加藤直徳(『TRANSIT』)×尾原史和(SOUP DESIGN)対談

2004年、当初は『NEUTRAL』という名で創刊したトラベルカルチャー誌『TRANSIT』。その頃から二人三脚で雑誌作りをしてきたのが、編集長の加藤直徳とアートディレクターの尾原史和だ。二人が目指したのは、先入観に左右されない新しいトラベルガイドであり、異国の地をまっさらな心で見聞きし、写真と言葉で伝えることだった。

そして創刊から9年目をむかえる今年秋、東京ミッドタウン・フジフイルム スクエアで、これまで『TRANSIT』誌面を飾ってきた写真の展覧会『旅する惑星』が開催されることになった。展示では、約60点の写真が美しい銀塩プリントに焼かれ、世界30か国近くを旅するようなダイナミックな空間を作り出す。展覧会の準備も本格的になってきた8月某日。加藤と尾原に、9年の歩みを振り返りつつ、企画展への思いを語ってもらった。

写真を絞り込む作業は本当に大変でした。創刊したばかりの頃の写真には二人とも特に思い入れが強いんです。(尾原)

―東京ミッドタウンのフジフイルムスクエアで、雑誌『TRANSIT』のこれまでの写真を振り返る展覧会が開かれるということで、期待している読者も多いと思います。展覧会はどんな内容を予定していますか?

加藤:これまで誌面に掲載された写真から厳選した作品を、銀塩プリントで焼いて観てもらうというのが大きなコンセプトです。『TRANSIT』に掲載している写真は、すべてフィルムで撮影しているので、それを幅3mの巨大なプリントに引き伸ばしたり、小さめのプリントにして組み写真にしたり、雑誌とはまた違う見せ方をするつもりです。

―写真選びはお二人で?

加藤:いや、とにかく写真の量が膨大で。まず僕が粗選びをして、そこから組み立てていく作業を尾原さんと一緒にやっているという感じ。展示のデザインまわりは、もちろん尾原さんが担当しています。

加藤直徳
加藤直徳

尾原:さすがに最初から一緒に写真を選んでいたら、まとまらなかったよね。

加藤:全部で7,000〜8,000点はあったんじゃないかな。今ようやく60点くらいにまで絞れたところです。元々、1つの惑星を旅するような感覚で『TRANSIT』を作ってきたので、展覧会タイトルの『旅する惑星』にはその想いを込めました。

尾原:絞り込む作業は本当に大変でした。創刊したばかりの頃は僕も取材に同行していたから、その頃の写真には二人とも特に思い入れが強いんです。

加藤:数千枚から60枚に絞るのは、もう主観しかなかったよね(笑)。使われている写真は、全部で30か国分くらい。結果的には、自分たちが深く関わっていた古い号から選んだ写真が多くなってしまった(笑)。

左:尾原史和、右:加藤直徳
左:尾原史和

―創刊時、加藤さんと尾原さんは『TRANSIT』を、どんな写真が載るような雑誌にしようと考えていたんですか?

尾原:まずフィルムで撮ろうというのがあったよね。それが1つの軸にはなっていたと思う。

加藤:『TRANSIT』を創刊した2004年頃の出版や広告の現場では、デジタルカメラとフィルムカメラの割合がちょうど半々くらいの時期だったんです。そして、この先はデジタルが主流になるだろうということも分かっていた。でも、僕らが一緒に仕事をしたいと思うカメラマンは、フィルムで撮りたいという人が多くて。ならば、カメラマンが撮りたい方法で撮ろうと尾原さんと話したんです。その結果、10年経った今もフィルムで撮りたいというカメラマンが多くて困っているんですが(苦笑)。

『ペルー』(撮影:田尾沙織)
『ペルー』(撮影:田尾沙織)

尾原:ほんとだよね(笑)。カメラマンって、自分の作品撮りをフィルムでやっていて、仕事はデジタルという人が多いじゃない。

加藤:そう。でも、うちの雑誌は何か勘違いされているみたいで、仕事なのに自分の作品撮りだと思っているカメラマンばかり(笑)。まあ、僕らがあえてそういう人を選んでいるのだけど。

