高木正勝が信じた音楽の力

『時をかける少女』『サマーウォーズ』で注目を集める細田守監督のアニメーション映画最新作『おおかみこどもの雨と雪』が、7月21日に公開された。そしてその大らかで強い母の姿を描いた本作のサウンドトラック、そしてアン・サリーが歌う主題歌“おかあさんの唄”を手掛けたのが、映像作家・音楽家の高木正勝だ。19歳の主人公・花の、「おおかみおとこ」との出会いから、恋愛、結婚、出産、子育て。そして、その子供たちの成長と自立までの13年間を描いた本作。ピアノを中心に奏でられる、まるで子守唄のように優しく柔らかな音楽が、その物語を包み込んでいる。これまで映像と音楽を等価に手掛け、国内外で高い評価を集めてきた高木正勝。独自の視点で音楽やアートの本質を探求し、その根源にあるピュアネスを形にしてきた彼は、本作にどう向き合っていったのか。その音楽観と、震災以降の表現意識の変化を語ってもらった。

昔話やファンタジーじゃない、自分が生きてきた時代の物語だった

―映画を観て、おとぎ話のようだけど誰にでもある話。特別な話のようだけど普遍的な話という印象を受けました。高木正勝さんがこの映画の音楽を手がけることになったのは、いつ頃だったんでしょうか?

高木:昨年の12月末、ちょうどクリスマスの日にお話を頂きまして、年明けすぐに監督の細田守さんとお会いして、具体的に話を決めました。

高木正勝
高木正勝

―最初に映画の話を受けた時の印象はどんなものでしたか?

高木:最初にポスターの絵だけを見せていただいていたんですが、タイトルも今と少し違っていて、ファンタジーの世界のお話だと思っていたんです。でも、脚本を読み進めていくうちに、これはドキュメンタリーに近いお話だと気が付きました。登場人物のある一定の期間をカメラが追っていくような話だと気付いたんです。そこでまず、いい意味で裏切られ、これは面白い、と思いました。

―音楽を作るにあたって、まずはどういうことをイメージされましたか?

高木:脚本を読んで最初に抱いた印象は、これは家族の物語だということ、特に、お母さんを描くことの面白さというものが伝わってきました。これは監督の細田守さんの思い出でもあるし、これから味わいたい憧れでもあるんだと思います。そこは大事にしたいなと思いました。

©2012「おおかみこどもの雨と雪」製作委員会
©2012「おおかみこどもの雨と雪」製作委員会

―映画の後半では田舎の自然を舞台にしています。高木さんご自身も京都で田舎暮らしをされているので、共有する感覚はあったのではないでしょうか。

高木:ええ。僕が住んでいるのはここまで田舎ではないですけれど(笑)。でも、主人公の花さんが東京から田舎に引っ越した時の描写が、自分が京都市内から亀岡の田舎に引っ越した時に感じたものと全く同じだったのが面白かったですね。雪が積もったり、野原が広がっていたりしていて、自然と触れ合うことができる。そこにもともと住んでいた人たちの交流もある。今は人に譲ってしまったんですが、以前、自分で古民家を買ったこともあったんです。だから、花さんが引っ越したシーンにも感慨がありました。いまは自分が子どもの頃から住んでいる家に居ますが、実際に自分で手を動かして、住みたい環境を自分で作っています。畑にも遊びにいくし、最近では幼稚園の子供に接する機会も多い。ほとんどのエピソードが自分の体験とシンクロしていたので、すごく不思議に感じました。

―それでは、音楽のイメージも浮かびやすかったのではないでしょうか?

高木:それが制作を初めて2ヶ月間、ずっと悩み続けていたんです。物語の舞台が富山ということで、昔の民謡を調べたりしていたのですが、そういう音を作っても、何故か画面に合わないんです。昔話やファンタジーのようになってしまうんですね。脚本を読んで感じていたドキュメンタリーのよさが出ないんです。

―映画の前半部分で、東京の街角に緑色の公衆電話が出てくるのが印象的でした。今となっては少なくなってしまったもので、かと言って、昭和の頃からずっとあったものでもない。これはおそらく90年代後半のシーンであるということを示していますよね。

高木:そうなんです。そこで鳴っている音楽は、自分が生きてきた90年代から現在に至るまでのものなんだと気が付くのに時間が掛かってしまいました。そうやって試行錯誤しているうちに、この映画はあくまでも、お母さんである花さんの物語なんだということに集中していけました。そこからは早かったですね。

