罪悪感だらけの温室から飛び出して 黒沼英之インタビュー

6月26日にメジャーデビューミニアルバム『instant fantasy』をリリースする、新進気鋭のシンガーソングライター、黒沼英之。前回CINRAのコラムではひたすらに思いの丈を綴ったが、今回は本人にインタビューする機会に恵まれた。会うなり「あの文章を読んだ友達が、『よくわかってるね』って言っていた」と笑っていたけれど、まさに話した印象は、考察に確信を覚えるものだった。つまり、音楽に彼の人となりが正直に表れているということだと思う。耳触りのいい歌声とメロディーに滲む、一筋縄ではいかない文学性や感性。そんな音楽に繋がる彼の生い立ちや思考を、徹底的に訊いた。ゆらゆら帝国やサカナクションのPVも手がけた山口保幸が監督を務め、ホナガヨウコが振付と出演を務めている“ふたり”のミュージックビデオも要注目。様々な生活にそっと寄り添う音楽を生み出したいという彼のスタンスが表れている。あらゆるアートとシンクロしながら、日々を豊かに彩ってくれる彼の表現に、まだまだ興味が尽きない。

お風呂場の鏡をずっと見ながら、「この顔の人誰なんだろう?」って考えてました。

―黒沼さんは、大学では「映像身体学科」で学んでいましたよね。音楽以外にも、絵や演劇や映画にも通じている印象があります。

黒沼:そうですね。ただ、深く探るよりまんべんなく気になったものを雑食する感じです。過去のものよりも、今のものが好きなんですよ。同じ時代の空気を吸っている人が、何か物事が起きたときに、どんなアクションをするんだろう? っていうことに興味があって。

―カルチャーってルーツを大事にするところがあると思うのですが、そういうところはあまり気にならないということでしょうか?

黒沼英之
黒沼英之 

黒沼:音楽をやっていると、「ルーツがビートルズで」とか言う方も多いので、そういうものがないとダメなのかな? と思いつつ、太いバックボーンはないんです。新しもの好きだから、新譜を待ち侘びたりしたいんです。こういう大学の学科だと映画も「小津安二郎が好き? ヒッチコック?」って聞かれるけど、そういうのはあんまりわからなくて。

―今を生きている人間として、自分の目に映っているこれは、あの人にはどう映っているんだろう? っていうことが気になるんですね。

黒沼:ライブも行きたいですし(笑)。

―形から音楽に入らなかったことも大きいんじゃないですか? 例えば、革ジャンを着た姿に憧れて、ロックをやりたいって思ったわけじゃないですよね。

黒沼:そうなんですよ。曲作りも鼻歌だったので、楽器も「ビンテージのあのギターが欲しい!」みたいな感覚にならなくて。それよりも声や人となりに興味があるんですよね。声を聴いて、「この人、いい人に見えるけど絶対にズルい!」とかわかるじゃないですか(笑)。

―音楽は小さい頃から好きだったんですか?

黒沼:そうですね。でも、意識的に聴いていたというよりは、学校で流行っているモーニング娘。とかが好きでした(笑)。家では親がクラシックを流していたんですけど、たまに、邦楽アーティストのアルバムなども流していて。その中で、宇多田ヒカルさんの『First Love』に出会って、すごく惹かれました。それが、小5、6くらいのときだったかな。

―『First Love』のどういうところに衝撃を受けたのでしょうか?

黒沼:その頃って、何かに不自由しているわけではなかったんですけど、所在ないモヤモヤがあって、それが何なのかよくわからなかったんですよね。それで、『First Love』を聴いたときに、「こういう感じ、知ってるな」って思って。声やメロディーから宇多田さんの持つ物悲しさがビビビっときたっていうか。

―音楽はもちろんですが、音楽から透けて見える宇多田さんのパーソナリティーに共感したという感覚だったのでしょうか。

黒沼:「この人、人として信頼できる気がする、すごく考えが合いそうだな」って……。おこがましいんですけど。でも、初めは一番声が印象的だったかもしれない。

―黒沼さんにとって、宇多田さんの声は居心地がよかったんでしょうね。

黒沼:そうですね。あと、宇多田さんの新譜やブログで、彼女が発する言葉を自分が待っていると安心できたんですよね。

黒沼英之

―その前は、どうしてモヤモヤしていたのか今振り返ったりしますか?

