9.11後のサンタの物語『ビリーバー』鈴木勝秀×川平慈英対談

9月3日から、世田谷パブリックシアターを皮切りに舞台『ビリーバー』が全国4都市で上演される。演出は、元ハッカーのジャンキー青年を描いた『LYNX』などのオリジナル演劇をはじめ、『レインマン』『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』『ディファイルド』など名作の翻訳劇も手がける鈴木勝秀。彼が今回対峙したのは、ある米国人作家が9.11以降の喪失感漂う世界で静かに発した問いだった――。「あなたはサンタを信じますか?」。すべての現代人が抱く問題意識「いま、人が何かを信じる意味」を突いた壮大な作品を上演するにあたり、複数の役どころをこなすのは川平慈英。キャスターと俳優の顔を併せ持ち、舞台では『雨に唄えば』『Shoes On !』『オケピ!』などミュージカルを中心に活躍する。今回はストレートプレイでこの難題に挑戦。勝村政信、風間俊介、草刈民代という実力者揃いのキャストとの競演で浮かび上がる真実とは?

(インタビュー・テキスト:内田伸一 撮影:柏井万作)

「サンタを信じる大人」が出現したら

─まずは演出の鈴木さんから、舞台『ビリーバー』がどんな物語なのかお話し願えますか?

鈴勝:ひとことで言うと「サンタを信じた男の出現によって、彼の家庭、ひいては社会全体が混乱するお話」です。その男ハワードは天文学者で、論理的な人間なので単なる狂人扱いにもならず、では最終的にどうなってしまうのか? という筋書きですね。

─原作は、エミー賞作家のリー・カルチェイム。本作はワールドプレミアだとか。

鈴勝:アメリカ人の彼がこの話を書いた背景には、9.11事件に受けた大きな衝撃があります。当時、彼自身が妻子とニューヨークに住んでいました。多くの人々同様「神はなぜこんなことをしたのか? 神の存在を本当に信じてよいのか?」と悩んだと聞いています。

─日本人が考える以上に、あの事件には信仰の問題も深く関わるのでしょうね。

鈴勝:ええ。でも、ある意味、日本人には絶対書けない世界だけど、感じることは充分にできる物語。そういう翻訳劇ならではの魅力もあります。

─サンタを信じる天文学者・ハワード役は勝村政信さん。そして彼とは違う形で非常に重要な役割を、今日ご一緒の川平慈英さんが担うと聞きました。

鈴勝:カルチェイムの思い入れの強さからか、原作には膨大な数の登場人物とシーンが描かれていました。普通にやったら上演は不可能に近い。そこで、ハワードと彼の妻子を除いた多数のキャラクターを、誰かにひとりで演じ分けてもらえたら……と無茶を思い付いたわけです。今回それをやってくれる奇特な人が慈英さん(笑)。

9.11後のサンタの物語『ビリーバー』鈴木勝秀×川平慈英対談
左:鈴木勝秀、右:川平慈英対談

─サンタを信じた男と社会との衝突を、多角的に照らし出すのが川平さんでしょうか? 記者会見によれば、何と20役も演じるとか。牧師、大統領、子ども、そしてサンタその人や神様まで……。

川平:実は、その後に僕の役数は減ったんですよ(神妙な面持ちで)……16役くらいに。

─それ、あんまり減ってません(笑)! 軽くエディ・マーフィ越えですし。

川平:稽古を通して削ぎ落とした結果なんですが、まだ多い? ウッハッハ(笑)! 実は僕、ストレートプレイは久々なんです。舞台はずっとミュージカルを軸にやってきたから。不安もありましたが、こんなチャレンジはめったにできないと思って。この作品は良い意味で、大人が遊べる作品になると直感したのも大きいですね。

鈴勝:ひとつ確実に言えるのは、このアイデアの実現によって、今回の舞台版が原作を尊重しつつも、オリジナリティを帯び始めたということです。

9.11後の世界に「それでも信じるもの」とは何か

─現代における「信じること」の意味が、この舞台のテーマですね。サンタはその象徴として用いられているのでしょうか。

鈴勝:そうですね。だけど、そもそも地球に生物が存在すること自体もふくめ、本来この世は奇跡のような不思議だらけですよね。

─ちなみにお2人が無条件に信仰するものってあります?

鈴勝:サッカーですね(笑)。ふたりとも大のサッカーフリーク。

川平: W杯は燃えましたよねぇ(声のトーン急上昇)!? 日本代表は開幕前には色々言われたけど、信じた結果……あの「奇跡」がッ!!!!!

─えぇ、えぇ(苦笑)。すみません、その話題に突入すると大変そうな予感がしきりとするので、『ビリーバー』のお話に戻してもよいですか?

