ヘタウマを超える、ヘタヘタ画家への道 五木田智央インタビュー

雑誌から模写したと思しきアントニオ猪木や藤山直美。いびつな空気を放つセレブのポートレート。黒と白のグラデーションが作り出すメタリックな質感。ポップカルチャー、プロレス、ホラー映画など、多様なイメージを集積し、独自の絵画世界を編んできた五木田智央の展覧会が、DIC川村記念美術館で開催中だ。

1990年代から雑誌や商業デザインの領域で熱狂的な人気を集めた五木田だが、現代美術の世界で評価を高めたのは2000年代中頃から。とある偶然で参加したニューヨークでの展覧会を転機として、わずか数年で一気にスターダムを駆け上った。今年1月、ニューヨークの老舗ギャラリー、メアリー・ブーンで開催した個展の大成功は、海を超えて日本にも伝わってきた。それから約8か月を置いて開催される今回の展覧会は、そんな彼の大進撃を物語る、進行形の回顧展とも言えるだろう。

そして同時に、DIC川村記念美術館で展覧会を開催することにはもう1つ大きな意味がある。同館はレンブラント・ファン・レイン、クロード・モネ、マーク・ロスコ、フランク・ステラら絵画の歴史に名を刻むマスターたちの傑作を多数所蔵している。存命作家の回顧展が行われること自体が稀な同館で展覧会を開催したことで、ついに五木田が彼らと同じステージに並んだ……と断言してしまうのは早計だろうか? いずれにせよ、今回の回顧展が「事件」であることは間違いない。

今回、展覧会開催を2日後に控えた五木田にインタビューする機会を得た。抽象と具象を往還するような作品は、アートとイラストレーションの境界を経巡るように活躍の幅を広げてきた経歴とも重なって見えてくる。彼にとって絵を描くこととは何か? アートとは何か? 人が表現することの原点に迫った。

雑誌『BARFOUT!』に依頼されてUAの顔を描いたら、インパクトがあるというので表紙に。そこからですね、たくさん仕事が来るようになったのは。

―個人的な思い出話からスタートして恐縮なのですが、五木田さんの絵に初めて出会ったのは『STUDIO VOICE』の「ラジオ・ガーガー」でした。音楽ライターの三田格さんとのコラボ連載だったと記憶しているのですが、まだ学生の頃で「すげえかっこいい!」と衝撃を受けて。

五木田:ありがとうございます。

五木田智央
五木田智央

―その後、まとまって作品を観る機会が日本国内ではなくて、悔しいと思っていたのですが、今回ついに展覧会として実現して。90点を超える物量で作品を観るのは初めてです。

五木田:DIC川村記念美術館で展覧会を企画していただけるなんて、僕も信じられなかったです。グループ展示は、日本と海外で1回ずつあったんですけど、自分の作品を中心とした展覧会の開催は完全に初めてなので緊張しています(笑)。

―今回の『五木田智央 THE GREAT CIRCUS』展で、五木田さんを初めて知る人もいると思います。ですので、「五木田智央とは何者か?」というところからお伺いできればと。絵の仕事はいつからスタートしたんですか?

五木田:絵を描いてお金を貰えるようになったのは、正確に言うと高校生の頃から。1980年代半ばですね。友だちからポスターの絵を頼まれて、同時にデザインもやったりして。当時はもちろんMacなんて持ってないのでインスタントレタリングっていう……今はもう売ってないのかな? こすって文字を転写するための道具を駆使して、版下みたいなのを作ってました。1回5,000円とか1万円で。

『五木田智央 THE GREAT CIRCUS』展示風景
『五木田智央 THE GREAT CIRCUS』展示風景

―高校生でそのギャラは嬉しいですね。

五木田:僕は本当に運だけで来てしまったところがあって、自分で営業や売り込みを全くしてこなかったんですよ。生意気って言うか、今の僕だったら、ぶん殴ってると思う(笑)。「こんだけのもの描いていたら、向こうから来るだろう」って思っていて。それで、自分の名前が出たりするようになったのは雑誌『BARFOUT!』がキッカケ。UAの顔を描いてくれって言われて描いたんですけど、まあこれが本当にヒドくて。

―五木田さんの描く有名人の似顔絵、わりとヒドいですよね(笑)。鼻を明らかにデカく描いたり。

五木田:「これ断られるかなー」って思っていたら、本人からまさかのOKをもらってしまって。最初はインタビューページに数枚載せるだけのつもりが、インパクトがあるというので表紙に。そこからですね、たくさん仕事が来るようになったのは。

五木田智央『Untitled』2014年
五木田智央『Untitled』2014年

―かなりお忙しかったですか?

