順風満帆に見えて心が折れてた。逆風を覆すMay J.の勝負師の顔

横浜の街を舞台に約400もの音楽イベントが繰り広げられる『横浜音祭り2016』が9月22日に開幕した。11月27日まで2か月にわたり開催される今年は「スーパーユニバーサル」がテーマになっており、音楽ジャンルのみならず、世代、国籍、ジェンダー、障害の有無、そして全国区で活躍するプロから地元のアマチュアまで、さまざまなミュージシャンが奏でる音楽で横浜の街が彩られる。

今回は期間中の毎週末に横浜市内各所のオープンスペースで行なわれる『街に広がる音プロジェクト』出演者のなかから、10月1日にMARK ISみなとみらいに登場するMay J.にインタビュー。横浜で生まれ育ち、今年デビュー10周年を迎えた彼女に、横浜の思い出と紆余曲折のあった歌手人生を振り返ってもらいつつ、『横浜音祭り2016』への意気込みを語ってもらった。

3歳からずっと歌手になりたかったし、1日でも早く歌手になりたかった。

―May J.さんは横浜ご出身で、初めて人前で歌ったのが横浜のホールだったそうですね。

May J.:8歳のときにオペラを習い始めて、その初めての発表会だったんです。映像が残っていて、今でもそれを見ると当時のことを思い出しますね。

May J.
May J.

―当時はどんなことを思って歌っていたんですか?

May J.:3歳からずっと歌手になりたかったので、その一心でした。

―3歳とは、早いですね。

May J.:物心ついた頃から歌手になりたいと思っていましたね。父が音楽好きで、ピアノ、バイオリン、ギターを家で弾いていたり、いろんな洋楽のCDを聴いていたりしたので、自然と音楽が好きになって。

―小さい頃からいろんな習い事をされていたそうですが、それも歌手になるために?

May J.:1日でも早く歌手になりたくて、どんなレッスンでも貪欲にチャレンジするようにしてました。主にボーカルトレーニングなんですけど、ヤマハの学校に行ったり、エイベックス・アーティストアカデミーに通ったり、14歳のときから習っている先生には今でも教わっていますし、海外の先生に会いに行ったこともあります。あとは3歳からピアノをやって、ダンスはバレエとジャズとヒップホップをやって……。全部歌手になるための訓練だったというか。

―そんなにたくさん! 自分からやりたいと言ったんですか?

May J.:そうですね。週に3~4回は何か習い事をしていました。

―May J.さんは中学生のときに、『アヴリル・ラヴィーンコンテスト』優勝や『MTVミュージックアワード2003』オーディエンス賞をはじめ、ものすごくたくさんの賞を獲られていますよね。

May J.:当時はとにかくデビューしたくて、いろんなコンテストを受けていたんです。なんでもチャンスに変えていくぞって必死でしたね。

―すごく順風満帆なのかと思っていたのですが、必死だったのですか?

May J.:全然順風満帆ではないですよ。音楽をやっていないときは、本当に毎日つまらなくて。ただ学校に行って、家に帰るっていうのが嫌で、早くこの生活から抜け出したいと思っていたんです。

May J.
May J.

―高校からインターナショナルスクールに通うようになったのは、そのことと関係があるのでしょうか?

May J.:幼稚園から中学までは、日本の学校に通っていたんですけど、歌手活動が禁止されていたので、学校を変えなきゃいけなかったんです。それで調布にあるアメリカンスクール・イン・ジャパンに入学して、毎日2時間くらいかけて行っていました。

―宇多田ヒカルさんも行っていた高校ですね。

May J.:そうですね。早見優さんとか、ジュディ・オングさんとか、すごい方がたくさん通っていた学校で。最初は横浜インターナショナルスクールに行くことも考えたんですけど、宇多田さんに憧れていたので、同じ学校に行きたいと思ったんです。通常だと日本の学校に行っていた人は、インターナショナルスクールには入れないのですが、どうしても行きたいとお願いして、特別に試験を作ってもらって、そのために猛勉強しました。

