菊池亜希子が『海のふた』で腑に落ちた、自分の居場所の見つけ方

よしもとばなな原作の同名小説を、女優・モデルとして活躍する菊池亜希子主演で映画化した『海のふた』。東京で舞台美術の仕事をしていた主人公・まりは、都会の暮らしの中でふと我を見つめ直し、故郷の西伊豆に戻って小さなかき氷のお店を始める。地元は昔のにぎやかさを失い、さびれてしまっていたが、まりはこの海辺の小さな町で自分の一番好きなことで生きていく決意をするーー。顔に火傷の痕が残り、一緒に暮らしていたおばあさんを亡くしたばかりで心に傷を抱えるはじめ(三根梓)や、地元で生きる元彼・オサム(小林ユウキチ)と触れ合いながら、地方都市の問題や、故郷に残した人々との人間関係、自分の居場所といったテーマを背景に新しい人生を踏み出そうとする一人の女性の物語。菊池自身が「自分を見ているようだ」と語る主人公へのシンパシーについて語ってもらった。

※本記事は『海のふた』のネタバレを含む内容となっております。あらかじめご了承下さい。

原作も映画も、「自分が好きなもので生きていく」という覚悟を決めることの尊さを描いた作品だと思います。

―よしもとばななさんの原作が世に出た2004年当時は、かき氷だけの専門店ってまだあまり一般的ではありませんでしたよね。かき氷というのはレストランや喫茶店の夏季限定メニューで、1年中食べられるものではなかった。本作でかき氷の監修を務めている「埜庵」が、真冬でも行列ができるかき氷専門店を成立させて、その常識が覆ったように思います。

菊池:ここ数年はかき氷がブームになっているので、「田舎に帰ってかき氷屋さんを始める話」と聞くと、まるで流行りに乗っかった人物のように主人公を誤解してしまうかもしれないんですけど、そうではないんです。まりが「これなら誰にも負けないぐらい好きだ」と自分の内面に向き合って、都会の暮らしを投げ打ってまでやりたかったことが、かき氷のお店を持つことだったんです。原作も映画も、「自分が好きなもので生きていく」という覚悟を決めることの尊さを描いた作品だと思います。


―かき氷ってすぐに溶けてなくなってしまう、非常に刹那的な食べ物ですよね。一瞬の感動と清涼感のために対価を払う。

菊池:一瞬だからこそ、キラキラともろくて儚い氷を一匙すくって口に含んだ瞬間、言葉にできない幸せが訪れる。時間がたつと価値がどんどんなくなってしまうから、その場で食べることを含めて「体験」を楽しむものですよね。

共感という言葉を超えるぐらい、まりの発言や意地の張り方が、自分を見ているようで恥ずかしかった。

―たしかに劇中で、菊池さんがかき氷のてっぺんにシロップをとろりとかけるシーンは唾を呑みました……。はじめに脚本を読まれたとき、まりがどういう人間なのかがつぶさに理解できて、役作りに時間がかからなかったと伺いました。どのあたりにご自身との共通点を感じられたのでしょうか?

菊池:共感という言葉を超えるぐらい、まりの発言や意地の張り方が、自分を見ているようで恥ずかしくて、脚本を読んでいられなくなるほどでした。理想を振りかざし過ぎて、誰かのことを傷つけてしまったり、キレイごとを語ってしまいがちなところなど、生き方の根幹になっている部分がまりと私は近いのか、自分の嫌な部分を客観視させられているみたいで。正直、初めからすごく好きだなとは思えませんでした。ただ、映画でまりは幼馴染のオサムによって、自身の弱点を突きつけられることになるのですが、原作よりもオサムの存在感が大きく描かれているからこそ、まりの嫌な部分もようやく受け止めて愛することができたと思います。

菊池亜希子
菊池亜希子

―故郷を離れ、東京へ出てきたという点も同じですよね。

菊池:まりの故郷は、有名な観光地というわけでもなく、なんていうか中途半端な田舎町。私も岐阜出身で田舎生まれなので、周りの人からどんなところなの? ってよく聞かれるけど、これといって特にないんですよね。「木曽川や長良川とか、川がたくさん流れていて水がキレイなんだよ」とか言うけど、「いいところなんだね」って思ってほしいから、過剰に演出しているところもあると思うんです。そうは言っても、心のどこかでずっと故郷とは繋がっている。自分にとっての居場所が、東京か故郷の二択しかないという状況は私も同じなので、まりの役を作り込んでいくために特別な作業はしませんでした。ただ、まりは原作で読むとすごく快活で男勝りなイメージだったので、その部分は監督とも話し合って、仕草や姿勢を意識して演じました。

