時代とともに歩んだアーティスト集団・ニブロールの14年

ミクニヤナイハラプロジェクトでは演劇を、off-nibrollでは美術を、Nibroll About Streetではファッション、と様々なプロジェクトを抱え、それぞれの分野のディレクターが集まって、世界を股にかけ八面六臂の活躍をするダンスカンパニー。それがニブロールである。今や日本のコンテンポラリーダンスには欠かせない存在となった彼らが、3年半ぶり、待望の東京公演『THIS IS WEATHER NEWS』を、6月24日から7月3日まで上演する。昨年のあいちトリエンナーレ2010で初演した本作を、震災で揺れ動く東京で今どう再演するのか。全員が集合しての本格的なリハーサルが始まったばかりの緊張感漂う稽古場を訪ねて、ニブロールのメンバーである矢内原美邦(振付家・ダンサー)、高橋啓祐(映像ディレクター)、スカンク(音楽家)、矢内原充志(ファッションデザイナー)、伊藤剛(制作)の5人にお話をうかがった。

ダンス、映像、音楽、アート…様々なジャンルが融合したニブロールの舞台

時代とともに歩んだアーティスト集団・ニブロールの14年
矢内原美邦

─旗揚げ当初から、多彩な才能の集合体であるニブロールは注目を浴びていましたね。皆さん、どのような経緯で集まったのでしょうか?

美邦:最初は、映画の学校で出会った仲間で作りました。けれど舞台はなかなかお金にならないですし、去っていってしまった人もいます。結局、人生を賭けて舞台芸術に向き合っていく覚悟がある人が残りました。映像学校の出身は、今では私と高橋だけです。


─他の皆さんはどんなきっかけで加わったんでしょう?

美邦:衣装の矢内原充志は弟です。当初は予算もなかったので、すごく安いお金でやってもらっていたんですが、フランスのアヴィニョン演劇祭で上演を行ったとき、舞台芸術のいろいろな可能性を見つけてくれた。それ以降、「ダンスに関わって表現をするのもいいな」という気持ちになってもらえたんじゃないかと思います。

充志:現地ではニブロールの本番を観ていたんですが、25回くらいの公演で、同じ演目なのに毎回微妙に違っている。舞台の世界では当たり前でも、プロダクツの世界にいる者としてはすごく新鮮で、ダンスでしかできない表現があると感じました。

─その後、充志さんは衣装を作るにあたり、ダンスの影響を受けたのでしょうか?

充志:相当影響を受けていると思うんですが、どのあたりがそうなのかは全くわかりません。ニブロールの衣装は、桑沢デザイン研究所を卒業して1、2年目の頃、構造とか色とか素材とか、デザイナーとしての基礎知識を学んだホヤホヤの頃に始めました。だからまだ大して「自分の表現」という独自のものはありませんでしたね。

─高橋さんは、割と唐突にダンスに関わるようになったと思いますが、もともと興味は?

高橋:全くなかったです。観たこともなかったし、ダンスっていうジャンル自体も知らなかった。もともとは映画を作りたくて、単純にスクリーンと客席があり、毎回繰り返されるものを観ることが、僕の中では映像というものでしたね。でも舞台では出演者がおり、スクリーンをどこに置くのかを考えるところから仕事が始まる。それに映像自体は同じでも、毎回何かしらの要素によって印象が変わる。こうした部分を新鮮に感じていたんです。

伊藤:僕は2000年の秋から参加しました。まだ会社員で、仕事とは別にアートイベントをやっていた頃に美邦が観に来て「コンテンポラリーダンスをやってるんですけど、私もイベントに出たいです」って言ってきたのが最初の出会いですね。その後『東京第一市営プール』(1999)を観る機会があったんですが、ダンスも舞台も観た経験があまりなかったため衝撃的でした。どう解釈していいのか分からず、でも観終わった後にノイズみたいに残るものがあって、それが何なのかが気になった。美邦が同世代の表現者だということにも興味がわいて、誘われるまま、右も左もよく分からないながら制作を始めました。

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©あいちトリエンナーレ2010

─スカンクさんは?

