ボカロ文化の歴史を次世代に繋ぐ試み 『プロジェクトセカイ』鼎談

ボーカロイド文化に、新たな広がりが生まれている。YOASOBIを筆頭にボカロP出身のクリエイターが音楽シーンで目覚ましい活躍を見せていることを知る人は多いと思うが、その一方で、スマートフォン向けゲームの世界でも大きなムーブメントが生まれている。

それが、2020年9月30日のリリースから約半年でユーザー数300万人を突破したゲーム『プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク』(以下『プロジェクトセカイ』)だ。リズム&アドベンチャーゲームという体裁で、ボーカロイド楽曲をプレイできるリズムゲームのパートをメインにしつつ、初音ミクと出会い、音楽をつむいでいくオリジナルキャラクターである少年少女たちの青春物語を描くアドベンチャーゲームとしても楽しめるようになっている。

ゲームにはDECO*27やピノキオピー、Mitchie Mなどボカロシーンで活躍するクリエイターたちがオリジナル曲を書き下ろし、既存のボーカロイド楽曲も多数収録。そして、この『プロジェクトセカイ』の音楽制作において重要な役割を果たしているのが、これまでボカロシーンにはそれほど関わってこなかったシンガーソングライターの入江陽だ。

今回は『プロジェクトセカイ』のプロデューサーであるColorful Paletteの近藤裕一郎、「初音ミク」の総合プロデューサーでゲームの開発にも細かく携わったクリプトン・フューチャー・メディアの佐々木渉、そして入江陽の3名に、『プロジェクトセカイ』のあらましから、ボカロシーンの今とこの先について、語り合ってもらった。

ヒットコンテンツとインディーシーンが交差する、ボカロ界のスリリングさ

―まずは今の音楽シーンと『プロジェクトセカイ』についてのお話から聞かせてください。去年から今年にかけては、YOASOBIやAdoのヒットもあり、日本の音楽シーン全体の中でボーカロイドへの注目が大きくなっているという状況があると思います。佐々木さんは、そのあたりの動きについてはどんなふうに感じていますか?

佐々木:昨今盛り上がってるインターネット発のミュージックシーンは、お隣さんみたいなところなんですよね。たとえば“うっせぇわ”を作曲したsyudouさんには、あの曲が盛り上がる前から『プロジェクトセカイ』で書き下ろしをお願いしています。

Adoさんがsyudouさんの作った曲を歌ったり、YOASOBIのikuraさんがAyaseさんの作った曲を歌われているというのは、まさに『プロセカ』が参照した「ボカロ以降の歌の世界」であり、ボカロ曲の共感力の高さと人間の歌表現に自然な繋がりがある。そういう調和は『プロジェクトセカイ』の「一緒に歌おう」というコンセプトにも繋がっていると思います。

左から:近藤裕一郎、佐々木渉、入江陽
『プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク』
リズム&アドベンチャーゲーム。物語の舞台は「現代のシブヤ」と、想いから生まれた不思議な場所「セカイ」。ボーカロイド楽曲のジャンルを「バンド(Leo/need)」「アイドル(MORE MORE JUMP!)」「ストリート(Vivid BAD SQUAD)」「ミュージカル(ワンダーランズ×ショウタイム)」「アンダーグラウンド(25時、ナイトコードで。)」の5つに分類しており、それぞれの物語を紡ぐ5つのオリジナルユニットが展開される。

―『プロジェクトセカイ』のシナリオには、「25時、ナイトコードで。」というユニットのストーリーもありますよね。ここで描かれている世界観は、まさに2020年にYOASOBI、ヨルシカ、ずっと真夜中でいいのに。のファンが「夜好性」というキーワードで可視化された現象と繋がるものだったと思うんです。これは今のボーカロイドシーンの中でなにが起こっているかをリアルに捉えているからこそのポイントだったと思うんですが。そのあたりはどうでしょう?

