「苦労するために生きろ」曽我部恵一がキース・リチャーズに学ぶ

偉大なるロックンロールのレジェンドであり、今年71歳にして23年ぶりのソロアルバム『Crosseyed Heart』を発表したThe Rolling Stonesのキース・リチャーズ。そのレコーディング風景を追いながら、ストーンズの活動を振り返ったドキュメンタリー『キース・リチャーズ:アンダー・ザ・インフルエンス』が、日本でのサービスを開始した世界最大級のオンラインストリーミング「Netflix」で独占配信されている。キースと言えば、一般的にはロックンロールの不良性を体現する存在というイメージがあるが、ここでは純粋なる音楽ファンとしての素顔が垣間見え、ブルースやカントリーの先人たちとの交流を経て、ひさびさのソロアルバムを完成させた現在地が描かれている。そこで今回はこのドキュメンタリーを曽我部恵一に見てもらい、彼ならではの視点でキースについて語ってもらった。キースおよびストーンズの音楽的達成、時代の変化に伴うミュージシャンのあり方、そして人生観に至るまで、話題は実に多岐に及ぶものとなった。

※本記事は『キース・リチャーズ:アンダー・ザ・インフルエンス』のネタバレを含む内容となっております。あらかじめご了承下さい。

死んでしまった人と、生き残ってロックし続けている人の差って何なんだろう? というのは、よく考えますね。

―ドキュメンタリーをご覧になって、どんなことが一番印象的でしたか?

曽我部:いわゆるThe Rolling Stonesのキース像というよりも、キース個人の内面が描かれているのが良かったです。「人生とは……」と静かに語るキースという。冒頭はキースが古いブルースのレコードに針を落とすところから始まるんですけど、全編を通してとにかく音楽が好きなんだなあってことがすごく伝わってくる。ひとことで言うと、音楽バカ。一方でミック(・ジャガー)はエグゼクティブプロデューサー的な部分があるし、ストーンズはそのバランスが面白い。

―「ストーンズのキース像」というと、「不良性」みたいな部分がイメージとして強いかと思いますが、むしろそうじゃないところが描かれていますよね。

曽我部:中学1年生で初めてストーンズを聴いたときは、やっぱりちょっとガラの悪そうなところに憧れました。でも、聴いていくと、ストーンズの中にもいろんな音楽的要素があることがわかって、だんだんそっちにも惹かれていった。ストーンズのルーツ回帰的な部分のキーを握っているのがキースだと思う。学究的というか。そしてキースはすごくナチュラルな人で、自然の流れに逆らわずに生きてる感じがする。ハードドラッグにハマっていったのも、自分を高めるためという哲学的側面よりも、そういう時代だったからなんとなくノリでってほうが強い気がする。

曽我部恵一
曽我部恵一

―ドラッグはさすがに卒業しているとしても、トレードマークの煙草はドキュメンタリーでもずっと吸い続けてますよね。曽我部さんは、煙草はお吸いになられるんですか?

曽我部:僕はだいぶ前にやめちゃった。ホントは今でも吸いたいんですけどね。キースは声ガラガラだけど、全然かっこいいじゃないですか? ああいう人は羨ましいですね。自分は歳をとっても歌っていたいと思ってやめてるけど、まあ、煙草を吸ってるボーカルの人もいっぱいいますよね。

―丈夫な人は丈夫なんでしょうね(笑)。

曽我部:キースも若い頃は線が細いイメージだけど、芯はホント強いんでしょうね。だって、周りは同じことして死んだりしてますから。例えば、意気投合してキースと一時期かなりつるんでたグラム・パーソンズ(カントリーロックの新しい流れを生み出したアメリカのミュージシャン。1973年に26歳で亡くなった)は薬物の過剰摂取で死んじゃったけど、キースはピンピンしてる。キースと同じことをしてダメになっちゃった人って、グラム・パーソンズ以外にも実は無数にいると思う。でも、キースは今も余裕で。相当タフですよ。死んでしまった人と、生き残ってロックし続けている人の差って何なんだろう? というのは、よく考えます。

―もしかしたら、キースの自然な生き方っていうのが、その理由なのかもしれないですね。

曽我部:そこは神のみぞ知るところだと思う。不思議ですよね。

たまたま自分たちが若い頃は、ポップスやロックが目立っていた時代だった。今そうじゃなくなっているとしても、音楽はずっと続いていくものだから、それでいいんですよ。

―「ロックミュージシャンは27歳で死ぬのがかっこいい」なんて若い頃は憧れたりもしますけど、曽我部さんはどうでしたか?

