鏡よ鏡、滑稽なのはだあれ? 吉澤嘉代子インタビュー

「鏡よ鏡、世界で一番美しいのはだあれ?」。王妃が問いかけると、魔法の鏡はこう答えた。「それは白雪姫です」。嫉妬に狂った王妃は魔女に扮して白雪姫に毒リンゴを食べさせるも、最終的に白雪姫は王子様と結ばれ、王妃はひどい結末を迎える……。「魔女」や「鏡」がキーワードになった吉澤嘉代子の取材を終えて、僕は誰もが知っている『白雪姫』のストーリーを思い出した。周りとコミュニケーションをとるのが苦手で、「魔女になりたい」と修行に励んだ少女は、運命的な音楽との出会いをきっかけに、自らも音楽を作ることを志す。

コンテストでのグランプリ受賞から、デビューに至るまでの3年間が凝縮されたミニアルバム『魔女図鑑』には、どこかレトロな雰囲気と、可愛らしさ、さらには女子ならではの妄想力をたっぷり含んだ、実にユニークな6曲が収録されている。そして、吉澤は「聴いてくれる人が入れる隙間を残したい、曲に自分を投影してほしい」と繰り返し語ってくれた。そこで、だ。もしも王妃が魔法の鏡ではなく、吉澤の曲に自分を投影して、自らの滑稽さを受け入れることができていれば……。そうすれば『白雪姫』の結末は、もう少し違ったものになっていたかもしれない。我ながらずいぶん飛躍した妄想だとは思うのだが、こんな風にイマジネーションを喚起してくれるのも、彼女の音楽の大きな魅力なのだ。

5歳ぐらいのときに「もう5年も生きちゃったんだ」って思って。

―吉澤さんの楽曲はまず歌詞が独特だなって思いました。小さい頃から本を読むのがお好きだったそうですね?

吉澤:よく読んでいました。違う世界を味わえるというか、特に現実と妄想の狭間を行き来するような作品が好きでした。

―まさに、吉澤さんの歌詞もそういったものになっていますよね。どんな作家さんの本がお好きだったんですか?

吉澤:いしいしんじさんの本が好きで、“ぶらんこ乗り”っていう曲は、いしいさんの本からタイトルをつけました。あとは舞城王太郎さんとか、姫野カオルコさんとか。すごく客観視していながらも、「そこまで飛んじゃう?」っていう感じにグッと掴まれます。

―実際に、ご自身でも何か書いたりしていたんですか?

吉澤:小学生の頃から歌詞みたいなものは書いていました。文章にするのが好きだったというか、それによって自分を保ってるようなところがあって。あんまり上手くおしゃべりができる子どもじゃなくて、思ってることを言おうとすると、すぐに泣いちゃうような感じだったので……。「もっと上手く伝えたいのに」っていう気持ちがあったんだと思いますね。

吉澤嘉代子
吉澤嘉代子

―じゃあ、誰かに見せるために書いていたわけじゃなくて、書くことで気持ちを整理してたような感じ?

吉澤:そうですね。革のトランクがあったんですけど、そこに言葉をしたためたノートや紙切れを入れて、鍵をかけてました(笑)。小学校3年生から中学校1年生ぐらいまで、そういうことをしてたと思うんですけど、この間中を見てみたら、割りばしとかも入ってて(笑)。

子どもの頃に「言葉」を入れていた革のトランク
子どもの頃に「言葉」を入れていた革のトランク

―小さい頃って、自分の宝箱みたいの持ってましたよね。普通女の子はお人形さんとかを入れてると思うけど、それが吉澤さんの場合は「言葉」だったのかな。

吉澤:そうですね。宝箱ですね……宝カバン(笑)。

―(笑)。歌うことも好きだったんですか?

吉澤:はい、小さい頃から歌を作ったりもしてました。でも、小学校2年生ぐらいのときに、山崎まさよしさんの歌を自分で録音して聴いてみたら、すごく下手くそだったんです(笑)。

―初めて自分の声を客観的に聴いたときって落ち込むよね(笑)。

吉澤:自分のことを大人だって3歳ぐらいから思ってたから、「どうしてこんな子どもみたいな声なんだろう?」と思って(笑)。だからすごくショックで、「歌を歌う人にはなれないな」って、そのときは思いましたね。

―学校の音楽の授業は好きだったんですか?

吉澤:学校にはほとんど行ってなかったんです。幼稚園の頃から休みがちだったんですけど、小学校5年生ぐらいからまったく行かなくなって、中学校を卒業するまで行かなかったんです。その期間が自分と向き合う時間になったというか……なっていてほしいなって思うんですけど。当時は「自分はいつまで生きていられるんだろう?」って思っていて、年をとるのがものすごく怖かったです。

―何が原因だったんでしょうね?