近藤:まさに「25時、ナイトコードで。」というユニットの世界観や設定、ストーリーラインというのは、若い子たちが共感できるようにと生まれているので。そこのシンクロはあると思います。

近藤裕一郎(こんどう ゆういちろう)
ゲーム会社にてスマートフォンゲームのプロデューサー等を担当後、Craft Eggに入社し、取締役に。『バンドリ! ガールズバンドパーティ!』のプロデューサーとして携わる。Colorful Palette設立とともに、代表取締役社長に。
25時、ナイトコードで。×初音ミク“携帯恋話”

佐々木:近藤さんと一緒にシナリオやコンセプトを考えている若いスタッフの方々が、「ここが肝だ」というポイントを直感的に選ばれていたのが大きかったと思います。逆に言うと、それをやらないと今までのミクの、色々なものが入っている幕の内弁当感と似通ってしまう。『プロセカ』で言うと「25時、ナイトコードで。」はまさにそうですね。あとは「Vivid BAD SQUAD」とか「ワンダーランズ×ショウタイム」とか、ひねりを加えたユニットが若い層に伝播していて、王道のアイドルポップスやロックは、旧来の初音ミク側の歴史のほうに伸びている。結果的にバランスが取れていたと思います。

佐々木渉(ささき わたる)
1979年、札幌市生まれ。クリプトン・フューチャー・メディア株式会社、音声チームマネージャー。「初音ミク」歌声合成関連プロジェクトチーフプロデューサー。2005年、クリプトン・フューチャー・メディアに入社し,2007年、歌声合成ソフトウェア「初音ミク」の企画・開発を担当し大ヒット。その後,同社のVOCALOID製品や関連企画のプロデュースディレクションを手がける。
Vivid BAD SQUAD×初音ミク“RAD DOGS”

ワンダーランズ×ショウタイム×初音ミク“ミラクルペイント”

―入江さんとしては、去年以降のそうした動きをどう見ていましたか?

入江:さっき佐々木さんがおっしゃっていた「お隣さん」という言葉が面白いなと感じたんですけど、僕のポジションはまた違う「お隣さん」だと思うんです。もともとは異なる音楽シーンにいるんですけど、僕の周りにいる音楽的につながっている仲間たちが、偶然ボカロシーンに関わってるんですよ。たとえば『プロジェクトセカイ』で制作した楽曲の演奏メンバーにも加わっていただいたGeorge(MOP of HEAD)さんは、YOASOBIの初ライブでマニピュレーターを担当されていたりする。思わぬところが繋がってゆく面白さがありました。

音楽の歴史に関する本を読んでいると「この人とこの人が実は一緒にやっていた」みたいな話が出てきますよね。ヒットしているものとアンダーグラウンドシーンというカテゴリーに分けるのも、もう意味はないかもしれませんが、ボカロとの繋がりが一見なさそうな人が、ボカロ関連のコンテンツに密接に関わっている。それを『プロジェクトセカイ』の制作に関わる中で、今まさに近くで体感している。そこにはびっくりしています。

入江陽(いりえ よう)
1987年、東京都新宿区生まれ。現在は千葉市在住。シンガーソングライター、映画音楽家、文筆家、プロデューサー、他。今泉力哉監督『街の上で』瀬々敬久監督『明日の食卓』(2021年春公開予定)では音楽を担当。『装苑』で「はいしん狂日記」、『ミュージック・マガジン』で「ふたりのプレイリスト」という連載を持つ。

佐々木:入江さんにお願いする中でも、たとえば「25時、ナイトコードで。」の特色に合わせてBEN FROST風のダブっぽい手法だったり、ノイズっぽい部分を耳障りじゃないレベルで引き上げていくような感じをお願いしたり、今までのリズムゲームでは余り使われないスパイスを加えることで差別化しようと思っていました。そういう風にいろんな要素を持ち寄って掛け合わせたのはよかったと思います。

―『プロジェクトセカイ』というゲームは若い世代にとってのボーカロイドの入り口になってほしいという思いで始まっているようですが、その奥を紐解いていくと、豊かな音楽カルチャーが広がっている、ということですね。

入江:まさにそうです。あと、近藤さんが元々ボカロPをされていて、そういう視点をお持ちだというのも大きいと思います。佐々木さんも含めて、根底の美意識というか、どういったものが世にあってほしいかというスタンスの部分が、とてもピュアなんです。それを具体的な判断の一つひとつを通して感じるんですよね。

「muzie」を利用していた2人が時代を経て出会った。ボカロの世界

―近藤さんはボカロカルチャーとどんな風にして出会ったんでしょうか?

