架空のバンド? シンガポール発・NADAが考える、シンガポールのアイデンティティ

ここシンガポールでは、2016年6月22日〜7月9日にかけて、『Singapore International Festival of Arts (SIFA)』の前夜祭にあたる『The O.P.E.N.』が18日間に渡って開催中だ。毎年気鋭のキュレーションでシンガポールのカルチャー好きたちを魅了する同アートフェスティバル。中でも今年注目のイベントが『Club Malam』だ。1955年に閉鎖した空港跡地で三日三晩パーティが繰り広げられるらしい。しかも出演アーティストはシンガポールの気鋭イラストレーターSpeak Crypticや、架空の音楽デュオNADA、インドネシアのアバンギャルドな実験ロックグループSenyawaなど、かなり尖ったセレクション。『Club Malam』に込められた意図とは? メインアクトを務める架空の音楽デュオNADAのSafuan Johari(写真右)とRizman Putra(写真左)にインタビューした。

※本記事は『HereNow』にて過去に掲載された記事です。

40年〜50年代のナイトクラブに、音楽のジャンルに境界線などなかった

—まずは『Club Malam』のコンセプトついて教えて下さい。

Safuan:1940年〜50年代のシンガポールのナイトクラブ・シーンを再創造しようというイベントです。Malamはマレー語で「夜」という意味。当時はシンガポールのナイトクラブ・シーンが華やかな頃で、『Gay World』や『Great World』、『New World』といった娯楽施設が栄華を誇っていました。日中は家族連れが訪れる遊園地、夜は海外駐在員や水夫が集まる社交場の役割を果たしていたんです。チャチャやマンボといった西洋音楽、そして西洋音楽に影響を受けたKeroncongと呼ばれるローカルミュージックに合わせて夜な夜な人々が踊っていたんです。

『Club Malam』は、そうした当時のナイト・クラブ・シーンを現代のアーティストがテクノロジーを駆使して再解釈したら、どんなナイトクラブになるのか。単なるノスタルジーではなく、過去を再解釈、再創造しようというイベントです。僕たちはNADA名義で普段からシンガポールの古い音源を使ったパフォーマンスをしているので、『The O.P.E.N.』のキュレーターから『Club Malam』への出演依頼を受けました。

—NADAのコンセプトについて教えて下さい。

Rizman: NADAは1960年代〜80年代初頭にシンガポールで活躍していた架空のバンド、という設定なんです。当時のマレー音楽をサンプリングした音源にボーカルとダンスを乗せたライブ・パフォーマンスを行なっています。2014年に結成された古くて新しいバンド(New Old Band)です。

Safuan:もともとはマレー音楽に特化していましたが、現在は東南アジア全域から楽曲をサンプルしています。数は少ないですがタイ語音楽や中国語音楽も使用しています。

Rizman:当時の音楽シーンをリサーチして分かったことは、人種や言語で音楽をカテゴライズすることにはあまり意味が無いということです。

Safuan: 例えば当時シンガポールで最も成功していたバンドにThe Questsという主に英語曲を歌っていたバンドがあるんですが、そこにもマレー系のバック・ミュージシャンがたくさんいたんです。マレー音楽といってもそこに明確な境界線はないですね。

NADAをきっかけにシンガポールの歴史に興味を持って欲しい

—現在のシンガポールの音楽シーンにおいて、NADAはどんなポジションにいるでしょうか? 過去のシンガポール・ミュージック・シーンを掘り下げる動きは一般的なトレンドなのでしょうか?

Rizman:音楽シーンのトレンドとは全く切り離されていますね。他に同じようなことをしているバンドはいないです。過去の楽曲を掘るという意味ではDJの活動に近しいかもしれませんが、僕たち自身NADAのことを音楽シーンに位置づけようとは思っていません。そもそもバンドですらないのかもしれない。プロジェクトです。

—どうして現在の音楽シーンのトレンドとはかけ離れた1960〜80年代のマレー音楽をわざわざ再発掘してパフォーマンスするのでしょうか?

Safuan: 今、シンガポールのローカルな音楽シーンはすごく盛り上がっています。その流れをシンガポールの歴史と接続したいんです。シンガポールのミュージシャンやオーディエンスが自身の音楽的なルーツを探るにあたって、わざわざ西洋や他の国を見なくてもいいんだ、もっと身近な自分達の過去を振り返ればいいんだ、ということに気がついて欲しいと願っています。

Rizman: あまり知られていませんが、当時のシンガポールには映画産業も音楽産業も非常に活発なシーンがあったんです。当時は東南アジア各国のアーティストがレコーディングのためにシンガポールを訪れていた。シンガポールは東南アジア域内音楽産業のハブだったんです。

—そうなんですね。なぜそれがあまり知られていないんでしょう?

Safuan:当時のカルチャー全体が、あまり良いものとして見られていないからです。ジミ・ヘンドリクスやドアーズやビートルズについては語れるけれど、自分たちの音楽シーンについてはおおっぴらに語れない。理由は色々あるだろうし、個人の傾向もあるのであまり一般化は出来ませんが、マレー系=ムスリム系コミュニティにおいては、90年代を境に宗教的な戒律を重んじるような宗教回帰の流れがあったと感じています。

Rizman: それより以前の彼らのライフスタイルは全然違ったんです。もっとあけっぴろげでオープンでした。

Safuan: 旧世代にとっては、当時の話をしても若い世代の手本にならないから、という意識が強いんです。個人的にはそういう語られない歴史こそ面白いと思うし、もっとオープンに当時の文化について話せたらいいのにな、と思います。NADAが更新する架空の1960〜80年代を目撃した人々が、それをきっかけとして、実際の歴史に興味を持ってくれたらと願っています。

いるということを忘れてはいけない どんな時代であれ、自分たちが常に他の文化に影響されているということを忘れてはいけない

—そんなNADAに対する旧世代の反応は?