花さんを声優として演じられた、宮崎あおいさんと同じ仕事をしているつもりでした

―映画では、「母性」というものが大きなテーマになっています。

高木:花さんだけでなく、富山の景色も「母なる大地」と捉えると、全てが「お母さん」というキーワードで結びついていく。自分がここ数年やってきたテーマともつながっています。ただ、自分の中で新しかったのは、あくまで花さんの目線で音楽を作っていったこと。花さんを声優として演じられていた宮崎あおいさんと同じ仕事をしているつもりでした。花さんの声になっていない声、もしくは、花さんを周囲で応援している精霊、座敷童のような声を、音楽で奏でていく。前半の東京のシーンも、ラブストーリーとして捉えると作れなかったんです(笑)。でも、いずれ母になる花さんを、お母さんを経験してきた周りの女性たちが応援する、見守っているという視点を持つと、必然的にしっくりくる音が出てきたんです。

©2012「おおかみこどもの雨と雪」製作委員会
©2012「おおかみこどもの雨と雪」製作委員会

―映画の中で鳴っている音楽は、すべて子守唄のような響きを持っていると感じました。

高木:そうですね。母が子供を見守ってる歌だったり、子を守るその母を周りの誰かが見守っている歌だったりする。実は子供が登場するシーンであっても、子供の目線だけで鳴っている音はないんです。たとえば少年が山を走っている場面で鳴っている音楽も、少年の胸の高鳴りをもちろん讃えましたが、実は大きな母性を持った山が少年を迎え入れているような音楽なんです。

―このタイミングで高木正勝さんの名前を知る人も多いと思うので、改めて訊きたいんですけれども。高木さんは、ここ数年、子守唄というか、童心に通じるようなピュアな表現を追求してきたと思います。

高木:そうですね。

―僕は映画を観ながら、そういった高木さんのピュアな表現への追求は、実はこの映画の楽曲制作の話と関係して生まれてきたものだったのかな、と勝手に想像していたんです。でもお話をお伺いしていると、映画の話が決まったのはわりと最近のことで、そういうわけでもないようですね。

高木:そうなんです。でもこの3年間くらいに僕がやってきたことって、偶然にもこの作品に辿り着くようなことばっかりなんですね。今回の作品も今だからこそ出来る音楽で、もし数年前にこの仕事を頼まれていたとしたら、多分出来なかった。目線がよくわからないままやってしまっていたような気がします。

―この3年間くらいに高木さんが追求されてきたピュアな表現は、どういう発端からだったんでしょうか。

高木:2008年に行った『Tai Rei Tei Rio』のコンサートがきっかけでした。あのプロジェクトは、日本の音楽とは何だろう、そもそも音楽とは何だろうという、根本的なものを知りたくてやっていたものだったんです。日本には明治時代に西洋の文化が急に入ってきて、それ以降の流れで僕らは音楽をやっている。その前の時代とは音階も旋律も楽器も違っている。プツンと断絶しているんです。だから、その前の時代の続きをどうやったらやれるのだろうと思ったのが『Tai Rei Tei Rio』でした。それから、いろんなことを勉強をしたり、見にいったりしているうちに、知れば知るほど、形はなんであれ、時代はなんであれ、皆やっていることは一緒なんだという単純なことに気が付きました。純粋なものを追求するようになったのは、そこくらいからですね。

高木正勝

―『Tai Rei Tei Rio』は高木さんにとって、表現のターニングポイントになったわけですよね。

高木:大きかったですね。

―それ以降、高木さんの表現は、より根源的な、感覚的なものになってきた気がします。

高木:頭から身体に移った時期なのかもしれないですね。その後、2010年に『Ymene』というコンサートをピアノでやって、その頃に気付いたんです。『Tai Rei Tei Rio』の頃は、日本の昔のことを調べていって、日本に影響をあたえた国々の音楽も聴いて、そのリズム感や歌い方をヒントに、今の僕がそれをどう表現できるのかという変換作業をやっていた。でもその後に、それを頭で考えるのではなく、身体でやらなきゃいけないということがわかった。昔の人が歌っていた時の心の持ちようのような部分が、自分なりにわかったんです。