五木田:そうですね。20代だったし、絵でお金貰えるなら何でもいいやと思って描きまくっていたんですけど、だんだんイラストレーターの大変さがわかってきて。依頼された仕事だから好きに描けないでしょう。技術的にも達者だったから何でも描けちゃうんですけど、「何でこんなに何回も打ち合わせするの?」「ラフ提出とか、めんどくさいなあ」って感じで。当時は2人組で仕事を請け負ってたんですけど、ずばっと断って海外逃亡したんですよ。それが、たしか20代後半。それでメキシコに行ってだらだら1人で遊んで。ルチャリブレ(メキシカンスタイルのプロレス)の本場ですから。

―五木田さんプロレス好きですもんね。じゃあ、いきなりニューヨークで活動し始めたわけでなく。

五木田:当時は、ニューヨークもなんだかつまんなそうだと思っていました。「東京みたいなもんじゃん」って。で、日本に帰って来てからが何度目かの暗黒時代。けっこう僕は波があるんですよ。でもお金は必要ですから、仕事もいろいろやっていましたね。CDジャケットとか。

ニューヨークのギャラリストって、いかにもって感じで「苦手だなあ」って思っていたら、最後に会った奴が最高で。スケボーで待ち合わせ場所までやって来て、第一声が「飲みに行こうぜ!」だった(笑)。

―現在のような海外での評価に繋がる転機は何だったんですか?

五木田:それも全くの偶然です。2004年に突然知らないアーティストからメールがきて「『ランジェリー・レスリング』(2000年発刊の作品集)を見たんだけど、僕のグループショーに参加してくれませんか?」と。暇だったし、ニューヨークにも行けると思って。それで描きためていたものを持って渡米。で、現地に着いて「オープニングは明日ね!」って言われたんですけど、何の期待もしていなかったから、まあビールでも飲んで帰ろうと思っていたら、作品がどんどん売れちゃって。

五木田智央『ランジェリー・レスリング』(リトルモア出版)
五木田智央『ランジェリー・レスリング』(リトルモア出版)

―当時はキャンバスじゃなかったんですよね?

五木田:紙に木炭で描いたドローイング。100ドル~500ドルくらいの安い値段だったからというのもあると思うんだけど、いろんな人が買ってくれるし、観に来たギャラリストが何人も「いつまでニューヨークにいるんだ? うちのギャラリーで展示しないか?」って誘ってくれて。でも僕、アート業界とかギャラリーとか全然詳しくなかったから……まあ、いまだによく知らないんですけど(笑)。それで、友だちのアートに詳しいアメリカ人に相談して、3つくらいに絞って話を聞いて。

―星の数ほどギャラリーがありますからね。

五木田:ニューヨークのギャラリストって、皆シュッとしていかにもニューヨーカーって感じで「ちょっと苦手だなあ」って思っていたら、最後に会ったヤツが最高でしたね。ヒゲぼうぼうの男がスケボーで待ち合わせ場所までやって来て、第一声が「飲みに行こうぜ!」だった(笑)。

―ぐっと親しみやすいキャラ(笑)。

五木田:めちゃくちゃ飲んだ後、ギャラリーにも行って、扱っている作家もいい感じだったし、何より人柄に惹かれて。今も世話になっている、ビルってヤツなんですけど。それでビルのギャラリーのグループショーに参加することにして、その後の個展も決まったんです。でも、個展を前にして「前と同じことをしても仕方ないよな」と感じて、何をやればいいのかわからなくなった。「どうしようー」って思っていたある日、たまたま手元に白と黒のアクリルガッシュがあって、それを混ぜてテキトーに遊んでたんです。何を描くという意識もなく。それでたまたまシュッて筆を払ったら、もう震えが出るくらいきれいなモノクロのグラデーションができて。

