自分の暮らしが少し好きになる。ラッキーオールドサンの生活の歌

「朝になったら仕事に出かけ、はした金のために働いてる。それなのにあの幸運なお日さまときたら、なんにもしないで今日もただ天国をまわってるよ」

これは1949年に発表されたアメリカのポピュラー歌曲“That Lucky Old Sun”の一節を訳したものだ。ルイ・アームストロングやレイ・チャールズ、日本だと久保田麻琴や大西ユカリの歌唱でも知られるこの曲は、ままならない生活の苦しみが綴られた労働歌でありながら、その穏やかなメロディーは市井の営みをどこか祝福しているようでもある。

篠原良彰とナナの二人は、たまたま手に取ったCDの背表紙に記載されていた、この“That Lucky Old Sun”というタイトルにピンとくるものを感じ、自分たちのバンド名として引用したのだという。坂の上から見下ろす景色。住み慣れた街への愛着。そこからもうすぐ引っ越していく人。そしてその人を想う少女。ラッキーオールドサンの1stアルバム『ラッキーオールドサン』に収められているのは、そんなさりげない日常のなかで巻き起こる、ちょっとしたドラマの数々だ。アコースティックバンドの素朴な演奏と、涼やかで凛とした歌声によって紡がれたそれは、この退屈な毎日がとてもかけがえのないものであるということを、あなたにもそっと思い出させるだろう。そう、あの“That Lucky Old Sun”のように。

「いろんな人の生活がそこに見え隠れするような作品にしたいな」と思ったときに、聖蹟桜ヶ丘はその舞台としてベストだと思ったんです。(篠原)

―今回のアルバムは聖蹟桜ヶ丘の街並みが制作のヒントになったそうですね。お二人にとって、聖蹟桜ヶ丘はもともと馴染み深い場所なんですか?

ナナ(Vo,Key):いや、そういうわけではないんです。たしか、あれは去年の夏頃だったかな。このアルバムを作る前に、二人で聖蹟桜ヶ丘に行ったことがあって。でも、なんのためにあそこまで行ったんだっけ?

篠原(Vo,Gt):うーん……忘れちゃったね。でも、そのときに二人で音楽の話をしたことは、よく覚えてます。あと、その頃の僕はちょうど就職活動をしていた時期だったんですけど、上手くいってなかったんですよね。当時の自分はごちゃごちゃしていたんです。

―この先の音楽活動を考えていくうえでも、いろいろ悩ましい時期だったわけですね。

篠原:まさにそうだし、僕は今も現在進行形で悩みながら音楽をやってます(笑)。これはあとになってから気づいたことですけど、ラッキーオールドサンというバンド名には、そういう意味合いがあるんですよ。

―“That Lucky Old Sun”は、労働者の厳しい生活がつづられた曲ですよね。

篠原:聖蹟桜ヶ丘で話していた当時の僕らは、すでにkiti(現在の所属レーベル)とも話を進めていたから、なんとか自分の考え方をまとめなきゃいけなくて。今回のアルバムは、そういう時期に作り始めたものなんです。

―そこで聖蹟桜ヶ丘という街は、お二人にどんなインスピレーションを与えたのでしょうか。

篠原:「いろんな人の生活がそこに見え隠れするような作品にしたい」と思ったときに、聖蹟桜ヶ丘はその舞台としてベストだと思ったんです。というのも、聖蹟桜ヶ丘は坂の上から街全体が一望できるんですよ。そこからはたくさんの家が見えて、いろんな人が生活している。そういう感覚を今回のフルアルバムでは表したいなって。

聖蹟桜ヶ丘にて 撮影:木村和平
聖蹟桜ヶ丘にて 撮影:木村和平

―なるほど。そういう作品のイメージを二人で共有しながら、お互いに曲を持ち寄っていったんですね。

篠原:いや、それが不思議なもので、僕らはなにかしらのイメージを共有しながら、そこにお互いの曲を寄せていったわけではないんです。二人で曲を持ち寄っていくうちに、自然とこういう曲が出来てきたというか。だから、僕らの曲はよく「どっちが書いたのかわからない」と言ってもらえるんですけど、それが僕はすごく嬉しいんですよね。

―それぞれに持ち寄った曲が、意図せずして同じようなイメージを描いていたということ?