『海のふた』 ©2015 よしもとばなな/『海のふた』製作委員会
『海のふた』 ©2015 よしもとばなな/『海のふた』製作委員会

―故郷に戻ってさっそく自分のお店の内装を手作りで仕上げていくシーンでは、歩幅でサイズを測ったり、大胆な動きを見せていましたよね。

菊池:私は高校生の頃、建築を専攻していて、かなりガテン系というか、体力がないとやっていけない学科にいたんです。だから建築現場や内装現場で大きな模型を作ったり、重い金槌を振り上げたりすることに実は慣れていて。歩幅でサイズを測ったのも、スケール感覚を自分の体のサイズを使って身に付けるというのは、建築学生にとっては基本中の基本だったので、自由演技でいいよって監督に言われてやらせてもらいました。

―どうりで! 電動ドリルの使い方とか、すごく馴染んでいらっしゃいましたもんね。

菊池:自前の電動ドリルを持っているぐらいなので(笑)。

「またショッピングモールができたの?」なんてことは、ときどき地元に帰ってくるような立場から勝手に言うことじゃないと思うんです。

―菊池さんは高校で建築を学んだ後、大学では都市研究を専攻されていたんですよね。

菊池:はい。建物について学ぶとなると、自分の敷地内をいかに快適にするか? までが課題なのですが、建築を勉強してぶつかるのは、シャッター通りになってしまった商店街や、若い人がいなくなることによる過疎化の問題なんですよね。建物が建ったことでこの街全体はどうなるのか? ということを、建築を学ぶ上で無視してはいけないと思い、もっと広い視野で地域の成り立ちを理解しなければと高校のときに気がついて。

菊池亜希子

―視野の広い高校生ですね……。

菊池:それで都市研究を専攻して、いろいろな町を研究対象にするようになって。『海のふた』に近い環境だと、千葉県の館山が研究都市になっていて、廃校になった校舎や、かつて商店街だった場所に何か新しい建物を建てて、人の流れがどういう風に変わるかを模型で検証したり、調査をもとに想定を立てたりしました。でも、学生はやっぱり社会に出たことがないので、キレイごとも甚だしいというか、絵空事ばかりを考えているんですよ(笑)。一方で、町の人はすごくシビアに見ていて、「この町にこんなにたくさん人はいないけど、この人たちはどこから来ているの?」って学生たちの理想図に冷静に反応するんです。都市の問題は、そう簡単に糸口がみつかるものならとっくに解決しているし、経済がただちに良くなるみたいな仕組みを考えるのはとても難しいことだと、当たり前だけど改めてそう思わされました。

―町の衰退って、大型ショッピングモールが元凶とか、そういう簡単な問題でもないですしね。

菊池:そうなんですよね。自分の地元の商店街が廃れたときに、「またショッピングモールができたの?」なんて、ときどき帰ってくるような立場から勝手に言うことじゃないと思うんです。田舎にずっと住んでいる友達からすると「ZARAもシネコンもできたんだよ!」って。便利になって日々の暮らしが少し良くなったり、欲しいものが買える物流ができたことを全否定することは、田舎は田舎のままであってほしいと願う都会に住んでいる人の一方的な思いですよね。田舎で暮らす人が心地良く過ごしたいという希望と、日本中の風景が全部同じようになっていいのかと危惧する気持ちは、どちらも同時に必要な考えだと思います。だから、まりがあくまでも自分の心地良さのために地元で小さなお店を持つことは、広い視野で見ると、ほんの少し町の風景を更新して、人の流れを変えるかもしれない。地に足のついた「変化」だと思うんです。

16歳ぐらいの頃、当時のマネージャーに「形に残らないものに関しては、惜しみなくお金を使え」って言われて。それがお金に対する考え方の根本になっています。

―映画の中で「愛のないお金の使われ方をしたから(かつてはにぎやかだった町がさびれてしまった)」というセリフがありましたけど、この作品では、たくさんのお金が町の風景や人の心を変えてしまうやるせなさを描いています。ただ、たくさんお金を持っているせいで遺産相続に巻き込まれたはじめちゃんや、仕事を辞めて身一つで小さなお店を始めることを決めたまりの感覚も、一般的な金銭感覚とは異なると思いました。そのあたり、菊池さんはどう感じましたか?

