本物の歌は、人を魅了する 長谷川健一インタビュー

豊潤な音楽シーンが存在する京都の中で、決して派手ではないが、ひっそりと愛され続けてきたシンガーソングライター、長谷川健一(彼を知る人は、親しみを込めて「ハセケン」と呼ぶ)。2010年、満を持してのファーストフルアルバム『震える牙、震える水』を発表すると、かねてより親交のあった山本精一はもちろん、アジカンのゴッチも「昨年のツアー中にもっとも聴いたCD」として紹介するなど、異例の注目を集めた。では、なぜハセケンの歌はこんなにも愛されるのか? それは、彼の音楽から感じられる「人間らしさ」ゆえではないだろうか。尾崎豊やジェフ・バックリィの影響で若くして歌い始めるも、一時期はフリージャズや即興といったエクスぺリメンタルな音楽にも熱中して、自らの進む道を大いに模索。30歳を過ぎてから遂に本腰を入れた活動を開始するも、今も大人と子供の間で揺れ続ける心情を歌う、そんなハセケンの人間らしいねじれ具合が、彼の音楽を特別なものにしているように思うのだ。ジム・オルークをプロデューサーに迎えた新作『423』(このタイトルはスフィンクスのなぞなぞから採られ、つまりは「人間」を表している)は、そんなハセケンの魅力に、ジムの多彩な音楽的引き出しが組み合わさった傑作。「商品を作ってるわけではない」という言葉が、こんなにも似合うミュージシャンは他にいない。

音楽なんてどっかで踏ん切らないとできないことですし、「いっそのこと(会社を)辞めてみるか」と。まあ、転職みたいな感じです。

―『震える牙、震える水』を出す前年の2009年にお仕事を辞められて、それから東京でも定期的にライブをするようになったとお伺いしたのですが、それは音楽に本腰を入れるための決断だったのですか?

長谷川:いろんなことが重なったんですけど、元々は山本精一さんにP-VINEの方を紹介していただいて、「CDを出しましょう」っていう話をしていたんですね。でも、実際に会うタイミングもないまま、1年ぐらい経ってしまって。「これは会社を辞めて、こっちから言いに行かないと話が進まないぞ」って思ったんです。あとは、「会社を辞めよう」と思ったタイミングで、東京でライブを企画してくれた子がいたんですけど、それが僕と石橋英子さんと(山本)達久くんが出るライブで、「ハセケンさんの曲を3人で演奏してください」っていう依頼だったんです。

長谷川健一
長谷川健一

―後に『震える牙、震える水』と『423』の両方に参加することになるメンバーですね。

長谷川:会社を辞めた翌月にそのライブがあって。僕は二人と会うのはその日が初めてだったんですけど、「CDを作るんだったら、一緒に録音しましょう」って話になって、そこからポンポンポンとリリースに向けて進んで行ったんです。そういう風に、上手いこと会社を辞めるタイミングとメンバーに出会うタイミングが重なって。

―でも、年齢的にも30歳を過ぎて、会社を辞めるっていうのは勇気の要る決断ではありますよね。

長谷川:そうですね……。でも、音楽なんてどっかで踏ん切らないとできないことですし、地方の人からしたら、やっぱり東京なんですよ。仕事はサービス業だったので、平日しか休みが取れなくて、京都でライブをするときも、リハーサルなしでやってるような状況に不満があったので、「いっそのこと辞めてみるか」と。まあ、転職みたいな感じです。「違う仕事をメインにしよう」みたいなノリではありましたね。

「いいものを作ってたら、誰かが見つけてくれる」って言いますけど、そんなことないんですよ。

―京都には独自の音楽シーンがあるじゃないですか? その中で、東京にも頻繁に出る人、京都メインで活動する人、いろんな人がいるかと思うんですけど、そういう周りの人を参考にした部分はありましたか?

長谷川:僕は正直そういうシーンにはあんまり関わってないんですよね。仕事をしてたから、ライブハウスも全然行ってなかったし、他のミュージシャンの状況とかも全然知らなくて。変な話、今僕のことを東京に住んでると思ってる人もいますしね(笑)。一緒にやってるのも京都の人じゃないですし、京都のイメージがあるようでないような人なのかなって。

長谷川健一

―確かに、そういう意味ではちょっと特殊な立ち位置なのかもしれないですね。ただ、そうやって環境を変えて、アルバムをリリースした結果、アジカンのイベントや『フジロック』にも出演することになって、手応えはあったんじゃないですか?

