ローカルが語る香港の「今」。カフェ『JOMO Coffee & Cakes』オーナーの場合

2019年6月に激化した抗議デモから10か月、香港はいまもなお大きなうねりのなかにいる。市民と警察の衝突が起こっていたデモの最前線はもちろん、日常生活においてもさまざまな変化があったに違いない。しかしその一方で、変わらない暮らしがあるのも事実だろう。

そんな香港でお店を営む人たちは、街の「今」をどう感じているのだろうか?

香港のリアルな日常を追う企画「Updates Hong Kong 2020」の最終回となる第6回は、新旧が入り混じる穏やかな雰囲気のエリア・西榮盤(サイインプン)にある、カフェ『JOMO Coffee & Cakes』を取材した。

※本記事は『HereNow』にて過去に掲載された記事です。

ヴィーガンフードで一躍有名に。路地裏カフェ『JOMO Coffee & Cakes』

香港生まれ香港育ちのEwanさん、Iceさん、Luさんの女性三名で立ち上げたのが、西榮盤(サイインプン)に店舗を構える『JOMO Coffee & Cakes(以下、JOMO)』。

中心地から少し離れ、イギリス統治時代の歴史的建造物も多く見られるこのエリア。MTRの西榮盤駅ができたのは2015年と最近で、それ以来新しい建物や店などもできつつあり、新旧が入り混じった穏やかな雰囲気が流れている。『JOMO』は、メインストリートの皇后大道西(クイーンズロードウエスト)から一本、二本と細い通りに入った、地元民でもなかなか足を踏み入れることがないような路地裏にある。

そんな路地裏カフェを一躍有名にしたのが、同店で提供するヴィーガンフード。いったいどんな経緯で、ヴィーガンカフェを始めることになったのだろう。オーナーの一人であるEwanさんにお話を伺った。

Ewan:『JOMO』は日本の喫茶店のように、メニューをしぼって一つひとつの質を高く保ち、美味しいケーキとコーヒーを提供したいという理念でスタートしました。2018年に自分自身がベジタリアンになったことで気づいたのですが、アレルギーの人でも安心して美味しく食事ができるお店って、香港にはまだまだとても少ないんですね。

完全菜食主義のヴィーガンに対し、ベジタリアンは少し制限がゆるく、私自身も卵や牛乳は摂取します。でも、これらにアレルギーのある人は非常に多い。ちょうどその少し前から、いつか自分のカフェを開きたいと漠然と考えていたので、「美味しいヴィーガンケーキを出すカフェはどうだろう」と思いついたのです。

Ewan:そんなときに、知り合いを介してIceとLuに出会いました。二人はもともと友人同士で、東京にある『ル・コンドン・ブルー』という料理学校の製菓コースに通っていたIceの経験を活かして、一緒に中環(セントラル)でカフェを開いていた。「美味しくて健康的なヴィーガンケーキを提供するカフェを開きたい」と伝えると、すぐに賛同してくれて、三人で『JOMO』をオープンすることになりました。

話し合いは1、2回しただけ。IceもLuも子どもを持つママだから、アレルギーに配慮した食事にすごく関心があったみたいで、とんとん拍子で話が進みました。

私たちはそれぞれ、好きなことや得意分野が違うんです。私はSNSの投稿や、コーヒーに関することが得意。Iceは経営や営業、お金の管理。Luは店内のオペレーション。お互いの得意なところに集中することで、自然と役割分担できています。とにかく上手な人に任せる、そして任せたらとやかく言わない! お互いを信頼しながら、チームワークで働いています。

「スローペースで過ごそう」。販売員だったEwanさんが、店名に込めた想いとは

中学校を卒業し、すぐにアパレル販売員の仕事に就いたEwanさん。日本のアパレルブランド、そして、世界的な高級ブランドと約7年間セールス一本で歩んできたが、どこか満たされない日々だったという。

Ewan:販売員の仕事は専門性がなく、自分を活かせていないような気がしていました。生活のテンポも速く、生きている実感のない日々。もっと落ち着いて、魂のある生活がしたかったんです。そんななか、自分のカフェを開けたらという思いが芽生え、思いきって仕事を辞めて、カフェで働き始めました。パンづくりやコーヒーの勉強に精を出していたこの頃の毎日が、いまに活かされています。

落ち着いた生活がしたいと望み、そんな気持ちを込めてつけたという店名『JOMO』。『JOMO』とは「Joy of Missing Out」の略。直訳すると「見逃す喜び」。要するに「スローペースで過ごそうよ」というコンセプトなのだそう。これは、彼女の人生のテーマでもあるという。

2018年11月に、念願だった自分のお店をオープンしたEwanさん。実際のところ、想像していたとおりの日々が送れるようになったのか。

Ewan:じつは、想像とは少し違いました(笑)。セールスの仕事をしていたときよりやらなきゃいけないことが多く、むしろ、忙しい毎日を送っています。ただ、やりがいを感じるので、忙しくても気になりません。お客さまとのコミュニケーションが何より楽しいですね! ヴィーガンケーキを「美味しい」って言ってもらえると、お店をオープンしてよかったと嬉しい気持ちでいっぱいになります。

「時間ができたらケーキの試作を」。デモが活発化してからのEwanさんの生活

『JOMO』が西榮盤にオープンして半年のタイミングで、今回の抗議デモが激化してきた。日本にいると、最近は徐々に報道やSNSからの情報も減ってきているように感じるが、街はどんな様子なのだろう。

Ewan:お店の周辺がデモの中心になることはありませんが、必然的にお客さまは減りました。デモがあれば、たくさんの人がそちらに流れてしまいますし、MTRやバスなどの公共交通機関がストップすることもある。大規模なデモがあると事前にわかっている場合は、お店をクローズしています。