川平:いや、何が言いたいかというと、他人から見れば無謀とも思えるものに無条件の信仰心を抱くことって、実は誰にでもあるでしょうということ。実際この舞台を観て「サンタ……いるな!」と感じる瞬間、あると思いますよ。ハワードの説得力がすごいので。彼を診察する精神科医でさえ、論破されそうになるほどだから。

9.11後のサンタの物語『ビリーバー』鈴木勝秀×川平慈英対談

鈴勝:ただ、自分の信念を周囲に主張することの危険性も描かれます。それこそ宗教や政治のように、お互い譲れない場合もあるから。ハワードも他の人々に――妻や息子にさえ――自分を理解してもらえなくなります。

─そこには信念や信仰についての、現代人に共通した問いがありそうです。ちなみに、川平さんはバプテストのクリスチャンですよね?

川平:はい。だからアメリカの人々が9.11でいかに神様について考え、悩んだかは理解できる。そこには、神をさえ罵りたくなるほどの哀しみや、強大な理不尽さに対する怒りがあったはずです。今回の舞台でも、こんな印象的なセリフがあります。「9.11を経験したいまも神の存在は信じる。けれど、もう神を信用したくはない」。重い言葉です。それでも、僕は神を信じますけどね。

鈴勝:実は僕も中高とカトリック系の学校に通いました。僕の場合は信仰というより神学の立場から向き合った。ただ今回、僕らのそういう背景はあまり関係ありません。人間にはいまでも形而上の「信じるもの」が必要なのか、また「信じた気持ち」をどう使うべきかという、万人共通の問いを抱えた話なんです。

舞台上のルールが伝われば、自然と違和感はなくなる

─ところで「信じること」と演劇との関係も伺えたらと思います。劇場という「演じる」ための空間で行われる点でも、舞台表現はそのフィクション性が自明なものと言えますよね。その演劇の現場で「信じること」をどう捉えていますか。

9.11後のサンタの物語『ビリーバー』鈴木勝秀×川平慈英対談

鈴勝:そうですね……今回に関連して言うと、久しぶりに、僕が以前よくやっていた小劇場の手法を多く盛り込んでいます。抽象性の高い舞台装置と、登場人物のリアリティを関係性だけに求め、演じる側も観る側も「想像力」を駆使するってことですね。

─わかりやすい例では、セットを変えずに演技で場面転換させたり、同じ俳優さんが複数役を巧みに演じたりして、観衆に「信じてもらう」ということでしょうか?

鈴勝:いや、観客に「信じてもらう」なんて強制的なことはしません、断じて。見ているうちに、舞台上のルールが伝われば、自然と違和感はなくなるはずです。スポーツと同じです。ルールが分かれば、現実では不自然なことも、リアルに感じられるようになると思います。

─そもそもハワードを日本人の勝村さんがやるのも、川平さんの1人10数役にしても、映画ならヘンですしね。

鈴勝:でも演劇では、男が女を、大人が子供を演じてもよいし、やり方次第でお客さんも「そうなんだ」と観てくれる。そこに、観る者ひとり一人の新しい物語が生まれるんです。今回も、お客さんの反応は様々だと思う。泣いた、笑った、切なくなった……ぜんぶ違うだろうし、違っていい。それが舞台のいちばん面白いところだとも言えます。

川平:僕が舞台で大切にするのは、いかに自分の役を信じられるかですね。「俺がサンタだ!」と舞台上で言ったとき、本人が「サンタぽくないな……」と思ってしまったら、みんな居心地悪いでしょう。だから毎日、役が肌感覚になるまで磨いていきます。今回は何役もこなすので、その肌感覚を着ては脱いではの繰り返し。稽古では、端から見れば下らないこともいくつも試して……最終的に僕自身が居心地良く、何が起きてもある意味オートマティックに演じられるのが理想ですね。これもサッカーと一緒で、ファンタジスタと呼ばれるプレイヤーってそんなところがあると思う。

鈴勝:演出家の立場で言うと、すべてはキャストを「信じること」から始まる。彼らを選んだ瞬間から、僕もピッチに踏み出している感覚です。

観る人の数だけ物語ができたらうれしいですね

─川平さんは鈴木さんの舞台には初参加だそうですが、毎日の稽古を通して感じる鈴木演出の魅力とは?