菊池:お金に対する考え方はまりに近くて、現実的なほうではないと思います。それはモデルの仕事を始めた16歳ぐらいの頃に、当時のマネージャーに言われた言葉が大きくて。「形に残らないものに関しては、惜しみなくお金を使え」って。洋服や雑貨ではなく、たとえば食べ物や演劇、旅のような経験もそうですよね。だからお金を貯めることに対して執着がなくて、使うべきときに思い切って使うようにしています。

『海のふた』 ©2015 よしもとばなな/『海のふた』製作委員会
『海のふた』 ©2015 よしもとばなな/『海のふた』製作委員会

―他人から見たら、後先考えていないと思われるような?

菊池:自分にとって必要だなと感じたら迷わないので、そんなに潔く使っちゃうんだ! と思われているかも。ただ、「もの」ではなく「こと」にお金をかけるという価値観は、深く自分の中に根付いているんですけど、断捨離本が流行ったときは全然ピンとこなかったです。ものを持たない生活と、丁寧に暮らすことがイコールだとは思えなかった。ものや欲望を持たない生活を続けることで自分自身がもっとクリアに見えてくるという本も一通り読んで、納得できる部分ももちろんあるけど……。たくさん捨てて、持たずに生きていくという人生を、私は愛おしいとは思えなかった。

『海のふた』 ©2015 よしもとばなな/『海のふた』製作委員会
『海のふた』 ©2015 よしもとばなな/『海のふた』製作委員会

―物質的な豊かさと心の豊かさは比例しないけど、かといって、お金をまったく使わずに豊かにはなれない、ということでしょうか。

菊池:そうですね。例えば、吝嗇家も度が過ぎてしまうと、お金を使うことは「悪」という感覚にだんだんすり替わってしまう。お金を大切にし過ぎることで結局何が大事なのかわからなくなってしまうと思うんです。お金を使うということは「賛成」の気持ちを示すことで、自分が社会や経済の活動に参加するということ。人間として社会生活を営むならば、社会の仕組みの中に組み込まれないと意味がないと思って。だから、なぜその金額なのか価値を理解したうえで、賛成の意を込めてお金を使っていくことが大事なんじゃないかと思っています。

場所にこだわるんじゃなくて、在り方を大事にすれば、自分の居場所は見つかる。都会の有名店でも田舎の小さなお店でも、ハンバーグを焼いてお客さんに満足してもらうことには、何の違いもないんだなって。

―まりはもともと一人でいるのが好きなタイプで、はじめちゃんも傷ついた過去のせいで一人でいるほうが辛くないと思っていた人物。だけど二人でいると一人よりも居心地がいいと感じられる、すごく奇妙な関係ですよね。一夏の間だからこそ成立する、特別な間柄。二人の絶妙な関係性は、まり役の菊池さんとはじめちゃん役の三根さんが現場で作り上げていった部分も大きかったのではないでしょうか?

菊池:原作だと、二人の関係はより精神的な密着感があると思うんですけど、映画ではなぜか魅かれ合い、なんだかずっと一緒にいるという不思議な関係ですよね。一緒に海に入るシーンで、泳げないはじめちゃんを抱きしめたり、海に浮かべたりする描写も、女の子同士なのに、もしかしたら男の子にはできない包み込み方で、心が満たされる感覚がある。それは恋愛感情とはちょっと違うんだけど、親密な愛おしさみたいな。2週間弱の撮影期間中、三根さんとは本当にずっと一緒にいて、どこまで距離を縮めるべきか監督と一緒に探りながら作っていきました。ちなみに私自身の実体験でも、中学くらいの頃から、女の子との距離が物理的に近かったんですよ。周りの女の子がすごくスキンシップが多くて、肌にピタッとくっついてくる子や、すぐ腕をつかみたがる子がいて(笑)。大人になってもそういう女友達がすごく多いなってことも思い出しました。