尾原:まあね(笑)。

加藤:創刊した当時、僕は28歳くらいで、カメラマンのことを全然知らなかったんですけど、尾原さんはすでにアートディレクターとして仕事をされていて、色んなカメラマンとの付き合いもあったから、その頃は僕が尾原さんに企画を伝えて、カメラマンを紹介してもらっていたんです。取材で2週間近く一緒に行動をするので、写真が雑誌に合うかだけではなくて、編集者との相性も重要。だからコアなメンバーに新しい人が少しずつ増えているという感じですね。

エッフェル塔を撮りたいっていっても「場所」として撮りたいわけじゃないんですよね。「パリをこれまでなかった視点で、どう魅力的に伝えるか」という1つのテーマに向かって全員が動くというか。(加藤)

―撮影の現場はどんな風に進むんですか? 『TRANSIT』は、カメラマンが作品撮りだと思っているという話がありましたが、編集者もアートディレクターも同行するということは、きっとそれぞれ撮ってほしいビジュアルの要望などもありますよね。

加藤:現場はカメラマンによって結構変わりますね。「どんな風に撮ったらいいですか?」って聞いてくる人もいるし、逆にこっちが「こう撮ってください」とお願いしても撮ってくれない人もいるし(苦笑)。

尾原:いますよね(笑)。

加藤:それぞれの国や街には必ずベストな風景が写っている絵葉書があるじゃないですか。カメラマンは大体そのイメージから離れたがるんですよね。でも雑誌としては、その風景が欲しい場合もある。

『イエメン』(撮影:茂木大)
『イエメン』(撮影:茂木大)

―そういうときはどうするんですか?

加藤:例えばパリ特集号の表紙はエッフェル塔にしたんですけど、カメラマンは「エッフェル塔は撮りたくない」って言うんですよ(笑)。そのときに、それなら星空と一緒に撮りましょうとか、長時間露光させてエッフェル塔光らせましょうとか、いろんなやり方を提案してみるんです。

尾原:僕が同行すると指示はさらに細かくなるしね(笑)。でも、素晴らしいと思う瞬間はみんな共通するから、大体はそこでシャッターを押すけど。

加藤:つまり、エッフェル塔を撮りたいっていっても「場所」や「シンボル」として撮りたいわけじゃないんですよね。「パリをこれまでなかった視点で、どう魅力的に伝えるか」という1つのテーマに向かって全員が動くというか。

左:尾原史和、右:加藤直徳

―なるほど。つまり、そこさえズレていなければ、カメラマンが作品撮りのように自由にシャッターを押していても、自然とその企画に必要な写真が撮れてくるわけですね。

僕はフィルムじゃないと駄目だと思っている。プリントになるまでに、現像したり、焼き付けたり、実際に手を使って仕上げたほうが感情が入りやすし、重みも違ってくると思うんです。(尾原)

―『TRANSIT』を創刊した9年前と比べると、フィルムを取り巻く状況もさらに変わってきてますよね。

尾原:そうですね。この間聞いたんだけど、パリからフィルムを現像するためのラボがなくなったらしいね。

加藤:はい、ベルリンかロンドンにプリントしに行くと言っていました。

尾原:東京もどんどんなくなっているけど……。

加藤:でも、写真家たちはやっぱりフィルムで撮りたいらしくて、暗室を作ったりしてるみたいですね。自宅とかに。

―そして編集部もフィルムをやめる気がない、と。でも、カメラマンがやめないからという理由だけじゃなくて、お二人の中にもフィルムにこだわる思いはあるんじゃないですか?

尾原:それはやっぱりあります。僕はフィルムじゃないとダメだと思っている。プリントになるまでに、現像したり、焼き付けたり、実際に手を使って仕上げたほうが感情が入りやすし、重みも違ってくると思うんです。

尾原史和

―加藤さんも同じ思いですか?

