大人になった菊池亜希子が語る伝説の子供番組『にこにこ、ぷん』

1982年から1992年にかけて、NHKの『おかあさんといっしょ』内で放送された人形劇『にこにこ、ぷん』。にこにこ島を舞台に繰り広げられる、猫のじゃじゃ丸、ペンギンのぴっころ、ねずみのぽろりによる、賑やかでちょっぴり切ない一話完結型の人形劇だ。

1960年にスタートした『ブーフーウー』から、現在放送中の『ガラピコぷ~』までの50年以上の年月の中で、『おかあさんといっしょ』番組内で放送されてきた人形劇は実に15作品に及ぶ。その中でも『にこにこ、ぷん』は、その人気から10年6か月の長寿作品となった。

以前から『にこにこ、ぷん』ファンを公言しており、『菊池亜希子ムック マッシュ』編集長としても活躍するモデル・女優の菊池亜希子、ぴっころをはじめとして、シータ(『風の谷のナウシカ』)やドラミ(『ドラえもん』)を演じてきた人気声優のよこざわけい子、同番組の原作・脚本の井出隆夫(昭和を代表する作詞家・山川啓介の本名名義)のマネージャーを務めた北爪努に当時の様子を語ってもらい、その人気の裏側に迫る。

「気づく」ということは生きることの基本。『にこにこ、ぷん』は何も教えはしないけれど、いろんなことに気づいてもらえるようには作ってきた。(北爪)

―『にこにこ、ぷん』(以下、『にこぷん』)は、『おかあさんといっしょ』という番組名にもかかわらず、お母さんの姿が見えないことが非常に特徴的だなと思いました。同番組の脚本を担当している井出隆夫さんも「番組を、おかあさんといっしょに見られない子もいっぱいいる」「母親という存在、おかあさん、ママという言葉を聞いた時の子どもたちの安心感というものは描くようにしています」とおっしゃっています。

北爪:お母さんが登場しないことに関しては、やはり様々な配慮からだと思います。設定としても主人公たちの側に母親がいるという状況をなるべく作らないようにしていたんですね。

菊池:『にこぷん』は、背景が夕焼けのオレンジになると切ないシーンや歌が始まる合図なんですよね。じゃじゃ丸が「かあちゃ~ん」って叫ぶんです。それを見て子供心に「かわいそうだな」って思ったし、母親のような気持ちで「じゃじゃ丸、大丈夫だよ」って。

―幼いながらお母さんの立場でも見ていたんですね。

菊池:ぽろりもよく泣いていたし。ぴっころは強かったけれど……。私のお母さんはもうすぐ帰ってくるけど、みんなはお母さんに会えないんだと思うと、複雑な気持ちになりましたね。

左から:北爪努、菊池亜希子、よこざわけい子
左から:北爪努、菊池亜希子、よこざわけい子

北爪:子供への配慮ということ以外にも、お母さんが出てくると子供の世界のバランスが崩れます。それと、サブキャラクターを極力登場させないというのが番組の原作と脚本を担当していた井出隆夫さんの方針でした。制約が多いと苦戦はするけれど、いい作品を作るためには必要なポイントだと考えていたんだと思います。

菊池:ストーリーで教訓めいたことを言おうとしていないんですよね。

菊池亜希子

北爪:井出さんは2千本以上の脚本を書かれていますけど、どの作品も、何も教ようとしていないんです、本当に。『おかあさんといっしょ』は今でこそ教育テレビの印象がありますが、もともとは総合テレビで放送していて、朝ドラと同じようにエンターテイメント番組を作る感覚で作っていたんです。

でも、気づいてもらいたいという願いは込められていて、いろんなことに気づいてもらえるようには作っています。「気づく」ということは生きることの基本です。自分で気づかなければ何もできないじゃないですか。気づくための1アイテムとして、子供たちに語りかけることができたらいいなという思いが込められていると思います。

―なぜ井出さんはあえて「教えよう」とはしないのでしょうか?

北爪:井出さんの本業が作詞家(山川啓介名義で数々の名曲を作詞していた)ということもあって、全部は言わないんです。行間を読んでもらうような、想像させるような台本でしたから。

菊池:電車ごっこをするお話を思い出しました。ぽろりがじゃじゃ丸とぴっころの二人を電車ごっこに誘ったものの、二人は違うことをやりたいと言って、どこかに行ってしまう話なんですけど、ぽろりは「寂しい」とかも言わずに「じゃあ、僕ひとりで」ってやってみるんです。

でもロープがペロンと落ちてしまって電車ごっこ遊びが成立しないんですよ。それで「あ、電車ごっこって一人じゃできないんだな」って私も気づいたし、どこかに行ってしまっていたじゃじゃ丸とぴっころもそれに気づくんですよね。

 

北爪:よくよく考えると「ひとりじゃ生きられないんだよ」というメッセージですよね。でも、それを教訓めいた形ではなく、あくまでも物語の中で自然に気づかせるように作っている。そういえば、“のんびり・のびのび”という歌があるんですけど。

