2026年4月より、京都・立命館大学に新設されるデザイン・アート学部。「デザインとアート」「デジタルとフィジカル」「伝統文化と先端技術」など、さまざまな垣根を取り払った学びの場を提供し、これからの時代の課題解決に必要とされるクリエイティブな考え方を育みます。
CINRAにて同学部を特集する連載、第三回目となる今回は、イラストレーターのたなかみさきさんが特別授業を体験。「伝統工芸と原料」というテーマで授業をしてくれたのは、4月からデザイン・アート学部に着任する松葉涼子教授です。
美術・工芸・造形文化を専門とし、とくに浮世絵など木版画を研究する松葉先生。大学時代に版画を専攻していたたなかさんは、授業からどのような気づきを得たのでしょうか? 授業のあとには、クリエティブな仕事に興味を持つ高校生たちへたなかさんから伝えたい「自分の道を見つけるために大切なこと」も聞きました。
京都のローカルな路面電車「嵐電」の駅で、たなかみさきさんと待ち合わせ
学生時代、京都で過ごせるって素敵ですよね。私は埼玉出身で、大学も東京でした。
京福電鉄北野線、通称「嵐電(らんでん)」と呼ばれる小さな路面電車。「等持院・立命館大学衣笠キャンパス前駅」が、文字通り大学の最寄り駅。レトロな駅舎に、たなかみさきさんが降り立ちます。
たなかみさきさん
ちょうどこの前、久しぶりに旅行で京都を訪れました。京都って、古い街並みを守りながらアップデートしていくのがすごく上手だなと思います。
駅から衣笠キャンパスまでは徒歩10分ほど。周辺には、枯山水の石庭で有名な龍安寺へと向かう龍安寺参道商店街のほか、カフェなどの飲食店もちらほら。門前町でも住宅街でもある、閑静な地域です。
キャンパスからほど近くの六請神社は、文学部の学生とともに史跡研究を行うなど交流があるそう
山が見えるまちって、やっぱりいいですね。高いビルが少ないから空も広い。一方で京都は都会でもあり、バランスがちょうどいいと感じます。
歴史ある神社仏閣のほか、キャンパスの目の前には、大正から昭和にかけて京都で活躍した日本画家・堂本印象の設立した堂本印象美術館も。独創的な建築などが評価され、2025年8月には国の登録有形文化財に登録されています。
美術館の隣の旧堂本印象邸には、アトリエや茶室が保全されており、立命館大学の授業やサークル活動などで使用されることも。
旧堂本印象邸の庭園
そんな街並みを横目にのんびりと歩きながら、立命館大学衣笠キャンパスに到着しました。
松葉涼子先生と対面。二人の共通点は「版画」
こんにちは。
はじめまして!
迎えてくれたのは、2026年度からデザイン・アート学部の教授に着任する松葉涼子先生です。
松葉涼子先生(写真左)
私は、美術・工芸を専門としています。伝統木版画を中心に、出版史、最近では材料や道具の研究もテーマの一つです。
もともと立命館大学の文学部で歌舞伎を勉強していた松葉先生は、歌舞伎の絵画資料としての浮世絵について博士論文を書いてから、イギリスの大英博物館で研究員に。
それから研究領域を美術史に移行し、大英博物館では『北斎展(Hokusai: Beyond the Great Wave)』(2017年)や『マンガ展(Manga)』(2019年)に携わりました。『北斎展』をきっかけに、美術の材料に注目するように。またマンガ展では紙や印刷技術、誰が売って誰が読むのかも含めた、総合的な出版文化について研究しました。
松葉先生が携わり、2019年に大英博物館で開催された『マンガ展』の様子
私は日本大学芸術学部の美術学科出身です。1、2年は絵画コースで、主にデッサンや油絵を描いていたんですが、3年から版画コースに移って、木版画、銅版画、リトグラフ(石版画)などを一通り学びます。卒業制作では銅版画を選んで作品をつくりました。
たなかみさきさんによるイラスト作品
たなかさんいわく、版画コースに行ったのは、画面を油絵のような「面」ではなく、版画のような「線」でとらえるほうが好きだったから。加えて、手作業で刷られる版画のテクスチャーにも惹かれたといいます。
なかなか文化芸術に予算がかけられない昨今、立命館大学にデザイン・アート学部が新設されると聞いて、うれしい気持ちになりました。どんな特徴のある学部なのでしょうか?
