二階堂ふみと行くアートの世界『映画をめぐる美術』展

映画と美術。映像技術の出現以来、あっという間に発展を遂げた「映画」という新しい芸術は、美術の世界にも大きな影響を与え、互いに発展してきました。そんな関係性に、これまでにないユニークな形で迫る展覧会が、東京国立近代美術館で開催中の『映画をめぐる美術――マルセル・ブロータースから始める』です。

今回は、女優の二階堂ふみさんと同展を体験しました。その比類ない存在感で数々の名作・奇作映画に出演、さらに生粋のディープな映画好きでもある二階堂さん。シネマコンプレックスのような空間に変貌した美術館で、彼女は何を見つけることになるのでしょうか。

美術館に「映画を読む」ためのシネコンが出現

展覧会の始まりは、意外にも小さな入口から。見上げれば、最初の作品がそこにあります。ベルギーの作家、マルセル・ブロータースの短編映像『ケルンでの犯罪』です。街角でペーパーバック小説を読む耽る美少女、そこに忍び寄る人影……。お洒落なモノクロ映像に妖しい違和感も潜むこの作品は、展覧会の予告編的な役割?

二階堂:映像の雰囲気はジャン=リュック・ゴダールとか、ヌーヴェルバーグ(1960年前後に興ったフランスの映画運動)っぽい感じもありますね。作者のブロータースさんの名前は展覧会タイトルにも入っているけれど、どういう人なんですか?

マルセル・ブロータース(1924~1976)はベルギー出身で、オブジェ、写真、映画など多彩な創作で知られた芸術家。もともと詩人だった彼の映像作品は、ふだん気にとめない言葉やイメージを、意外なかたちで結びつける体験へ私たちを誘います。それはつまり、ドラマティックな筋書きや美麗な風景とは異なる、映画の隠れた力にふれること? この展覧会はブロータースを出発点に、今活躍するアーティスト13名の「映像をめぐる美術」を読み解く試みなのでした。それはユニークな展示空間作りにも現れています。まず会場の中心には、古き良き時代を思わせる5台の16mmフィルム映写機が静かに回転しつつ、ブロータース作品を映し出す広間が。

二階堂ふみ
二階堂ふみ

二階堂:まるで古い映画館みたいで楽しいですね。フィルム映写機で実際に投影しているのも素敵です。ここに映し出されているのが、どれもブロータースのかつての作品なんですね?

そう、この部屋全体が、彼が1970年に開催した自作の上映会『シネマ・モデル:ラ・フォンテーヌのプログラム』を再構成したもの。そして今回、鑑賞者はこの部屋を出発&通過点に、6つの「theatre(劇場)」で現代作家の表現にふれるという仕掛けです。さっそく「映画をめぐる美術」の劇場めぐりへ出かけましょう。

マルセル・ブロータース『シネマ・モデル』が展示された空間
マルセル・ブロータース『シネマ・モデル』が展示された空間

秒速24回の真実、あるいは嘘

最初の「theatre 1|Still-Moving」は、静止画の連なりが動画を生むという(当たり前すぎてもはや意識されない)映画の構造をあらためて考えさせる部屋。二階堂さんが歩み寄ったのは、数々の女優の肖像を思わせる写真でした。シンディ・シャーマンの『アンタイトルド・フィルムスティル』シリーズです。

シンディ・シャーマン『アンタイトルド・フィルムスティル』展示風景
シンディ・シャーマン『アンタイトルド・フィルムスティル』展示風景

二階堂:かわいいですね! たとえばこれはブリジット・バルドーっぽかったり、どれも洋服の着こなし方やヘアメイク、立ち姿などから往年の映画女優たちを連想します。でもこれ、女優本人ではないような……。

そう、この連作は、アーティスト自身が多彩な役柄を演じるセルフポートレイト。ヒッチコックやフェリーニの映画も連想させますが、特定の映画の再現ではなく、むしろ映画についての人々のあいまいな記憶を呼び起こすような作品です。「オリジナルなきコピー」を演じるこの行為は、豊かなイメージを喚起させる映画や映像が、一方で観る側に特定のイメージを固着させていく事実があることをささやきかけます。

