『嘘じゃない、フォントの話』

連載『嘘じゃない、フォントの話』(supported by モリサワ) 第5回:マンガの空気を生み出す「文字」

 第5回目 マンガの空気を生み出す「文字」
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マンガに見る、文字の世界

このようにして私たちがいつも見ているマンガのページが出来上がっているわけですが、ここで使われているフォントはどのように選ばれているのでしょうか? 『モーニング』の人気作品『へうげもの』の編集を務める講談社の藤沢学さんと篠原健一郎さん、豊国印刷の小宮美穂さんにお伺いしました。

―マンガで使われるフォントは、どのようにして決められているのでしょうか?

篠原:作品ごとにフォントのルールを決めるのですが、その際の大まかな分類として、「会話」「ナレーション」「回想・モノローグ」の3つがあります。『へうげもの』の場合、「会話」はアンチゴチ、「ナレーション」は太ゴ、「回想・モノローグ」は中ゴを使っていますね。

小宮:一般的には、「回想・モノローグ」にはじゅん(モリサワ)やナール(写研)が、「ナレーション」にはフォーク(モリサワ)やタイポス(写研)がよく使用されています。

豊国印刷の書体見本帳

―ちゃんとルールが決められているのですね。

篠原:そうですね。マンガは基本的に長期連載になるので、このルールをしっかり決めておかないと統一感がなくなってしまいます。こうしたフォント選びは、作家ではなく編集者がほとんど決めています。

藤沢:どの作品であれ「会話」はアンチゴチであることがほとんどで、「会話」以外の部分は作品との相性をみて決めるんです。だからその部分は、担当編集者のセンスにかかっている。『へうげもの』は時代劇でもあるので、回想を明朝体にすることもありますね。

―時代劇ともなれば、歌舞伎などで多用される「勘亭流」が思い浮かびますね。

勘亭流藤沢:時代劇だからといって、作家や絵の質や作品の雰囲気に勘亭流が合うかどうかを見極めなくてはいけません。安直に勘亭流を使ってしまうと、作品の雰囲気が壊れる可能性もあるし絵が活きない可能性もある。その辺が編集者のさじ加減になるわけです。

―よく使われるフォントにはどのようなものがあるのでしょうか?

藤沢:アンチ以外だと、昔は3〜4種類くらいしか使わなかったですね。アンチゴチやゴナ、ナール、ロゴラインUはよく使いました。今はフォントの種類が多いから、その点幅が広がっていいですよね。でも、他の人とちょっと違ったものを使おうとして特殊なフォントを使うと、途中で自分が何を使っていたのかわからなくなったりすることもあります(笑)。

篠原:そうした部分を、豊国印刷が緻密な作業や入念なチェックでフォローしてくれているんですね。前号と同じフォントやサイズを指定しているか、吹き出しの空間の中に収まるか、改行をした方がいいのか、しっかり確認してくれます。

―なるほど。そういった「文字が変わっている!」という変化は、読者も気がつくものなのでしょうか?

藤沢:写植からデジタルフォントへ移行する際に、同様の書体でも形が微妙に違ってるんですね。だからその際に読者が違和感を感じないか気にしていたんですけど、自分たちが気にするほど読者も作家も気にしていませんでしたね(笑)。

―そうだったんですね。でも、写植からDTPへの移行は編集者さんにとって大転換ですよね。

藤沢:そうですね。よくマンガ家が〆切ギリギリで入稿する話しを耳にすることがあると思いますが、その横で僕ら編集者は原画に手貼りで文字をのせていたんですよ(笑)。編集者は自分の写植ノートというのを持っていて、その場で文字を切り貼りして、文字のサイズや行間も全て自分で計算していました。そういう作業が今はほとんど無くなりましたね。
とは言っても、ギリギリで入稿される作品には今でも手貼りのものがありますよ。よーく見てみると、ネームが若干曲がっていたりします(笑)。

―印刷会社では、編集者から原稿が入稿された後にどのような点に気を遣っていらっしゃるのでしょうか?

小宮:マンガの雰囲気を決める上で文字はかなり重要な要素になっているため、入力ミスが無いように気をつかいます。

―吹き出しのサイズに対して、文字の量が多過ぎて困まることもありますか?

小宮:たまにそうしたケースもありますね。ただ、吹き出しに収めようとして文字サイズを安易に大きくしたり小さくしたりすると、文字サイズによってセリフの重要度やニュアンスが変わってしまいますので、都度編集者に判断を仰いでいます。

―今では本当にたくさんのフォントを使うことができますが、ひとつの作品の中でフォントを多用することもあるのでしょうか?

篠原:インデペンデントなマンガ雑誌などでは、色々な種類のフォントを使っていますね。色々なフォントを持っている人が増えたので、手元で色々と試しているんでしょうね。

藤沢:僕も強調したいセリフのフォントを変えてみたり、叫んでいるシーンに併せてそれっぽいフォントを使ってみたりと色々試してみましたが、作品の中にフォントが多数混在すると読みづらくなりますね。結局シンプルな方がいいんです。フォントを使い過ぎると、一番重要な画よりも文字が主張し過ぎて、作品に集中できなくなる。マンガのページ上でフォントを使うにしても、やはり何が一番重要なのか考えた上で、作品が一番活きる使い方を模索しています。

フォントしだいで違って見える、セリフの秘密

それでは最後に、マンガのフォントを変えるとどのように見えるのか、実際にご覧頂きたいと思います。フォントが変わるだけで、同じセリフでも違った印象を受けるのではないでしょうか。

次回は?

次回は、優れたフォントを制作しているタイプフェイスデザイナーの対談をお届けします。フォントの企画のお話から、タイプフェイスデザインを学ぶ環境やタイプフェイスデザイナーのビジネスフローまで、様々なお話をお伺いしました。

フォントも楽しい、雑学の本?
じょうずなワニのつかまえ方
日本の有名なフォントで構成され、文字の見本帳としての価値もあった知恵本『じょうずなワニのつかまえ方』がこの度、モリサワフォントで再編集されました。「ワニをつかまえるための方法とは?」「クマにダンスを教えるには?」など、いつかは必ず役に立つ情報が楽しく紹介されています。

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