加藤:僕がフィルムで撮影をしてもらっている理由の1つは、『TRANSIT』に関わったフォトグラファーに、いずれ「写真家」になってほしいと思っているからかもしれません。カメラマンの生き方は、コマーシャルフォトを撮って食べていくか、プリント作品を売って食べていくかの2つに分かれると思うのですが、後者は圧倒的に少ないし、日本にはそういった写真家を育てる土壌があまりない気がしています。『TRANSIT』は予算も少ないし、うちの仕事をやったからといってカメラマンは食っていけないんですよ。だったら、写真をデジタルデータよりフィルムで残しておいて、いつか自分の作品として世に問うときの材料にしてほしい。

『TRANSIT』

尾原:確かに、それはあるよね。

加藤:フィルムとデジタルでは価値が全然違いますから。あと、フィルムだと、プリントを見ただけで誰が撮ったのかすぐ分かる。一人ひとり癖も違うし色も違う。デジタルってそこまで違いが出ないんですよ。デジタルのコンタクトプリントを見せられても、相当な手癖のある人じゃないと分からない。

『ブルガリア』(撮影:田尾沙織)
『ブルガリア』(撮影:田尾沙織)

尾原:でも、フィルムは一目瞭然。

加藤:デジタルはたくさん撮ることができるから、偶然上手く撮れている写真があったりする。いつも取材にはフィルムを50本くらい持って行くんですが、当然だけどデジタルカメラのようにはパシャパシャとは撮れない。でも、それゆえにカメラマンの覚悟が出るというか。

尾原:両方とも「写真」なんだけど全然違う。フィルムの方がより身体に近いのかな。

加藤:それに尾原さんも言っていたようにフィルムには暗室で現像する楽しみがある。旅から帰ってきてからも旅をするというか。暗室でまた違う光を写真にプラスできるんです。

尾原:ホント、肉眼で見た風景とは全然違う風景に焼いてきますからね。

加藤:そうそう(笑)。でもそれが面白いっていうか、こっちも楽しみですし。フィルムのプリントって絵画に近いと思うんですよね。パンフォーカスですべてにピントを合わせて撮って、なるべく自分の色を付けず、写実的に焼きたいという人もいるし、印象派や表現主義みたいに、自分の内面も色に焼きこみたいという人もいる。誌面はそれらがごちゃまぜになっているほうが面白いんです。

デジタルでパシャパシャ撮っているより、感じたものを1枚だけ撮る。それを壁に飾ったり、人にあげたり。プリントってそういう存在だと思うから。(加藤)

―先ほど、取材で撮った写真がいずれ作品になったら、というお話がありましたが、この9年間で一緒にやってきたカメラマンに変化や新しい発見があったり、実際に作品が誕生したケースもあるんでしょうか?

加藤:4年前くらいに一緒に氷河を撮りに行った石塚元太良さん(※今展示には都合が合わず未出展)は、その後もずっと氷河をコンセプトに作品を撮り続けていますね。あのときは現場で撮影しながらいろいろ話をしました。「氷河を撮ってるカメラマンっているのかな?」「パタゴニアの氷河だけじゃ弱いよね」って聞かれたり。石塚くんはすぐにまた氷河の撮影に来ることを考えてたようでしたね。だから「今回の取材は10ページだし、このくらいの枚数でいいでしょう」って(笑)。

尾原:彼、結構しっかり者だからね(笑)。

加藤:その後、奨学金をもらって、アラスカまで氷河を撮りに行きましたからね。撮影の中で、写真家が自分の主題やコンセプトを見つけるパターンってあるんです。宮本武くんも取材をきっかけにポートレートのシリーズを始めたり。

『TRANSIT』

―そういう意味では、写真展を開催できる雑誌というのは、実は限られているんじゃないかという気がするんです。誌面に必要な写真だけを撮っているだけだったら、きっと雑誌を飛び出したときに作品として成り立ちにくいですよね。

尾原:確かに『TRANSIT』は雑誌の中心に写真を据えているし、そもそも旅の行程を説明する写真ではなくて、旅の空気を伝える写真なんですよね。それだから展示とも相性がいいのかもしれない。それにさっきから加藤さんが言っているように、フィルムで撮った写真は、プリントして飾ること自体が自然な流れですから。

