佐藤直樹インタビュー

「ここで何かできるんじゃない?」っていう臭いが、やっぱりまだこの地域にはするんです

―CETを一言で表すと、どんなプロジェクトなんでしょうか?

佐藤:CETは2003年から始まっているんで今年でもう5年目になります。その間にも状況が色々と変わってきていて、今では一口に説明するのがすごく難しい、と言うかもう説明するのをあきらめちゃいました(笑)。そもそもはイデーの黒崎さんが始めた東京デザイナーズブロックから派生したプロジェクトなんですけど、当初はここ、つまり東京の中心の東側には経済的な凹みがあったんですよ。

空きビルも多かったし、不良債権化したその物件をきれいにして利回りを良くするためのお金もない。東京駅からだってすぐというくらいの立地条件なのに、この地域は経済的におかしな状態だったわけですね。そこでぼくたちがデザインやアートや建築の力を使って、この地域の価値を高めていこうじゃないかっていう動き、これがCETの始まりだったんです。空きビルが交渉次第でギャラリーやライブ会場にできたり、自分たちの見立てでリノベーションしたりできてしまうわけですから、それはもう楽しいわけですよ。

佐藤直樹インタビュー

―ぼくは今でもCETにそういう印象を抱いているんですが、そこから変化があったんですか?

佐藤:表通りを歩いてみればわかると思うんですが、最近になってこの辺にも利回りの良いマンションができて、そこにお金を持っている人たちが入ってきて、っていう流れが生まれ始めたんですよ。現地の問屋街の人たちは「インディアンの土地に白人が押しかけてきたようなもんだ」って言ってますが、それくらいこの5年で変化してきているんですね。

もちろん、この動きはデザインの力によるものではないんだけど、当初の「この地域の価値を高めていく」っていうのは、別の方法で達成されてしまったわけです。それでもCETは続いているんですよね。だから、やってる方にとっても不思議な存在なんですよ、CETって(笑)。

―でも、むしろそういった経済的な問題解決っていうところ以外に、CETのバイタリティーを見いだしている人は多いと思います。

佐藤:例えば「地域再生」とか、「文化を興していこう!」っていうような社会的な考えは少なくともぼくには全くないです。そうではなくて、街に隙間が空いていたり、良いんだか悪いんだか分からないまま放っとかれているっていう、そういう状態にすごく魅力を感じているんです。色々試してみる余地があるんですよね。

これが例えば青山とか六本木のような場所だと、合理性がないと存在し得ないじゃないですか。クラブやライブハウスにしたって、どんな客層が来て、どれくらい収益が上がってっていう計画無しには絶対に建てられない。もちろん、そういうことを否定しているわけじゃないんだけど、夜になるとすぐ真っ暗になっちゃう問屋街を歩いていると、「ここで何かできるんじゃない?」っていう臭いが、やっぱりまだこの地域にはするんですよ。

「デザインはこうやるんですよ」とか、そういうのを最初から信用してないんです。

佐藤直樹インタビュー

―佐藤さんは本業というか、ベースではアジールでデザインのお仕事をしていらっしゃるわけですが、そういう合理性に回収されないある種の余裕のようなものを追求することって、デザインの仕事ではなかなか難しいことですよね?

佐藤:どんどん難しくなってきていますね。まぁそれでも何かやってないと食っていけないわけですから(笑)。ぼくにはたまたまデザインっていう武器があったっていうそれだけのことです。もちろん、それはそれで極めたいって思いますよ。例えばレイアウトの仕事であれば、ほんとにもうコンマミリの世界でどっちの方が良いか、なぜ良いのか、っていうことをいつも考えていますし、スタッフにも要求します。つまり、個人としても集団としても、もっとクオリティの高い仕事ができるように、っていう作業をすごくロジカルにやってます。そういう風にデザインの分野では職人的に極めていきたいっていう思いは確実にありますね。でもそれだけかっていうとそれもまた違うんですよね。

デザインを追求したいと言っても、なかなか説明が難しい部分も含まれていると思うんです。そういう余白も大事なんですよね。でも、世の中は合理性や数字でその余白をすぐに埋めようとしてくるわけで、放っておくとすぐ埋められちゃうんですね。だから、それに対しては「なんかちがう!」って一種の寝返りを打つわけです。ぼくらががんばり屋さんに見られたりするのは、ただその寝返りが激しいっていうだけなんだと思いますよ(笑)。

―改めて考えると、どうしてそういう余白って必要なんでしょう?

