香港のインディーズ音楽シーンの今とは!? 現地編集者がレポート

香港の音楽シーンは、都市が抱えてきた複雑な歴史やそこに集まる人々と同じようにとても多面的です。 香港の音楽産業が商業的に最盛期を迎えたのは、中国返還前の1980~1990年代。あのクエンティン・タランティーノ監督が絶賛した、ウォン・カーウァイ監督の映画『恋する惑星』(1994年)の主題歌『夢中人(フェイ・ウォン)』は、香港を飛び越えて、日本などアジア各国でも多くの人々に聴かれました。 その後、香港は音楽シーンというよりも、経済や金融の中心地として、世界中からビジネスマン、富豪が集まる都市として有名に。 香港返還から22年。いま、世界で一番物価の高い都市ともいわれる香港では、どんなインディペンデントなアーティストが活動しているのでしょうか? ローカルなアーティストやスペースのオーナーに取材し、その現実を聞いてみました。

※本記事は『HereNow』にて過去に掲載された記事です。

メンバー全員でレストランを経営!? 香港インディーズバンドの雄、tfvsjsのサヴァイブ術

いま、香港で音楽のヒットチャートをチェックすると、台湾や他のアジアの国と同じように、K-POPのアーティストがたくさん並んでいます。

香港を中心に活動するローカルのメジャーアーティストはほとんどおらず、2000年ごろまではいくつも開催されていた、アーティスト、レコードを表彰するコンペティションも、すべてなくなってしまいました。

いっぽうで香港では音楽フェスティバルが人気。海外から有名アーティストを招聘する大型フェス『Clockenflap』や、『Hidden Agenda』というクリエイティブスペースで開催された、香港のインディーズアーティストたちによる、スペース名と同名の屋内フェス『Hidden Agenda』が有名です。

しかし屋内フェス『Hidden Agenda』は、会場の防災問題などの理由により中止。その後、香港のディープな音楽ファンは、台湾やタイ、日本のフェスティバルに流れています。

このように一見ネガティブにも見える香港の音楽シーンですが、『Hidden Agenda』というインディーズフェスが人気を集めていたように、魅力的なローカルバンド、アーティストも少なくはありません。

そんな香港のインディーズシーンの代表格ともいえるのが、ポストロックバンドの「tfvsjs(ティエフブイエスジェイエス)」 。tfvsjsは、ドラマー2名、ギター2名、ベース1名で構成されており、日本のバンドtoeを彷彿とさせるミニマルな音づくりが特徴。日本の有名なフェス『SUMMER SONIC 2016』にも出演していたので、見たことのある人も多いのではないでしょうか。

実際、香港のいまのインディーズシーンはどのような状況なのか。tfvsjsのドラマー、Anton Fungに話を聞きました。

Anton:狭い都市なので、お客さんも同じような顔ぶればかりだし、正直インディペンデントシーンが盛んだとは思いません。でも、最近はそれがネガティブなことではないのかも、と思うようになりました。

たしかに香港は、アーティスト側にとっては、演奏する場所もお客さんの規模も少ないし、活動をバックアップしてくれる大きなレコード会社も公的な補助金もないので、活動を継続していくことは難しい。

でも、いま香港は景気がいいので、仕事に就くことは簡単です。私もバンドメンバーもバンドと仕事を掛け持ちしていますが、そのバランスさえうまく取れていれば、やりたい音楽を妥協せずに表現することは可能なんです。

厳しい環境であることは認めながらも、意外にも柔軟性のあるポジティブな意見。

たしかにFungは、アーティストでありながらレストランを経営しているだけでなく、バンドも2つ掛け持ちしており、もうひとつのバンドONE PROMISEは、大手レコード会社ユニバーサルとも契約している。

それでは香港の音楽シーンの未来については、どのように感じているのだろうか。

Anton:香港インディーズシーンの中心地だった『Hidden Agenda』が閉店してしまったのは本当に残念でした。しかし、2018年1月に別の場所で『The Town Needs』と名前を変更し、小規模ではありますが営業を再開しています。

『The Town Needs』では、2018年7月に香港のコアなインディーズバンドを集めたイベントを開催し、音楽ライブ以外にもインディペンデント映画の上映、フリーマーケットなど、より多彩な内容に挑戦していたので、これからも注目です。

また、tfvsjsとしても安定して活動していくために、バンドメンバーと共同で『談風:vs:再說』というレストランを3年前にオープンしました。ここにはレコーディングや練習ができるスタジオも併設しています。