篠原:そうなんです。あえて僕とナナさんの違いを挙げるとするなら、僕は差し引きするタイプだけど、ナナさんはそれが自然にできちゃうということですね。ただ、どんな曲を書くにしても、ラッキーオールドサンの中核には、常にナナさんがいるんです。アレンジをまとめるときも、僕は常にナナさんのボーカルを想定しながら制作を進めているので。

左から:篠原良彰、ナナ
左から:篠原良彰、ナナ

―ラッキーオールドサンの楽曲は、お二人が交互に歌ったり、サビでユニゾンを聴かせるものが多いですよね。こういうスタイルも、ナナさんの歌を中心に考えていくなかで生まれたものなんですか?

篠原:本当のことを言うと、僕はあんまり歌いたくなくて(笑)。ただ、やっぱり二人でギター1本だと、どうしても音楽的に物足りなくなる。そこで「仕方ないから自分の歌も入れるか」と。それにユニゾンが多いのは、単純に僕が上手くコーラスできないっていうのが大きいですね(笑)。ハモろうと思っても、つい釣られちゃうから。

―その歌い方にしても、ラッキーオールドサンの音楽は非常にバンドっぽいですよね。いわゆる「男女デュオ」みたいな感じではないというか。

篠原:あ、それはめっちゃ嬉しいです。僕らは「これが最小限のバンド編成だ」っていう意識でやってるから、そう思ってもらえるのはすごく嬉しい。

―最小限の編成にこだわるのは、なにか理由があるんでしょうか?

篠原:あります。なんで他のパートのメンバーを入れないかというと、とにかく僕らは音楽的にいろんなことがやりたいからなんですよね。それこそ、急にエレクトロニカとかも、僕らならやりかねないと思うし。

―次作がエレクトロニカだったら、ちょっとびっくりですね(笑)。でも、この二人ならそういう可能性だってなくはないんだと。

篠原:全然あると思います(笑)。そこは自分たちが影響を受けているくるりがそうであるように、僕らの音楽性はこれからどんどん変わっていくと思います。

―なるほど。ナナさんと篠原さんはそうした音楽的嗜好も重なるところが多いんですか?

篠原:どうだろう。二人ともパンクが好きってところは同じかな。というか、銀杏BOYZ。

今の僕は、自分が作った音楽に救われているんです。いつかの自分や、いつかのナナさんが、今の自分にすごい勇気をくれる。(篠原)

―ナナさんは銀杏BOYZやパンクのどんなところに惹かれるんですか?

ナナ:私はもともと男の子に憧れがあるんです。なんていうか、女の子にはない眩しいものが男の子にはあるから。銀杏BOYZにも、そういう男の子の圧倒的なものを感じるんですよね。でも、それって男の子にしかできないことで、自分には表現できないことなんです。

―自分にはできない表現だからこそ、ナナさんにはそれが眩しくうつったんですね。

ナナ:はい。そこが私の悩みでもあったんですけど、篠原さんは「自分らしく好きなようにやればいいよ」と言ってくれるので、今は自分らしくやれば、それでいいのかなって思ってます。

篠原:でも、そういうパンクなアティチュードは、二人に共通してるところだと思います。だから、僕らには「かわいい」とか「やさしい」みたいなイメージにすごく反発したくなるところがあって。ラッキーオールドサンの母体となったバンドでは思いっきりギターロックをやってたし、もともと「上手くやりたい」みたいな気持ちもあまりないから。

―技術面にはそこまでこだわってないということ?

篠原:必要以上に「自分たちをよく見せよう」みたいな考えがあまりないんですよね。

―そういう反骨的な態度がお二人のなかにはあると。その一方、ラッキーオールドサンの音楽はとてもポップで親しみやすいものになってるとも思うのですが。

篠原:うん、ちょっと矛盾してますよね(笑)。でも、僕がやりたいのはまさにそういうことなんです。つまり、ただポップスがやりたいんじゃなくて、オルタナティブな選択肢のひとつとして、ポップスをやりたい。あくまでもナナさんのボーカルを軸としながら、その時々にやりたいことをすべてやりたいんです。実際、今回の作品にはそこが上手く記録できたと思います。“ミッドナイト・バス”なんてまさにそう。こういう曲を今でも書けるかって言われたら、ちょっと自信がないし。