黒沼:むしろ恵まれた環境ではあったんですけど……。どうやっても生きていけちゃうんだろうなっていう感じがあって、それが不安だったんですよね。他の誰でも、自分と代われるって思っていたし、自分が絶対に自分じゃなくちゃいけない感覚があまりなくて。よくお風呂場の鏡をずっと見ながら、「この顔の人誰なんだろう?」って考えるっていう、ぞっとするようなことをやっていたんですよ(苦笑)。10秒くらい見続けていると、「え、誰、この人!?」って、思う瞬間がきて、自分が入れ物のように感じられるというか。

―あの、それって、見る人が見たら贅沢な悩みでもあったと思うんです。

黒沼:そうなんですよ。当時から贅沢だってわかっていたから、表に出せなくて。悩むこと自体に罪の意識があって、悶々としていたんですよね。

自分にコンプレックスがあって、人とどう接していいかわからないっていう、はみ出た部分が表現になっている気がするんです。

―そこから、自分で歌ったり、作詞作曲をするところには、どのようにして繋がっていくんでしょうか?

黒沼:宇多田さんが注目されたのって、若さもあったけど、全部自分で作っている部分も大きかったじゃないですか。それで、音楽をやるということは、自分で言葉や曲を作ることなんだって刷り込まれて。すぐに曲を作ってみようとは思わなかったんですけど、中学のとき地元の駅から家に帰るまでに自転車に乗りながら、当時のヒット曲を大声で歌って帰っていたんです。

―それはすごいですね!(笑)

黒沼:そのうちに、自分の言葉とメロディーが生まれるようになったので、日記的に形にするようになって。楽器ができなかったので、鍵盤ができる友達に聴かせて、コードをつけてもらって、デモテープを作ったんです。でも、がむしゃらにライブをやってデモテープを送るんじゃなくて、1社にだけ送って、反応があったらもっとやってみよう、なかったらそれまでだろうなって思ったんです。

―それで反応があったのでしょうか?

黒沼:今所属しているところではないんですけど、反応があって。そのときに、「外の世界と繋がれた!」と思って、すごく嬉しかったんですよね。その曲が(『instant fantasy』にも収録されている)“夜、月。”なんですけど。歌詞は15歳に書いたときから大分変わっているんですけど、サビの<夜の風を身に纏って / 裸足で走って月に行けたら>っていうところは変わっていなくて。多分、どっかに行きたい気持ちがあったと思うんですよね。家庭環境に閉塞感があって、音楽をやることでその温室からするするーって糸を垂らしたみたいな。親にも友達にも言わずに、こっそりやっていたんですけど、そこで外に繋がれて心地よかったんですよね。

―黒沼さんが音楽を選んだ理由って、音楽が好きっていう前提はもちろんだけれど、自分にしか生み出せないもので認められたいっていう思いが強かったからなんでしょうね。

黒沼:そうですね。自分で畑を耕して、種を植えて、作物を育てて、それを出荷して食べてもらいたかったっていうか。親のひいたレールっていうと古臭いですけど、そのときの自分にはそこから離れることが重要で。音楽は、作者がどういう環境にいようと関係ないじゃないですか? 出てきた曲を聴いてどう思われるかでしかないので。いろんなものを取り払ったところで自分から生まれた曲が評価されたことが、嬉しかったんですよね。そういうところから始まっている気がします。

―それでは、単純な言い方ですけど、音楽をやるようになってから、生きている実感が沸いて、日々を楽しく生きられるようにはなりましたか?

黒沼:そうですね。絵も好きで美大に行きたいと思っていた時期もあって、高校のときに予備校に行っていたんですけど、先生にデッサンが違うとか注意されると、素直に凹んで。もうやりたくないって思ったりもして……。

―何かこうしてお話をうかがっていると、人に言われることが気になるようですね。

黒沼:常に、あらゆる目を気にしてます……。自意識がすごいんだと思います。

―となると、たくさんの視線に晒されるライブとかは、どうなんですか?