長谷川:まあでも、「ラッキーだったな」ぐらいにしか思ってないですけどね(笑)。アジカンのゴッチさんとかも、全然面識なくて、突然ブログにアルバムのことを書いてもらったのが始まりだったんで、ホントに運が良かったなって。

―でも、自分が信じてやってきたことが届いたっていう喜びはあったわけですよね?

長谷川:自分の音楽を作るっていうことに関しては、会社に行ってても、辞めた後でも、怠けたりさぼったりしたことはないですね。ただ、「いいものを作ってたら、誰かが見つけてくれる」って言いますけど、そんなことないんですよ。作るプロがいたら、宣伝するプロがいるわけじゃないですか? いいものを作ってても、発掘されずに終わる人って絶対いるから、どっかで運が作用しないとダメだと思うし、そこでいい気になっちゃうと、足元掬われるんじゃないかと思って(笑)。

―すごく冷静に現状を見ていらっしゃるんですね。

長谷川:音楽を始めて15〜16年になりますけど、始めてすぐにパッとCDが出たり、自分を取り巻く状況が変わったりってことにならなくて良かったと思います。一通りいろいろやって、会社勤めもできた。30歳も過ぎると、慎重にもなりますしね。

衣食住を差し置いても聴きたいなって思うような歌が歌えればいいけど、それは不可能だから、そこを目指してる過程で曲がたくさんできればいい。

―若い頃は成功を思い描いたりもしていましたか?

長谷川:昔はデモテープを作って、いっぱいオーディションとかに送ってました。夢があったんでしょうね(笑)。メジャーデビューとか全然わかんないけど、楽しそうだなって。そこでバーンとは行かなかったけど、昔作った歌を今「いい」って言ってもらえたりするんですよね。前のアルバムの“夜明け前”って歌は、アジカンのコンピにも入ったんですけど、すんごい古い曲なんです。そういう曲が昔より多くの人に聴いてもらえるようになったってことを思うと、自分のやってきたことは間違いじゃなかったというか、自信を持っていいんだなって思えるようにはなりましたね。

―音楽をやる芯の部分は変わってないということでしょうね。

長谷川:あんまり変わってないですね。技術的な部分や、声質は変わってると思うんですけど、自分で美しいと思うメロディーを書いて、歌詞をつけて、歌うっていう部分は、始めたときと同じです。最初はジェフ・バックリィに憧れて、自分で歌おうと思ったんですけど、あの人は一人の表現力が恐ろしく高いと思うんで、それは最初から念頭に置いて始めてます。今カバーもよくやるんですけど、ジェフ・バックリィも人の歌をよく歌ってて、それが自分の歌になってるんですよね。ああいう歌との付き合い方、歌に対しての考え方っていうのは、昔から変わらないですね。

―2011年に震災があって、多くのミュージシャンが自分の音楽を見つめ直したと思うんですね。ハセケンさんの場合は、何か発見したことや、再確認したことがありましたか?

長谷川:極端な話、音楽っていうのは役に立たないですよね。人間やっぱり最初は衣食住じゃないですか? 衣食住を差し置いても聴きたいなって思うような歌が歌えればいいけど、それは不可能だから、そこを目指してる過程で曲がたくさんできればいいかなって思ってやってます。

―歌には具体的なメッセージを込めてるわけではないんですよね?

長谷川:歌にすごく明確なメッセージがあると、僕は聴いててしんどくて。あと、生活感がすごく出てたり、「携帯電話」とかの固有名詞が出てきたりするのも、繰り返し聴きたいとは思わない。やっぱりどこかしらに余白がないと、聴いた人が入り込めないと思うので、聴いた人の数だけ解釈があるようなものが面白いと思いますね。今ってテレビにしても音楽にしても、想像力を使わなかったり、考える必要のない表現って多いじゃないですか? そういうのはあんまり面白いと思わないので。

―何でも変に丁寧だったりしますよね。

長谷川:テレビを観てても字幕が多いですよね。あれって「ここを楽しんでね」ってことじゃないですか? 「そんなん好きにさせてよ」って思う(笑)。

―ちょっと話がずれるかもしれませんが、ロックフェスとかのお客さんの画一的なノリとかも、そのあたりが原因になってる気がします。

長谷川:僕はフリージャズとかインプロを熱心に聴いてた時期があるので、まさに対極の世界じゃないですか? 好きな人は一人で勝手にのってるみたいな、ああいう世界も好きだったので、歌っててもそっちの感覚を引きずってる感じはありますね。

一時期ギターの弦2本だけでライブをしてたんです(笑)。

―フリージャズやインプロを熱心に聴かれていたハセケンさんからすれば、新作のプロデューサーであるジム・オルークは、以前から一緒にやってみたかった人の一人なんじゃないですか?