もともとメンバーの仕事がバラバラで、みんなで集まって練習する時間が少なかった。ベースのPangなんて、フォーシーズンズホテルのシェフとして12時間以上も働いたあと、バンドの練習に3時間参加し、仮眠を3時間とるという生活を繰り返していました(苦笑)。

こんな状況では、バンドのクオリティーを保つのだけでも精一杯。いい曲なんて生まれてきません。そんな状況を打破するために、Pangを料理長として、バンドメンバー全員で創作イタリアンのレストランを経営することになったんです。

料理長を務めるPangの腕は本物で、いまや『談風:vs:再說』は、ローカルでの人気店となっている。

Anton:レストランをきっかけに、私たちはこれまでつながりのなかったディープな音楽ファン以外のたくさんの人々にも注目されるようになりました。これは思わぬ展開でしたね。

最近は、レストランでインディーズバンドのライブを開催するなど、料理を味わいに来る人々に新しい音楽を紹介する役目を務めているそうだ。

香港でチャンスを掴んだ、カナダ出身の歌姫Janaia Farrell

Fungが話してくれたように、いま香港のインディーズアーティストたちは、「音楽一本で稼ぐことだけが正しい」という価値観だけにはとらわれていない。

2012年に香港に移住したカナダ出身のジャズシンガー、Janaia Farrellの見方はより楽観的な印象を受けた。

バーやレストランなどで、ジャズのカバーソングを歌う彼女は、インディペンデントなパフォーマーでありながら香港の音楽業界では名の知られた存在。

高級ホテルやイベントでのパフォーマンスだけでなく、いま香港で話題のバー『Foxglove』でも金曜夜のステージを担当。香港に来たばかりのときを思い出しながら Janaia は語ってくれた。

Janaia:香港にはチャンスがあると思います。私はトロントでカバーシンガーとして活動していたのですが、ライバルも多く、音楽だけでは食べていけませんでした。

そんなとき、香港の音楽業界で働いていた友人の紹介で、香港のフォーシーズンズホテルでのライブの機会をもらったんです。ライブ後、その場で定期的に歌わせてもらう契約が決まり、そのまま香港に移住することになりました。

私のケースはラッキーだったと思います。ただ、香港にはいま世界中から人やお金が集まっているにも関わらず、ミュージシャンとして活動している人は少ない。

だから、パフォーマンスの力さえあればチャンスは廻ってくるし、地道に活動を続けていれば、1、2年で何かしらの結果もついてくると思います。

香港のお客さんは、経営者や投資家、資産家など、香港だけでなく、アジアや世界各国で仕事されている方が多い。ライブをきっかけに、その会社や関係者のイベント、結婚式や誕生日パーティーなどのオファーをいただくこともよくあります。

毎週ライブの予定がつまっており、多忙を極めるJanaiaですが、パフォーマーとして長く活動を続けるために、常に危機感を感じているともいいます。

Janaia:香港では、認められさえすればパフォーマーは安定した収入が得られます。より貪欲になれば、人並み以上に稼ぐことも可能です。でも収入が安定すると、現状に安心して努力を忘れるパフォーマーが多いんです。これはとても残念なこと。

Jazzしか歌わないとか、Rockしか歌わないというシンガーもいますが、私は新人もベテランも新しいジャンルに挑戦することで、パーフォーマーとしてさらなるレベルアップが望めると考えています。

最近はラテン系の曲に挑戦していますが、それによって違うお客さんに出会える機会も増えるし、新鮮感を保つこともできる。過去の自分や人気にあぐらをかかないようにしていきたいですね。

信念のこもった言葉を紡ぐJanaiaは現在、レコード会社からのデビューも準備中とのこと。

スタンダードナンバーのカヴァーを歌うJanaiaと、実験的なロックを追求するAnton。見ている世界は少し違いますが、いずれも香港の現状を冷静に分析し、そのなかで「自分らしい表現」を追求するにはどうすればよいか? を考え、行動しているという点はまったく同じなのかもしれないです。

インディペンデントの居場所はどこだ? ジャズバー『Peel Fresco』店長に聞く

Antonが「香港は演奏する場所が少ない」と話していましたが、それには理由があります。

じつは香港には、収容人員が100人未満の小さなライブハウスやレストラン、バーなどのスペースと、1,000人以上の大きなホールやスタジアムはあるのですが、その中間となる500人程度のスペースがほとんどないのです。

tfvsjsのように根強いファンを持つ中堅バンドであれば、1, 000人くらいのスペースでライブを行っても赤字になることはありません。

しかし、ほとんどのインディペンデントアーティストにとって1,000人規模以上のライブ会場を借りることはリスクです。とはいえ、100人未満のスペースでは収入につながらない、という難しい状況でもあります。

