新しい「ルパン三世」山本沙代監督インタビュー

2012年、4月深夜。仕事から帰り、ビールを飲みながらぼんやりテレビを眺めていた僕は殴られるような衝撃を受けた。盗みと快楽を肯定する背徳的な詩を朗読するハスキーな女性の声、反復するチェロの音色。耽美的な筆致で知られるオーブリー・ビアズリーや宇野亜喜良の絵がそのまま動き出したようなエロティックな映像。それらが突然テレビから溢れ出たのだ。アニメである。けれども、最近流行のどんなアニメにも似ていない。それが『LUPIN the Third 〜峰不二子という女〜』だった。

誰もが知る『ルパン三世』シリーズの27年ぶりのテレビシリーズとして生まれた同作は、紛れもなくルパン三世だが、同時に圧倒的なオリジナリティーを備えていた。峰不二子を軸に据え、1960〜70年代によせた舞台設定は、原作が持っていたエロティックでアダルトで出鱈目な世界観を現代に甦らせることに成功した。菊地成孔が音楽を担当したことでも話題を呼んだ同作は、今年度『第16回文化庁メディア芸術祭』でアニメーション部門新人賞を受賞した。今回、原作のモンキー・パンチと共に同賞を受賞した監督の山本沙代にインタビューする機会を得た。人気作の看板に依存することなく、新たなルパン三世の世界を具現化してみせた彼女に、作品にかけた想いを訊いた。

これまでのシリーズを全部無視しても構わないと言われました。

―『第16回文化庁メディア芸術祭』アニメーション部門新人賞受賞、おめでとうございます。

山本:ありがとうございます。『LUPIN the Third 〜峰不二子という女〜』(以下、『不二子』)は、反社会的な内容の作品でもあったので、まさか文化庁が評価してくださるとは思ってもみなくて、嬉しい反面ちょっと驚いています。

―周囲の方の反応はいかがでしたか?

山本:賞に関してはアニメ制作関係の方から、たまにお祝いの言葉をいただきますが、基本的にはあまり知られていないようです(笑)。放映中は普段アニメを見ない人から感想をもらえることが多くて嬉しかったです。デザインやっている子とか、OLやっている子とか。やっぱりルパン三世はアニメファンだけじゃなくて、いろんな人が見ているんだなって実感しました。

『第16回文化庁メディア芸術祭』アニメーション部門新人賞『LUPIN the Third 〜峰不二子という女〜』モンキー・パンチ / 山本沙代 原作:モンキー・パンチ ©TMS ©モンキー・パンチ/TMS・NTV
『第16回文化庁メディア芸術祭』アニメーション部門新人賞
『LUPIN the Third 〜峰不二子という女〜』モンキー・パンチ / 山本沙代
原作:モンキー・パンチ ©TMS ©モンキー・パンチ/TMS・NTV

―そもそも、どんな経緯で『不二子』を監督することになったのでしょう。ルパン三世の新作は、これまでにも劇場映画や金曜ロードショーのテレビスペシャルではありましたが、毎週放送のテレビシリーズというと1985年に終了した『ルパン三世 PARTIII』以来、じつに27年ぶりです。主人公が峰不二子というのも驚きました。

山本:制作を担当されたトムス・エンタテインメントのプロデューサーが私の前作『ミチコとハッチン』(以下、『ミチコ』)を見てくださったのがきっかけですね。新しいルパン三世を作りませんか、と声をかけていただいて。

―『ミチコ』も女2人が主人公のロードムービー的な作品でしたが、最初から峰不二子を軸にしてほしい、というオファーだったんですか?

山本:ではなくて、本当にゼロからのスタートです。「これまでのシリーズを全部無視しても構わない、ルパン三世を新しくしたい」と最初に言われました。制約がないならちょっと考えてみたいなと思って、それで出てきたのが峰不二子を主人公にして、ルパンたちが出会う前の物語を描く、という案です。

原作:モンキー・パンチ ©TMS ©モンキー・パンチ/TMS・NTV
原作:モンキー・パンチ ©TMS ©モンキー・パンチ/TMS・NTV

―そのアイデアは最初からすんなり決まったんですか?