時代とともに歩んだアーティスト集団・ニブロールの14年
スカンク

スカンク:昔から舞台やパフォーマンスに興味があって、ちょこちょこ舞台の音楽を担当させてもらっていましたが、活動がどんどんダンス、パフォーマンスの音楽に偏っていた頃にニブロールと出会いました。ニブロールには、舞台という枠の中に映像、ダンス、衣装、音楽などが存在していて、すごく興味を持ちましたね。それからは普通にファンとして公演を観に行っていたんですが、ミクニヤナイハラプロジェクトの『3年2組』(2005)の音楽を担当してくれないかと誘われ、その後ニブロールに参加しました。


─スカンクさんがいろいろなカンパニーでダンス音楽を担当しているのは知っていたので、ニブロールへの参加にはびっくりしました。他のカンパニーとは何が違いますか?

スカンク:それまではソロのダンスが多かったんですが、ニブロールには出演者がたくさんいることが新鮮でしたね。ソロの場合だと、ダンサー自身にアプローチして、ダンスと向かい合うように作ることが多かったんです。でもダンサーが大勢いると、ダンサーの間に空間ができる。だから、ダンサーではなくて、その空間じたいにアプローチする音楽が作れるんじゃないかと発想しました。そうすることで、ダンサーたちと音楽の間により親密な関係を築ける作品ができるんじゃないか、とか…いろいろな可能性を感じましたね。

2/3ページ:あらゆるニュースは「天気予報」のようなもの

「自分たちがやりたいことから始める」という挑戦

─14年というニブロールの活動を振り返って、大事な作品や、転機になった作品はなんでしょう?

時代とともに歩んだアーティスト集団・ニブロールの14年
高橋啓祐

高橋:『COFFEE』(2001)かな。規模の大きな劇場で初めて上演した作品です。大きな舞台で映像を映すとなると、上映される空間のことも考えて映像を作らなきゃいけなかった。それまではテレビを見るような感覚で映像を作っていたんですけど、テレビではありえないような映像も、舞台だと成立するのを実感できました。


伊藤:『COFFEE』は外せないんですが、制作としては、客席の一部を舞台空間にした『NO DIRECTION』(2007)が大きかったです。舞台芸術業界って、劇場から依頼されたものを上演するという流れがあるんですが、劇場ありきではなく、本当に自分たちがやりたいものをやろう、というところから始めたのは、制作的にも大きな挑戦をした作品でした。

充志:世田谷パブリックシアターでやった『Romeo OR Juliet』(2008)も重要でしたね。担当していた衣装を、他のセクションに負けないくらいのスピードで作ることができた。初めて自分を舞台衣装家だと感じられた作品です。でも、一番印象深いのはやっぱり手弁当でアヴィニョンに行った『林ん家に行こう』(1999)です。

スカンク:『NO DIRECTION EVERYDAY』(2005、東京都写真美術館でのインスタレーション作品)をやったときに、3日前くらいに依頼されて作った音楽があったんですけど、上演されたものを観て、こんな風に身体と映像と音楽が一体になれるんだ、ダンスにはまだまだ可能性があるな、と実感しました。

美邦:私も『COFFEE』は好きにやれたし、個性的な出演者が多く、作品に登場するキャラクターたちが面白くて良かったです。でも今は、未来のことを扱う作品を作っているので、あまり過去は振り返りたくない。だから今回の『THIS IS WEATHER NEWS』が一番だし、ニブロールにとって転機となる作品になると思っています。

時代とともに歩んだアーティスト集団・ニブロールの14年
左:伊藤剛、右:矢内原充志

あらゆるニュースは「天気予報」のようなもの

─では今回の『THIS IS WEATHER NEWS』について聞かせてください。本作が「天気予報」っていうタイトルになったのはどういう経緯ですか?

美邦:天気予報って、昨年の上演作品タイトルにもなっている『あーなったらこーならない』(2010)ものの最たるものっていうか、一番読めないものだと思っていて、そこにまず注目していました。

伊藤:正確には「WEATHER REPORT」のほうが英語表現としては正しいようなんですが、ニュースの中で予想が外れることも受け入れているのが天気予報だけ、っていうのがポイントなんです。明日の降水確率は60%とか、どういう算出なのかよく分からないままに受け入れていますよね。なぜ僕らは、他の世の中の出来事もそのように受け入れられないのか。なぜ原子力が安全だということを60%くらいのものとして受け取れないのか。天気に対するようなスタンスを、全ての出来事に対して持つことで、気構えができることもあるんじゃないかと思うんです。そう考えてみると、「あらゆるニュースはWEATHER NEWSのようなものではないか」と思い、新聞のあらゆる面に『THIS IS WEATHER NEWS』っていうハンコを押していくようなイメージが出てきました。

─名古屋の上演からは具体的にはどういうところが変わりましたか?