五木田智央『HALF NELSON COURTSHIP』2012年 アクリル、グワッシュ、カンヴァス 227.3×181.8cm
五木田智央『HALF NELSON COURTSHIP』
2012年アクリル、グワッシュ、カンヴァス 227.3×181.8cm

―あの金属的なマチエールが生まれた瞬間。

五木田:自分でもびっくりしちゃいました。それで個展をやったら周りも「いいじゃん!」って言ってくれて。遡れば、それが今回の美術館での展覧会にもつながっていると思うんですよね。

小学校では横尾忠則さん、中学校では湯村輝彦さん、高校は大竹伸朗さん。この三人が日本人三大ヒーローでした。

―インタビューなどを読むと、パブロ・ピカソやマルセル・デュシャン、ジャン=ミシェル・バスキアなどのアーティストから影響を受けたとおっしゃってますよね。

五木田:ニューペインティング(1980年代に世界的に台頭した現代絵画の動向)の影響が強いですね。小学校では横尾忠則さん、中学校では湯村輝彦さん、高校では大竹伸朗さん。この三人が日本人三大ヒーロー。海外だとアンディ・ウォーホル、ジャン=ミシェル・バスキア、ジュリアン・シュナーベル、デヴィット・サーレとか。兄貴がいるんですけど、兄貴の受け売りでいろんなペインターを知って。でも画家になりたいっていう意識はなかった気がします。

―今展では、高校生時代の五木田さんが描いた油彩画から最新作まで、本当にたくさんの作品を観られるわけですが、どういう手順で描いているんだろう? と思いました。即興的に描き進めているのか、それとも最初からプランがあって描いているのか。

五木田:ケースバイケースですけど、最初はキャンバスを立てかけて、下地をかなりしっかり塗って、そこから「どうしようかな?」という感じですね。まずノートにスケッチすることもあるし、あるいは新聞やテレビ、映画のパンフレット、古い雑誌をネタにして、刺激を受けながら取りかかります。例えばこれ(『Slash and Thrust』)なんかは、3時間くらいで描いたと思います。朝8時くらいに描き始めて午前中には描き終わっちゃった。できたときは「俺って天才かも!?」と思って、調子に乗って午後に同じサイズでトライしたけどそれはダメだった。調子に乗るとダメなんですよ(笑)。これはちょっとした奇跡。

五木田智央『Slash and Thrust』2008年 アクリル、カンヴァス 259.0×194.0cm Collection of Kaws, New York
五木田智央『Slash and Thrust』
2008年 アクリル、カンヴァス 259.0×194.0cm Collection of Kaws, New York

―「裂いて、突き刺す」というタイトルどおり、何やら陰惨なことが起きている絵ですよね。こういう作品の場合、どこで完成とするのでしょうか。

五木田:言葉で説明するのは難しいですね。いきなり「あ、できている」っていう感じなんですよ。スタートは手元にあった女の人が写った古写真。それは別にナイフなんて持っていなくて、黒い下着姿で寝転がっているような姿勢なんですけど、一応のアウトラインはそこからきています。男の顔にナイフをぐっと突き刺しているような動作は、描き進めているうちに「ナイフを持っているみたいに見えるな」って思ってそこを強調した。ところどころに絵具が垂れているのも本当に偶然。最初はがっかりするんですよ。「あああ! やっちまった!」ってアトリエで頭を抱えて。でも……よく見たらこれはこれでアリだな。より怖く見えるぞ、と(笑)。こういうのは作為ではうまくいかないですね。

大切にしているもの。何だろうな……。やっぱり、どこかきれいだなっていう部分がないと僕は嫌ですね。

―シュルレアリスムの詩人や画家たちは、オートマティスム(自動筆記)という手法で、ある種の偶然性でできた模様や文字列を作品のヒントにしていましたね。それに近いものでしょうか。

五木田:ありますね。偶然の力は多分にあります。

五木田智央『CAIRO』2013年
五木田智央『CAIRO』2013年

―直接的にシュルレアリスムの影響はありますか。

五木田:海外でも、イヴ・タンギー、サルバドール・ダリ、ジョルジョ・デ・キリコといったシュルレアリスムの画家からの影響について聞かれるんですが、意外と自分の中にはないんですよね。でも、言われてみればタンギーに似過ぎた絵が、2008年くらいの作品にあったりして。