松葉先生は、デザイン・アート学部の第一の特徴として、その名のとおり「アートとデザインを垣根なく学べること」を挙げます。
アート寄りの研究者として言うと、デザインの視点を加えることで、クリエイティブを総合的に見られるようになると考えています。ここで言うデザインとは、「社会」「環境」「情報」「意味」のデザインを含む、広義のデザインです。
「自身の反省も含め、これまでの美術史は作品に描かれている内容、つまり表象にばかり注目してきたと思います」と松葉先生。ただ、作品の支持体(※)や制作する道具、さらにそれらをつくる人の存在も重要なはず。浮世絵で言えば、絵師のみならず、和紙をつくる職人や、その原料となる植物をつくる農家など。「原料農家からアーティスト、そして鑑賞者まで、相補的な関係の把握が必要」と松葉先生は語ります。
※支持体……その作品を支える土台のこと。日本画なら和紙、油彩画ならキャンバス、漆芸なら生地、陶磁器なら粘土など
デザイン・アート学部では、目に見える表象だけではなく、作品の支持体や材料について対話を重ねることで、手触り感のある解釈を深めていきたいと考えています。
松葉先生の言葉に、「いまの時代、手触り感はとくに大事だと私も思います」とうなずくたなかさん。
最近、タブレットでイラストを描くことが多いんです。ただ、紙で描いている状態からタブレットに移行することは簡単なんですが、ずっとデジタルで描き続けていると、アナログでうまく描けなくなる気がして。たまにデジタルの手触り感のなさに恐怖を覚えます。私も自分の使うインクや紙といった材料について、もっとしっかり考えたいな。
特別授業を体験! アートにとって、なぜ「原材料」が重要なのか
絵具を手づくりしていた北斎
さて、いよいよ松葉先生による特別授業がスタート。タイトルは「伝統工芸と原料」です。
初めに先生が紹介したのは、北斎が亡くなる1年前、89歳のときに出版した『絵本彩色通』。そこには顔料に用いるための練藍蝋(ねりあいろう)を製造する方法が絵と文で描かれています。
北斎『絵本彩色通』より。藍(あい)を練って顔料にする方法が描かれている
北斎『絵本彩色通』初編(1848年刊)大英博物館蔵(1979,0305,0.465.1)© The Trustees of the British Museum
インディゴの藍ですよね。
そう、もとは蓼藍(たであい)という植物なんです。それを発酵させて固形にしたものを使って、練藍蝋という顔料にするまでのやり方が説明されています。
北斎といえば『冨嶽三十六景』が有名
続いてスライドに映し出されたのは更紗(インド発祥で、模様染めが施された木綿の布)の図録『更紗図譜』(1785年)。この本には、藍を使って染めた「藍更紗(あいさらさ)」についての記述があり、藍の使い方の説明は、北斎の『絵本彩色通』と共通するところがあります。
このように原料に注目すると、版画も染織も陶芸も、すべての伝統工芸がつながって見えてきます。藍もそうですが、和紙もまた「和紙を使わない伝統工芸はほとんどない」と言ってよいほど重要な素材。たとえば、漆(うるし)を濾すときにも和紙が使われていたりするんですよ。
こうした横断的な視点を提供してくれるものとして、デザイン・アート学部の授業では「原料」についての学びを重視していると言います。
浮世絵が西洋美術に与えた影響とは? 「原料」や「技法」の視点から