山本:そうですね。自分がルパン三世をやるなら峰不二子を中心に描きたいなって。ルパンが主役の話だとしたら、他の方が作ったほうがいいと思いましたし。でも肝に銘じていたのは「新しいけれど絶対にルパン三世である」ということです。ルパンシリーズに思い入れを持つ人はたくさんいらっしゃいますから。

本当に出来るのか、トライ&エラーの連続だった。

―それでこれまで描かれることのなかった、青年期の峰不二子やルパンのストーリーを描くことになったんですね。制作作業はいかがでしたか。

山本:自分の至らなさを痛感する毎日でした……。やる前は「面白そう!」なんて調子良く思ってたんですけど、いざ始まってみると「わー、もう分かんないー!」ということの連続で。

―分からない、というのは例えば。

山本:自分の頭のなかにある理想のビジョンをスタッフに伝えるのも監督の仕事の1つだと思うのですが、それをなかなか上手く伝えられなくて……スタッフと手さぐり状態で制作していきました。特に『不二子』はかなり変わったキャラクター描写や美術に挑戦したので、最終形に至るまでかなり試行錯誤しています。

原作:モンキー・パンチ ©TMS ©モンキー・パンチ/TMS・NTV
原作:モンキー・パンチ ©TMS ©モンキー・パンチ/TMS・NTV

―19世紀末のイギリスで活躍した画家のオーブリー・ビアズリーや、1960〜70年代のサイケデリックカルチャーを思わせる美術は、放送を見た時、本当に衝撃的でした。

山本:ありがとうございます。時代の空気感を出すことが重要だと考えていたので、その辺の美術をかなり参考にしています。あとは原作のモンキー・パンチ先生の荒々しい線が本当に格好良いので、そのイメージをそのままフィルムにするにはどうしたらいいのか……キャラクターの描写に関してはトライ&エラーの連続でした。特に手描き感を強調したラインや影に付けるタッチはかなり特殊だったので、試作もたくさんしましたね。

原作:モンキー・パンチ ©TMS ©モンキー・パンチ/TMS・NTV
原作:モンキー・パンチ ©TMS ©モンキー・パンチ/TMS・NTV

―あえて手描きっぽく作るというのは、若いアニメーターにとって新鮮な体験だったのではないでしょうか。アニメの現場もデジタル技術が全盛ですよね。

山本:私がアニメ制作にかかわるようになった10年前はまだセル画が残っていましたけど、当時から均一できれいな線が正しいと言われていました。大勢の動画マンが作業しても画面に違和感が出ないよう均一な線が良しとされるんです。だから、『不二子』みたいな絵作りを目指すと大変です。

―ルパン三世というビッグブランドを背負いつつ、同時に新しいことにも挑戦していく。さらに監督として大勢のスタッフに指示を出していくというのは、本当に勇気のいることだと思うのですが、そこは覚悟を決めて?

山本:そうですね。意見がふらふらしていると、何をしたらいいのか誰も分からなくなってしまうので。でも、間違いなく良い作品になるという自信もあったんです。その1つが小池健さん(『REDLINE』の監督・キャラクターデザインなどを担当)のキャラクターデザイン。小池さんの描くルパン三世なら間違いなく自分のイメージを超えた新鮮なキャラクターになるだろうと確信していました。

原作:モンキー・パンチ ©TMS ©モンキー・パンチ/TMS・NTV
原作:モンキー・パンチ ©TMS ©モンキー・パンチ/TMS・NTV

―小池さんというと、日本人離れした切れ味の鋭い描写が特徴の凄腕アニメーターですよね。主に劇場アニメで作品を発表されてきた方で、超ハイクオリティーな絵作りで知られています。毎週、放送に間に合うんだろうかとハラハラして見てました。

山本:オリジナルな絵にしたいけど、同時に誰でも描けないといけないというのが課題でした。小池さんも作業が円滑に進むよう、かなり細かいキャラクター表を作ってくださいました。第1話は小池さんが作画監督を担当してくださったんですが、それはもう本当にすごい修正の量で……第1話はその後の作業の参考になっていくものなので本当にありがたかったです。

―修正の分量でこだわりが分かる(笑)。

山本:普段だと、小池さんは動きからタイムシートまで、全部自分で手を入れる方なのですが、『不二子』ではそこは演出家に一任していただいて。小池さんには、絵を直すということに注力してくださったんです。

今作では、もう盗みたいものは全部盗みきったと思い込んでいる「青い諦め」に満ちた若造としてのルパンを設定しました。

―お話を伺っていると、アニメの制作がいかにスタッフワークであるかが分かります。もうひとつ重要な役割をなさっているのが、シリーズ構成と脚本を担当された岡田麿里さんだと思います。岡田さんとは面識があったんですか?

