noble10周年記念コンピレーション『Invisible Folklore』

先鋭的なエレクトロニック・ミュージックを中心に、レーベル名通りの「気品」を備えた、普遍性のある作品を世に送り出してきたnobleが、10周年を記念した初のレーベル・コンピレーション『Invisible Folklore』を発表する。world's end girlfrined、Gutevolk、Serphといった新旧の看板アーティストに、石橋英子やAmetsubといった、レーベルがシンパシーを寄せるアーティストの楽曲も加えた本作は、いわゆる「エレクトロニカ」の枠には全く捉われない、ファンタジックでありながら、同時にドロッとした作り手の強い個性もしっかりと伺える、実にnobleらしい作品に仕上がっている。このコンピレーションを紹介すると共に、nobleの10年を検証しよう。

『高丘親王航海記』を基に生まれた『Invisible Folklore』

nobleがスタートしたのは2001年、当時サニーデイ・サービスやゆらゆら帝国らをリリースしていたMIDIの一部門として、world's end girlfriendの『farewell kingdom』をリリースしたことがきっかけとなっている。当初からレーベルとしての明確な青写真があったわけではなく、ストレートなダンス・ミュージックから少しはみ出たようなアーティストをリリースするにあたって、「歌もの」のイメージがあったMIDIの名前で出すよりも、新しいマークをつけた方がわかりやすいのでは、という程度の認識だったという。しかし、翌2002年にはtenniscoatsの『The Ending Theme』をtenniscoats自身のレーベルに代わってリリースしたり、world's end girlfriendがバルセロナで開催されたエレクトロニック・ミュージックの祭典sonarに参加して称賛を浴びたことなどにより、徐々にレーベルとしての土台が築かれていった。その後10年に渡り、年に3〜4枚の作品をコンスタントに発表し続け、今ではヨーロッパでもその名がしっかりと認知されるレーベルにまで成長を遂げている。

そんなnobleが満を持して発表するコンピレーションだけに、そのコンセプトも実にユニーク。フランス文学者にして作家の澁澤龍彦の遺作小説であり、国内幻想文学の最高峰『高丘親王航海記』を基に、7組のアーティストが「儒良」「蘭房」「獏園」「蜜人」「鏡湖」「真珠」「頻伽」という各章をモチーフとした描き下ろしの新曲を提供するという、架空のサウンドトラックになっているのだ。『高丘親王航海記』とは、平安時代の皇族であった高丘親王が、60歳を過ぎてお供と共に天竺を目指すというお話。史実とフィクションが織り交ぜられ、幻想的で怪奇的でもあるその作風は、まさにnobleというレーベルのイメージにピッタリである。各章のカラーに合わせて選ばれた7組のアーティストも、それぞれが個性を発揮しながら、各章の持つムードをしっかりと音に変換し、本作自体がまるで小説であるかのような、強いストーリー性を感じさせる作品となっている。それでは、7組のアーティストと楽曲を、レーベルのヒストリーと共に紹介していこう。

(アニメーション:外山光男)

「儒良」〜「蘭房」〜「獏園」〜「蜜人」

Serph
Serph

物語の幕開けを飾るのは、現在のnobleを代表するアーティストの一人であるSerphの“departure”。2010年に発表された『vent』によって、一躍次世代エレクトロニック・ミュージックの筆頭と称された人物による、キラキラとした高揚感にあふれたトラックは、まさにこれから天竺へと旅立たんとするワクワクした気持ちが伝わってくる、オープニングにぴったりのナンバーだ。「不可視の民話」を意味する『Invisible Folklore』というタイトルもSerphによるものであり、ここからも彼のセンスの良さが伺えるというもの。