近藤:僕はボカロ文化の初期からいました。“メルト”(2007年、ryo作詞作曲の初音ミクオリジナル曲)が出る前からですね。2007年に僕は大学1年生だったんで、そこから2015年くらいまでは毎日ボカロ曲を聴いてましたね。Craft Eggを設立した2014年からめちゃめちゃ忙しくなったのもあって、ちょっと離れてしまったんですけれど。だから7~8年は、ニコ動のランキングをあさって新曲があったらとりあえず聴くというのをリアルに毎日やっていました。

佐々木:ちなみに、クリプトンで出したコンピレーションCDに、実は近藤さんのボカロP時代の曲も1曲入っているんですよ。

近藤:僕はもともとニコニコ動画が始まる前の高校生時代にバンドをやってたので、自分のバンドのオリジナル曲を作って、muzie(エイベックス・デジタル提供の音楽配信サービス。現在はサービスを終了している)に投稿したりしていたんです。

入江:懐かしい! muzie、僕も使ってました。

近藤:たとえばOSTER projectさんとか、その頃muzieにいた方々が、ニコニコ動画が始まって、みんなそっちに移動したんですよね。僕もボカロを使って作曲すればいろんな人に聴いてもらえると思って、曲を作って投稿したのは2011年から2014年くらいです。

―ボーカロイド文化がどう始まって、どう盛り上がったかを肌で知っているというのは、ゲームを作るにあたっても非常に大きかったんじゃないでしょうか。

近藤:自分としては、このシーンで「やっていいこと」と「やってはいけないこと」が当たり前に染み付いているというのはあるかもしれないですね。オリジナルキャラクターが前に出過ぎてもダメですし、かといって、守るだけだとこのプロジェクトは成功しない。いいバランスで機能できる部分はあると思います。

―ちなみに、近藤さんと入江さんって、世代は近いですか?

入江:僕は1987年生まれです。

近藤:僕は1988年です。

―ということは、同世代でお互い思春期にmuzieを使っていた人が、一方はボカロPを経てゲーム開発の道に入り、一方ではミュージシャンとしてユニークな形でキャリアを積み、そして『プロジェクトセカイ』で再会したということですね。話を聞いてて、これはエモいストーリーなんじゃないかと思いました。

入江:たしかに。muzieを使っていたということで伝わってくるものは、確実にありますね。僕は自分が作った変な曲を吐き出す場としてmuzieを使っていました。普段はエモいってあんまり言わないですけど、これがエモいことは否定できません(笑)。

佐々木:逆に言うと、その前までのプロジェクトでご一緒させてもらった企画プロデューサーの方で、特にボカロ曲に思い入れが強い方っていうのは、僕よりもさらに10歳から15歳上の方々だったんです。そういう方々は同人音楽とか萌えキャラの文脈の中でボカロというジャンルを捉えている方が多い。でも、今の若い子たちはそういう文脈でミクとかボカロ曲を聴いていない、もっと直感的でカジュアルなノリが強いので、近藤さんの世代の目線が必要だった。外せないポイントだったと思います。

ボーカロイドと人間の歌を融合させるゲーム『プロジェクトセカイ』

―そもそも『プロジェクトセカイ』の企画はどういうきっかけで始まったんでしょうか?

近藤:2017年にセガさんからお声がけいただいたのがもともとのきっかけです。そのときから、若い世代の人たちにボーカロイドやインターネット発の音楽をもっと聴いてもらいたいという思いがありました。というのも、その頃、自分の周りでボーカロイドの曲を聴く人が減っていたんです。そこから企画を考えて、たとえば、曲がとても多いのでカテゴリー別にしたり、キャラクターをユニット制でやっていくことを決めたり、いろんな紆余曲折があって始まりました。

佐々木:セガさんとは継続して「初音ミク」のゲーム作品を検討させて頂いていたのですが、その中でどうにも新しい層の取り込みに結びつかないということで考え方を変えるために『バンドリ! ガールズバンドパーティ!』(以下『ガルパ』)を手がけられていた近藤さんにお声がけさせていただいた。そこから『プロジェクトセカイ』の企画が動き始めたという流れです。

―ゲームで用いられる楽曲には、バーチャルシンガーである初音ミクの歌声と、声優さんが歌うオリジナルキャラクターの歌声が重なるような作られ方をしたものもあります。こういう作り方はかなりチャレンジングなものだったのではないかと思うんですが、どうでしょうか。

近藤:チャレンジングだと思います。ただ、それが最初から決まっていたというよりは、まずは新しいキャラクターをユニットとして登場させるという土台の話があったんですね。若い人たちに共感してもらうためには、まず舞台を現代にして、オリジナルキャラクターも近い年代である必要がある。ただ、そうすると、どうしても新しいキャラクターだけがピックアップされているように見えてしまうリスクがあります。