山本:今回が最初です。いつかご一緒したいと思っていたのですが、毎回ニアミスで終わっていて。制作サイド的に「こいつら2人が組むとやばい」って思われてたみたいで(笑)。

―なるほど(笑)。岡田麿里さんというと、『とらドラ!』や『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』を担当されて、人間関係の描写が非常に巧みな脚本家ですよね。特に女性同士のやりとりのリアリティーに定評がある方なので……ちょっと分かります。

山本:アニメ業界には、監督と脚本家は同性同士じゃないほうがいい、という考えの方が多いんですよ。違う感性を入れたほうが、作品が広く受け入れられるようになるっていう。でも、今回は私が監督に決まる前に制作の方が先に麿里さんに声をかけてくださっていて、「やった!」と。もう絶対麿里さんと一緒にやるんだ、って(笑)。

原作:モンキー・パンチ ©TMS ©モンキー・パンチ/TMS・NTV
原作:モンキー・パンチ ©TMS ©モンキー・パンチ/TMS・NTV

―峰不二子の描写は岡田さんの意向も大きかったんでしょうか? 『不二子』全体のテーマだった「ありえたかもしれないifの自分」とか。

山本:そうですね。麿里さんは、峰不二子は「負けるキャラクター」であり「心の中に空っぽな部分を抱えた女」だと話していました。

―逆に、山本さんはどんな峰不二子像を描こうと?

山本:趣味はセックス遊び、クレイジーでクールな刹那主義者。自身のことを把握しきれていない無防備で危うげな女……。完成されたミステリアスな峰不二子ではなく、若くて未完成な峰不二子にしたいと思いました。ルパンに関しても若返りが絶対条件でしたので……。

―若い頃のルパン、気になりますね。

山本:今作では不良で洒落もの……もう盗みたいものは全部盗みきってしまったと思い込んでいる「青い諦め」に満ちた若造としてのルパンを設定しました。

原作:モンキー・パンチ ©TMS ©モンキー・パンチ/TMS・NTV
原作:モンキー・パンチ ©TMS ©モンキー・パンチ/TMS・NTV

―最終回直前って、今までのルパン三世で見たことないくらいに峰不二子が動揺していますよね。物語の真実を知って、少女のようにおびえるというか。

山本:あのあたりは、少女っぽいというよりも少女そのものになっているんです。峰不二子は自分の人格を失ってアイシャ自身になってしまっている。

―「こんなに弱々しく峰不二子を描いていいの!?」と驚きました。そのぶん最終話での、すべての謎が解けた後のからっとした転換が気持ち良くて。それまでの鬱屈をすべてぶち破って、峰不二子が女性であること、自由であることを圧倒的に謳歌している。でも登場人物の視点を変えてみると、けっこうヒドイ状況でもある。このギャップがありすぎて、これはすごい作品だなと思いました。

若い子たちのセンスを面白いと思うか、未熟と思うかは監督次第ですから。

―ところで、今アニメの現場で働いている女性ってどのくらいいらっしゃるんでしょう。『けいおん!』の監督をされた山田尚子さんもすごい人気ですよね。

山本:最近はいっぱいいますよ。アニメーターも演出も多いですし、そこから監督になっていく人ももちろんいます。

―制作の現場に女性が多くなると、アニメ作品全体の傾向もちょっとずつ変わっていくんじゃないでしょうか。

山本:画的には、すでに変わってきていると思います。女性的なものが求められる機会も増えましたし……。あと若い人はセンスがいいし、技術的にはまだ未熟でも、絵自体が上手い子がすごく多いです。これまでのアニメのイメージじゃないものをすっと出してきてくれますね。

原作:モンキー・パンチ ©TMS ©モンキー・パンチ/TMS・NTV
原作:モンキー・パンチ ©TMS ©モンキー・パンチ/TMS・NTV

―そういう若い人たちが主力になっていけば、5年後とか10年後のアニメがどうなっていくのか楽しみですね。

山本:才能のある若い人たちをうまく使える腕のある監督がいれば、きっと今すぐ変わりますよ。若い子たちのセンスを面白いと思うか、未熟と思うかは監督次第ですから。

―なるほど。でも、作る側から見ると、アニメ業界って仕事が過酷なうえに賃金も安いって言いますよね。この世界に入られる時に躊躇はなかったんですか?