―それこそ絵画において「意想外の組み合わせ」としてのコラージュは、シュルレアリスムから始まったとされるわけですが、当時の作家は既存の印刷物などのイメージを頼りにして、作品を作り上げていますよね。現在だと大竹伸朗さんが顕著で、捨てられたものや大量複製されたイメージから、ある種強迫的な造形をかたち作っていく。それはある意味、打ち捨てられた幽霊たちを蘇らせる、縫合するような作業だと思うんです。五木田さんの絵を観ていても、ゲルハルト・リヒターやマックス・エルンストら、これまでのペインターの幽霊が織り込まれているように見える。リヒターは存命ですけど(笑)。

五木田:ふんふん。

―幽霊というのはもちろん歴史上のペインターだけではなくて、五木田さんが影響を受けたコミックや古い雑誌のことも指しているんですが、先ほどの『Slash and Thrust』にしても、元になった女性の写真はアウトラインとしてのみ生き残っている。その残余感が幽霊っぽさを連想させるのかもしれません。

五木田:ちょっぴりコワイもの、グロテスクなもの、エロいものに惹かれるところはありますね。「メキシコで見た、落書きだらけの選挙ポスターにインスパイアされているかも」なんて、後付けで言ったりもするんですけれど、無意識なんだと思います。

―でも、隣にある『Captive Bunny』なんかは、かなり意識的に構成していませんか?

五木田智央『Captive Bunny』2013年 アクリルグワッシュ、木炭、ジェッソ、カンヴァス 227.3×181.8cm ©The José Parlá Collection, New York
五木田智央『Captive Bunny』2013年 アクリルグワッシュ、木炭、ジェッソ、カンヴァス 227.3×181.8cm ©The José Parlá Collection, New York

五木田:これは今年のメアリー・ブーン・ギャラリー(ニューヨークの老舗ギャラリー)の個展に出した作品ですね。完成させようという意識がすごく絵に出ています。デカいところで発表するから、緊張していたと思う。カチッとして、ピチッとしていて。全部フィギュア、人間っぽくしようって思っていましたね。

―五木田さんが描くときに大切にしているものは? フィギュア(かたち)ですか?

五木田:DIC川村記念美術館の学芸員の方には「空間なんじゃないか?」と言われましたね。大切にしているもの。何だろうな……。やっぱり、どこかきれいだなっていう部分がないと僕は嫌ですね。

ある意味、未完成状態であることが大切なのかもしれない。よくあるんです、「あそこでやめとけば革命的に新しい絵だったのに!」って。

―それは例えば黒と白のグラデーションとか? 『Sinister Exaggerator』なんかは、グニャグニャとしたパターンの中でグラデーションがひたすら反復されていて、五木田さんが感じる快楽みたいなものを感じます。

五木田:グラデーションの作品は完全に快楽ですね。気持ち良さから始まった。そうじゃないと描き続けるモチベーションを保てないんですよ。今回の新作として、正方形のシリーズを10点出しているんですけど、これも結構新しいことにチャレンジしていて。本当にテキトーに描き始めて、360度グルグル回転させながら即興的に進めていく。それである瞬間に「人とか動物に見える!」と思って目を2つ描き込んでみたり。

五木田智央『Sinister Exaggerator』2008年 アクリル、グワッシュ、カンヴァス 194.0×259.0cm Private collection, Tokyo Courtesy Taka Ishii Gallery, Tokyo
五木田智央『Sinister Exaggerator』
2008年 アクリル、グワッシュ、カンヴァス 194.0×259.0cm Private collection, Tokyo Courtesy Taka Ishii Gallery, Tokyo

―『用心棒』という作品は、木にぶらさがったナマケモノみたいに見えますね。

五木田:ナマケモノ(笑)。僕は具象画の画家だと思うんですよ。生粋の抽象画家にはなれないタイプ。他人の抽象画でもかたちが見えちゃうんですよ。怖いくらいに。

―新作は抽象的なところからアプローチして具象画に至ろうとしているように思いますが、これまでの作品は具象から始まって、どこかで抽象的な曖昧な方向へ振ろうとしていますよね。