菊池亜希子

―雑誌やテレビで見て菊池さんのことが好きな方も、友達以上の好意を抱いて、菊池さんのことを見ているのかもしれません。もっと仲良くなりたい! というような。

菊池:体育会系の女子にチョコ渡す感覚ですね(笑)。

菊池亜希子

―人間関係という話だと、まりの家族は、働き者で明るいお母さんと、優しくてちょっととぼけたお父さんという温かい家庭で、見ていて和みました。

菊池:鈴木慶一さんが演じるお父さんは、とってもかわいらしくて理想ですね。天衣(織女)さん演じる母は、実際の私の母にも似ていて、働き者でしっかりしています。どんな家庭で生まれ育ったかということで、その先の人生が多少なりとも決められてしまう現実はあるので、映画の中で、ずっと地元で暮らしていたオサムが辿る運命を思うと胸が痛くなります。まりの環境が恵まれているのは事実で、両親が健在で勤め先も安定しているという背景があるから、地元に戻って好きなことができている。でも、帰りたくても、居場所がなくなっている人もたくさんいるし、どこかに行きたくてもそこから逃れられない人もいる。この作品は、何かを指南する立ち位置ではないんですけど、まりの目を通してさまざまな人の状況に思いを馳せることは、ちょっとだけ意味があるかもしれません。

『海のふた』 ©2015 よしもとばなな/『海のふた』製作委員会

『海のふた』 ©2015 よしもとばなな/『海のふた』製作委員会
『海のふた』 ©2015 よしもとばなな/『海のふた』製作委員会

―でも、自分の居場所を見つけ出すのって難しいことですよね。原作では「ここではないどこか」を探し求めることにけりをつけるため、まりはかき氷のお店を持つことにしたと書かれていました。そうやって「求め続けてしまう」人って、実はたくさんいるんじゃないかと思うんです。

菊池:私は具体的に、平凡で平坦な日常を愛するタイプですが、一方で何か新しいことをしていないと飽きてしまうんじゃないかという焦燥感もある。いつも自分の興味のあることを更新しなければならないような強迫観念に迫られてしまっているときもあるんです。それはやっぱり己を奮い立たせて東京に出てきた身として、自己啓発に似た負荷をかけている部分があるからだと思う。だけど最近は、みんなどこにいても変わらないんじゃないかとも感じています。例えばシェフを目指すとして、有名店でのし上がることが目標だと思っているうちは、ものすごくしんどいんじゃないかなと思うんです。でも、どこでもない田舎の定食屋さんで美味しいハンバーグを作って、自分がその場所で心を動かされる瞬間を大事にすれば、肩の荷がおりる気がする。場所にこだわるんじゃなくて、在り方を大事にすれば、自分の居場所は見つかるんじゃないかと。都会の有名店でも田舎の小さなお店でも、ハンバーグを焼いてお客さんに満足してもらうことには、何の違いもないんだなって、ここ1年ぐらいでフッと思えて。そう思えたのは、年齢のせいかもしれないし、この作品に出会えたことも影響しているように感じますね。誰かと比べる必要はどこにもないのだと思います。

イベント情報
『海のふた』

2015年7月18日(土)から新宿武蔵野館ほか全国で公開
監督:豊島圭介
原作:よしもとばなな『海のふた』(中公文庫)
主題歌:蘭華“はじまり色”
挿入歌:原マスミ“海のふた”
出演:
菊池亜希子
三根梓
小林ユウキチ
天衣織女
鈴木慶一
配給:ファントム・フィルム

プロフィール
菊池亜希子 (きくち あきこ)

1982年岐阜県生まれ。独特の存在感で女優としても注目を集め、2010年映画『森崎書店の日々』(日向朝子監督)で初主演。その後『ファの豆腐』(11 / 久万真路監督)、『よだかのほし』(12 / 斉藤玲子監督)、『グッド・ストライプス』(15 / 岨手由貴子監督)で主演を務めている。また、著書として『みちくさ』『菊池亜希子のおじゃまします 仕事場探訪20人』を刊行。12年から年2回で発売している書籍『菊池亜希子ムック マッシュ』では編集長を務め、累計32万部を超えるヒットシリーズとしてカルチャー好きの男女から強く支持されている。



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