曽我部:僕は若い頃から、70歳や80歳になっても音楽をやれていたらいいなとぼんやり思っていたんです。でもキースが若かった頃は、歳をとった人がロックをやる時代が来るなんて考えもしなかっただろうから、「若者の若者による若者のための音楽」という感じでやっていたんでしょうね。

―良くも悪くもですけど、今はロックが「若者の若者による若者のための音楽」ではなくなってきましたよね。

曽我部:ストーンズみたいな生き様に憧れるという風潮は、今はあんまりないのかもね。つまり、セックス、ドラッグ、ロックンロールというのに対する憧れは。ロックスターになって、金儲けをして、女にモテたいという感じとかは。

―横山健さんと曽我部さんはほぼ同い年だと思うんですけど、健さんは先日『ミュージックステーション』に出た理由を、同じ日に出演した三代目J Soul BrothersやNMB48と同じ土俵に立った上で、ロックバンドのかっこよさを若い人にも伝えたかったとおっしゃっていました。

曽我部:時代によって、若者が憧れる世界は変わっていくし、それはおかしなことではないと思うんです。僕が中学生の頃は、ロックが憧れの対象でしたけど、今の子たちはアニメやネットが好奇心の対象で、それはそれでいいと思います。音楽は昔からずっとあるもので、たまたま自分たちが若い頃は、サブカルチャーの王様としてポップスやロックが目立っていた時代だった。それが今もしそうじゃなくなっているとしても、音楽はずっと続いていくものだから。

―音楽自体が消えたわけではないし、今の時代なりの音楽への憧れはきっとあると。

曽我部:うん。だから、僕は不安要素ゼロですよ。

曽我部恵一

ストーンズ伝説って、たぶん半分くらい都市伝説で、それは情報網が不安定な時代特有のものだと思う。

―昔と今の違いで言うと、情報量に大きな差がありますよね。昔は情報がなかった分、いろんな噂が広まって、伝説が生まれたりもした。でも、今はネットで私生活がある程度見えたりして、それはそれで違う面白さがある。そういう時代の変化も、このドキュメンタリーで感じることのできる部分だなと。

曽我部:ストーンズ伝説って、たぶん半分くらい都市伝説だよね(笑)。それは情報網が不安定な時代特有のものだと思う。キースが全身の血を入れ替えてドラッグ依存の瀕死から復活したらしいという噂がまことしやかに語られていましたけど、ホラー映画じゃないんだからさあ(笑)。でも僕らはみんなその話を信じていて、「キースってすごいよね」って言うと、今でもときどき「あいつは全身の血を入れ替えられるぐらいのやつだからな」って話になる(笑)。

 
 

―周りからのイメージといかに向き合うかという話もドキュメンタリーに出てきましたが、曽我部さんはその点どうお考えですか?

曽我部:自分の場合はそこまでイメージが一人歩きするようなことはないとは思うんだけど、ミュージシャンがSNSなんかで実生活を出すことの是非はありますよね。いろんなミュージシャンがいるから、一概に何が正しいとは言えない。実生活が出たからといって必ずしも面白いというわけでもないけれど、自分はすべてが出ていてもいいんじゃないかという、ソロになってからのジョン・レノン的な発想です。

―自分をどう見せるかというプロデュース的な部分は、ネット時代になって考えざるを得なくなりましたよね。

曽我部:結婚してたり子供がいることを公表してないアーティストもいますよね。それも理解できるというか、難しい問題ですね。イメージとのギャップっていう話で言うと、たとえば僕がSNSで「デモに行った」と書くと、「イメージが違う」「失望した」と言われる。逆に「意外です。それなら応援します!」っていう意見も。もうめんどくさいから特別な主張はしないという人たちも増えてると思う。そういう流れもあり、ミュージシャンやアーティストのイメージはどんどん平坦なものになっていく気がする。だからこれからはキースのような真偽含め伝説をたくさん持ったミュージシャンが生まれるというのは、すごく難しいでしょうね。

物事を前に進めるためには、搾取だろうが剽窃だろうがパクリだろうが「やっていかないとしょうがない」という側面もあると思うんです。

―ドキュメンタリーの前半は、ロックンロールのルーツを巡る旅にもなっています。シカゴでブルースに触れ、ナッシュビルでカントリーに触れ、それぞれのレジェンドたちとの交流も描かれています。