よこざわ:いい歌ですよね。

北爪:<大きい子 ちびすけ 泣き虫 強い子 お日さまは みんなみんな おんなじに 照らしてる>という歌詞の歌で。きっとそこで歌われていることが、井出さんが『にこぷん』でやりたかったことの全てだと思います。

よこざわ:そう思います。「どんな子もみんな素敵なんだよ、のんびり、のびのび育っていこうよ」って。大自然の季節を感じさせてくれるような場面もいっぱい出てきましたしね。都会にいるとなかなかわからないですけど、そういったところも五感に訴えてくる感じがすばらしいですよね。

―一番のメッセージは想像力の大切さだと。

北爪:きっとそうですよね。生きていく上での普遍的なことってあると思うんです。そういうことに気づいたり、感じたりするきっかけになればいいんじゃないかと思って書いていたと思います。同じようなことを手を変え品を変え繰り返し書いていたりもしていて、それはやっぱり何回も伝えないと気づかないということがあるからだと思うんですよね。

私、ぴっころそのものでした。「どんぴょんするよ!」って(笑)。(菊池)

―『にこにこ、ぷん』(以下『にこぷん』)が放送されていた当時のことをお聞きしたいのですが、菊池さんは1982年生まれで『にこぷん』と同い歳ですね。何歳から何歳頃までご覧になっていましたか?

菊池:3つ違いの姉がいて、姉がどっぷりはまっていたので、私も物心つく前から見ていましたね。いつから見ていたというのも憶えていないくらい。放送終了が当時私が10歳だった92年で、最後までずっと見ていました。

菊池亜希子

―どんな環境で見ていたんですか?

菊池:姉と見るか、小学校に上がる前までは近所に住む男の子2人と一緒に見ることも多かったです。私たち3人以外の近所の子はみんな保育園に通っていたので、みんなが朝バスに乗って行ってしまうと本当に暇で。

だから、3人で冒険に行ったりしてました。その男の子たちが、じゃじゃ丸とぽろりに似ていて、私はぴっころみたいに「もう、あんたたち!」って仕切ってるような子でした。「どんぴょんするよ!」みたいな(笑)。

じゃじゃ丸似の子は電車が好きだから、延々と電車遊びをしたがるし、私は私でままごとをしたいし。でもケンカしても3人で『にこぷん』を見に帰ったりとか。

左から:菊池亜希子、北爪努、よこざわけい子

―小学校に入るとまた変わりますよね?

菊池:小学校低学年の頃は母が仕事に出ていた時期があって、そのときは鍵っ子でひとりで見ていましたね。友達の家に遊びに行っていた日には、その子の家で見ていましたし、とにかく毎日その時間になったら『おかあさんといっしょ』を見るという感じでした。

―よこざわさんが演じているぴっころが一番好きだったそうですね。

菊池:そうなんです。かわいいなぁって思ってたんですよ。歌も上手かったので。なんといっても本名がふぉるてしも・ぴっころなので、ビブラートがすごいんです。子供心に「ぴっころは声の伸びがいい」って思ってたんですよ(笑)。子供の歌なのに歌い上げている感じに憧れました。

よこざわ:実際の私の声はそんなことないんですよ! 実は私、歌だけは本当に苦手で。音程がとれないんですよ。でも、『にこぷん』で2千曲以上歌いましたので、ぴっころとしては上手くなれたかもしれないです。

左から:北爪努、よこざわけい子

―ぴっころにはナルシストな部分もあって、そういう歌もありましたよね?

よこざわ:<ぴっころちゃん ぴっころちゃん どうしてそんなに かわいいの>

菊池:登場する時に歌いながら登場するんですよね。テーマソングがあるのが羨ましかった! 私、小さい頃はいつもオーバーオールを着ていたんです。格好が似ていたこともあって、友達みたいな感じでしたね。

子供も純粋さだけを持っているわけじゃなくて、大人のような悪い面も持っていますよね。(よこざわ)

―制作側のお二人にも当時のことをお聞きしたいです。番組に参加することが決まった時の心境って、憶えていらっしゃいますか?

よこざわ:憶えてますよ。アニメーションのオーディションって、だいたい1週間くらいで結果が出るものなんですけど、『にこぷん』のときは、9月くらいにオーディションを受けて、お返事がきたのが年末だったんです。 当時、声優さんだったらみんな「いつか『おかあさんといっしょ』のキャラクターを演じたいな」と思っていたはずです。当時は50代くらいの大ベテランじゃないとできないような仕事だったので、私は20代の終わりに決まって、「こんな私でいいのかな?」と不安もありつつ、とてもうれしかったです。

よこざわけい子

―当時どんな環境でお仕事をされていたんでしょうか。

よこざわ:放送が始まる前年の81年に娘が生まれて、放送が始まるときに生後半年くらいだったんですけど、1本目がぴっころが主役の回だったんですね。抱っこして見ていたら、娘がテレビから聞こえる「はぁい! ぴっころよ」という声にびっくりしていて。テレビの画面と私を交互に見たんです。それには本当に驚きました。

―お母さんの声だとわかったんですね。

よこざわ:家でそういう声は出していないんですよ。だからびっくりしました。ぴっころをやりながら娘を育ててきたという感じです。

―82年の時点でよこざわさんは『はいからさんが通る』の紅緒、『若草のシャルロット』のシャルロット等の作品で主演されていましたし、その後も『天空の城ラピュタ』のシータや『ドラえもん』のドラミなど、挙げれば切りがないほど数多くの役を演じられています。そんな中で、よこざわさんにとってぴっころというキャラクターはどんな存在だったのでしょう?