Rizman:NADAにはマレー系の観客はほとんどいません。そもそもマレー系のコミュニティでNADAが存在していることを知っている人はほとんどいないんじゃないかな。幽霊だから。完璧ですね。コンセプト通り(笑)。メディアも、マレー語メディアはあまりNADAを紹介しないけど、英語のメディアはけっこう紹介してくれますね。こちらはいつでもグローバル目線なので、言語や人種に関わらず、興味のある人はいつでもウェルカムです。

—NADAの活動に興味を持った読者に向けてNADAお勧めの60〜80年代のシンガポール・アーティストを紹介して下さい。

Safuan:The Swallows。60年代にドイツでヒットを飛ばしたシンガポール・バンドです。

Rizman:僕は、Ismail Haron。シンガポールのトム・ジョーンズです。

—『Club Malam』に話を戻しますが、NADAはどんなパフォーマンスをするのでしょうか?

Safuan: 6つのスクリーンに映し出したヴィジュアルを背景にしてパフォーマンスを行ないます。普段は60〜80年代の音楽のリミックスが中心ですが、今回は『Club Malam』の設定に合わせてさらに40~50年代当時の音楽も掘っています。また、同じくメイン・アクトを務める友人のイラストレーターSpeak Crypticのパフォーマンスのためにサウンド・トラックも制作しています。代わりにSpeak Crypticのパフォーマンス・チームがNADAの架空のファンを演じる予定です。

—架空のバンドと架空のファン、カオスな現場になりそうですね。NADAの公演を初めて見た時は混乱しました。懐かしい感じのマレー音楽が爆音でかかるステージに何の脈絡もなく白塗りのパフォーマーが出てきて踊ったり歌ったりする。後日、NADAのインタビューを読んだら「パフォーマンスに混乱を持ち込みたい」と自分達で語っていましたね。それってどういう意味なんでしょうか?

Rizman:はは。白塗りは日本の大野一雄や土方巽の影響です。歌詞はジミヘンやジムモリソンなどの有名な英語楽曲から切り貼りして再構築しています。そうなるとやっぱり、混乱しますよね(笑)。

Safuan:アーティストとして、自分たちが文化的真空地帯(Cultural Vacuum)に生きていないということを常に意識しています。インターネット時代はもちろんですが、例えば30〜40年代の伝統的なマレー音楽のリサーチをしても、ポルトガルの音楽に強い影響を受けていたことが分かります。過去に遡っても変わらない。常にグローバルな若者文化があって、それがその時々のローカル音楽に影響を与えるんです。シンガポールで繰り返し議論されるテーマの一つとして「シンガポール特有のアイデンティティとは何か?」という問いがあるのですが、どんな時代であれ自分たちが常に他の文化に影響されているということを忘れてはいけない、というのがアイデンティティに対するNADAの答えでもあります。

—アイデンティティというお題に対して、混じり気のない「シンガポールらしさ」を提示するよりも、他文化の影響を受けている自分たちの姿を隠さずに提示してしまおうということですか?

Safuan:そうですね。「現在進行形のシンガポール」みたいなものです。「シンガポール文化」というと、ついついシンガポールのマレー文化といえばムスリム寺院、シンガポールの中国文化といえばライオン・ダンス、というように定型的な文化ばかりが注目されがちです。でも文化は常に進行形で揺れ動いているんです。僕たちはアイデンティティに関する問いに対して定型的な回答を提示するよりも、現在進行形で揺れ動く混沌としたパフォーマンスを通じてより多くの問いを提示することに興味があるんだと思います。観客に混乱を届けたい、というのはそういう意味です。

—最後に、『Club Malam』の会場となる旧空港跡地という立地はどうですか? Wikipediaによると1937年開設、55年閉鎖ですね。

Rizman:すごく楽しみです。空間自体がマジカルな場所ですから。実はナイトクラブ『Gay World』は、今回の会場である『Kallang Airport』のすぐ向かい側にあったんです。まさに現代版『Club Malam』にふさわしい空間です。しかも、普段は閉鎖されていて一般人は入れない。きっと楽しい夜になりますよ。

プロフィール
NADA

Rizman PutraとSafuan Johariの二人によるビジュアル・アート / サウンド・プロジェクト。謎に満ちた架空のグループNADAの歴史を辿る、というコンセプトの基、マレーの伝統的な大衆音楽の黄金期である1960年代から1980年代の音楽の発掘に注力している。過去のマレー大衆音楽を解体して、時間をかけて熟成した失われたカセットテープを発見した時のような喜びへと再構築するNADAの活動は虚構と現実の境界線を侵食する。

Club Malam
時間 : 18:30 ~ 23:00
住所 : 9 Stadium Link, Singapore 397750
会場 : Old Kallang Airport
入場料 : 当日券: $10 / O.P.E.N. Pass($45)を既にお持ちの方は無料
お問い合わせ : E. sifa@artshouse.sg


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