Anton:インターネットやSNSのおかげで、ファンとコミュニケーションが簡単になり、インディペンデントで活動をするのもだいぶ楽になりました。ただ、若くて才能のあるアーティストが現れたとき、100人規模までの会場は埋められても、1,000人以上のホールをいきなり埋めるというのはかなり難しい。香港ではそのギャップを埋めるためのレコード会社のバックアップや公的補助金を受けることも期待できません。アーティストにとって、ライブでしかできない表現やコミュニケーションもあると思うので、そこを経験するチャンスがないのは問題だと感じています。

100人未満であっても、Janaiaのように高級ホテルのレストランやバーなどの特殊なスペース、客層のなかで活動し、キャリアを重ねていくケースもあります。

しかし、レストランやバーはコンサバティブな客層が多いため、tfvsjsや他のインディペンデントバンドのように先鋭的な音楽性だと、ファンを増やすどころか、出演するチャンスすらなかなか得られません。

そんな香港の音楽スペース事情について、中環(セントラル)のSOHOエリアにある代表的なジャズバー『Peel Fresco』の店長・Sam Weilが、「まだまだ乗り越えないといけないことがたくさんある」と正直に話してくれました。

Sam:『Peel Fresco』は収容人員100人未満のバーですが、じつは私が『Peel Fresco』の店長に就任したとき、ジャズに限らず、インディーズのロックやカントリーなど、幅広いジャンルの音楽を演奏できるスペースに変えようとしたんです。しかし、アンプを使ったライブを行った途端、近隣の住民からクレームをいただいてしまい、警察を呼び出される羽目に。そのほかにも、お店の運営は大変なことがいっぱいです。でもなかなか休むことは難しいですし、お客さんからの苦情やトラブル対応は絶えません。

また、香港の家賃相場は高いので、移転リニューアルをしたり、新しくスペースを立ち上げたりするのはかなり困難だといえるでしょう。

人口密度が高い香港において、音楽イベントを企画・運営していくことは難しい面がたくさんあるのです。

エネルギーと欲望が渦巻く香港で、タフに生き抜くインディペンデントアーティストに注目!

今回、香港のインディペンデントな音楽シーンを取材するなかで一番大変そうに感じたのが、じつはSam Weilへのインタビューでした。

景気の良い香港という都市とうまくつき合いながら、それぞれの表現を妥協せずに貫くアーティストたち。いっぽうで、そんなアーティストたちの活動をバックアップするスペースの経営者は、地価・家賃の高騰、お客さんのニーズ、周囲の環境など、さまざまなバランスのなかで、「才能あるアーティスト」を紹介できないか、と試行錯誤を行っているのかもしれません。

今回の取材をとおして、香港のインディペンデント音楽シーンは小さいが、可能性ははっきりあることも感じました。tfvsjsのAntonも所属バンドだけでなく、香港にツアーでやってきた大物ミュージシャンのバックバンドの演奏で収入を得ることも多いといいます。クレバーな表現者たちにとって、香港は本当にチャンスの多い場所なのかもしれません。

クレバーなアーティストたちの研ぎ澄まされた音は、日本とも韓国とも台湾とも違う「独特の響き」があるようにも感じます。もし興味を持ったらならば、ぜひ直接ライブを体験しに行ってみてください。

Foxglove
住所 : 中環都爹利街6號2樓
営業時間 : 月曜日〜木曜日 12:00〜15:00、17:00〜25:00 金曜日12:00〜15:00、17:00〜27:00 土曜日 17:00〜27:00
定休日 : 日曜日
電話番号 : 852-2116-8949
最寄り駅 : 中環駅、香港駅
Facebook : https://www.facebook.com/foxglovehk/
URL : http://mingfathouse.com/restaurants/foxglove/
【閉店】談風:vs:再說
住所 : 西環石塘咀和合街14-20號地下C號舖
営業時間 : 月曜 12:00〜18:00、水曜〜日曜 12:00〜23:00
定休日 : 火曜
電話番号 : 852-2415-4999
最寄り駅 : 香港大学駅
Facebook : https://www.facebook.com/tfvsjs.syut


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