曽我部:バディ・ガイ(現在のシカゴブルースの第一人者的存在)がキースに「苦労すればするほどいい音が出るから、苦労するために生きろ」と言っていて、すごくかっこいいなと思いました。バディ・ガイもマディ・ウォーターズ(エレキギターを使ったバンドスタイルのブルースを展開し「シカゴブルースの父」と称される)もハウリン・ウルフ(ブルースシンガー、1960年代のイギリスのロッカーに影響を与えた)も、キースほど経済的に成功したわけではないんですよね。彼らのブルースやカントリーをある意味利用した自分は超大金持ちになったという事実を、キースはどう思ってるんだろうなと、ときどき思う。一番影響を受けたロバート・ジョンソン(伝説的ブルース歌手)も若くして場末の酒場で殺されているし、ブルースマンはハードライフを送る人が多いけど、キースは奥さんと今も仲が良くて、「孫ができたー」って喜んでる。そのコントラストは面白い。

―新作の1曲目の“Crosseyed Heart”はロバート・ジョンソンに捧げているとも言っていましたが、そこにはリスペクトの気持ちもありつつ、贖罪の気持ちもあるのかもしれない。

曽我部:トム・ウェイツが「キースは考古学タイプだ」と言っていたのも遠からずで、アフロアメリカン固有の知られざる音楽だったブルースを、白人のキッズが聴くロックにしたというのはやっぱりすごいことですよね。もちろん、ストーンズだけがやったことではないんだけど。

―まずは真似をしてみて、違うと思ったら「とりあえずテンポを上げよう」となる、あの感じも面白いですよね。

曽我部:映画の中でマディ・ウォーターズの“I Just Want to Make Love to You”がストーンズのバージョンにスライドされると、テンポが倍ぐらい速くなってるのがわかる。黒人のオリジナルに対して、白人の若者があそこまでテンポを上げることで挑んだのは、ストーンズのすごいところだと思います。一歩間違うとブルースに対する冒涜と言われかねない。ブルースらしさが消え去って、パンク的なものになってる。それをストーンズは出発点のあたりからやっていたわけだから、発想としてすごい勇気がある。The Beatlesはあそこまで原曲を変えなかったんじゃないかな。

 

―だからこそ、白人層にも広まったわけだけど、その分罪の意識もあったかもしれない。

曽我部:バディ・ガイとも仲良さそうだし、マディ・ウォーターズやチャック・ベリーもキースと絡むけど、内心どう思ってるのか? っていつもすごく気になる。Moodymann(デトロイトテクノ、ディープハウスの分野で活躍するデトロイト出身のアフリカ系アメリカ人DJ)のファーストアルバムのクレジットには、「いっつもブラックミュージックをサンプリングしてる郊外の白人のガキたちはロックンロールでもやりゃあいい。お前らはブラックミュージックを台無しにしてる」って書いてあるんですよ。アフリカンアメリカンにとってブラックミュージックは、アイデンティティーを守るための武器であるかもしれない。だからそういうものを白人が真似して、大金を生むことに対して、黒人たちがどう思っているのかということはいつも気になる。

―仲良さそうにはしているけど、独特の緊張関係があるかもしれない。

曽我部:まあ、キースに噛みついていくのは、チャック・ベリーだけなんだけど。『ヘイル!ヘイル!ロックンロール』というチャック・ベリーのドキュメンタリー映画のシーンも出てくるけど、「そこ怒るところじゃないだろ~」ってところでチャック・ベリーがキースにめちゃくちゃしつこく怒るっていう(笑)。あの有名な場面にはチャック・ベリーの白人ミュージシャンに対するちょっとした苛立ちが出てる気がする。

曽我部恵一

―ロックの世界における文化の搾取の問題というのは、定期的に議論になりますよね。ちょっと前だと、VAMPIRE WEEKENDがアフロビートを使ったときも「アフリカ文化の搾取だ」って一時議論になりましたし。

曽我部:もちろん、その仕組みがポップスでもあるんだけどね。

―そこには当然リスペクトがあるし、文化を混ぜることによって相互理解を生むというアングルも必ず存在しているでしょうからね。

曽我部:それはピカソがアフリカンアートを自分の絵に取り入れた、昔からある議論でしょう。でも、物事を前に進めるためには、搾取だろうが剽窃だろうがパクリだろうが「やっていかないとしょうがない」という側面もあると思うんです。倫理的に反そうが不道徳だろうが歌ってみる、ということも含め。ストーンズはそれを引き受けたけど、そこにはきっといろんな覚悟があるんだろうと思います。

誰だって苦しみからは逃れられないんだけど、その苦しんだ分、音が良くなるならそれでいい。その苦しみは人生の彩りのような何かになっていくんだろうと思います。

―途中でも少し話に出ましたが、このドキュメンタリーは「老い」を描いた作品だとも言えますよね。曽我部さんは歳を重ねることによって、どんな意識や環境の変化が生まれましたか?