黒沼英之

黒沼:親にも「あんたいっつも悶々としているのに、よくステージで歌ったりできるよね」って言われます。不思議なんですけど、やっぱり楽しいんですよね。自分から自分が離れていく瞬間かなあ……。もちろん後で、今日のライブの感じはダメだったとか、あのMCはみんな気持ち悪いって思ってるだろうなとか、ピアノに向かうまでの歩き方は絶対に気持ち悪かったよなとか思うんですけど。


―そこまで……(笑)。

黒沼:はい。でも、音楽は自分が覚悟できる場所っていうか。いろいろ言われたとしても、受け入れていけるし、辛いことも悲しいことも、もうちょっとやってみようって思えるんです。もしかしたら、自分をすり減らしていく感じが、僕にとって生きているなっていう実感になっているのかもしれないです。

―曲のテーマについて訊かせていただければと思うのですが、テーマに恋愛を扱っているものが多いのには理由があるのでしょうか?

黒沼:気持ちを落とし込むときにはラブソングが一番しっくりくるし、恋愛ってポップに受け取れるので。でも、自分の中では、全部が男女の恋の話っていうわけではなくて、人と人との摩擦とかに興味があるんです。人と人にはわかり合えない瞬間もあって、そこで人の感情が動くことが多いと思うんです。僕が歌詞や曲を思い付くのも、ケンカをした帰り道に一人で反省会をするんですけど(笑)、そういうときに生まれたり。

―人と人との関係性に興味があるんですね。

黒沼:ものを作る人って、変わった視点でものを見ることが出来ると思うんですけど。そんなに喋るのが得意じゃなくて、踊らざるを得なかったとか、写真を撮らざるを得なかったとか……。自分にコンプレックスがあって、人とどう接していいかわからないっていう、はみ出た部分が表現になっている気がするんですよね。宇多田ヒカルさんも、テレビとかで見るとオタクっぽい一面を感じるし、そういうところに愛おしさを感じるっていうか。上手くやれていない人に共感するし、好きなんです。みんな自信がなくて、表現はそっとドアの隙間から入れる手紙のような伝達手段になっている気がするんですよね。

―つまり、黒沼さん自身もそういう人間なんでしょうね。

黒沼:とにかく人の目が気になって、空回りしていることが多いです。でも上手くやれていたら、音楽をやっていない気がするんですよね。

「終わる」ことを知っている人が歌う「頑張れ」とか「大丈夫」って、自分への届き方が違うんですよね。

―お話をうかがっていると、黒沼さん自身がディープな表現に向かってもおかしくないと思うのですが、耳触りがいいポップソングを生み出していますよね。

黒沼:やっぱり、ポップソングが好きなんです。口ずさんでもらわないと意味がないっていうか、人に浸透していったり、生活に入り込んでいくようなものを作りたくて。人の目をギョッとさせることって、最初は印象に残るんだけど、意外と忘れちゃうと思うんです。すごく普通に見えるのに、なんか引っ掛かるなあって思いながら繰り返し聴いているうちに、気付いたら刺されてた、みたいに、じわじわくるものを作る方が難しい気がして。そういうことにチャレンジしたいんです。

―以前、「誠実そうだよね」とか「いい人そうですよね」と言われるのが苦じゃないと発言されていたのを読んだのですが、今のお話と繋がってきそうですね。

黒沼:伝わらない人がいるのはしょうがないし、「純粋そうな曲だよね」とか「真面目って感じだよね」っていう印象でもいいから、自分と同じような気持ちや考えになったときにちゃんと届くことが、すごく幸せだと思うんですよね。そこに、難しいことやってますとか、ここにこだわってるんですっていう説明を加えたくなくて。

―どれか1つのジャンルを深く掘り下げることはしないというお話がありましたが、黒沼さんは自然体で様々なジャンルも飛び越えていける感覚があるのかもしれないですね。

黒沼:もうちょっと、いろいろな壁や難しいことを取り払っていきたいし、広ーく包みたいんです。いろいろなものがごちゃ混ぜになって、境界線みたいなものがなくなっていけばいいなって思っていて。今の時代の流れとして、白黒を付けなきゃいけないスピード感がある気がするんです。どっちなんだ!? って決めなきゃいけない瞬間がいっぱいある。でも、曖昧にしておいてもいいものってたくさんあるし、僕はそのグレーゾーンを肯定したいなって。そういう規模で物事を包めるようになれたらいいなって思っているんですよね。そのためには、浸透力の高い曲であることが必要な気がして。そうするとやっぱり、ご飯作りながらとか、家への帰り道とか、そういう中でふと浮かんでくるような曲がいいんですよね。