向かい合う壁にはミニマルな写真が24点。アナ・トーフの『露わにされた真実』です。どれも、視点を変えた空白の投影画面に「vérité」(フランス語で「真実」)の一語が書き込まれただけ。「24」とは1秒間に進むフィルムのコマ数でもあり、ゴダール映画の台詞「写真が真実なら、映画は毎秒24回の真実だ」も思い起こされます(なおミヒャエル・ハネケ監督は「映画とは毎秒24の嘘。そこに真実あるいは真実のヒントが潜む」とも言いました)。

アナ・トーフ『露わにされた真実』展示風景
アナ・トーフ『露わにされた真実』展示風景

二階堂:この作品は、シンプルだけどすごく印象的ですね。毎秒24回の真実か……。私は小さなころから映画好きの母と映画館でいろんな作品を観て、今は映画の現場が大好きで女優をしています。仕事を通してフィクションとドキュメンタリーの違いについて思うこともあって、色々と考えさせられます。映画への向き合い方を広げてくれる、素敵な作品だと思います。

もし、憧れの大俳優が自分の犯罪を演じてくれたら?

「theatre 2|参照・引用[シーン1]」は、過去の映画作品の参照・引用がテーマ。ここで二階堂さんが強く関心を寄せたのが、ピエール・ユイグの作品『第三の記憶』です。大型二面スクリーンには、映画『狼たちの午後』でアル・パチーノが強盗を演じるシーンと、その映画のモデルになった犯罪者本人が銃を構えて事件を証言する映像とが同時に流れます。作品の持つ構造の特異さを嗅ぎ取った二階堂さんは、自然とスクリーンの方に近づいていきます。

二階堂:よくテレビ番組で事件再現シーンってあるけれど、これは犯人が自分が起こした犯罪をいわば「演じ直して」いるわけですよね? 『アクト・オブ・キリング』というドキュメンタリー映画(インドネシアでの大虐殺の加害者側に、当時の様子を詳細に演じてもらう試みを記録した)を思い出しました。この行為自体が本人にどう影響するのかなども含めて、興味深いです。

ピエール・ユイグ『第三の記憶』展示風景
ピエール・ユイグ『第三の記憶』展示風景

実はこの犯人、映画を観てアル・パチーノの演技を絶賛。それが影響したのか、自らの「再演」では事実とどこか食い違った、それこそ映画的なふるまいも見られるとか。展示では当時の新聞報道や、彼の恋人がテレビ出演する映像も観られます。実際の事件(第一の記憶)、メディアの解釈(第二の記憶)、そして本人による再演(第三の記憶)の間で、イメージや言葉はどんな役割を果たしたのでしょうか―—。

二階堂:しかもその恋人って、テレビ出演の映像で観て女性かと思ったら「元男性」で、犯人はその性転換手術資金のために強盗に及んだっていう(強盗は失敗。後の映画化への協力費で目的を果たしたとか)。……すごく入り組んでいて、こんな複雑な事件に眼をつけたアーティストもすごいなって思います(笑)。

伝えることの難しい過去をそれでも伝えたいとき、映画や美術が果たせる役割って?

「theatre 4|参照・引用[シーン2]」ではエリック・ボードレールによるインスタレーション『重信房子、メイ、足立正生のアナバシス、そして映像のない27年間』を体験します。

この作品は、1970年代に日本赤軍のメンバーとして活動した重信房子とその娘メイ、そして映画監督、足立正生による実際の逃亡劇がモチーフです。その記録写真、映像はほぼ残っておらず、そこでボードレールは彼らが潜伏したレバノン・ベイルートと東京の「風景」に当事者の言葉を加え、逃亡生活の再構成を試みます。

エリック・ボードレール『重信房子、メイ、足立正生のアナバシス、そして映像のない27年間』展示風景
エリック・ボードレール『重信房子、メイ、足立正生のアナバシス、そして映像のない27年間』展示風景

二階堂:1970年代の社会運動については、私も映画の仕事に関連して調べたことがあります。背景を知ると悲しく、切ないと感じるところがあり、一方で、私たちは過去を知ることで同じ悲劇を繰り返さない方法を学べるのでは? と感じたことを思い出しました。伝えることの難しい何かをそれでも伝えたいとき、映画や美術が果たせる役割もあるのかな、と思う。