吉澤:何ですかね……? 5歳ぐらいのときに「もう5年も生きちゃったんだ」って思ったし、10歳になるときも「もう二桁も生きてしまった」って。だから「いかに今の状態で留まることができるんだろう?」って考えてました。

―思春期特有の疎外感みたいなものって誰しも多かれ少なかれ感じると思うんですけど、吉澤さんの場合はそれともちょっと違う感覚かもしれないですね。

吉澤:自分が女性になっていく恐怖がすごくあったんですよね。ものすごく潔癖だったというか、自意識が過剰で。学校に行かないことに対しても、親に申し訳なかったし、すごくいろいろな気持ちがあったんですけど、でもどうしても行けなかったんですよね。

魔女修行をしていた子どもの頃っていうのは、自分の中ですごく許せない時代だったんです。

―ブログにも書かれてましたけど、その学校に行けなかった時期に「魔女になりたい」と思って、ほうきにまたがったり、一人で魔女修行をしていたそうですね?

吉澤:そうです。魔女の修業をすることも、本を読むことも、今の自分から別の自分になりたいっていう、変身願望だったんだと思います。

―どうして「魔女」だったんですかね?

吉澤:どうしてでしょうね……。魔女にさらわれる夢を見たことがあるんですけど、それがきっかけなのかどうなのか……。でも、何か自分にとって響くものがあったんでしょうね。

―「私は他の人とは違うんだ」みたいな感覚が常にあったんですか?

吉澤:そうだと思います。それに、こんな風に自分の部屋でうずくまってる自分は本当の自分じゃなくて、もっと特別な力を持った自分であってほしいっていう願望があったんだと思います。

―その時代を経て、高校からは学校に通い出したんですよね。

吉澤:そのときあるミュージシャンの音楽がものすごく好きになったんです。その人は私のことを知らないけど、私だけに歌いかけてきてくれているって信じてて、私も高校に行ったら、そういう音楽をやりたいと思ったんです。それで軽音楽部に入って、そこからすごく変わっていきました。

―その「あるミュージシャン」っていうのは?

吉澤:……サンボマスターだったんですけど(笑)。

―意外! あ、でも『サンボマスターは君に語りかける』ってアルバムがあったもんね。文字通り、「私に語りかけてくれてる」って思ったんだ。

吉澤:思いました。私の頭の中では、サンボマスターが恋人だったんです(笑)。

―(笑)。ただ、中学までは学校に行ってなかったわけだから、高校で軽音部に入っても、最初はコミュニケーションをとるのに苦労したんじゃないですか?

吉澤:そうですね。家に閉じこもっていた頃は、友達が連絡帳を持ってきてくれても押し入れに隠れてるぐらいだったので……。人と親密に関われないというか、約束が苦手で、「この日に一緒にここ行こうね」って言われると、それだけで「無理無理」ってなっちゃって……大丈夫ですか? こんな話ばっかりで(笑)。

吉澤嘉代子

―吉澤さんがどんな人かっていうのをわかってもらった上で音楽を聴いてもらったほうが、より伝わると思うから、大丈夫です(笑)。

吉澤:わかりました(笑)。なので、高校生になっても人とコミュニケーションをとるのはやっぱりすごく苦手で、バンドのときも自分だけ熱くなっちゃって、「ここをこうしたい!」って言っても、なかなか上手くいかなくて。それで、一人でやるようになって、オーディションを受けてみたら、今のディレクターと出会ったんです。

―それこそ、オーディションなんて多くの人の前で歌わなきゃいけないと思うんだけど、そういうのは大丈夫だったんですか?

吉澤:高校生の頃に「音楽で食べていきたい」って子どもながらに決めてて、まだ曲数もそんなになかったんですけど、「自分は絶対に大丈夫」っていう自信だけはあって。今もそうなんですけど、「絶対上手くいくだろう」っていう、根拠のない自信だけはあるんです。

―小さい頃は自分を保つために歌を作ったり、文章を書いたりしていたけど、目的は変わっていきましたか?

吉澤:変わっていきましたね。最初は私がどういうことを考えているのかみんなに知ってほしくて、自己紹介のつもりで、友達を探すために始めたけど、でもその頃から「今はこうだけど、きっと変わるな」って思っていて。「私のことを知って」っていうよりも、「あなたのことを教えて」みたいな気持ちに変わるだろうなって。

―どこか客観視してる自分がいるんだろうね。「年をとりたくない」っていう考えも変わりましたか?