―この作品に収めたものは、学生だった自分にしか書けなかった曲だと。

篠原:はい。そのタイミングでしか作れないものって、やっぱりあると思うんです。だから、僕はそれをちゃんと記録していきたかったし、それを世の中に発表できるのは、ものすごく嬉しいことだと思ってます。特に今回のレコーディングは、「卒業するまでに完成させる」っていうタイムリミットこそあったけど、それでもだいたい3か月くらいの時間はかけられたので。やっぱりこれからはそうもいかなくなると思うんですよね。

―たしかに学生時代とは勝手が違ってくるのかもしれませんね。

篠原:飲み会ってあるじゃないですか。僕、あれがすごく苦手で。たとえばそこでカラオケなんかに行くと、僕はそういう場面でバカになれないから、もうどうしようもないわけですよ。「うわー!」って半泣きになりながら、“悲しくてやりきれない”(ザ・フォーク・クルセダーズ)とかを歌っちゃったり(笑)。

―うわー(笑)。それはだいぶ気まずい空気になりそうですね。

篠原:でも、僕にはそれしかできないから(笑)。そういう本来は馴染めないはずのところに、今の僕は身を置いている。まずは自分一人で自立しなきゃ好きなこともできないと思ってたし、そういう社会を自分の目でちゃんと見た方がいいとも思ってたんですけど、やっぱりそういう飲み会とかの違和感は今でもぬぐえなくて。

―現在の篠原さんは、卒業してからの生活に、日々追われている最中なんですね。

篠原:はい。でも、そんな日の朝に、たまたま“ミッドナイト・バス”を再生したときがあったんです。そうしたらなんか泣きそうになっちゃって。このアルバムを卒業までに完成させたことは、本当に大成功だったと思う。つまり、今の僕は、自分が作った音楽に救われているんです。いつかの自分や、いつかのナナさんが、今の自分にすごい勇気をくれる。ラッキーオールドサンが、今の自分の背中を押してくれるんです。今回の作品はそれくらいに純度が高いものになったと思う。そういう自負が今の僕にはあって。

左から:篠原良彰、ナナ

やっぱり実際にやってみなきゃ、なにもわからないと思います。(ナナ)

―ナナさんはどうでしょう。これから社会にでることへの不安や恐怖はありますか?

ナナ:うーん。やっぱり実際にやってみなきゃ、なにもわからないと思います。

篠原:僕も、社会に出ていいことがなにもなかったかというと、決してそうじゃないんです。たとえば、ぎゅうぎゅうの満員電車から出て、階段を降りていく人たちを見たとき、学生時代の自分は「ああいう生き方ってどうなんだろう」と思ってたけど、みんな生活や家族のために必死で頑張ってることがわかるようになった。それに、今の僕にもやりたいことはいくらでもある。むしろそれは増えてるくらいだから。

―社会に出たことによって、音楽をやりたいという気持ちはより強まった?

篠原:はい。だから、僕はその気持ちにただ従えばいいんだって。当然、日々の心労とかで自分にストップをかけてしまうときもあります。でも、そういうときに自分が作った曲を聴くと、なんていうか、そうやって足を止めている自分がバカバカしく思えてくるんです。もっと自由に、やりたいだけやればいいじゃないかって。そこで変に自分を変えようとする必要もないし、「まだまだこれからっしょ!」って。

―学生時代の最後に作ったこのアルバムが、いつでもそれを思い出させてくれるんですね。

篠原:そうなんです。音楽を作っているときの自分は、そのときのことしか考えてないんですけど、それはいまの自分もそうだから。僕は社会に出ることで自分が変わってしまうことが怖かったんですけど、結局僕はなにも変わってない。これからもやりたいことをやっていけばいいって、今は素直にそう思ってます。

人と関わりたいんです。人と関わっていくなかで、初めて自分が本当に作りたい音楽に近づいていけると思うから。(篠原)

