「洋服で日本の日常を少し変えていきたい」アンリアレイジ・森永邦彦が描くファッションの未来

SNSをはじめとするインターネットが生みだしたコミュニケーションの変化にもっとも自覚的なファッションブランド、それがアンリアレイジだ。スマートフォンでフラッシュ撮影をすることで幾何学的なパターンが浮かび上がる服は、リアルな世界だけでなく、タブレット越しに触れるバーチャルな世界にファッションの根拠を見出す。そしてそこで生まれた写真は「Tweet」や「Like」によって世界中に拡散していく。2014年にパリコレデビューを果たし、ブランド立ち上げから13年目を迎えた今、アンリアレイジは日本だけでなく、アジアそしてヨーロッパへと活躍の場を広げつつある。その現在地とこれから向かおうとする未来を、アンリアレイジを主宰する森永邦彦に聞いた。

※本記事は『HereNow』にて過去に掲載された記事です。

「大きな時代の変化について、ファッションブランドが真剣に考えないといけない時期が来ている」

―アンリアレイジとは、「REAL(日常)」「UN-REAL(非日常)」と「AGE(時代)」の3つの言葉を掛け合わせた造語だそうですね。この名称には森永さんの哲学が強く反映されているように思います。

森永:やりたいことは当初から一貫しています。洋服が根付いている日常を前提にしつつ、そのなかにどうすれば非日常のファンタジーを描けるか。それはシルエットの造形性だったり、アナログの手作業だったり、さまざまなアプローチから洋服の日常を揺るがして新しいものを作っていこう、というのがアンリアレイジのコンセプトです。

―過去のコレクション映像を見ていくと、どこか人間性に対する疑問を感じさせるような無機質性、没個性が際立つ印象を受けます。

森永:結局のところ、洋服って人の身体がないと成立しないものです。でもそこから距離を置くほどに、より広く遠いところにメッセージを届けられる気がするんですよ。そのためにファッションにまとわりつくパーソナリティーみたいなものをもっとフラットにしたい。だからアンリアレイジは、ブランドを象徴するミューズなどはいないんです。そういう意味では、今までのファッションの在り方と距離を置きたい気持ちがあるんだと思いますね。

―森永さんはコム・デ・ギャルソンの川久保玲や、漫画家の藤子・F・不二雄からの影響を公言されてます。

森永:藤子・F・不二雄さんの『異色短編集』が特に好きなんですけど、アンビバレントな「笑い」や「悲しみ」という人の感情を、凄くコンセプチュアルに物語に組み立てるところに惹かれます。既存の思考にアンチテーゼをぶつけることで新しいものを生み出すという姿勢には強い衝撃を受けました。

―『異色短編集』は、『ドラえもん』とは違うダークさ、シニカルさが魅力的な短編SFシリーズでしたね。では川久保玲については?

森永:川久保さんは、彼女がデザインする洋服自体ももちろん好きなんですけど、ファッションに向かう精神性に一番影響を受けています。例えば机があるならば、それをひっくり返して裏から見るくらいのことでなければ新しいものは生まれない。そうやって「新しいものに価値がある」というヴィジョンを示したのがコム・デ・ギャルソンでしたし、その考えは、現在の自分の芯になっていますね。

―藤子不二雄も川久保玲も、既存のものを解体し、その先に現れるヴィジョンを求めるアーティストだと思います。

森永:90年代はアヴァンギャルドでイノベーティブなファッションブランドが次々と登場した時代で、たしかに僕の原体験に強く刻まれています。ギャルソンも(マルタン)マルジェラも既存の価値観を揺るがそうとしていた。ただ最近、そういう風潮はどんどんなくなっていると思うんです。現実でもリアルな店舗よりもオンラインストアの販売力が強くなっていますし、コレクションも現場で見るよりYouTubeなどを通して見る機会が増えている。だから今こそ、リアルとバーチャルに関わる大きな時代の変化について、ファッションブランドが真剣に考えないといけない時期が来ていると思います。

「AppleやGoogleと組む方がもっとエキサイティングな未来が描ける」

―そういった時代に対する危機感は、アンリアレイジのデザインにも現れていますね。2016年春夏は、ストロボで撮影することで浮き上がる素材を採用していましたが、これは写真という一種のバーチャルなフィルターなしには成立しないコンセプトです。

森永:あれは特殊なガラスビーズを糸に編み込んでいて、フラッシュ光が反射したときにだけ、赤や青といった色の分子を可視化するんです。FacebookやLINEなど、バーチャルな空間でのコミュニケーションがどんどん一般化しているなかで、いまだにファッションはリアルの側に重心を置かざるをえない状況にある。もちろん情報発信や販売のツールとしてはネットを活用しているけれど、それだけじゃ物足りない。僕は“リアルとバーチャル”や“アナログとデジタル”という風に、二つの世界を越境できる二面性のあるものを生み出したいんです。

―2014年のパリコレクションへの参加はアンリアレイジにとって大きな躍進だったと思いますが、それは何らかの気付きを与える経験でしたか?