ストーリー上では「セカイ」と呼ばれる異世界が「バンド(Leo/need)」「アイドル(MORE MORE JUMP!)」「ストリート(Vivid BAD SQUAD)」「ミュージカル(ワンダーランズ×ショウタイム)」「アンダーグラウンド(25時、ナイトコードで。)」と5つある世界観にして、各セカイにその世界観にあった初音ミクを据えることで解決できたんです。でも、ミクさんを取り巻くものの中で最も大切な音楽の部分がそれぞれの世界観にしっかり融合していないと、ミクさんと新しいキャラクターが別々のものになってしまう。

荒い言い方をすると「ミクさんを客寄せに使う」みたいな見え方もしちゃうかもしれない。今でこそ一緒に歌うという形になっていますが、ボーカロイドバージョンと人間バージョンで別々に収録するというプランもありました。でも、そういうことを考えていく中で、やっぱり、音楽のところも一緒に歌うしかない。そうしないと、本当の意味で初音ミクと新しいキャラクターが融和できない。入江さんやいろんな方々のとんでもない苦労があるからこそ自然に聴こえているんですけど、最初はそんな確信はない中で決まった感じです。

佐々木:これまでも、BUMP OF CHICKENさんや安室奈美恵さんとSOPHIEとのコラボのように、初音ミクがアーティストさんと一緒に歌う事例自体はあったんですね。ただ、そのときは何か月もかけて1曲を作るみたいなやり方だったので、恒常的に量産体制が組めるのかについては、なかなか不安な状況でした。最終的には入江さんやスタッフの方々と連携して、ギリギリ間に合いました。

安室奈美恵“B Who I Want 2 B feat. HATSUNE MIKU”

近藤:奇跡に奇跡が重なったみたいな感じですけどね。

―具体的には、入江さんは『プロジェクトセカイ』でどういうお仕事をしているんでしょうか?

入江:大きくわけると、「(楽曲の)ミックス」と「(一部楽曲の)演奏やプログラミング、編曲」、あと「ボカロ楽曲を人間シンガーが歌う上での諸調整いろいろ」という感じですね。私自身もミュージシャンなわけですが、楽曲が大量で、さらに音楽性が多彩なこともあり、『プロジェクトセカイ』では手は動かさず、プロデューサーに徹する形で、曲ごとにチーム編成を変えて制作しています。もう、全員紹介したいくらいの最高なメンバーですが、特に中核となってくれているのは、サウンドエンジニアのたいやきさん、ギタリストでアレンジャーの小金丸慧さん、シンガーの佐々木詩織さんや、ドラマーの伊吹文裕さんです。

20代後半から30代前半の方が多いですが、今後日本の音楽の歴史に深く関わってゆくようなメンバーだと断言できます。これまで50~60曲くらい関わらせていただいたんですけど、どの曲にしても、まずは人間の歌とボカロと伴奏のバランスを上手くとる作業が必要になる。それから、シンガーの性別や音域によって、キーを変える必要があったり、あとは古い曲でそもそもデータがなかったりする場合には、オケを作り直すことになる。そこで演奏が必要になります。そのときにも、僕の周りにいる面白いミュージシャンをボカロ文化と出会わせてみるというようなことも考えています。

ボカロは、まるでカニカマ。そのユニークさを追求したかった

―入江さんには佐々木さんから声をかけたんでしょうか?

佐々木:そうですね。いろんな人に説明をして、全てが決まった後じゃないと、曲をテストすることすらできなかったんですよ。最初にボカロPさんに説明をして曲をお借りして、声優さんに歌を録音させてもらって、最後にそれとボカロを合わせるという段階が必要ですので。

―入江さんが『プロジェクトセカイ』に関わるようになったのはどういうきっかけだったんでしょうか?