山本:いやあ……。根拠はまったくないのに、できそうな気がしたんですよね(笑)。なんでそう思ったのか分からないんですけど「アニメで金持ち!」って思ってたんですよ。なんか、ハマショー的な気持ちで……。

―ハマショーって、浜田省吾ですか?

山本:そうです。“MONEY”って曲があるじゃないですか。<Money Money changes everything いつかこの手につかむぜ BIG MONEY>っていうイメージ。でも、会社に入った時に自己紹介で将来の夢を書いてほしいと言われて、そこに「アニメで金持ち!」って、でっかく書いたら、先輩たちに「金を儲けたいなんて、君はバカか!」「アニメを金儲けの道具にするなんてけしからん!」って怒られたんですよ(笑)。えっ、アニメってこんなことで怒られてしまうようなイライラした世界なのか、怖いな、って思って。

原作:モンキー・パンチ ©TMS ©モンキー・パンチ/TMS・NTV
原作:モンキー・パンチ ©TMS ©モンキー・パンチ/TMS・NTV

―(笑)。後悔はなかったですか?

山本:いや最初はもうほんとつらかったです。家に帰れないし、制作進行だから作品作りには参加できないし、スケジュール管理も全然得意じゃないし……車の運転なんてもっと得意じゃない。とにかく私が苦手なことばかり詰まった仕事だったんです。周りの方にどれだけご迷惑をおかけしたことか……今思い出しても本当に申し訳ないですね。

―それに耐えて今の山本さんがあると(笑)。最後になりますが、次の作品はどのようなものを構想中でしょうか。『不二子』のような作品なのか、それともまったく違うものですか?

山本:ありますけど、まだ秘密です(笑)。やりたいと思っているものはいくつかあって。自分のなかではつながっているけれど、人から見たらガラっと変わって見えるかもしれない、という感じです。あとは、『不二子』でお世話になった人の作品のお手伝いがひたすら続いていますね。それも楽しい仕事で、やり甲斐があります。

―なるほど。山本さんの新作、ものすごく楽しみにしています。

山本:がんばります。

イベント情報
『第16回 文化庁メディア芸術祭 受賞作品展』

メイン会場
2013年2月13日(水)〜2月24日(日)
会場:東京都 六本木 国立新美術館
時間:10:00〜18:00(金曜は20:00まで)※入場は閉館の30分前まで
休館日:2月19日(火)
内容:展示、受賞者プレゼンテーション、シンポジウム、ワークショップ、デモンストレーション、ガイドツアー

サテライト会場1
会場:東京都 六本木 東京ミッドタウン
内容:受賞者プレゼンテーション、アート部門大賞『Pendulum Choir』パフォーマンス公演
※各イベントのスケジュールはウェブサイト参照

サテライト会場2
会場:東京都 六本木 シネマート六本木
内容:上映会、マンガライブラリー
※上映会(山本監督も含め、受賞者等が出演するトークイベントも開催)のスケジュールはウェブサイト参照
※マンガライブラリーは2013年2月13日(水)〜2月24日(日)10:00〜19:00(2月19日は休み)

サテライト会場3
2013年2月19日(火)18:00〜22:00
会場:東京都 六本木 スーパー・デラックス
内容:ラウンジトーク&ライブパフォーマンス
※一部のイベントは事前申込制。詳細はウェブサイト参照

料金:全会場入場無料

プロフィール
山本沙代

1977年生まれ。アニメ監督・演出家。マッドハウスを経て現在はフリー。代表作は、2008年に初監督を務めた『ミチコとハッチン』。渡辺信一郎監督の『サムライチャンプルー』で各話絵コンテ・演出。小池健監督の『ワールド・レコード』、長編劇場作品『REDLINE』では絵コンテ協力・バックグラウンド原案等を担当。



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