石橋英子
石橋英子

Serphに続くのは、実際の章の名前がそのまま曲名に据えられた石橋英子の“蘭房”。美しいピアノの旋律が、妖艶でエロティックなこの章の雰囲気にピッタリで、なおかつ、エレクトロニック・ミュージックの枠に収まらない、nobleの幅広い音楽性を象徴する楽曲にもなっている。石橋自身はこれまでnobleから作品を発表してはいないものの、評論家・リスナー問わず絶賛を受けた08年の『Drifting Devil』における、あの品がありつつも、混沌とした情念のようなものを感じさせる作風はnoble以上にnobleらしかったと言え、実際本作の中にあっても、その個性は際立っているように思う。


Gutevolk
Gutevolk

“蘭房”からは一転、フルートやトライアングル、子供の声によって、この章の持つユーモラスで可愛らしい雰囲気を再現しているのが、Gutevolkの“yummy dream”。中期nobleを代表する傑作『グーテフォルクと流星群』(07)をはじめ、2作品をnobleに残しているGutevolkは、西山豊乃によるソロ・プロジェクト。あの矢野顕子に「こんな声に生まれたかった」と言わしめた、彼女の天性の歌声と独自の音楽性は、もっともっと多くの人に伝わってしかるべきだろう。


続くKASHIWA Daisukeは、同じくレーベルを代表するアーティストの一人であるPianaをゲスト・ボーカルに迎え、クラシカルなピアノと、巧みにカット・アップされたビートの上を、浮遊感のある歌声がたゆたう“Sky Liner”を提供。KASHIWA Daisukeはかつて宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』と、太宰治の『走れメロス』を題材とした『program music ?』(08)をnobleから発表しており、この作品が『高丘親王航海記』をモチーフとした『Invisible Folklore』の発想の基になっているようだ。小説や映画をモチーフに、シネマティックでイマジナティヴな楽曲を作り上げることも、nobleのひとつのカラーになっている。

「鏡湖」〜「真珠」〜「頻伽」

いよいよ、天竺への旅も後半戦を迎え、親王にも徐々に疲弊が伺えるようになってくる。そんな親王を癒すかのごとく、アンビエント風な“untitled poem 114”を提供したのは、kazumasa hashimoto。この章は雲南省が舞台となっているのだが、彼自身も幾度か雲南を訪れているらしく、そういった意味でもぴったりの人選だ。前述の『グーテフォルクと流星群』の共同制作者でもある彼は、kazumasa hashimoto名義で3枚の作品を発表している他、カンヌ映画祭の「ある視点」部門で賞を獲得した黒沢清監督の『TOKYO SONATA』のサントラを、橋本和昌名義で発表もしている。来年nobleからリリースが予定されているとあるドイツ人アーティストは、『TOKYO SONATA』のファンだったらしく、こういったつながりもこの10年で培ってきた大きな財産だと言えるだろう。

ここからは疲弊した親王の状態がタイトルにも直接的に表されるようになり、Ametsubが提供した楽曲は、その名も“distress”(「苦悩、悲嘆」といった意味)。Ametsubも石橋同様にnobleから単独作を発表しているわけではないが、グリッチ・ノイズやアンビエント・シンセでこの章の不安感を見事に表した楽曲のセンスは、やはりnobleの世界観と相性抜群だと言える。この10年というのは、音楽の作り手の環境が著しく向上した10年であり、ビジョンを音として再現すること自体は、昔に比べて随分と容易になったはず。しかし、重要なのはそこにその人のセンスや個性がいかに反映されているかどうかであり、nobleがこれまで決して作品を乱発してこなかったのは、アーティストの個性を重視するレーベルとしての姿勢の表れだったと言っていいだろう。

そして、物語の最後を飾るのが、world's end girlfriendの“R.I.P.”。レーベルの第一弾アーティストであり、nobleの海外進出のきっかけであり、またレーベル最大のヒット作の一つである『The Lie Lay Land』を残しているworld's end girlfriendは、この作品以降、他のレーベルから作品を発表しているが、こうしてレーベルの10周年を記念したコンピレーションのラストを飾っているというのは、それだけでも歴史を感じさせる。しかし、それ以上にすごいのが、この楽曲そのもの。少々ネタバレになってしまうが、精根尽き果て、病気になった親王は、天竺行きを断念しかけるのだが、天竺に出入りしているという虎の存在を知り、その虎に食われることで、腹の中に入って天竺にたどり着くことを思いつく。しかし、虎は生きた肉しか食わないため…。11分以上に及ぶ大曲の後半、7分30秒以降の壮絶な展開の背景には、そんな物語があるのだ。この業の深さ、それでも失われることのない気品、これこそがnobleである。