吉澤:曲を作ることで自分の年齢を世の中に刻み付けているところがあって、それで今はトントンになってるというか……。だから、曲を作り続けないといけないんです(笑)。

―魔女に対する憧れはどうですか?

吉澤嘉代子

吉澤:憧れはずっとあります。ただ、魔女修行をしていた子どもの頃っていうのは、自分の中ですごく許せない時代だったんです。でも、最近になってやっとその時代を大事に思えるようになってきたし、やっぱりその時代が今の私の底にあると思うんです。例えば、学校の友達との思い出とか、部活の感じとか、みんなが普遍的にグッとくるポイントを歌詞にできないっていうのは弱みだと思ってるんですけど、その代わりに自分の世界に没頭して得たものが、今のすべての基盤になっていると信じてるんです。

―今になってやっと、そう思えるようになったと。

吉澤:誰にも話したくなかったし、ホントに病気みたいな時代だったので、すごく後ろめたくて。でも、学生じゃなくなったっていうのも大きいと思うんですけど、その頃の自分からは切り離されたというか。今、大人の人と一緒にお仕事をしていて、自分が必要とされたり、自分も必要としたりっていうコミュニケーションの中で……進化したんだと思いますね(笑)。

恋愛の曲を書くのって苦手なんですけど、でもせっかく女の人に生まれたから、自分なりの女の子の世界を100%で書いてみたいなって。

―学生時代の感覚を共有できないっていうのは、確かにある意味では弱みなのかもしれないけど、でも、誰もが抱えてる疎外感みたいなものは共有できるし、むしろそういう心の奥底でつながれるっていうのは、強みだって言えるかもしれないですよね。

吉澤:うーん、でも学校に行けなかったとか、人とコミュニケーションが上手くできなかったっていうのを、話していいのかっていうのはちょっと迷っていて。私のやりたい音楽は、自分の身を削って売っていくようなものというより、何か物語に投影できるようにしたいっていう気持ちがあるんです。「私を見てください」っていうような音楽をやろうとは思っていないので、「感傷的な幼少期」みたいにはしたくないんです。「暗い過去」みたいな感じにするのはすごくダサいなって思うから……。もちろんそういうやり方もあると思うんですけど、自分としては、もうそういう年でもないですし。

―自分の過去はちゃんと消化した上で、ワクワクするような妄想の世界や、ドキドキするような恋愛を描く、つまりポップスとして機能するものを作りたい?

吉澤:うん、そうですね。聴いてくれる人が入れる隙間を作っておきたいというか。恋愛の曲を書くのって苦手なんですけど、でもせっかく女の人に生まれたから、自分なりの女の子の世界を100%で書いてみたいなって気持ちがあります。それにすごく小さな世界を描きたいと思っているので、恋愛の曲、ラブソングっていうのはハマりやすいのかなって。

―歌いまわしもすごく可愛らしいけど、意図的にああいう歌い方をしてるんですか? それとも、自然にああいう風になる?

吉澤:自転車に乗りながら歌ったりしているうちに、自然にできたりします。“化粧落とし”の<きれいつるりんと>とかはちょっとふざけてたり、“恥ずかしい”の最後の叫びや、“らりるれりん”の「シー」も、「怒られるかな?」と思ってやってみたら、「オッケー出た」みたいな感じで。みんな最初笑ってくれるから、それも嬉しくて。“未成年の主張”も、どんどんそういう感じになっていきました。

―レトロな言葉遣いは、小説とかの影響が強いんですか?

吉澤:レトロっていうのはあんまり意識していなくて普通に書いていたんですけど、そういう風に言われることは多いですね。ただ、なるべく最近の「携帯」とか「メール」とか……「ポケベル」とか?

―それはちょっとレトロ(笑)。

吉澤:そっか(笑)。とにかく、そういう言葉は入れたくないと思って、「ベル」にしたり。

―“らりるれりん”に出てくる「電話のベル」って、完全に黒電話のイメージしか浮かばない(笑)。でも、特別昭和の世界観が好きとかっていうわけじゃないんですね?