また、「日本美術と西洋美術の影響関係について論じるうえでも、原料・素材に着目することは重要」と松葉先生は語ります。その例として先生が見せてくれたのは、17世紀のレンブラントによる版画で、和紙と洋紙二種類の紙で刷られたもの。紙の種類によって、刷り上がりの質感がまったく違うことが見て取れます。
これまでも、浮世絵が西洋美術に与えた影響については論じられてきましたが、構図や色彩といった目に見える表象への言及が多く、原料についてはほとんど注目されてきませんでした。ですが、西洋の画家が浮世絵から受けた影響はそれだけではなかったかと思います。材料や技法、さらには屏風や扇面といったフォーマットそのものからも、大きな示唆を受けていたと私は考えています。
西洋の画家が浮世絵の「技法」から受けた影響の例として、松葉先生が挙げてくれたのは、19世紀に活躍したピエール・ボナールによるリトグラフ『「ラ・ルヴュ・ブランシュ」誌のポスター』(1894年)です。
ピエール・ボナール『「ラ・ルヴュ・ブランシュ」誌のポスター』(1894年)フランス国立図書館蔵
リトグラフという版画技法を用い、輪郭を描かず、周囲に黒を落とすことで、女性の顔を浮き上がらせている。これは18世紀の浮世絵師・鈴木春信による木版画の手法からの影響を指摘することができると思います。リトグラフと木版画は別ジャンルの版画ですが、浮世絵多色摺の技法が影響を与えていたと考えられるのです。
鈴木春信『見立芦葉達磨』(1766〜67年頃)ボストン美術館蔵(William S. and John T. Spaulding Collection / 21.4604)
西洋人が、日本における木版画の「技法」や「材料」をどう見つめていたのか? 日本美術と西洋美術の影響関係をより深く理解するには、その視点が必要だというのが私の意見です。
和紙の質は、原料や技法によって変化する
続いては、日本美術にとってもっとも重要な原料のひとつである「和紙」を例にとり、その製造工程について学んでいきます。
机には、浮世絵の刷られた和紙が何枚か並べられます。1枚は江戸時代のものだというから驚き。「触ってみてください」と松葉先生にうながされ、たなかさんが手に取ります。
同じ版を使っても、和紙の種類が違うと刷り上がりも異なる
江戸時代の浮世絵。教育や取り扱い(ハンドリング)を目的としたもの(松葉先生蔵)
和紙って破れ目が糸くずのようになっているんですね。
手漉き和紙をつくるときは、竹ひごを絹糸で編んだ簀(す)というすだれ状の道具を使います。だから必ずその目が出るんです。和紙を光に透かすと簀の跡を見ることができます。
和紙の原料となるのは、コウゾ、ミツマタ、ガンピという3種類の植物。松葉先生は、これらの樹皮を乾燥させたものを取り出します。一見似ていますが、それぞれ手触りが異なるようです。
コウゾ、ミツマタ、ガンピの樹皮を乾燥させたもの(提供:高知・鹿敷製紙)
コウゾやミツマタに比べて、ガンピの繊維は「きめ」が細かいですね。
そうなんです。コウゾは1年で2、3メートルまで成長するので、繊維質が長くて荒い。ミツマタは、2、3年かかけて1、2メートルほどになるので、もうちょっと繊維が細かいものになります。そしてガンピはいちばん栽培が難しいといわれ、自生する自然種が用いられていますが、十分成長するまでに20年ほどかかります。用いる原料によって、それぞれ質感が異なります。
このように和紙の質は原料によって変わるほか、同じ植物でも生産地によって、また各工房で採用している技法や工程によって変化するといいます。
和紙はどうやってつくられる?