入江:前日譚からお話ししたほうがわかりやすいと思うんですけど、2018年にさとうもかさんの“最低な日曜日 feat.鶴岡龍(LUVRAW)”という曲の制作に、プロデューサーとして参加したんです。この曲はLUVRAWさんがトークボックスでさとうもかさんと一緒に歌う曲で。ボカロやトークボックスが登場する曲は、ビートがガンガン鳴っているものが多いので、この曲はあえて、アコースティックの弾き語りに、トークボックスの音を混ぜてみたんです。その頃に佐々木さんと初めて会ったんですよね。

さとうもか“最低な日曜日 feat.鶴岡龍(LUVRAW)”

佐々木:その頃、初音ミクはラッパーのpinokoさんとかジャズピアニストの佐藤允彦さん、シンガーのさとうもかさんなど、異ジャンルの方とのセッションが多かったんですが、その中で入江さんと出会いました。音楽ジャンルにとらわれない感じとか、様々なミュージシャンの方々とかと交流が有り、異種格闘技戦みたいなことも楽しんでくれそうだなと思って、お声がけしました。

―さとうもかさんと初音ミクのデュエットの試みも、きっかけのひとつになったんですね。

入江:そうなんです。その後もご縁があって、さとうもかさんとミクさんが一緒に歌う“スキップ”という曲も制作させていただいた。そうしたら、頭で考えていたのとは違ういろんな問題が生じてくるんですよね。

初音ミク with さとうもか“スキップ”

―どういう問題でしょう?

入江:ボカロとかトークボックスって、人間の声に対するカウンターとして存在している部分があるんです。まったく失礼な意味じゃないんですけど、カニに対するカニカマのようなものというか、人じゃないけれど人間らしいというところがユニークだし、ポイントになっている。だから、「人とボカロと伴奏」となると、「人と伴奏」とか、「ボカロと伴奏」とは、全然聴こえ方が変わってくるんです。相対的な見え方が変わってしまって、そこが難しい。でも逆に、もしそこが自然に聴こえるようになったら、かなり面白いのではないかという興奮もありました。

異なる世代やポジションの混ざり合いが、シーンを豊かにする

―この先の『プロジェクトセカイ』についてもお伺いしたいと思います。ゲームはどんどん更新していくものではあると思いますが、その先にどんなことを考えてらっしゃいますか?

近藤:まずはシンプルにゲームとして面白くなきゃダメだというのはあります。新しい楽曲で遊べることと、ストーリーが追加されていくこと。この2つはずっとやり続けなければいけないというのが大前提ですね。その上で、どういった付加価値を付けていけるかということも、今は言えないですけれど、いろいろと考えています。やっぱり、クリエイターさんと持ちつ持たれつみたいな関係でいたいですね。『プロジェクトセカイ』と一緒にやることがクリエイターさんにとってもプラスになる関係をうまく築いて、中長期的に音楽に還元していきたい。

僕はボカロ黎明期からいたし、ボカロ曲を作っていた人間でもあるので、当時いろいろな大人と接してきたんです。その中には僕らの活動をシンプルにサポートしてくれたり、将来性を考えたりしてくれる人だけでなく、短期的な利益だけを見てる人もいた。そういうのは嫌だったんですね。だから30代になって大人の側に立った自分は、そうではありたくない。若い世代のクリエイターにとっても「『プロセカ』があっていいことがあったな」と思えることが生まれていかないと嫌だなっていう気持ちはあります。

―佐々木さんはどうでしょうか。

佐々木:『プロセカ』という新しいフレームの中で、ボカロ曲の再発見や再解釈が進んでいけばいいなと思います。今まではどうしてもネットで発表された順に盛り上がるようなところもあったし、時間軸上で、どんどん作品が増えていて、ニコ動にもYouTubeにも曲があふれかえっている。そこには見知らぬよい楽曲と出会う喜びもあるけれど探すのは孤独で大変で。他方、新規参入の若い世代には、探すコストを取っ払って、カジュアルな楽しみ方を提示できないと、いかに作品が優れていても耳に届かないというもどかしさがあったんです。そういう中で、『プロジェクトセカイ』では、声優さんと初音ミクによるバージョンを紹介していくことが、今の若い世代の方の価値基準や感覚に合うような、ボカロ曲の新たな入り口として機能していると思います。あくまでひとつのではありますが。あと、同じような理由で『プロジェクトセカイ』をCINRAさんのようにゲームの専門媒体以外のメディアに取り上げていただくということにも価値があって。

―というと?