曽我部:僕はまだキースに比べたらひよっこなので、何も言える立場ではないですけど、70歳になって初めて出せるギターの音や歌声があるのなら、そこは目指していきたいです。キースはすごく素敵です。なぜならこの年齢まで生きて、音楽を続けてる。

 

―「老いじゃなくて、進化なんだ」と言ってるのもかっこいいですよね。キースからはちょっと話がずれますけど、この前、爆笑問題がラジオで「若い人が『劣化』って言葉を使いたがるのが許せない」と言ってたんです。写りの悪い写真を持ってきて、「~さん、超絶劣化」みたいな。でも、「人は劣化するんじゃなくて、死ぬまで成長し続けるんだ」と言っていて、まさにキースのことだなって思ったんです。

曽我部:「劣化しません」とか「劣化を食い止めよう」という産業があるのがよくないですよねえ。シミがどうとか、ほうれい線がどうとか、あれをとやかく言うのが嫌ですね。僕は白髪あったら嬉しいと思うほうなんです。基本的に「ヴィンテージ」が好きなので(笑)。顔もシワシワなのがかっこいいと思うんですけどね。

―「劣化」という言葉もそうだし、「美魔女」のブームもそうだけど、基準が「若さ」にどんどん寄っていますよね。アイドルブームも関係しているのかもしれないですけど。

曽我部:テレビの画像が良くなったのも関係あるかもよ(笑)。まあ、それも今の流行りではあると思うんですよ。そのうちまた「自然体がいい」ってなってくるんじゃないかな。そういう意味でも、このドキュメンタリーはいいですよ。そこに切り込んでいくという(笑)。

―歳を重ねることのかっこ良さが詰まってますよね。

曽我部:CHABOさん、(鈴木)慶一さん、エンケン(遠藤賢司)さんとか、日本の60代のミュージシャンの方たちもみんなかっこいい。カエターノ(・ヴェローゾ)や(ボブ・)ディランといった70代も余裕。70歳を過ぎてから最高傑作を作ってみたいという気になってきました(笑)。

曽我部恵一

―では最後に、今のキースと同じ71歳になったとき、どんなミュージシャンになっていたいと思いますか?

曽我部:まったく想像できないですけど、「いい人生だな」と言えていたらいいなって思う。途中でも言いましたけど、バディ・ガイの「苦労すればするほどいい音が出るから、苦労するために生きろ」という言葉が最高だなと思うんですよ。今はまだ苦労の中にいるから、「なんて人生だ!」と感じることのほうが多いけど、70歳過ぎて「いい人生だな」って思えてたらいいし、そう思えてたら、きっといい音が出てるってことなんじゃないかな。誰だって苦しみからは逃れられないんだけど、その苦しんだ分、音が良くなるならそれでいい。その苦しみが人生の彩りというか、何かになっていくんだろうし、それが今のキースのおおらかさ、このハッピーな感じに繋がっているんじゃないかな。

作品情報
『キース・リチャーズ:アンダー・ザ・インフルエンス』

Netflixで独占ストリーミング中
監督:モーガン・ネヴィル
出演:
キース・リチャーズ
ほか

サービス情報
Netflix

世界最大級のオンラインストリーミング。世界50か国以上で6500万人を超える会員を抱え、Netflixが独自に制作した、オリジナルシリーズ、ドキュメンタリー、長編映画などを含め、1日1億時間を超えるTVドラマや映画を低料金の月額定額制で配信。会員は、あらゆるインターネット接続デバイスから、好きな時に、好きな場所から、好きなだけオンライン視聴が可能。コマーシャルや契約期間の拘束は一切なく、思いのままに再生、一時停止、再開することができ、HDや4K:フルHDなどハイクオリティな映像体験を堪能することができる。

プロフィール
曽我部恵一 (そかべ けいいち)

1971年生まれ、香川県出身。ミュージシャン。1994年サニーデイ・サービスのボーカリスト / ギタリストとしてデビュー。2001年よりソロ活動をスタート。2004年、メジャーレコード会社から独立し、東京・下北沢に<ローズ・レコーズ>を設立。精力的なライブ活動と作品リリースを続け、執筆、CM・映画音楽制作、プロデュースワーク、DJなど、その表現範囲は実に多彩。下北沢で生活する三児の父でもあり、カフェ兼レコード店<CITY COUNTRY CITY>のオーナーでもある。2015年11月からはサニーデイ・サービス再結成後初となるホールツアーも決定している。



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