先達の偉業にも萎縮せず、オルタナティブな提案ができる次世代の力

なお、theatre 2と4の間に3はないの? と思った方、ご名答です。「theatre 3|幕間:芸術家と美術館」には、田中功起によるどこかユーモラスな作品が。『コーヒーと旅』では、1杯のコーヒーを作るために日本列島を旅して必要なモノを一つひとつそろえていく過程を、静止画アニメなどで表現します。

二階堂:田中さんの作品は、ちょっとユーモラスでユルさが感じられたり、身構えず観られる感じでいいですね。先人の偉業や美術の歴史とかを尊重することも大切かもしれないけど、そこで変に萎縮していない印象で、かつ「こう観てもいいのかな?」というオルタナティブな糸口も感じられて魅力的です。

田中功起『コーヒーと旅』2007-2013年 ©Koki Tanaka
田中功起『コーヒーと旅』2007-2013年 ©Koki Tanaka

俳優のいないラブストーリー

次なる「theatre 5|テクスト」では、詩人でもあったブロータースを語るときに欠かせない、文章を扱う作品が登場。アクラム・ザタリの『明日にはすべてうまくいく』では、スクリーンに大写しで現れた古いタイプライターが、黙々と文字を打ち続けます。それはどうやら、かつての恋人同士が10年ぶりに交わす言葉のやりとり。登場人物の姿のない小さなラブストーリーが進みます。

二階堂:イギリスの映画館で上映前に流すものとして作られたそうですね。スクリーンには誰も出てこないけれど「今はどう思ってる?」「今でも?」って2度問いかけたり、「答えたくない」とか、2人のやりとりが目に浮かぶよう。こういうのを劇場のために作るなんて、素敵です。日本の映画館でもぜひやってほしい!

アクラム・ザタリ『明日にはすべてうまくいく』 2010年 Courtesy of Thomas Dane Gallery, London ©Akram Zaatari
アクラム・ザタリ『明日にはすべてうまくいく』 2010年 Courtesy of Thomas Dane Gallery, London ©Akram Zaatari

気になるラストは、エリック・ロメール監督『緑の光線』への粋なオマージュ? ぜひ会場で確かめてください。

年月を経て積み上げられた資料が充満する、書物庫という小宇宙

最後の部屋は「theatre 6|充満と不在」。イメージを豊かに「再生」させる映画は同時に、映っているものが今はそこにいないこと、つまり「不在」をも明らかにします。二階堂さんの足が止まったのは、ダヤニータ・シンの作品『ファイル・ルーム』の前でした。

二階堂:インド出身の女性作家さんなんですね。どの写真も写っているのは古文書か何かの保管部屋? 書物の山に埋もれて顔をヒョコっと覗かせる人がいたり、つい一枚一枚見てしまいます。こういう場所に行ってみたいと思わせる何かもある……インドは映画もユニークだけど、私は映画作りの現場そのものがすごく好きなので、そういう意味でも一度訪れてみたいです。

ダヤニータ・シン『ファイル・ルーム』展示風景
ダヤニータ・シン『ファイル・ルーム』展示風景

年月を経て積み上げられた「資料=出来事」が充満する小宇宙。70枚の写真による堆積の連続の中で、観る者は何を思うべきか。示唆深い一作でもあります。

「映像という触れられないもの」に心が動くのは人間だけ

最後に、展覧会全体を振り返りつつ、二階堂さんにお話を伺いました。作風もアプローチもさまざまな作品の中、特に気に入った作品はあったのでしょうか?