吉澤:昭和の音楽はすごく好きですけど、だからと言ってものすごく昭和に憧れてるわけではないです。ただ、字面も響きもきれいなものを選びたいと思っていて、単語にはこだわってますね。あと、いつもタイトルから曲を作るんですけど、「こういうタイトルの曲を歌いたい」と思うところからストーリーを考えて、歌詞を書いて、メロディーを乗せてっていうパターンが一番多いです。

吉澤嘉代子

―“未成年の主張”だったら、まずこのタイトルが浮かんで、「じゃあ、何を主張するのか?」って考えるわけですね。

吉澤:そうです。最初は「頑張りたくない」みたいな曲を作ろうと思って(笑)、普段言えないことを言おうと思って作ってたんですけど、途中まで書いて、「ラブソングにしたらみんな喜ぶかな?」って思って、こうなりました(笑)。

―「みんなに喜んでもらいたい」っていう気持ちが強いんですね。

吉澤:はい、生産性のあるものを作りたいので(笑)。

滑稽なものを作りたいと思ってるんです。

―途中まで話を聞いてて、曲を作る動機として承認欲求が強いのかなって思ってたんですけど、今はそういう時期を過ぎて、「いかに面白い曲を作れるか」っていうのが動機になってるんですね。

吉澤:滑稽なものを作りたいと思ってるんです。みんな表には出してないけど、自分だけが知ってる自分のかっこ悪い部分ってあるじゃないですか? それを私が体現して、バカにされたりしながらも、「でも、わかる」みたいに言ってもらえたら、「しめたな」って(笑)。

―“化粧落とし”の<電話がとだえたのは きっと 会うまえに餃子を食べたせい>とか、かなり滑稽だよね(笑)。

吉澤:「餃子を食べたせいにしたい」っていう滑稽さですね(笑)。笑ってほしいし、バカにしてほしい、ひょうきんなものがいいですね。

―共感っていうよりも、笑ったり、楽しんでほしい?

吉澤:「面白い」って思ってもらいたいのが一番ですね。片想いのラブソングだったとしても、私はキュンキュンしながら書いてるというより、「どこに滑稽さを入れようか?」って考えていて、それを真剣に書いてるつもりです。でも、曲を作るときって大概泣きながら作っていて、感情が爆発している状態なので、あんまり書いてるときのことは覚えてないんです。「こう言ったら、こうなるだろう」ってことは、曲を作ってないときは思ってるけど、作ってる間は飛んじゃってますね。ホントは飛んじゃいけないと思うんですけど(笑)。

―サウンドについての細かい話はまた次回の取材で話してもらおうと思ってるんですけど、今回いろんなプロデューサーさんと組んで作ってみて、どんな感想を持ちましたか?

吉澤:3年分くらいのデモの中から厳選してるので、すごく初期に録ったものは右も左もわからなくて、自分の曲がどんなサウンドになるのか想像もつかなかったんです。でも最近録ったものに関しては、自分でイメージを伝えられるようになりました。

吉澤嘉代子

―そんなに昔に録ったものも入ってるんですか?

吉澤:“泣き虫ジュゴン”は17歳の頃に作った曲で、それを21歳のときに、当時の自分に向けて歌詞を書き直したんですけど、レコーディングの当日まで歌詞を書いてたんです。なので、すごくドキュメントになっているというか、歌詞の世界に入り込んだままレコーディングをしたので、それがそのままリリースできてすごく嬉しいです。

―では最後に、これからどんな曲を作っていきたいか、改めて話してもらえますか?

吉澤:世界が1つあって、主人公がいてっていう楽曲を作って、聴いてくれる人がその世界に自分を投影できるような楽曲を作りたいです。どうしてかっていうと、例えば私が聴いてくれる人のところに行って寄り添ったとしても、ほっぺたをくっつけるぐらいしかできない。だけどその人自身になれたら、一番その人の近くにいられると思うんです。つまりその人の鏡になりたいというか、究極的には私が歌ってなくてもいい、名曲と呼ばれるようなものを作りたいですね。

イベント情報
『インディーズ1st mini Album「魔女図鑑」リリースパーティー〜吉澤嘉代子、ただいま魔女修行中。〜』

2013年6月5日(水)OPEN 18:30 / START 19:00
会場:東京都 Shibuya duo MUSIC EXCHANGE
出演:
吉澤嘉代子
黒沼英之
関取花
野上智子
料金:前売2,500円(ドリンク別)

リリース情報
吉澤嘉代子
『魔女図鑑』(CD)

2013年6月5日発売
価格:1,500円(税込)
YMPCD-6

1. 未成年の主張
2. 化粧落とし
3. 恥ずかしい
4. らりるれりん
5. 泣き虫ジュゴン
6. ぶらんこ乗り

プロフィール
吉澤嘉代子

1990年埼玉県川口市生まれ。鋳物工場街育ち。父の影響で井上陽水を聴いて育ち、16歳から作詞作曲を始める。2010年11月、ヤマハ主催のコンテスト“The 4th Music Revolution”JAPAN FINALに出場し、グランプリとオーディエンス賞をダブル受賞。2013年6月5日、インディーズ 1st mini Album「魔女図鑑」発売。



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