松葉先生が日本各地の工房で取材した動画を見ながら、和紙の製造工程をさらっていきます。
まずは栽培・収穫したコウゾを蒸(ふか)してから、熱いうちに皮をむき、黒皮を除去。工房によって、手法も道具も違います。
蒸すときに使う甑(こしき)は箍(たが)と呼ばれる竹製の輪で結ばれていますが、箍をつくる技術を持った職人は減りつつあります。高知では黒皮の除去のことを「へぐり」といいますが、へぐり用の包丁も希少になってきました。使われる道具の生産の持続可能性についてもきちんと考える必要があります。
そうやって抽出された繊維をほぐし、不純物を取り除くために、木灰、苛性ソーダ、消石灰、いずれかの煮熱剤で煮ます。どれを使うかによっても、仕上がりに違いが出てきます。
それから水洗いし、残った黒皮や傷などを取り除く「塵取り」、叩いて柔らかくする「叩解(こうかい)」を経て、紙の形成作業に。この際に粘剤として使用する植物も、トロロアオイとノリツムギ、大きく2種類があります。こうしてようやく漉きの作業に入っていくのです。
大学時代、私も手漉きを体験したことがあります。この作業、思った以上に難しいんですよね。
そう。動画の女性は岐阜県美濃市・美濃竹紙工房の鈴木豊美さんです。本美濃紙保存会の会長を務められてもいる、第一線で活躍されている手漉き和紙職人の方です。
「紙漉きは昔は女性中心の仕事だったといえるかもしれない」と松葉先生。江戸時代に描かれた紙漉きの風景に登場するのは女性ばかりで、作業中に歌う「紙漉き歌」という労働歌の歌詞は女性の視点で書かれているそう。
かつて酒蔵には男性しか入れませんでしたが、それに対するものとして、紙漉きは女性の仕事だったかもしれません。「職人」というと男性が多いイメージもあるかもしれませんが、工芸の世界ではそれぞれが役割を分担し、男女ともに産業を支えていた。このことについてはきちんと整理して考える必要があるかと思います。
伝統工芸がサステナブルであるために
授業の最後には、高知大学の田中求教授が原料生産の現状について語る動画を視聴。かつて高知県では、和紙の製造において地元産のコウゾを使ってきたものの、その生産者は減少の一途をたどっていると言います。結果的に、いまはおおよそ90%以上を海外産の原料に頼っているそう。
海外産のコウゾは、油が多いものが多いといわれ、日本産とは繊維の質が異なるものもあります。もちろん海外産を否定するわけではありません。ただ、和紙を制作に使用するアーティストや研究者であれば、その「違い」には敏感でありたいなと思うんです。
ひとまずこの日の授業「伝統工芸と原料」はここまで。この授業で伝えたかったのは「原料が変われば作品も変わるということ」と松葉先生は言います。
同じ和紙といっても原料や工程により違いが生まれ、それによって版画の風合いも違ってきます。だからこそ、大切なのは「自分が使おうとしている原料が、誰の手でどのようにつくられたのか」をアーティスト自身が理解すること。また、原料生産者と対話する機会を持つことも重要だと思います。和紙産業もグローバル化が進むなかで、そうしたお互いの顔が見える関係性を築いていければと考えています。
たなかみさきさんに聞く、自分の道を見つけるために大切なこと
特別授業を終えたたなかさんに、授業の感想や、クリエイティブな仕事に興味を持っている若者に向けたメッセージを聞きました。
—特別授業を体験してみて、いかがでしたか?
たなか:以前から、イラストレーションの仕事って浮世絵に近いと思っていたんです。浮世絵は分業制なので、原料づくり、和紙づくり、下絵、刷りと、それぞれの工程にたくさんの人が関わっている。一方でイラストも、編集者さんやデザイナーさんが手を加えて、印刷されたり広告に使われたりして世の中に広がるので、やっぱり分業なんですよね。
また「世の中の流れを観察し、素早く応答しなければならない」という意味でも共通点を感じます。いま、私がとくに関心を持っているのはフェミニズムなんですが、先ほどの授業のなかでも「紙漉きは女性の仕事だったかも」というお話がありましたよね。「原料からも、歴史を知り、社会の構造を考えることができるんだ」という発見があり、とても興味深かったです。
たなかみさきさんによるイラスト作品。女性が男性によじ登っている。「人間関係を対等なものとして描きたいという思いがあります」とたなかさん
—先ほど大学時代の話を聞きましたが、そもそも美大に進学しようと決めた理由は何だったんでしょう?