五木田:そうですね。ある意味、未完成状態であることが大切なのかもしれない。よくあるんです。「あそこでやめとけば革命的に新しい絵だったのに!」ってね。「ここに一本線を入れたらパーフェクトな絵になるんではないか?」と思って描き足すんだけど、いざ線を入れたら「うわっ失敗した!」って(苦笑)。もうあの美しい状態には二度と戻らない。そういう絵は消すか破くかのどっちか。でも今回の新作は楽しかったです。今までだったら、あんな雑なグラデーションは描かなかったんですけど。不思議ですね。

きっとまたどん底に落ちるんだと思う(笑)。でも、絵を描くことは絶対にやめなかったから、それさえ続けていれば何とかなるとは思っています。

―1990年代から、雑誌やデザインの世界で五木田さんは広く知られていたわけですが、アーティストとしては実質逆輸入的な評価ですよね。日本のアーティストは、村上隆や草間彌生も皆そうですが、海外で評価されてようやく日本が気付くという。

五木田:内心では「遅いよ!」って思いますけどね(笑)。『ランジェリー・レスリング』を発見したのもアメリカ人だったし。メアリーブーンも本人がいきなり電話かけてきたわけで、熱量が違う。日本でもパルコ・ギャラリーで個展(『ランジェリー・レスリング』2000年)やったけれど。

五木田智央
五木田智央

―逆に、海外で勝負することの大変さなどはありますか。

五木田:ありますよ。あらゆる文脈に対してどう進んでいくのかとか。ここまである種とんとん拍子で来ちゃったから、この先はきっとまたどん底に落ちるんだと思う(笑)。まぁ、どん底には慣れているから、来るなら来いって感じですけど。でも、絵を描くことは絶対にやめなかったから、それさえ続けていれば何とかなるとは思っています。とはいえ、イラストよりもアートのほうが自由ってこともないんですけどね。売れ線のシリーズがあれば「これに近い感じのものを描いてよ」とか、そこまで露骨ではないまでも言って来るギャラリストも多いですから。

―同じものを描き続けるのは苦しいですよね。

五木田:そうそう。2009年の青いシリーズとか、その次のステンシル使った作品とか、新しい試みに取り組んだ作品もいろいろあって。まあ評判悪かったですけど(笑)。でも、自分にとっては大事なんですよ。なんでそこにこだわるのかは自分でもわからないけど、必要だってことはわかる。

―なるほど。

『五木田智央 THE GREAT CIRCUS』展示風景
『五木田智央 THE GREAT CIRCUS』展示風景

五木田:僕の大好きな湯村輝彦さんは「俺はアーティストじゃない、イラストレーターだ」って、そこは曲げないんですよね。最近はヘタウマどころかヘタヘタになってきて、湯村さんは凄いですよ。

―五木田さんも、ヘタヘタになっていくような年のとり方したいって思いますか。

五木田:最高ですね。マティスもピカソも僕にとってはヘタウマに入りますから。もちろん、若いときしかできない作品も重要ですよ。自分の作品でも、「これはもう描けないな」っていうのはたくさんありますもん。でも、その分これから描ける絵もたくさんあると思うんです。

イベント情報
『五木田智央 THE GREAT CIRCUS』

2014年8月31日(日)~12月24日(水)
会場:千葉県 佐倉 DIC川村記念美術館
時間:9:30~17:00(入館は16:30まで)
休館日:月曜(ただし9月15日、10月13日、11月3日、11月24日は開館、各翌日休館)
料金:一般1,200円 学生・65歳以上1,000円 小中高生500円
主催:DIC株式会社

プロフィール
五木田智央(ごきた ともお)

1969年東京都生まれ。2000年、リトルモアより作品集『ランジェリー・レスリング』を出版。カルト的な人気を集める五木田の初期作品は、おもに紙に即興的に描かれたドローイングであり、展覧会の場で発表されるだけでなく、むしろイラストレーションとして、また美術系雑誌を媒体として数多く発表されている。近年に描かれたカンヴァスにグワッシュを用いた白黒のシュールな人物像は、いち早くニューヨークやロサンゼルスで注目され、現在は美術の世界にとどまらず音楽・出版・ファッションなど各方面に活躍の場を広げている。



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