森永:パリコレに出て感じたのは、伝統と格式の驚くほどの強固さでした。ネガティブな言い方をすると、古い。トップクラスのラグジュアリーブランドは、ショーのなかで凄まじい非日常を見せるんですよ。経済・文化のヒエラルキーの頂点にいるような上流階級の暮らしを彼らは提案するけれど、それは本当に夢の世界で、多くの人にとって手が届くものでは到底ない。その代わりに、それらの要素を散りばめたバッグや靴を生産して売る、というビジネス構造が長らく続いていて揺るぎもしない。でも僕らの世代にはそういう暮らしに対する憧れ自体がないですよね?―そういう人の方が大多数かもしれませんね。

―そういう人の方が大多数かもしれませんね。

森永:あまりに現実離れしたヴィジョンには違和感を覚えてしまう。僕らのようなブランドの常套的な戦略というと、これまではラグジュアリーブランドとコラボレーションしてブランドの価値を高めるというものでしたけど、今やAppleやGoogleのようなテクノロジー企業と組む方がもっとエキサイティングな未来が描けるはずです。僕は、モードが意味するものも変化していると思うんですよ。

―モードが変化しているというと?

森永:かっこいいデザインやスタイル自体がモードなのではなく、その場所でどんなクリエイティブな出来事が起こっているかという現象こそがモードだと思うんです。かつてのパリにそれが全部集まっていたと思うんですけど、今の時代はもうシリコンバレーの方がクリエイティブでかっこいいかもしれない。ジョブズがスーツではなく黒のハイネックとデニム姿で現れたことだってモードです。シンプルではあっても、そこには哲学的なアヴァンギャルド性があるから。そういう新しいファッションのあり方を、これまでアヴァンギャルドであることを自認してきたデザイナーは示さなければいけないと思うんです。

「デザインとシルエットだけでは、ファッションを更新することはできない」

―近年の素材に関わる実験的なコレクションも、今の時代のモードに対するアンサーでしょうか?

森永:まず、デザインとシルエットへのアプローチだけでは、ファッションを更新することはできないと僕は思っています。現在は分業化されていますが、ファッションデザイナーはテキスタイルデザイナー的視点を兼ねるべき。例えばシャネルがジャージー素材をドレスに用いたことでイノベーティブが起きたように、新しい素材の使い方によってファッションの歴史が大きく動いてきたという事実がある。

―先ほどのガラスビーズを織り込んだ素材も、新しい視覚体験をもたらすものですね。

森永:はい。ただその一方、布があって、それを針と糸で縫うという原始以来ほとんど変わらないアナログさが保たれているのもファッションの面白さでもある。結局、洋服を生み出しているのは、布を縫う動作の繰り返しだってこと。ここに針があって、糸を通して、っていうシステム自体は100年以上変わってないんですよね。どんなに最先端のことをしていても。これだけ時代が進んでも、まだ針と糸でってことに驚く。それが洋服のよさだと思うんです。

―森永さんのアナログなものへの愛着は、アンリアレイジのカッティングエッジなイメージからすると少し意外に感じます。

森永:そうですかね(笑)。結局は洋服を作るのが好きなんですよね。毎日着ているものに、ちょっとした不思議が仕込まれていることに自分の興味があるんです。「サイエンスフィクション(SF)」をやりたいわけじゃなくて、藤子不二雄さんの言う「すこしふしぎ(SF)」を大切にしたいんだと思います。

―あくまで現実や日常にも軸足を置いた洋服だと。

森永:はい。あくまで日常がベースです。正直、日常って、あまり変わることがないですよね? その中で僕は、洋服が日常を変えることができる唯一残された手段だと思うんです。だから洋服を通して、僕はその日常を少し変えていきたい。毎日観ている景色に、1着でも力をもった服が目に入っただけで、ワクワクしてしまうことってありますよね? 日常がまったく違うものに見えるというか。そういう現象を日常に起こすことで、ファッション好きじゃない人に向けての入り口を作っていきたいです。

「ファッションデザイナーは、社会的意義を持っていかないといけない」

―森永さんは東京出身ですよね。例えばファッションの世界にいて、東京のオリジナリティーってなんだと思いますか?