―それはそうですね。

尾原:それと、僕ら自身も雑誌を作って終わりだとは思っていないんですよ。写真をアーカイブとして残していくことが大事で、未来にまた別の見せ方をすることが目的だったりもする。例えば、過去の写真をもう1回ひっぱりだして新しい効果を生み出したり、今の写真と並べて違ったものを作ったり。そのためにもその場限りの写真では意味がない。一般的に雑誌は、流行を紹介するためのものだけど、自分たちが魂を持って、何かを残そうと9年間やってきたからこそ、今回の展示に繋がっているわけなんですよね。

『フランス』(撮影:宮本武)
『フランス』(撮影:宮本武)

―お二人は今回の展覧会をどんな風に楽しんでもらいたいと思っていますか?

尾原:そうですね。写真が撮られたときからどのくらい年月が経っているかを感じながら眺めると、写っている風景の見え方も変わると思う。10年前のパリと今のパリでは風景が全然違うし、イエメンなんて撮影した2004年はギリギリ取材に訪れても大丈夫だったけど、今は危なすぎて行けたものじゃないからね。

―加藤さんはどうですか?

加藤:旅好きの人は見たことのある風景が多いと思うんですが、その場所に行ったことがある人はその既視感の中でもう一度旅してほしいし、行ったことがない人は単純に驚いてほしい。そして、銀塩プリントってこんなに綺麗なんだってことを感じてもらいたいですね。テレビやパソコンの画面上で世界遺産なんかを見ていると、「あ、知ってる」とか、その映像を見ただけでワクワクして満足しちゃったりするんですよね。でも迫力がある大きなプリントを見たら、絶対に自分がその場に行きたくなるはず。そして、ぜひカメラも始めてほしいですね。

左:尾原史和、右:加藤直徳

尾原:それは富士フイルムも喜ぶよね(笑)。

加藤:そうですね(笑)。でも、ホント、フィルムで写真を撮りたいと思ってほしいんですよ。デジタルでパシャパシャ撮っているより、感じたものを1枚だけ撮る。それを壁に飾ったり、人にあげたり。プリントってそういう存在だと思うから。ずっと色褪せなくて、家族写真をおばあちゃんになるまで大事にしたり。そういうことが、本来写真が持っている大事な役割だと思うんです。

イベント情報
FUJIFILM SQUARE 企画展 写真展『旅する惑星』

2013年9月6日(金)〜9月25日(水)
会場:東京都 六本木 東京ミッドタウン内 FUJIFILM SQUARE
時間:10:00〜19:00
出展作家:
在本彌生
谷口京
田尾沙織
宮本武
石井孝典
ほか
料金:無料

『TRANSIT TALK LIVE 〜なぜ旅をするのか?なぜ銀塩で撮るのか?〜』
2013年9月21日(土)
会場:東京都 六本木 東京ミッドタウン内 FUJIFILM SQUARE 2F
[第1部]
時間:14:00〜15:45
トーク:
尾原史和
在本彌生×兵藤育子
田尾沙織
[第2部]
時間:16:00〜17:45
トーク:
石井孝典
林紗代香(『BiRD』編集長)
稲岡亜里子
司会:加藤直徳(『TRANSIT』編集長)
※出演者、内容は変更になる可能性があります

プロフィール
加藤直徳(かとう なおのり)

1975年、東京都生まれ。編集者。白夜書房に勤務していた2004年、『TRANSIT』の前身となるトラベルカルチャー誌『NEUTRAL』を創刊する。2008年、現在の『TRANSIT』に改名し、講談社より発行。

尾原史和(おはら ふみかず)

1975年、高知県生まれ。グラフィックデザイナー・SOUP DESIGN代表。雑誌『TRANSIT』では2004年の創刊時からアートディレクターを務める。写真集などを発信する、マルチプルレーベル『PLANCTON』を設立。著書に『逆行』(ミシマ社)がある。



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