たなか:やっぱり「絵を描くのが好き」というのが最大の動機です。小さい頃から絵が好きで、絵を描いているときがいちばん楽しかったし、それはいまも自分のなかにまっすぐあります。だから、じつは高校も美術コースだったんですよ。
—それで美大に進学して、在学中にイラストレーターとしてやっていこうと考えたわけですよね。進路を決めるときに悩んだことはありますか?
たなか:それがあんまり悩まなくて……(笑)。ちょうどその頃、InstagramやTumblrといったSNSが盛り上がっていたなかで、「すごくイラストレーター向きのシステムだな」と漠然と思っていました。当時はうまく言語化できなかったけど、「なんかいけるかも」と。
—イラストレーターという職業がSNS時代にフィットするという直感があったんですね。
たなか:ただ、最近は「このままじゃダメだ」という意識が強いんです。SNSを含め情報のスピードもどんどん加速していますし、イラストレーターの仕事はアウトプットの速度が速すぎると感じていて。最近の世の中の情勢を見ていても、「ただ純粋に絵が好きなだけの少女」ではいられないな、とつくづく思うんです。
いまは、作品発表のスピードを少し遅くして、政治や社会などを含めた世の中のことについて広く知識を深め、考えながら、そうした自分自身の思考や眼差しを込めた作品づくりを模索している最中です。だからこそ、今日の「材料に立ち返る」という授業もとても勉強になりました。
—そんな現在のたなかさんから、高校生の頃の自分に伝えたいことはありますか?
たなか:大人になってから悩むことの方が多いので、「いまは天真爛漫に好きなことをやりなさい」と思います。どんどん好きになって、続けていけば、結果的にそれが自分にとって「戻ってこられる場所」や「お守り」のようになりますから。
そういえば、進路選択のときには、高校の先生に背中を押してもらったことを思い出しました。進路希望の調査票を学校に提出したとき、私は料理と洋服も好きだったので、調理師と服飾系も書いていて、実は美術系は第3希望だったんです。美術で食べていけるとは思ってもいなかったですから。
でも、美術の先生が「これだけ絵が好きなんだから、美術系に進まないともったいない」と言ってくださって、進路を美大に決めたんです。そういった幸運な出会いにも感謝したいですね。
—最後に、クリエイティブなことが好きな高校生たちにメッセージをお願いします。
たなか:「急がなくてもいいんだよ」と伝えたいですね。失敗しても、いくらでもやり直せますから。
あとは、自分にとって「いつでも帰ってこられる場所」、原点になるものを見つけられるといいんじゃないかな。私だったら、それは絵を描くことです。絵を描く以外にも、文章を書くとか写真を撮るとか、「一人でできる内省的なこと」をたくさんして自分を見つめながら、さらに周囲と共有することで新しい発見を重ねていく。それによって人生は豊かになるし、自分の道が見えてくると思います。
- サイト情報
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立命館大学 デザイン・アート学部
立命館大学デザイン・アート学部および、立命館大学大学院デザイン・アート学研究科は新しい学部と大学院です。美的感性を磨き、世界に新たな価値を創造するための学びを提供します。
- プロフィール
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- 松葉涼子 (まつば りょうこ)
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1998年、立命館大学文学部日本文学科入学。学部時代、アート・リサーチセンターの創設期よりプロジェクトに参加。立命館大学大学院文学研究科博士課程修了後は、大英博物館など海外機関で所蔵品のデジタル・アーカイブ化と展覧会企画に携わる。現在は立命館大学文学部教授として、出版文化と視覚表現の研究を進める一方、伝統木版画の材料や技術の解明にも取り組む。2026年4月よりデザイン・アート学部教授として着任予定。
- たなかみさき
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1992年11月14日生まれ、埼玉県出身。日本大学芸術学部を卒業後、熊本に移り住み、フリーランスのイラストレーターとして活動。現在は東京と熊本の二拠点で生活し、主にグッズ制作、出版物に関わりながら活動中。主な書籍に『ずっと一緒にいられない』『あ~ん スケベスケベスケベ!!』『日読み』、コミック『大なり小なり』が発売中。
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