美邦:出演者も増えていますし、振付も変わりました。特に後半ですね。コンセプトは変わっていませんが、今回のほうが面白いので、名古屋で観た人も絶対に観た方がいいです(笑)。

時代とともに歩んだアーティスト集団・ニブロールの14年
©あいちトリエンナーレ2010

今生きている時間を、表現に変えていきたい

─またニブロールは、出てきた頃「アンファンテリブル」というか、子供っぽい残酷さが魅力的なカンパニーでしたが、14年経つと、やはり「大人になったな」という実感はあるのでしょうか?

美邦:「子ども」とか「大人」といった意識は全くなかったのですが、「子どもっぽい」と言われたのは、単純に昔は踊れないダンサーが多かったからだと思います。一応全員に振付はするのですが、踊れないので、「走って下さい」とか、いっぱいパンツを履かせて「どんどん脱いでいって下さい」とか、作品として見せられるダンスにするためにあらゆる努力をしました。最近は、ダンサーがダンスできる人たちになったから「大人」っぽいんでしょうかね? それ、ないかなぁ?

伊藤:本作のコンセプトを練る会議で、舞台を作るにあたって「キャンバスを疑わない」と決めました。要はトリッキーな、枠からはみ出すのも芸術だ、といったことは言わずに、キャンバスの中に絵を描くような意識で勝負をしようと。だから、舞台と客席の境界をどのように変えるか、とは問わない。そういった意識の変化も、「子ども」と「大人」という区分に繋がるのかもしれませんね。

美邦:大人になるっていうよりは、その時代の表現を追求しているという感じがあります。もちろん14年前は、25歳くらいの身体だしその年齢なりの芸術だったわけですが、試行錯誤しながら作ってきて分かったのは、表現しようとするときに、やっぱり時代は無視できないっていうことです。大人になる、というより、今生きている時間を表現に変えていく努力をしたいですね。

3/3ページ:予測できない出来事が起こったとしても、作っているものを簡単には変えられない

大人が観に来る芸術として、ダンスを成立させたい

─では改めてお伺いしますが、14年経って作ることに対する姿勢は変わりましたか?

美邦:変わったと思います。日本ではそもそもダンスを芸術として高めていくことが難しくて、例えば海外で活躍した人にしか表現する場が与えられなかったりする。だからこそ、以前よりも強く、日本発信の、しかも今この東京から発信するもので、芸術性のあるものを作っていきたいと思うようになりました。日本ってなかなか60、70歳の大人が観るような作品が育たない。新国立劇場でやるクラシックバレエとか、せいぜいバレエをベースにしたコンテンポラリーダンスしかないんですね。残念。でも、例えばニューヨークだとラ・ママ劇場みたいに小さいスペースでやっている、わけがわからないけど面白いダンスを大人が好きで観に来るんです。ダンスを単なるショーとかエンターテインメントではなく、大人が観に来る芸術として成立させていきたいと思っています。もちろん、芸術としてのダンスはエンターテインメントになりうるとも思っていますけど。

─ニブロールとしても、作る環境が変わった面はありますか?

美邦:ダンサーが育ってきてくれましたね。しかも今出てくれているダンサーは、昔と違いニブロールを観て「出たい」と言って来てくれた人たちです。それに彼らは、昔なら一ヶ月かけてやっていたことを、極端だと一日でやってしまう実力を持っています。またコンテンポラリーダンスが一時期流行ったこともあって、80年代生まれの子たちはダンスをよく観ている。ワークショップも頻繁にあるので、昔よりはるかによい技術を持っています。本当は、ギャラをもっと払っていいダンサーをニブロールで抱えたい気持ちもあるんですけど、そういうシステムを組むにはドイツのように国や市の援助がなければ難しいでしょうね。ダンサーが育った半面、ダンスを観る人口はまた落ち込んでいます。でも中堅のカンパニーが育って、もっと大人の観る作品が作れたら観客を取り戻せるかもしれないですね。

─大人も観るダンスを作らなきゃ、というのは最近意識するようになったことですか?