―ハーフ(May J.の父は日本人、母はイラン、ロシア、スペイン、イギリス、トルコの血筋)の方だと普通に行けるものだと勝手に思い込んでいたんですけど、違うんですね。

May J.:小さい頃から通っていないとダメで、途中から入るのは難しいんです。そのときは外国人の先生にお願いして、いろいろ勉強しましたね。

―デビューしたのは高校生のときで、18歳でしたよね。ただ、最初は少し伸び悩んだというか……。

May J.:そうですね。今のエイベックスさんに移籍して、2009年に“Garden”という曲で皆さんに知っていただくことができたのですが、なかなかその後が続かなかった。そんなときにカラオケの採点をする企画に出させていただき、その後に、“Let It Go~ありのままで~”を歌うことになったんです。

今はアウェイをどうやってホームに変えていくか、その勝負が面白くて。

―それが大きな契機になったと。今年でデビュー10周年を迎えますが、順風満帆ではなかったわけですね。

May J.:はい、ようやくという感じですし、戻りたくない10年ですね(笑)。特にデビュー当時は辛かったです。デビューしたら、すぐに知ってもらえて、ライブも盛り上がるものだと想像していたんですけど、現実は名前を覚えてもらうだけでも大変で。

当時はR&Bをやっていたので、歌う場所もクラブがほとんどで、横浜のクラブにもよく行ったんですけど、みんな流行りの音楽を聴いて踊りたいのに、いきなり知らない新人が出てくるわけじゃないですか。そうするとお酒を取りに行ったり、トイレに行ったりする時間になってしまう。どうやって初めてのお客さんに興味を持ってもらうか、それを掴むまでは大変でした。

―そこで鍛えられたんですね。

May J.:鍛えられました。今はアウェイをどうやってホームに変えていくか、その勝負が面白くて。それを楽しいと思えるようになれたのは、その経験があったからですね。

May J.
May J.

―アウェイをホームにするために、いちばん心がけていることはなんですか?

May J.:いろんな要素があるんですけど、自分は何を求められているのかをまず理解することですね。盛り上げるのか、歌を聴かせるのか、実際にお客さんが見る場所に行って、お酒を飲んでるから盛り上がるなとか、ファミリーが多いからキッズを巻き込むMCをしようとか、場の空気に合わせたことを考えます。

―こんな騒がしい場所じゃ歌えないよとか、そういうことは全然ないですか?

May J.:それもクラブで鍛えられたので、全然大丈夫です。もともとクラブは爆音で音楽を聴く場所だから、歌う人のためのモニターがなくて、自分の声がまったく聴こえないことも珍しくないんです。そこでいかにベストなパフォーマンスを発揮するかですよね。今はどんな場所でも歌えるようになったと思います。

―やっぱり普通のコンサートと、不特定多数の人が見る場所だと、セットリスト(曲目や曲順)も変えるんですか?

May J.:変えますね。できるだけ最後まで聴いていただけるように考えます。一緒に声を出したり、手を振ったり、タオルまわしたりできる曲もあるので、まずは盛り上げてみんなを巻き込んで、バラードに行って、最後にまた盛り上げてとか、起承転結を作るようにしています。みんなが聴きたい曲は、最後に歌ったり(笑)。

―『横浜音祭り2016』ではMARK ISみなとみらいのオープンスペースで歌う予定ですけど、その経験が役立ちそうですね。

May J.:そうですね。ライブを見に来たわけじゃない、通行人の方々にも興味を持ってもらえるパフォーマンスをしたいです。あとは、横浜には港もあるし、ショッピングモールもたくさんあるし、おいしい食べ物もたくさんあるし、都会だけど何か落ち着く雰囲気があって、本当に素敵な場所だと思うんです。MARK ISで私のライブを見た後は、そのまま歩いてコスモワールドに行ってもいいし、赤レンガでご飯を食べてもいいし、ぜひ横浜の街も楽しんでいただきたいですね。