―それはどういうものなんでしょうか。

高木:こだまってありますよね。山に向かって「ヤッホー」といえば「ヤッホー」と返ってくる。歌うはずのない山が音を返してくれる。歌う筈のないものが歌い出したり、繋がる筈のないものを繋げたり、それができるのが音楽だと思います。自分も山に向かって歌うし、でも同時に自分自身が山でもある、という心の状態を作り出すこともできる。1人同時に何役もやるみたいな感覚で、昔の人々はやっていたんだと思います。音楽って台詞に近いのかもしれないですね。自分が何かの役に憑依するみたいなことができる。

―だからこそ、今回の映画でも、花さんに憑依したような音楽の作り方になったんですね。

高木:そうですね。だから言ってしまえば、音楽を作ったような気がしないんです(笑)。

自分なりの豊かさを、相手に伝えるということをやっていきたい

―震災以降、高木さんの表現に求められるものが変わったという意識はありましたか?

高木:特に震災後、この1年半にいただいた仕事で試みてきた内容を振り返ると、自分自身が変わったように思います。今までだったら、自分の作りたいものを作って人に見せてきた感じがありました。研究結果の発表みたいな感じで。でも今は、震災以降、僕を含め、多くの人の意識が違うものに変わったように感じます。頭の中で作り上げた違う世界の話をするのではなく、たとえば子供の頃にこういうことがあったとか、いま目の前にある状態をしっかり考えたり。人から聞いた情報ではなく、自分が経験して知っていること、自分の目の前に広がっている事実を、皆が具体的に話し始めたように思います。

高木正勝

―僕はこの1年半、いろんなミュージシャンの人に震災後にどう物事を考えたかという話を聞いてきて、1つ実感していことがあるんです。皆さん、自分自身が3月11日の直後に反射的に何をしたかという、その時の衝動が、後々の自分の活動の足場になっているようなところがある。

高木:なってますね。本当にそうです。僕もやっぱり、あそこでやったこと、思ったことが続いています。

―高木さんは、あの日まず、どういうことを考えましたか?

高木:最初は、とりあえずやれることは何なのかと焦ってしまって、Twitterなどで情報を流したんです。でも、すぐに自分のやることはそうじゃない、と気付いてやめました。それで、多くの人と同じように、どうすればよいのかわからないという状況を素直に受け止めようと思いました。

―しかし、3月11日の翌日から、高木さんは過去の作品や、ピアノを弾いた音源をYouTubeで配信しています。それも、まるで子守唄のような歌でした。

2011年3月13日に配信した作品

高木:あのとき、自分ができるのはそれだったんです。被災地の人に届くはずがないし、届けるべきものだとも思わない。でも、周りでパニックになっている人が、自分も含めて沢山いる。その人たちにとって「ここに戻れば大丈夫だ」と思えるものがあったらいいなと思った。少なくとも僕はそうでした。実際に何の役にも立たないかもしれないけれど、パニックになっている人に「ここに戻れば大丈夫だ」と思ってもらえることは、できるかもしれない。自分の作品が答えということではなく、心が「ここに戻れば落ち着く」ということくらいだったらできるかもしれない。そういう助けになりそうなものを公開していくということをやりました。

2011年3月12日に配信した作品

―あれから数ヶ月間、「音楽は果たして何の役に立つのか」とか「音楽は無力だ」とか、そういうことを言う人は多くいました。でも、僕はそうは思わなかったんです。

高木:僕も違うと思っていました。

―子供が泣いているときに、まず母親は子守唄を歌うんですよね。そこでは「役に立つ」とか「無力」だとか、そういうことは関係ない。そういう感覚をもたらしてくれたのが、高木さんが震災直後に発表した音楽だった。それがこの映画の音楽の根本にもつながっていると、僕は捉えています。

高木:音楽には、元に引き戻してくれる力があります。ここに戻れば力が湧いてくるという場所に戻してくれる。僕自身、過去に人生で何度かパニックになったことがありました。そうやって自分がしんどい時に、励ましたり、勇気づけたり、がんばろうとか、そういう言葉を投げかけられるのは何よりしんどいことだったんです。思い返すと、有り難いことばかりなのですが、実際に心がしんどいときに言われると、もっと辛くなったり。でも、ただ単に「あなたは今、初めてのことを体験している、だからいろいろなことがわからなくて当然だ、パニックになっていい」と言われた時に、とても心が安らいだ。人生で想定してなかったことを経験しているうちに、見ようとしていなかった世界が見えてきたんです。自分が何かを経験して、乗り越えて、ようやく自分が発見した豊かさを、誰かと伝え合うことができるんです。