world's end girlfriendworld's end girlfriend

KASHIWA Daisukeがマスタリングを、nobleからDVD作品『Der Meteor』(09)を発表しているnakabanがアートワークを務めた『Invisible Folklore』は、まさにnoble印100%の作品である。物語の結末は、実際に小説を読むのでもいいし、本作の音から想像してもらってもよいのだが、どちらも体験することによって、より重層的な楽しみ方ができるということは確実に保証できる。

混沌とした世界を、それでも気高く生きる

では最後に改めて、nobleがこの10年で残した功績を考察してみよう。まず、音楽性に関して言えば、「エレクトロニカ」という言葉の持つイメージを解放したことは大きいだろう。nobleのスタートした2001年は、まだ「エレクトロニカ」という言葉自体の黎明期だったが、PROGRESSIVE FOrMやFlyrecといった、noble同様に今年10周年を迎えた良質なレーベルが同年にスタートしていたことを考えると、そこに時代のムードがあったことは確かなはず。『STUDIO VOICE』が「ポストテクノ/エレクトロニカの新世紀」という特集を組んだのが、2001年の11月号だったというのも象徴的だ。そういった中で「エレクトロニカ」というワードが徐々に浸透し、Ametsubのところでも触れたように、ツールの進化もあってその手法が一般化していくと、当初は自由だった「エレクトロニカ」は、徐々に限定された音楽性を指す言葉となり、一部ではその再生産が繰り返されることとなる。しかし、これまで何度も述べてきたように、nobleは音楽性以上にアーティストの色や個性を重視することで、その枠を押し広げ、解放したという点で、大いに評価できると思うのだ。その音楽性の広さは、『Invisible Folklore』を聴いてもらえば一聴瞭然と言ったところだろう。

また、この10年はレーベルの持つ意味が大きく変容した10年でもある。インターネット環境の整備も大きく影響して、アーティスト自身がレーベル運営を行うケースも多くなった昨今、レーベルに所属するということには、それ相応のメリットが必要になってくる。その点でも、nobleは積極的に海外へと展開することで国内には留まらない可能性を示し、芯のあるリリースによってレーベルのカラーをはっきりと作り上げてきた。音楽性は幅広く、しかし、どのアーティストをピックアップしても、「ああ、nobleだね」と思える、そんな「レーベル買い推奨」できるレーベルというのは、今決して多くはないのではないか。

最後に、少し大げさな話に聞こえるかもしれないが、nobleが2001年にスタートしているということには、どうにも数奇な運命を感じてしまう。言わずもがな、911の同時多発テロが起きた2001年という年は、「世界は混沌としている」という事実を眼前に突き付けられた年である。そのテロから2か月後の11月、world's end girlfriendの『farewell kingdom』のリリースによってスタートしたnobleは、「世界は混沌としている。僕らは今までの生活に別れを告げなければならないかもしれないが、それでも気高く、気品を持って生きよう」という、通底したメッセージを発しているように感じるのだ。繰り返すが、これは僕のちょっとした誇大妄想かもしれない。ただ、nobleの音楽を愛するあなたなら、この感覚がちょっとはわかってもらえるんじゃないか? と、そんな気もしている。

information

nobleオフィシャルサイト

『Invisible Folklore』

V.A.
『Invisible Folklore』

2011年10月14日発売
価格:2,100円(税込)
NBL-203

1. departure / Serph
2. 蘭房 / 石橋英子
3. yummy dream / Gutevolk
4. Sky Liner / KASHIWA Daisuke
5. untitled poem114 / kazumasa hashimoto
6. distress / Ametsub
7. R.I.P. / world's end girlfriend

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