長谷川:昔から好きでよく聴いてたんですけど、実は前回のアルバムのときもジムさんにプロデュースして欲しくて、本人にCD-Rを渡しにライブハウスまで行ったことがあるんです。でも、そのとき人がめちゃめちゃ多くて、そんな状況じゃなかったから帰っちゃって……。でも、英子さんが「次はちゃんとアレンジをする人を決めてやった方がいいんじゃない?」って言ってくれて、「じゃあ、お願いしてみましょう」と。

―前作は即興の要素が強い作品でしたが、本作はそのいい部分を残しつつ、1曲1曲の完成度がすごく上がってますよね。

長谷川:「アレンジってこんなに曲を変えるんだ」って思いました。特に、“海のうた”にはストリングスが入ってるんですけど、バイオリンが14本ぐらい重なってるんですね。ジムさんが2〜3時間一人で籠ってスコアを書いて、1本ずつ重ねるのを聴いてたんですけど、1本ずつだとあんまりわかんないじゃないですか? でも、全部録り終えたのを聴いたら、オーケストラみたいになってて、自分で自分の曲にすごく感動しちゃって(笑)。「全然違う曲になったけど、でも自分の曲だ」っていう、すごく不思議な感動があって、やってもらって良かったし、勉強になりました。

―ご自身でアレンジをされていた時期もあったんですか?

長谷川:昔宅録をしていたときは、バンドサウンドを一人で作ってたんで、そのときはアレンジ的なことをやっていました。

―バンドサウンドに惹かれていた時期もあるんですね。

長谷川:というより、ギター1本でやる自信がなかったから、いろいろ装飾して聴きやすいものにしてたんですね。でも、ライブの場数を踏んで、一人でやる方がだんだん面白くなっていって、多重録音をやめたんです。音を重ねても、あんまり良くはならない音楽性かなって思ったんですよね。きっちりアレンジをするなら別なんですけど、中途半端にギターをもう1本重ねたり、パーカッションを入れてみたりしても、たいして良くならないだろうなって。

―やっぱりインプロとかを聴かれてた分、普通のシンガーソングライターの人に比べて、演奏に対するハードルが高いんでしょうね。ただの「歌と伴奏」じゃない、「その音を鳴らすことに何の意味があるのか?」って、そこまで考えるような視点が身についていたんじゃないでしょうか?

長谷川:それはまさにそうだと思います。即興演奏って、ハーモニーもなければ言葉もなかったりするし、メロディーがないようなものもあって、出した1音がきれいかどうかみたいな世界じゃないですか? そういう音楽を聴いてると、変なことを考えるようになってきて、例えば、ギターって弦が6本ありますけど、6本鳴らさなくていいところで6本鳴らしちゃうと、音が汚いんですよね。なので、一時期ギターの弦2本だけでライブをしてたんです(笑)。

―え? 5、6弦(低音域)だけとかですか?

長谷川:そう、5、6弦だけ張れば、そこにボーカルも入るから、一応和音はできる。その上で聴くに耐えうるメロディーを書けてるのか? っていうことを試そうと思って。しばらくやってたんですけど、あまりに表現としてストイック過ぎて、面白くなくて(笑)。

―ギリギリ成り立ってはいたけど……。

長谷川:それを証明して何になるって話で(笑)。ただその後、弦を6本張ったときに、ベースがこれで、それ以外の弦はどれを弾くのがいいのかってことがはっきり分かるようになったんですよね。普通の弾き語りの人と違うのは、そういうことかなって。

―その発想はなかなか出てこないでしょうね(笑)。

長谷川:どうかしてたんですよ、あのときは(笑)。

―いくつぐらいの話ですか?

長谷川:23〜24歳頃ですね。即興やフリージャズを聴いてると、哲学なんかと被ってくるじゃないですか? ライナーノーツを読むと、間章とかが難しい文章を書いてて、そういうのを読んでると、だんだん頭でっかちになってくるんですよね(笑)。それで、1回極端なことをやると、あとは何をやっても大丈夫になるんです。

人間なんで、いつまでも子供みたいな部分も持ってるじゃないですか? その狭間にいつまでもいるような気がするんです。

―ハセケンさんはブラックミュージックもお好きですよね? ジャンル的な話で言えば、ブラックミュージック的な要素が入ってるわけではないと思うんですけど、ファルセットの使い方だったり、あとは全体的なムードという意味では、そういった要素が作品からにじみ出てるのが面白いと感じました。

長谷川:それは嬉しいですね。マックスウェルとか大好きなんで。確かにああいう変にアーバンというか……。かっこつけたようなね(笑)。シャーデーなんかも好きなので。

―そういう部分を意識して取り入れてるわけではないんですよね?