―その「豊かさ」とは、どういったものなんでしょうか。

高木:人生の豊かさです。嬉しいときの心のありようかもしれないし、心が和らいでいくときに感じるものかもしれない。挑戦していくときの達成感かもしれない。今は、自分が子どものときから発見してきた、自分なりの豊かさを、相手に伝えるということをやっていきたいと思っているんです。そして、僕も色んな人がそれぞれ発見した豊かさが知りたいと思います。

―わかりました。最後に、この先の予定についてもお話をお伺いできればと思います。現在は10月に新国立劇場で上演される、森山開次さんの演出・振付によるコンテンポラリーダンス『曼荼羅の宇宙』に音楽を作っているそうですが。

高木:まだ作ってないんです。頭の中にある段階です。とっかかりは曼荼羅ですけれど、僕の表現としては『おおかみこどもの雨と雪』でやったことの続きのように思っているんです。どちらかと言うと、お祭りを作っていくような感覚で取り組めたらと思っています。

―ちなみに、今回CINRA.STOREで販売するiPhoneケースもデザインしていただきましたが、こちらのデザインはまるで子供が描いた絵のようなイメージですよね。

高木正勝 iPhoneケース『おかえり』
高木正勝 iPhoneケース『おかえり』

高木:実はこれは僕自身が5歳の頃に描いた絵なんです。自分で見ても、伸び伸びした絵を描いている。人生で一番筆が乗っていた時期ですね(笑)。今は、この続きになるような表現をしたいと思っています。子どもの頃の絵って、色を並べただけで満足しているようなところがある。でも、ある時期から「絵とはこういうものなんです」と、正解を教えられて、その中で評価を追うようになってしまうじゃないですか。子供の頃に最高だと思って描いたり、聴いていたような作品の続きをやれるんだったら、まだまだ沢山やれることがあるんじゃないかと思っています。

イベント情報
『おおかみこどもの雨と雪』

2012年7月21日(土)より全国東宝系にて公開中
監督・脚本・原作:細田守
脚本:奥寺佐渡子
音楽:高木正勝
主題歌:アン・サリー 高木正勝“おかあさんの唄”
キャラクターデザイン:貞本義行
声の出演:
宮崎あおい
大沢たかお
黒木華
西井幸人
大野百花
加部亜門
林原めぐみ
中村正
大木民夫
片岡富枝
平岡拓真
染谷将太
谷村美月
麻生久美子
菅原文太
配給:東宝

リリース情報
高木正勝
『映画「おおかみこどもの雨と雪」オリジナル・サウンドトラック』

2012年7月18日発売
価格:2,500円(税込)
VPCG-84928

1. 産声
2. めぐり
3. 陽だまりの守唄
4. ほしぼしのはら
5. そらつつみ
6. 莟
7. ねね
8. あたらしい朝
9. オヨステ・アイナ
10. がさぶらたあた
11. たねめみ
12. きときと - 四本足の踊り
13. ひふみのまじない
14. 太陽をもった日
15. すべての暖かいみち
16. 秘糸
17. あなたが編む世界
18. やわらかいまなざし
19. 少年と山
20. あめつちひといぬ
21. あなたはわたしの美しいうた
22. 虹のたてがみ
23. 雨上がりの家
24. おかあさんの唄

高木正勝
iPhoneケース『たいふうりょこう』

価格:3,675円(税込)
高木正勝の貴重な子供時代の作品がデザインされたiPhoneケースが3種類登場。

高木正勝
iPhoneケース『かきとり』

価格:3,675円(税込)
高木正勝の貴重な子供時代の作品がデザインされたiPhoneケースが3種類登場。

高木正勝
『primo:01』

価格:37,800円(税込)
高木正勝の世界観が、身近なお気に入りに

プロフィール
高木正勝

1979年生まれ、京都府在住。音楽家/映像作家。普遍的で深遠な要素を持ちつつ、カラフルでPOPな映像と、自ら作曲する音楽を融合させた作品により注目を集めるアーティスト。2009年のNewsweek日本版で、「世界が尊敬する日本人100人」の1人に選ばれている。国内外のレーベルからCD/DVDをリリースするだけでなく、アニエスベーとのコラボレーションによる作品制作、東京都現代美術館でのビデオ・インスタレーションなど、アート、音楽、クラブ、ファッションといった表現の境界線を軽々と超える活動を展開している。

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