目標を低く持つと、それ以下のことしか叶わないので、本当に恥ずかしいくらい大きな夢を持つようにしているんです。

―May J.さんの近況についてもお聞きしたいのですが、8月3日にシングル『Have Dreams!』がリリースされましたよね。

May J.:はい。小室哲哉さんに作曲、つんく♂さんに作詞をしていただいたんですけど、夢がテーマになっているんです。私は夢をテーマにした曲を多く歌っていて、いちばん伝えたいテーマが夢なんですよ。やっぱり夢があるから、そこに向かって毎日がんばっていけるし、それはすごく楽しいこと。もちろん、なかなか叶わなくて辛いときもありますけど、それを乗り越えた後には、必ず喜びが待っている。だから夢を持つことの素晴らしさや大切さをこの曲で伝えていきたいです。

―お話を聞いていると、すごくポジティブな姿勢が印象的なんですが、心が折れそうになったことはないんですか……?

May J.:ありますよ……(笑)。自分の新曲が発売する日には、必ずCDショップに行くんですけど、以前オリジナルアルバムをリリースしたときに、都内のCDショップに行ったら置いてなくて。そのときは初めて、「自分は歌手に向いてないのかな?」と思いました。

―でも、そこから見事に逆転して。当時に比べれば、今は順調だと思うんですけど。

May J.:いやぁ、やっとスタートラインだなと思ってます。

―まだスタートラインなんですか?

May J.:夢は大きく持つようにしているので。本当にまだまだです。

―その夢というのは?

May J.:本当に恥ずかしいくらい大きな夢を持つようにしているので、言えません(笑)。目標を低く持つと、それ以下のことしか叶わないので、もしかしたらここまで行けるかもしれないというような、本当に大きい夢を持つようにしているんです。

May J.
May J.

―わかりました。いろいろ紆余曲折もありつつ、今はスタートラインに立って、少し落ち着いて。

May J.:全然落ち着いてないです(笑)。常に勝負だと思っているので。

―10周年ツアーは10月9日のリクエストライブでファイナルになりますが、きっと10年前とは歌に対する気持ちも変化しているのではないかと思います。

May J.:私なりに、いろんな辛い経験もしてきたのですが、本当にみなさんのおかげで10年間、続けることができたので、その感謝はこれからも届け続けていきたいです。あとやっぱり歌には素直に人柄が出て、経験がそのまま表れるので、10年前と今の私では歌の深みも違うと思っていて。

もちろん10年前は10年前で、いいところもあるんですけど、今はもっと表現力もついていると思うので、これからもいろんな経験を積んで、それが素直に歌に表れるように、歳を取れば取るほど、歌がいいねと思っていただけるように、まだまだ成長していきたいです。昨日の自分には戻りたくないし、常に今日がベストで、明日はもっと良くなると思っているので。

イベント情報
『横浜音祭り2016』

2016年9月22日(木・祝)~11月27日(日)
会場:神奈川県 横浜市内全域

プロフィール
May J.
May J. (めい じぇい)

日本、イラン、トルコ、ロシア、スペイン、イギリスのバックグラウンドを持ち多彩な言語を操るマルチリンガルアーティスト。幼児期よりダンス、ピアノ、オペラを学び、作詞、作曲、ピアノの弾き語りをもこなす。圧倒的な歌唱力とパワフルかつ澄んだ繊細な歌声、そして前向きでポジティブなメッセージが共感を呼び、幅広い世代から支持を受けている。2006年7月12日ミニアルバム「ALL MY GIRLS」でメジャーデビュー。記録的な大ヒットで社会現象にもなった、2014年公開のディズニー映画「アナと雪の女王」の日本版主題歌を担当。同年の第65回紅白歌合戦に初出場。2015年1月には自身初となる、日本武道館の単独公演を開催。



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