森永:どこの国、どこの都市にも「らしさ」ってあるんですけど、洋服に関しては、東京は本当に混ざっていると思います。特殊ですよね。日本のポジション的に、いろんなものが集まるけど、それより先に渡すところがなくて溜まっている感じ。アンリアレイジは、海外に出るとすごく日本ぽいとは言われますね。

―日本ぽいというのはテクノロジー(技術的)という意味で?

森永:そっちだと思いますね。そういう意味で日本ぽいと言われていると思います。僕は、積極的に新しい技術を入れているだけなんですけど、今は特にみんなが、ファッションでテクノロジー、テクノロジーって言っているので。

―よく最近議論されるのが2045年に人工知能が発達してシンギュラリティが起こるという話があります。人工知能が人より勝るというか。そうやって技術が変わっていったときに、例えば10年後も森永さんは洋服の仕事をしていると思いますか?

森永:それはしていると思います。洋服はいつまでたってもそんなにハイテクにはならないと思うので。

―それは、さっき仰っていた“針があって、糸が通って、布を縫う”っていう作業は変わらないという?

森永:そうですね。ガジェット的なところは変わらないので。ただ逆に、新しいミシンができるとか、そういうことが起こると産業革命が起こりそうですけどね。洋服の世界にも。やっぱり、そういう新しい技術で作られた「洋服」の方にリアリティーを感じますね。そういえば僕、今ミシン作ってくれる会社を探しているんですよ。

―ミシンそのものですか?

森永:はい。今までにない新しい縫い方をしてくれるようなミシンというか。

―面白いですね。きっと森永さんがしたいのは、針と糸をまだ使っていることに絶望するんではなくて、そのテクノロジーの強靭さを認めるところから始めるというか。

森永:もちろんそうです。そうすることで社会におけるファッションデザイナーの役割みたいなものが明快になるのかなと思います。単に時代をかき回すだけの存在ではなくて、ファッションデザイナーはしっかりと社会的意義を持っていないといけません。

―近年は、海外の教育機関に講師として招かれる機会が増えていると伺いました。

森永:そうですね。先日も台湾の学生とワークショップをしてきました。日本とは違う文化圏で、自分たちの洋服や思想をどう伝えればいいだろうと試行錯誤しつつ。ただそういった自分たちの事を世界に届けることは、これからもやっていきたいです。

―いいですね。ちなみに店舗にも海外の方いらっしゃいますか?

森永:欧米からのお客さんもいますが、やっぱりアジアの人が多いです。そういえばこの前、オーストラリア人が来て、僕らの服に感動したらしく、「この店のものを全部買いたい」とか言ってくれていました(笑)。

プロフィール
森永 邦彦
森永 邦彦 (もりながくにひこ)

デザイナー。1980年、東京都生まれ。早稲田大学、バンタンデザイン研究所卒業。ブランド名はA REAL(日常)、UN REAL(非日常)、AGE(時代)、を組み合わせた造語。 2003年から活動を開始。「神は細部に宿る」という信念のもと作られた色鮮やかで細かいパッチワークや、人間の身体にとらわれない独創的なかたちの洋服、テクノロジーや新技術を積極的に用いた洋服が特徴。2005年、ニューヨークの新人デザイナーコンテスト「GEN ART 2005」でアバンギャルド大賞を受賞。 2006年より東京コレクションに参加。2011年、第29回毎日ファッション大賞新人賞・資生堂奨励賞受賞。2012年、個展「アンリアレイジ展 A REAL UN REAL AGE」(パルコミュージアム・東京)を開催。 2013年、「フィロソフィカル・ファッション2 : A COLOR UN COLOR」(金沢21世紀美術館・石川)を開催。2015 S/S パリコレクションデビュー。

ANREALAGE TOKYO
住所 : 東京都港区南青山4-9-3 ANREALAGE BLDG.1F
営業時間 : 12:00~20:00
定休日 : 木曜
電話番号 : 03-6447-1400
最寄り駅 : 外苑前駅
Webサイト : http://www.anrealage.com/main


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