9.11後のサンタの物語『ビリーバー』鈴木勝秀×川平慈英対談

川平:舞台以外のお仕事で1度ご一緒したことがあって、以来スズカツさん(鈴木さんの愛称)に僕が惹かれるのは、どんなお話も自分流にポップなものにしようとする姿勢です。今回のお話も豊かなユーモアはあるけれど、ただ笑えるものとも少し違うし、原作を読んだ時点で僕も上演は簡単じゃないと分かりました。それがスズカツさんの紡ぐ言葉によって、誰もが何かを感じられる、確固たる物語になっていくのを日々感じます。脚本に言葉の力があるから、演じていて自分が活き活きしてくる実感がありますね。

─他の出演陣の印象は? 川平さんと勝村さんはじめ、ハワードの妻役に元バレエダンサーの草刈民代さん、息子役にはドラマ/映画/コンサートと活躍する風間俊介さん。いずれも異なるバックグラウンドを持つ顔ぶれですね。

川平:でも、もう稽古初日から信頼関係が築けて「さぁ、はしゃごうよ!?」っていう感じです。特に勝村さんは最高のムードメイカー。お互い笑いながら「このバカタレが〜」と罵倒し合える仲です(笑)。

鈴勝:僕から見ると、今回の4人は皆さん「きちんとした肉体」を持った役者さん。立ち姿や、歩く姿だけでも美しい。舞台上で自分をズームアップすることも、逆のこともできる、そういう高い能力がありますね。

─和気あいあいのキャストが演じる3人家族も、劇中ではサンタの存在について大きな衝突があるわけですよね?

鈴勝:その通りです。草刈さん演じる妻のモーが、最もお客さん側に近い存在かな。

川平:でも最後まで「ハワードは狂っていなかった」と思えた人にとっては、逆にいまの世の中って一体……? と深く考えさせられるとも思う。そういう視点で観るとまた、素通りできないセリフがたくさんありますよ。

─答えは結局、観る者それぞれの心の中? 「信じること」への結論は簡単には出なさそうですね。

鈴勝:もちろんそうです。観る人の数だけ物語ができたらうれしいですね。

イベント情報
『ビリーバー』

原作:リー・カルチェイム
演出・上演台本:鈴木勝秀
出演:
勝村政信
風間俊介

草刈民代
川平慈英

舞台『ビリーバー/Believer』オフィシャルサイト

東京公演

2010年9月3日(金)〜9月12日(日)
会場:世田谷パブリックシアター
料金:S席7,800円 A席6,000円(全席指定、未就学児童の入場不可)
問い合わせ:サンライズプロモーション東京 0570-00-3337

大阪公演

2010年9月17日(金)19:00
2010年9月18日(土)13:00
会場:梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ
料金:8,500円(全席指定、未就学児童の入場不可)
問い合わせ:梅田芸術劇場 06-6377-3888

福岡公演

2010年9月19日(日)開場14:30 開演15:00
会場:福岡市民会館
料金:S席7,500円 A席6,500円 B席5,500円(全席指定)
問い合わせ:ピクニック 092-715-0374

仙台公演

2010年9月21日(火)開場18:30 開演19:00
会場:仙台電力ホール
料金:7,000円(未就学児入場不可)
問い合わせ:仙台放送 022-268-2174

プロフィール
鈴木勝秀

1959 年生まれ。早稲田大学在学中から演劇活動を開始し、87年に『ZAZOUS THEATER』(ザズゥ・シアター)を旗揚げ。主宰者として構成・演出を務める。現在はフリーで活動し、演劇作品から映画、テレビ番組まで幅広いシーンで脚本・構成・演出を手がける。近年の演出作に『LYNX』(2004年[再演])、『ディファイルド』(04年)、『ドレッサー』(05年)、『レインマン』(06/07年)、『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』(07/08/09年)、『フロスト/ニクソン』(09年)、『クローサー』(10)など。草サッカーチーム、FCAARDVARKの監督でもある。

川平慈英

1962年生まれ。学生時代はサッカー選手として活躍し、テキサス州立大にサッカー留学の後、上智大学へ編入。在学中に英語版ミュージカル『フェイム』に出演する。86年にミュージカル『MONKEY』でプロデビュー。近年の主な舞台出演に『GOLF THE MUSICAL』(06年)、『ハレルヤ』(07年)、『五右衛門ロック』(08年)、『TALK LIKE SINGING』(09年)などがある。第4回読売演劇大賞男優賞(96年の『雨に唄えば』コズモ・ブラウン役)。さらに自身が監修・出演するライブショー『J’s Box〜川平慈英の箱〜』ほか、映画やドラマへの出演、またナレーターやキャスターとしても活躍する。サッカー中継での熱血ナビゲーターぶりも有名。

『ビリーバー』あらすじ

地球に小惑星が近づき危険が迫る、とある時代。観測所で惑星の動きを追う天文学者のハワードは、偶然「八頭のトナカイと赤い服を着た男」を目撃する。サンタクロースを信じることになった男を中心にした、切なくも心温まる物語。9.11以降の世界を背景に、社会の矛盾の中、ただ信じることや愛することの意義を問う。



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