長谷川:ダイレクトにアウトプットするようなことはしてないんですけど……。もしかしたらグルーヴなんですかね。ブラックミュージックの弾き語りの人って、独特のノリがあると思うんです。日本人のベタッとした感じじゃないというか。ブラックミュージックをすごく聴いてる弾き語りの人ってあんまり知らないんですけど、七尾旅人さんはそうだって言ってましたね。

―ああ、確かに。

長谷川:そういう人って、クリックで決まったようなリズムの音楽じゃなくて、生理的なというか、自然な、人間らしいリズムを持ってる。

―「黒人のノリは違うよね」みたいなことですよね。フロウしてるっていう。

長谷川:日本人があれをそのままやるのは無理だと思うんですけど、でも日本人なりの自然さというか、訛りがあるんじゃないかなって。

―クリックで決められたリズムじゃなくてもいいっていうことで言えば、即興演奏ともつながってきますよね。あれはまさに、体の自然なリズムであり、グルーヴですもんね。

長谷川:今回のレコーディングで、ジムさんに「演奏が呼吸をしてない」みたいなことを言われたんですね。最初は何を指摘されてるのかよくわからなかったんですけど、「クリックで決めたような正確なリズムで演奏しようとすることがよくないのかな」って自分なりに思ってやってみたら、「それでいい」って言われたので、たぶんそういうことだったと思うんです。弾き語りだと自分のバイオリズムで演奏するけど、バンドだとどうしても合わせようとしちゃって、「正確じゃないと」って頭になっちゃうから、そういうところに陥ってたのかなって。

―「その人がそのまま出てる」っていうことが重要だったんでしょうね。

長谷川:商品を作ってるわけではないですからね。録った後に波形を直していくみたいな世界もあるのかもしれないけど……。でもそうじゃないものを作ってるので、ノリが出てればそれで良かったりするし。

―「人間らしさ」っていう部分は、ハセケンさんの音楽の大きな魅力だと思います。歌詞の世界観の根底には「若さの眩しさと脆さ」みたいな部分があると思うんですけど、そこもやっぱりすごく人間らしくて、強く惹かれる部分です。

長谷川:僕は今36歳で、子供がいるんですけど、子供が生まれると、別の視点を獲得するんですね。これまでの「対世界」っていう視点に加えて、「対子供」っていう視点ができて、子供からすれば、僕自身が大きな世界なのかもしれないとか思うと、子供じゃいられない立場ではある。でも人間なんで、いつまでも子供みたいな部分も持ってるじゃないですか? その狭間にいつまでもいるような気がするんです。ポンッと「明日から大人です」って言われても、なかなかそうはいかないから、その辺の揺れみたいなものを、いつまでもテーマにしてるんだろうなって思うんですよね。

リリース情報
長谷川健一
『423』(CD)

2013年3月6日発売
価格:2,625円(税込)
bud music, inc. / P-VINE, Inc / PCD-25155

1. あなたの街
2. 白い旗
3. ふるさと
4. 星の光
5. 新しい一日
6. 体温
7. 子どものくに
8. 砂の花
9. 海のうた
10. 423

プロフィール
長谷川健一

1976年京都生まれ。2007年、ミニアルバム『凍る炎』『星霜』をmap/comparenotesより2枚同時リリース。2010年、1stフルアルバム『震える牙、震える水』をP-VINERECORDSよりリリース。2011年、「ASIAN KUNG-FU GENERATION presents NANO-MUGEN COMPILATION2011」に参加。「FUJI ROCK FESTIVAL2011」、「SWEET LOVE SHOWER 2011」にも出演。歌が純粋に歌として響くことの力強い説得力、繊細な光が震えながら降り注ぐような、誰にも真似できない表現。優しくも切ない叫びは、聞くもの を深遠な世界へと誘い続け、京都が産んだ孤高の天才シンガーソングライターとして、多くのファンやアーティストから高い評価を得ている。2013年3月6日、ジム・オルークプロデュースによる待望の2ndフルアルバム『423』をリリースする。



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