二階堂:やっぱりアナ・トーフの『露わにされた真実』や、ピエール・ユイグの『第三の記憶』ですね。私の仕事は芝居をすること、言ってみれば嘘の中でどう「リアル」を出せるかで、でも以前ドキュメンタリー映画『監督失格』を観たときには、演技は事実には敵わないのではと悩むこともありました。でも、今日の展示は、双方の区別はそう単純な話でもない、とあらためて感じさせてくれました。映像という「触ることのできないもの」にこうまで心が動くのは人間だけだと思うし、その面白さがあれば、真実か虚構か、完成度が高いか低いか、などに必ずしもこだわる必要もないかなって。

二階堂ふみ

ブロータースその人の作品と、そこから広がるように紹介される現役作家たちが織りなすこの展示全体、すなわち「映画をめぐる(現代)美術」の印象も聞いてみました。

二階堂:私は絵画なら竹久夢二や、ちょうど今こちらの所蔵作品展で展示中の鏑木清方の美人画など、綺麗でちょっと耽美的だったり、フェティシズムが漂うものが好きなんです。対して現代美術っていうと、そういう諸々をなぎ倒すシンプルさや強さを持つ表現、というイメージがありました。言い換えるとどこか人間味が感じにくいというか……(苦笑)。でも、今日はブロータースの作品に始まり、新しい表現をする人たち、自分の知らない世界にふれる良いきっかけになったと思います。

もう一周して観直したら、わからなかった何かに気づけることもある?

展示では、時代を超えて表現者たちが織りなすつながりも見て取れました。ブロータースと現役作家陣との関係はもちろん、「シネマ・モデル」の部屋の作品も、実はブロータースが、ラ・フォンテーヌやルネ・マグリットら先人の芸術家へオマージュを捧げつつ、独自の表現に結びつけた背景があります。

マルセル・ブロータース『パイプ(ルネ・マグリット)[これはパイプではないだろう]』展示風景
マルセル・ブロータース『パイプ(ルネ・マグリット)[これはパイプではないだろう]』展示風景

二階堂:自分の前に連なる人々とのつながりの中で、何かを作るということですよね。映画の現場でもそれを感じる瞬間はあります。今度公開される映画『私の男』では、現場に浅野忠信さんと藤竜也さんがいて、今は亡き大島渚監督の『御法度』『愛のコリーダ』を支えた二人が普通にここにいる! と緊張しました。でも、そういう存在に安易にすがるのは違うと思うし、やっぱりそこから新しいものを作っていかなきゃな、と思う。

映画と美術、違いはあっても、その意味では重なるものもあるのかも、と二階堂さん。展覧会には、物語そのものともまた違う、表現における「文法」「ルール」の奥深さも感じましたが、二階堂さんにも自らの表現におけるルールはあるのでしょうか?

二階堂:ご一緒する監督やスタッフ、そしてもちろん作品ごとでも変わると思っています。私の中で一貫しているのは、映画の中で私の存在は、フィルムに映るコマの1つでしかない、と思っていること。映画全体の中での立ち位置から、バランスを考える。先日、初めて2人舞台を体験したのですが、これも相手次第でどう演じるかが大きく変わるなと思いました。いろんな物事の関係の中で演じる、ということですね。

二階堂ふみ

「映画をめぐる美術」もまた、映画というメディアそのものや、作中でモチーフにされた事物へのコミットの方法など、さまざまな事物との関わり方をもとに生まれ、変化を続けています。展覧会の英語タイトル「Reading Cinema, Finding Words(映画を読む、言葉を探す)」にも重なるそうした視点は、映画やアートの表の顔に潜むもう1つの世界を開いてくれそうです。

二階堂:確かにそうですね。ちなみに私、人が何かをしているのをじっと見ているのが好きなので、人間観察が好きな人は映画も好きなのかなって思います。一方で美術展って、気になるものはじっくり観て、そうでなければ映画で言う「途中退席」もできるのがすごくいいですよね(笑)。だからこそ、ふだんの自分とは違うものにも巡り会えると思う。一周して観直したら、さっきはわからなかった何かに気づける、そんなこともありそうです。

307冊の映画本を寝転びながら堪能できるアート作品?