佐々木:たとえば、本作に関わってくださるミュージシャンは増えていて、日本のアンダーグラウンドの文脈を持ってる方や、もともとジャズシーンで活躍されているバンドの方もいる。さきほどと重複しますが、そういう方がお隣さんとして演奏などにも関わっていらっしゃるので、かなりイレギュラーな奥行きも生まれていると思うんですね。旧来のネット発のカルチャーは、文脈ではなくネット周辺で閉じやすい部分もあると思っていて。今はYOASOBIさんたちのおかげでブームの勢いがあるから、オーバーグラウンドになってきていると思うんですけど、そのうちボカロの影響を受けた「ポスト・ボカロ」の動きが活発化してボーダレスになることで、ボカロという先入観が、ネットによる作品発表の効果性や、風通しのよさ、独特のデフォルメ感、型にはまらないアイディアの多様さという優位点に移っていく。『プロセカ』のようなメディアミックスのアドバンテージもあるし、次世代のアートや音楽の文脈へのフィードバックも増えると思います。

今のネット世代のクリエイターの方は、いろんな音楽をザッピングして聴くことができる人たちだと思うんですよね。僕は1990年代に思春期を過ごしてきたんですけれど、その頃はロックを聴く人はロックばかり、ヒップホップを聴く人はヒップホップばかり、みたいな壁が今よりあったような印象があります。それが今は減ってきて、スマホでなんでも聴けるし、感覚的にいいものはいいと思える人たちが増えているように思います。その人たちに新しい日本の音楽カルチャーの一大手法としてボカロからポスト・ボカロまでを担ってもらえるのは、すごくいいんじゃないかと思うところがあります。

―入江さんとして今後の『プロジェクトセカイ』に期待することや、関わっていて印象深いことについては、どうでしょうか。

入江:自分としては、書き下ろし曲ももちろんですが、実は既存曲こそ関わっていて楽しいんですね。各時代の多くの人が感動したボカロ曲を今聴くと、自分の美意識が試されるようなところがある。自分の中で面白いと思える狭い範囲の美意識ではなくて、曲に触れるたびに「この味はあんまり知らないけど、みんなが美味しいって当時言っていたってことは、美味しいはずだ」と思って1曲1曲を味わいながら聴くと、徐々に自分の味覚が広がっていくような楽しさがあるんです。

ゲームって、未来の音楽家も含めてたくさんの人たちにとっての音楽との出会いのきっかけになると思うんですね。聴こうと思って音楽を聴くというよりも、ゲームをしていてたまたま入ってきた音だと思うんですけれど、そこに自分なりの手紙や希望のようなものをちょっと乗せたい。日本の未来を背負う人たちの耳に届くものだという使命感は勝手に持っています。あとはさっき言ったような、アンダーグラウンドとメジャーといったカテゴリーをわざわざ強調する必要があるかはさておき、あまり繋がるイメージがない人同士が思い切りひしめき合いながら動いてる状態を、今まさにすごく体感しているので、集中して1秒1秒関わりたい思いはあります。なにが起きるか分からない面白さがありますね。

リリース情報
『プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク』

セガ×Colorful Paletteが贈る、iOS / Android向けリズム&アドベンチャーゲーム。物語の舞台は「現代のシブヤ」と、想いから生まれた不思議な場所「セカイ」。さまざまな想いを抱えた20人の少年少女たちが、ある日セカイに迷い込み、 初音ミクたちと一緒に物語と音楽を紡ぐ。リズムゲームは、おなじみの定番曲から最新の人気曲、さらに書き下ろし楽曲まで多数の楽曲で楽しめる。

プロフィール
入江陽 (いりえ よう)

1987年、東京都新宿区生まれ。現在は千葉市在住。シンガーソングライター、映画音楽家、文筆家、プロデューサー、他。今泉力哉監督『街の上で』瀬々敬久監督『明日の食卓』(2021年春公開予定)では音楽を担当。『装苑』で「はいしん狂日記」、『ミュージック・マガジン』で「ふたりのプレイリスト」という連載を持つ。

佐々木渉 (ささき わたる)

1979年、札幌市生まれ。クリプトン・フューチャー・メディア株式会社、音声チームマネージャー。「初音ミク」歌声合成関連プロジェクトチーフプロデューサー。2005年、クリプトン・フューチャー・メディアに入社し,2007年、歌声合成ソフトウェア「初音ミク」の企画・開発を担当し大ヒット。その後,同社のVOCALOID製品や関連企画のプロデュースディレクションを手がける。

近藤裕一郎 (こんどう ゆういちろう)

ゲーム会社にてスマートフォンゲームのプロデューサー等を担当後、Craft Eggに入社し、取締役に。『バンドリ! ガールズバンドパーティ!』のプロデューサーとして携わる。Colorful Palette設立とともに、代表取締役社長に。



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