黒沼英之

―タイトルに使われている「インスタント」っていう言葉は刹那的に響きますけど、日々に即しているっていう意味でもあるっていう。

黒沼:そうですね。「インスタント」には一瞬という意味がありますけど、僕は「終わる」ことを知っている人に信頼を置いていて。ライブも始まれば終わるし、曲もかければ終わっちゃうし、生きていれば死んじゃうし、出会ったら別れる。そういうことを知っている人が歌う「頑張れ」とか「大丈夫」って、自分への届き方が違うんですよね。手放しでいろんなことを大丈夫って言いたくないし、それは嘘だし。でも瞬間の魔法みたいなものに生かされている気がするんですよね。そういう祈りを込めて、このタイトルにしたんです。

―それって、今の時代に託された音楽の役割とも通じてくる気がします。

黒沼:そうなんですよね。いいライブとかいい舞台を見ると、ほんと活力が湧いてきます。最近見た劇団はえぎわの『ガラパコスパコス』っていう舞台がすごくよくて、超笑いました! 老いについての舞台だったんですけど、登場人物が全然上手く生きられていなくて、でも誰一人悪い人がいなくて、つじつまが合わなくてすれ違っちゃうんだけど、どこにも悪意がないっていうか。僕も一瞬でもいいから、そういう感情を生み出せるようにしたいなって。

―“ふたり”のミュージックビデオも素晴らしかったですが、完成したものを見てどうでしたか?

黒沼:すごくよかったです! あの曲は、僕の友達が結婚して、その二人に向けて書いたんです。新郎に話を聞いて、サプライズで披露宴で歌いました。ビデオは、二人の男女がいて、自分は見守っている天使みたいな立ち位置で(笑)、もともとは僕とホナガさんで演じるはずだったんですけど、僕がそこに加わるより、あの立ち位置で二人を見ている感じがいいなって。自分が音楽をやる立ち位置も表している気がするし。ああいうレベルでいいんですよね。すごくいいものになったと思います。

―今回はコンテンポラリーダンスとコラボレーションした映像でしたが、今後表現を多角的に魅せていきたい気持ちはありますか?

黒沼:ありますね。ジャケットやビジュアルもこだわりたいし、でもそれをこれ見よがしに、これ新しくない? っていうのはやりたくなくて、気になる人が気になるレベルでいいっていうか。そういうものって、すごく強い気がするんですよ。パンクも聴くけど黒沼英之もいいんだよねって思ってもらえるような、そういうところに行けたらいいなって思いますね。

―そこには、黒沼さん自身も、ジャンルじゃなく人に惹かれてきたからっていう背景がありますよね。

黒沼:そうですね。自分もそういう音楽や人に出会ってすごく救われたので、この人の作品が出るまでは頑張ってみようとか、来月ライブがあるから仕事を頑張ろうとか、そういう信頼を寄せることのできる人になれればいいなって思います。

―これから、たくさんの人に聴かれることで、黒沼さんのメンタリティーも変化していくんでしょうね。

黒沼:自分でもどう変わっていくのか興味あります。一人で悶々としていることが音楽を作る糧だったので、それが届いちゃったときに、どんな曲を作るんだろうなって。

イベント情報
『黒沼英之 ONEMAN LIVE「instant fantasy」』

2013年9月19日(木)OPEN 18:30 / START 19:00
会場:東京都 渋谷 duo MUSIC EXCHANGE
出演:黒沼英之
料金:3,500円(ドリンク別)

リリース情報
黒沼英之
『instant fantasy』(CD)

2013年6月26日発売
価格:1,800円(税込)
VICL-64035

1. ふたり
2. 夜、月。
3. ラヴソング
4. ordinary days
5. サマーレイン
6. どうしようもない
7. 耳をすませて

プロフィール
黒沼英之(くろぬま ひでゆき)

1989年1月18日生まれ。立教大学映像身体学科卒業。15歳の頃から曲を作り始める。大学進学後、本格的に音楽活動をスタート。ピアノの弾き語り、バンドスタイルなどで、都内でライブ活動を行う。2012年11月13日には渋谷WWWにて初のワンマンライブを開催し、チケットはSOLD OUT。また、フィンランド・ヘルシンキで年2回発行のファッション&アート誌「SSAW MAGAZINE」にて唯一の日本人モデルとして誌面に登場。2013年6月26日にMajor Debut Mini Album「instant fantasy」をリリース。



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