佐藤:そもそもぼくらが生まれて、ポンと放り出されたこの世界自体がよくわからないものでしょ(笑)。何が正しいのかとか。良いこと言ってる人がおかしかったりするし。狭い世界で成功して「デザインとは」って語るの は勝手なんだけど、そういう人の話を聞いても「そうなの?」という部分が絶対に残る。そして面白いことはいつだってそっちのほうにあるんですよ。CETが続いている理由もそこにあって、現場レベルでモノをつくる人間が横断的に話しができる機会ってそうないんですよ。それぞれの専門分野の中だけでは説明のつかない部分の重なりで成り立っているようなところがあります。

自分次第でなんとでもなるっていうことが、この東京でもまだできるんだっていうことを示したい

―ちょっと話しがそれますが、佐藤さんは現在森美術館で開催中の『六本木クロッシング2007』でキュレーターも務めらましたよね。

佐藤:「六本木クロッシングをやる」っていうことは、ぼくらゲストキュレーターに話が来る前から決まっている。だから極端に言っちゃえば、ある程度の縛りやルールのようなものがあっても、出来る限り面白くするって考えるしかないわけです。やらせてもらうからには面白いことしたいですから。

佐藤直樹インタビュー

―展覧会を観ていて、「あ、これは佐藤セレクションだな」っていうのは一発で分かりました(笑)。なんというか、いわゆる美術のコンテクストとはちょっと外してきているような気がして。

佐藤:主催している側が何をしたいんだって言ったら、結局は現代美術の作家にとって価値のある場所にしたいっていうことにどうしてもなると思うんですよ。 それが現代美術全体を牽引することにもなるんだっていう。でもそこで作家にはほとんどギャラらしいギャラは出ないわけで、つまりアートマーケットを視野に入れた投資行為としてしか考えられない。でも僕はそこにはまったく興味がなくて。普段の観客とは違う観客に出会わせたいということだけ考えていました。それはあちこちで生まれている、あるいは生まれつつある表現をそれぞれの業界的なシステムじゃないところに連れ出してみるということです。僕にとって美術館というのはそういう意味でのみ面白い場所だと思った。

―そう考えると、「なんだかわからないけど面白いものが生まれるシーン」っていうのは、システムが合理的に成立していない必要があるのかもしれませんね。

佐藤:裏原宿だって中目黒だって、元は「凹み」だったわけですよ。そういう場所やシーンっていうのは、まだまだ東京の中にもたくさんあるんだと思います。この東京のセントラルイーストもその一例なわけです。都心の西の方ではできないようなことがまだここではできるし、自分次第でなんとでもなっちゃう。そういうことが東京でもできるんだっていうことを示したいな、っていう思いはありますね。だからもっといろんなことがあちこちで起こるといいのになって思いますよ。もっともっと自由でいいんじゃないかなって。

イベント情報
『CENTRAL EAST TOKYO 2007』

2007年11月23日~12月2日

プロフィール
佐藤直樹

1961年東京生まれ。 1994年に『WIRED 日本版』のアートディレクターとして創刊から参加し、1998年にアジール・デザインを設立。その後、数多くの雑誌、広告を手掛ける。2003年からは『CENTRAL EAST TOKYO』のプロデューサーとしても活躍中。



フィードバック 0

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

Special Feature

coe──未来世代のちいさな声から兆しをつくる

ダイバーシティーやインクルージョンという言葉が浸透し、SDGsなど社会課題の解決を目指す取り組みが進む。しかし、個人のちいさな声はどうしても取りこぼされてしまいがちだ。いまこの瞬間も、たくさんの子どもや若者たちが真剣な悩みやコンプレックス、生きづらさを抱えながら、毎日を生きている。

記事一覧へ

JOB