美邦:そうですね。私は、生きることや死ぬことが身体表現にダイレクトに繋がっていると、観客としてすごく感動するんです。でも、ただ楽しいとかただ綺麗っていうダンスはバレエやミュージカルでやりつくされている気がして、私が考えるダンス作品ではやる必要はないようにも感じてます。人生そのものを賭けていたり、すべてを投げ出しているようなイメージのダンス作品を観ると、ダンスの可能性をとても感じます。ただ倒れるとか、通り過ぎるとか、滑りおちるとか、何かにぶつかるだけの行為だったとしても、そういう日常的なところに振付というものは集約されていくんじゃないか。

最近、吉本隆明さんの講義を聞いていて知ったのですが、内村鑑三という思想家が「日常とは日常ではない」と言ってるんです。この言葉を私なりに解釈すると、「日常とは非日常の連続で成り立っている」ということになります。例えばさまざまな種類の暴力について言えば、私たちのそばに簡単にあるから、それを「日常」だと思っている。でも、じつはそれは「非日常」な行為であって、それが連続したものを「日常」と呼ぶ、ということなんです。暴力的な人でも、暴力をふるっているのは「非日常」な瞬間で、「日常」では良い人なのかもしれない。実はあらゆる人が「日常/非日常」の中でさまざまな罪を犯しているのかもしれない、と思い至りました。自分たちが犯すあらゆる罪のことを考えながら、どのように死に向かっていくのかを考えるのが人生なんじゃないか…。あまり整理されていない言葉ですみませんが、こういったアプローチであれば、私もまだまだダンスを作れると思っているんです。

─そう思ったのはいつなんでしょうか?

美邦:先月まで韓国に5カ月滞在していたんですが、その頃ですね。『THIS IS WEATHER NEWS』の再演について考えていて、「なぜもう一回やらなきゃいけないのか」なんて思っていたんですけれども、韓国のバスの中で吉本さんの講義を聞いて、「ダンス作ろう」と。

時代とともに歩んだアーティスト集団・ニブロールの14年
©あいちトリエンナーレ2010

予測できない出来事が起こったとしても、作っているものを簡単には変えられない

─ずいぶん最近のことなんですね。では先ほどもおっしゃっていましたが、初演と再演では、だいぶ内容が違うと?

美邦:全然違うと思いますね。

伊藤:最近気づいたことだと言いますけど、僕からすれば美邦は、昔からずっと大切なことに気づき続けているという気がしています。東日本大震災が起きたとき、制作としては『THIS IS WEATHER NEWS』のテーマが気になり、電話で話したんです。美邦はその時「私は変わらない」と言いました。あの時にそれを言えるのはすごいと思いましたね。「これだけのことが起きても、人はやっぱり忘れていく。だからこそ私は『THIS IS WEATHER NEWS』のテーマが奇しくも震災と直結するようなものでも、表現者として逃げずにそのまま上演したい」と言ったんです。大震災の以前以後というような言われ方もする中で、平時に言えていたことが言えなくなるのは欺瞞だと今は思うことができますが、直後のタイミングでスパッと言えていたのは、ずっと彼女の中で気づいているものがあったからだと思います。

時代とともに歩んだアーティスト集団・ニブロールの14年

充志:「あーなったらこーならない」はずだ、何でも予測することは不可能だっていうことを表現してきたら、本当に予測できないことが起こってしまった。でもだからと言って、これまでに作ってきたものを完全に変えてしまうなんて、できるわけがないんですよね。

美邦:いつか、この作品を福島とかでやりたいですね。もしかすると、福島の方々にとっては耐えられないことかもしれないけれど…。私も、大変なことが起こったということはもちろん感じています。みんなが思っている以上に海外では「日本はヤバい」ってことになっている。でもそういう時期だからこそ、日本で活動してきた私たちが、積極的に公演をやっていきたいと強く思っています。

イベント情報
Nibroll
『THIS IS WEATHER NEWS』

2011年6月24日(金)~7月3日(日)全6回公演
会場:東京都 三軒茶屋 シアタートラム

出演:
カスヤマリコ
橋本規靖
鈴木拓郎
福島彩子
菊沢将憲
矢内原美邦(Nibroll)
高橋啓祐(Nibroll)
矢内原充志(Nibroll)
スカンク(Nibroll)
伊藤剛(Nibroll)

料金:前売3,000円 当日3,500円 学生2,500円
※計画停電の実施などにより、公演日時が変更になる可能性があるため、最新情報はオフィシャルサイトをご確認ください

プロフィール
Nibroll|ニブロール

1997年結成。振付家・矢内原美邦を中心に、映像作家、音楽家、ファッションデザイナー、ジャーナリスト、建築家など、作品ごとに各分野で活躍するさまざまなアーティストが参加するカンパニー。舞台を中心に活動しながら、美術館での作品発表など、既成の枠にとらわれず新たな「アート」としての表現を追求し、欧米やアジアなどでも注目を集めている。



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