―では、そんな篠原さんとナナさんがこの先に作りたいと思っているのは、どんな音楽なんでしょうか。

篠原:僕、変なことはしたくないんですよ。単純でわかりやすくて、ど真ん中にくるようなメロディーが好きだし、そういう音楽の方がやっぱり残ると思うんですよね。それこそ童謡とかって、すごく普遍性があって、キャッチーじゃないですか。“赤とんぼ”を聴くと、「こういう曲が自分の理想形なのかもしれない」と思うんですよね。だから、僕としては、歌詞が1行くらいで、楽器も使わなくていいような短い曲をいつか書きたいですね。

ナナ:私も篠原さんと同じかな。単純で短い歌が好きなんです。メロディーだけで成り立つよう歌がやれたらなって。

―二人とも、最終的にはとてもシンプルな形を目指しているんですね。でも、一方で先ほどは「エレクトロニカもやりかねない」ともおっしゃってましたよね?

篠原:そこも楽しみたいところなんです。僕らには目指すゴールがちゃんとあるから、そこにいたるまでは壮大な遠回りがしたいというか。極端な話、作ったものが駄作だったとしても、それはそれでおもしろいと思う。

―ああ、それはわかる気がします。ミュージシャンには常にいい作品をリリースする人もいれば、時々とんでもなくイレギュラーな作品を出すような人もいるじゃないですか。そのどっちを追いかけたくなるかと言われたら、僕は後者だったりするので。

篠原:まあ、駄作は作らないですけどね(笑)。でも、僕は100点満点の作品なんてそう簡単には作れないとも思うんです。もっと言うと、僕一人でそういう音楽は絶対に作れない。自分にそういう力はないと思ってる。だから、人と関わりたいんです。人と関わっていくなかで、初めて自分が本当に作りたい音楽に近づいていけると思うから。

左から:篠原良彰、ナナ

―そこでナナさんの力が必要になるわけですね。

篠原:うん。ナナさんもきっとそうなんですよね。ナナさんは本当にいい曲を書くんですけど、アレンジとか、音作りの部分に関しては……。

ナナ:(笑)。私、そういうことは全然わからないんです。

篠原:それに、ナナさんの曲は誰かがパッケージして記録しておかないと、きっとナナさんはずっと蓋をしたままだったと思うから。

―なるほど。ナナさんの音楽を記録することも、篠原さんが今このバンドをやるモチベーションになってる?

篠原:ものすごく大きいですね。

ナナ:はじめてその蓋を開けてくれたのが篠原さんだったんです。もしラッキーオールドサンに誘われてなかったら、私は自分の曲を誰にも知らせず、そのまま自分のなかだけで完結させてたのかもしれない。

篠原:僕もすごくタイミングがよかったんですよ。前身のギターロックバンドが解散しちゃって、「もう音楽やめようかな」と思ってたときに、ナナさんの曲を聴かせてもらったら、「これならずっと続けていける!」と思えたんです。だから、ホントこれからですね。

―なんせ、お二人はこれから1stアルバムを世にだすわけですからね。

篠原:そう。ラッキーオールドサンはまだ始まったばかりですから。

リリース情報
ラッキーオールドサン
『ラッキーオールドサン』(CD)

2015年7月15日(水)発売
価格:2,160円(税込)
kiti / ARTKT-007 / kiti-020

1. 魔法のことば
2. 坂の多い街と退屈
3. 二十一世紀
4. 何も決まってない
5. Have a nice day!
6. 街
7. いつも何度でも
8. ミッドナイト・バス
9. しん

イベント情報
『ラッキーオールドサン first full album RELEASE PARTY』

2015年9月27日(日)
会場:東京都 新代田 FEVER

プロフィール
ラッキーオールドサン

ナナ(Vo,Key)と 篠原良彰(Vo,Gt)による男女ポップデュオ。ふたりともが作詞作曲を手がける。あどけない女性ボーカルを前面に、確かなソングライティングセンスに裏打ちされたタイムレスでエヴァーグリーンなポップスを奏でる。2014年11月に渋谷O-Groupで開催された『Booked!』にデビュー前ながら出演。2014年12月に1stミニアルバム『I’m so sorry, mom』を発表。2015年7月15日に1stフルアルバム『ラッキーオールドサン』をリリース。2010年代にポップスの復権を担うべくあらわれた、今後さらなる注目が集まること必至な注目のニューカマー。

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