ただ、路地裏にオープンしたこともあって、もともとそれほどたくさんの人が足を運んでくれると思っていなかったので、気持ち的な変化は少ないです。お客さまが減って思いがけず時間ができたときには、より美味しいケーキをつくるための試作などをしながら、前向きに過ごせているように思います。

生活面での影響もそれほどありませんが、気持ち的に沈むことはありますね。どうすることもできない無力感のようなものを感じます。ただ、デモがきっかけとなって、周りの人たちとの絆が深まりましたし、その絆によって救われたことも多いです。大変なときこそ、がんばっていこうという気持ちですね。

じつは、西榮盤の店舗をオープンしてちょうど一年後の2019年11月に、『JOMO』は2店舗目をオープンした。場所はデモの中心地ともなっている、將軍澳(チョンクワンオー)エリア。まさにデモの真っ只中の開店に不安はなかったのだろうか。

Ewan:不安がまったくなかったと言ったら嘘になりますが、もう賃料も払い始めてしまっていたので、後には引けませんでした。ただ、場所と時期のせいもあって、ひっそりとオープンしましたね。Instagramなどでは、「水が欲しかったら来てください」といったお知らせをしていました。

「老舗が多いスローな街」。西榮盤の魅力を聞く

最後にあらためて、Ewanさんが考える香港、西榮盤の魅力を聞いてみた。

Ewan:香港は、可能性がたくさんある場所、何でもできる場所だと思います。と同時に、変化のスピードが速く、一つのことを長く続けるのが難しい場所でもあります。広東語には「根っこが強くないと、大きな木は立たない」といった意味の言葉があるのですが、本当にそのとおりで、自分の根がしっかりしていないと、すぐに潰れてしまいますね。自分が考えたことや決めたことに責任をもって続けていく。この覚悟が大切です。

『JOMO』がオープンしたのは、ちょうど香港にヴィーガン志向のカフェが増えてきた時期でもあった。しかし、2018年から2019年の間に、そのほとんどが潰れてしまったという。『JOMO』が2店舗目をオープンするほど繁盛しているのも、Ewanさんたちの「根っこ」の強さによるものなのかもしれない。

Ewan:中環などの中心地ではなく、スローな雰囲気の西榮盤を選んだのは、お店のコンセプトに合っていたから。実際、街に大きなショッピングモールはなく、老舗が多い。『JOMO』のような新しいお店もありますが、せかせかせず、本当にゆったりしているので、このエリアがとても気に入っています。

Ewan:ご近所でおすすめのお店は、オリジナルの月餅やパンを販売している『華爾登餅店(Wah Yee Tang Cake Shop)』と、クリスタルなどの販売や、ヨガや瞑想のレッスンをしている『5ive.d』です。どちらも気持ちの落ち着くお店です。

「香港人の人情味溢れるところ、裏表がなくストレートなところが大好き」と語るEwanさん。自分の店のことだけにとどまらず、それを通じて香港の街のあるべき姿にも思いを馳せているという。

Ewan:これまでは経済ばかりを追い求めてきた香港ですが、今後は香港独自の文化をもっと大切にしていくべきだと感じています。それもあって、『JOMO』では、香港でローストしたコーヒー豆を使ったり、できるだけ香港産の食材を取り入れたり、地元でつくられた器でフードを提供したりしています。日々、香港のコーヒーやケーキの文化をよくしていきたいという思いが膨らんでいるので、これからも私にできることを地道に続けていきたいです。

『JOMO Coffee & Cakes』
住所:香港西營盤水街4號地下D號舖
営業時間:11:00〜18:00
定休日:なし
電話番号:852-2762-0258
最寄駅:西榮盤駅、香港大學駅
URL:https://www.jomocnc.com/
Facebook:https://www.facebook.com/JOMOCNC/
Instagram:https://www.instagram.com/jomocoffeencakes/
『華爾登餅店(Wah Yee Tang Cake Shop)』
住所:香港西營盤第二街120-126號仁福大廈地舖
営業時間:8:00〜19:00
定休日:なし
電話番号:852-2915-2263
最寄駅:西榮盤駅、香港大學駅
Facebook:https://www.facebook.com/wahyeetangcakeshop/
『5ive.d』
住所:香港西營盤第一街110
営業時間:11:00〜20:00
定休日:日曜
電話番号:852-6556-4260
最寄駅:西榮盤駅、香港大學駅
URL:https://5ived.hk/
Facebook:https://www.facebook.com/5ived.hk/
Instagram:https://www.instagram.com/5ive.d/

香港での抗議・デモ活動について

報道などで判明している香港における主な抗議活動などの場所と時刻は、在香港日本国総領事館のウェブサイトに掲載されます。適切に情報収拾を行い、付近には絶対に近づかないようにしましょう。

また、最新の抗議活動や施設の運営状況がわかる情報は、以下の「香港ツーリスト・ライブマップ」サイト(英語)にも反映されますので、旅行時にはこちらも参照ください。
https://www.hktouristmap.com/



フィードバック 0

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

  • HOME
  • Travel
  • ローカルが語る香港の「今」。カフェ『JOMO Coffee & Cakes』オーナーの場合

Special Feature

Crossing??

CINRAメディア20周年を節目に考える、カルチャーシーンの「これまで」と「これから」。過去と未来の「交差点」、そしてカルチャーとソーシャルの「交差点」に立ち、これまでの20年を振り返りながら、未来をよりよくしていくために何ができるのか?

詳しくみる

JOB

これからの企業を彩る9つのバッヂ認証システム

グリーンカンパニー

グリーンカンパニーについて
グリーンカンパニーについて