ところで今回、会場入口には、カーペットの上に映画関連書籍307冊が積まれた空間もあります。実はこれもれっきとした作品で、ドミニク・ゴンザレス=フォルステルの『無題(映画について)』。作家が選んだ映画関連の書物をくつろぎつつ閲覧できます。そこから『ゴダール映画史』『清順スタイル』などを手にとる二階堂さんの姿は、入口の映像『ケルンでの犯罪』の美女を彷彿とさせ、展示が一周してつながる感覚も。最後までユニークな構成の展覧会なのでした。

二階堂ふみ

「今日は、これから自分が映画を観たり、映画の現場で演じる仕事をしたりする上で、新しい視点をもらえた気がしています」と二階堂さん。この展覧会、全映像作品を隈なく見ると約4時間(!)の贅沢さゆえ、同日中は何度でも再入場可、後の再来訪でも半券割引の計らいがあります。さらに「映画を読む」だけでなく、出展作について展覧会関係者や映画の専門家のコメントを「聞く」、オーディオコメンタリー配信(詳細は公式サイト参照)も話題です。会期中の毎週金曜日にはドミニク・ゴンザレス=フォルステル、ミン・ウォンの特集上映、毎週土曜日にはギャラリートークや朗読など多彩なイベントも。「映画をめぐる美術」をめぐる冒険への扉は、ここに広く開かれています。

イベント情報
『映画をめぐる美術―マルセル・ブロータースから始める』

2014年4月22日(火)~6月1日(日)
会場:東京都 竹橋 東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー
時間:10:00~17:00(金曜は20:00まで、入館は閉館30分前まで)
参加作家:
マルセル・ブロータース
シンディ・シャーマン
アイザック・ジュリアン
ダヤニータ・シン
ピエール・ユイグ
アナ・トーフ
ドミニク・ゴンザレス=フォルステル
アクラム・ザタリ
やなぎみわ
ミン・ウォン
エリック・ボードレール
アンリ・サラ
田中功起
休館日:月曜、5月7日
料金:一般850円 大学生450円
※高校生以下および18歳未満、障害者手帳をお持ちの方とその付添者1名は無料

連続ギャラリートーク

『ギャラリートーク』
2014年5月10日(土)14:00~15:00
会場:東京都 竹橋 東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー
出演:ダヤニータ・シン(本展出品作家)

『緊急企画|建築家が語る、会場構成のこれから』
2014年5月17日(土)14:00~15:00
会場:東京都 竹橋 東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー
出演:西澤徹夫(建築家・本展会場デザイン担当)ほか

『朗読イベント』
2014年5月24日(土)14:00~15:00
会場:東京都 竹橋 東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー
出演:温又柔(小説家)、小島ケイタニ―ラブ(音楽家)

『ギャラリートーク』
2014年5月31日(土)14:00~15:00
会場:東京都 竹橋 東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー
出演:岡田秀則(東京国立近代美術館フィルムセンター主任研究員)

※いずれも参加無料(申込不要、要観覧券)

『金曜の夕べの特集上映』
ドミニク・ゴンザレス=フォルステル特集
2014年5月9日(金)18:30~19:30
2014年5月23日(金)18:30~19:30
会場:東京都 竹橋 東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー
上映作品:
『最初から[De Novo]』
『ノーリターン[No Return]』
『ロミリー[Romilly]』
『Belle comme le jour[トリスタン・ベラとの共作]』
『アトミック・パーク[Atomic Park]』
料金:無料(申込不要、要観覧券)

『ミン・ウォン特集』
2014年5月16日(金)18:30~19:30
2014年5月30日(金)18:30~19:30
会場:東京都 竹橋 東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー
上映作品:
『不安を食いつくす[Angst Essen / Eat Fear]』
『ペトラ・フォン・カントとドイツ語を学ぼう[Learn German with Petra Von Kant]』
『明日、発ちます[Devo partire. Domani / I must go. Tomorrow.]』より『母』
『コンタクトホープ[Kontakthope]』
『メイキング・チャイナタウン[Making Chinatown]』より抜粋
料金:無料(申込不要、要観覧券)

プロフィール
二階堂ふみ (にかいどうふみ)

1994年9月21日生まれ、沖縄県出身。12歳のとき『沖縄美少女図鑑』に掲載された写真がきっかけとなりスカウトされる。2009年『ガマの油』でヒロイン役に抜擢されスクリーンデビュー。2011年『劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ』にて主演を果たす。2012年公開の『ヒミズ』で『ヴェネチア国際映画祭 マルチェロマストロヤンニ賞(最優秀新人賞)』を受賞。6月に主演映画『私の男』の公開を控えている。

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