の防虫剤としても使用される化学物質「ナフタリン」を使った宮永の作品の中でも最初期にあたる本作では、ナフタリンの結晶でできた積み木やぬいぐるみが、閉じられた箱の中で長い時間をかけて少しずつ消滅していき、かわりに別の結晶が育っていきます。生と死の循環が、ガラスの向こう側で静かに進行していくようです。

宮永愛子『はるかの眠る舟』(2009年)©MIYANAGA Aiko
宮永愛子『はるかの眠る舟』(2009年)©MIYANAGA Aiko

鹿の角から繊細に一輪の菊を彫り出した、橋本雅也の『キク』(2014年)にも、同様の循環する死生観が感じられます。展示を締めくくる長い回廊では、森山大道と荒木経惟のモノクローム写真が向き合って展示され、蜷川実花が目黒川の桜を捉えた写真シリーズ『PLANT A TREE』(2012年)へと続き、回廊の突き当りには骸骨に頬をよせる少女を描いた加藤美佳の『パンジーズ』(2001年)が。生と死を表現する芸術とも言われる、アルゼンチンタンゴの名手でもあるという高橋。やはりコレクションにも、どこかエロス(生)とタナトス(死)が漂います。

蜷川実花『PLANT A TREE』(2012年)©NINAGAWA Mika
蜷川実花『PLANT A TREE』(2012年)©NINAGAWA Mika

加藤美佳『パンジーズ』(2001年)©KATO Mika
加藤美佳『パンジーズ』(2001年)©KATO Mika

アートコレクターとは、一個人の財産とエネルギーを投じ、生涯をかけて自分という存在を問い続ける「生き方」である

このように、今や展覧会を通じて、美術館やギャラリー、作家、鑑賞者、コレクターなど、あらゆる人々のマインドにも影響を与え続ける高橋コレクション。今回の展示を通して見えてきたことは、アートコレクターとは、単なる趣味でも、自己顕示欲でも、投資でもなく、唯一無二の表現に一個人の財産とエネルギーを投じ、生涯をかけて自分という存在を問い続ける「生き方」なのではないでしょうか。

そしてその「生き方」は、発信する手段にもなることを今回の展示が証明しています。高橋コレクションに見る「コンテンポラリー(同時代)アート」作品は、まさに今、同時代を生きている日本人が悩み考え、生み出されたものです。そこに私たちはある種の共感を覚えたり、反発したり、さまざまな反応を示します。「ミラー・ニューロン」とは、私たちがアートを通して人間を知るための神経細胞でもあるのです。

イベント情報
『高橋コレクション展 ミラー・ニューロン』

2015年4月18日(土)~6月28日(日)
会場:東京都 初台 東京オペラシティ アートギャラリー
時間:11:00~19:00(金、土曜は20:00まで、入場は閉館の30分前まで)
出展作家:
会田誠
青木陵子
青山悟
淺井裕介
荒木経惟
安藤正子
池田学
伊藤存
井上有一
榎倉康二
大岩オスカール
岡田謙三
小沢剛
小谷元彦
風間サチコ
樫木知子
加藤泉
加藤美佳
金坂健二
草間彌生
鴻池朋子
小林孝亘
小林正人
近藤亜樹
塩保朋子
菅木志雄
須田悦弘
関根伸夫
辰野登恵子
束芋
Chim↑Pom
中村一美
奈良美智
名和晃平
西尾康之
蜷川実花
橋本雅也
舟越桂
町田久美
松井えり菜
丸山直文
Mr.
宮永愛子
村上隆
村瀬恭子
森村泰昌
森山大道
やなぎみわ
ヤノベケンジ
山口晃
横尾忠則
李禹煥
休館日:月曜
料金:一般1,200円 大・高生1,000円
※中学生以下無料
※障害者手帳をお持ちの方および付添1名は無料

ギャラリートーク
『コレクターVSアーティスト』

2015年5月24日(日)16:00~17:00
会場:東京都 初台 東京オペラシティ アートギャラリー展示室内
出演:
高橋龍太郎
鴻池朋子
近藤亜樹
松井えり菜
宮永愛子
ほか
料金:無料(要展覧会入場券)

対談
『名和晃平VS鈴木芳雄』

2015年5月16日(土)14:00~15:00
会場:東京都 初台 東京オペラシティビル7階第一会議室
出演:
名和晃平
鈴木芳雄
定員:80名
料金:無料

プロフィール
高橋龍太郎 (たかはし りゅうたろう)

精神科医、医療法人社団こころの会理事長。1946年生まれ。東邦大学医学部卒、慶応大学精神神経科入局。国際協力事業団の医療専門家としてのペルー派遣、都立荏原病院勤務などを経て、1990年東京蒲田に、タカハシクリニックを開設。専攻は社会精神医学。デイ・ケア、訪問看護を中心に地域精神医療に取り組むとともに、心理相談、ビジネスマンのメンタルヘルス・ケアにも力を入れている。ニッポン放送『テレフォン人生相談』担当。著書に「恋愛の作法」など。日本現代アートのコレクターとして著名で、そのコレクションは、展覧会『ネオテニー・ジャパン 高橋コレクション』(2008年7月~2010年5月、上野の森美術館をはじめ全国に巡回)などで紹介されてきた。



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