よこざわ:ぴっころイコール私、ですね。スタートして6年くらいは、どんな声を出したらいいんだろうと気にして、なかなか役に入り込めなかったんですけど、結局地声に落ち着いていきました。じゃじゃ丸役の肝付(兼太)さんや、ぽろり役の中尾(隆聖)さんもおっしゃってたんですけど、私たちは子どもに媚びない演技をしていましたね。三人それぞれが地でやっていたと思います。

左から:菊池亜希子、北爪努、よこざわけい子

菊池:日常生活で子供が気づいたりしたことはなかったんですか?

よこざわ:それはないですけど、泣いたりしている子のそばに駆け寄って、いたずらすることはありました。ぴっころの声で「ハーイ!」って言ってみたり。

菊池:それ、すぐ泣き止みますよね! 私もそんないたずらしてほしかったなぁ(笑)。

やっていた当時は答えが出なくてわからなかったことも、何年か経った後に「そういうことだったのか」ってわかることがたくさんある。(北爪)

―北爪さんが制作に加わることになった経緯をお聞かせください。

北爪:僕はお二方より後発で、3年目の終わりくらいのタイミングで、井出隆夫さんのマネージャーとして入りました。井出さんは、別の名前で作詞家としても活動されていたので、僕は歌謡曲やJ-POPをやるつもりでいたんですけど、連れて行かれた先が『おかあさんといっしょ』のスタジオだったんです。

―それはびっくりしますね(笑)。マネージャーという立場だと、どんな関わり方をされていたんですか?

北爪:井出さんから脚本が上がってきて、放送されるまでに修正が入ったりもするので、なんだかんだ全体を見渡してはいました。ただ、あくまでも作家のマネージメントとして動いていたんです。

北爪努

―それまでの着ぐるみ人形劇が3年で終わっていた中で、『にこぷん』は10年以上続くほどの人気でした。その記録は今でも破られていないそうですが、やはり当時の反響は大きかったですか?

北爪:これは聞いた話なんですけど『にこぷん』から『ドレミファ・どーなっつ!』に切り替わる時に反対する声がとっても多かったと。

菊池:その時のことは、はっきり憶えています。馴染んでいた三人と会えなくなったショックは大きかったです。「馴れるまでに時間がかかるな」と思った気がします。『にこにこ、ぷん』とともに、「おかあさんといっしょ」を卒業していった感じでした。

当時の制作資料を興味津々で見る
当時の制作資料を興味津々で見る

―今はSNSもありますし、いろんなかたちで反応を目にすることができますが、当時は携わっている番組が子供たちにとって大きな存在になっていっていると感じる瞬間はありましたか?

よこざわ:NHKからはすごい反響だとか、今までにない感じの人形劇だということは聞いていました。あとは放送が1年、また1年と延びていったので、「あぁ、本当に人気なんだな」という実感がありました。

北爪:『にこぷん』の場合は、視聴率も公表されないし、黙々と作るしかなかったんです。例えばレコードを出せば、売れてるとか売れてないとか答えがすぐに出ますよね。でも、この現場においては「売れなければいけない」といったことを考える必要がなかった。そこは他の仕事と比べて異質でした。

やっていた当時は答えが出なくてわからなかったことも、何年か経った後に「そういうことだったのか」ってわかることがたくさんあって、「人生っていうのはすぐに答えが出なくていいんじゃないか」と教えてくれる存在でもあった。今、こうしてお話をする機会をいただいているのも、当時やっていたことに対する答えのひとつですよね。それはとても感動的なことだと思います。

―菊池さんが『にこぷん』を通じて次の世代に伝えたいことや、大切にしてほしいことは何でしょう?

菊池:まっすぐで素直なところですね。会話の中で「今日はすごくいい日だね」「こういうことをすると楽しいね」みたいなことをちゃんと言うんですよ。そういうのがすごくいいなと思う。あと、すごく反省もするんです。ケンカをしてしまっても、最後にはおさまっている。友達との接し方は『にこぷん』に学びましたね。

リリース情報
『NHK-DVD にこにこ、ぷん コレクション』(DVD)

2016年11月23日(水)発売
価格:3,780円(税込)
COBC-6922

1.ないってばない(1982年4月5日放送〈初回〉)
2.ぼくはかいぞく(1982年4月6日放送)
3.お日(ひ)さまありがとう(1985年5月16日放送)
4.女王(じょおう)さまがいっぱい(1985年6月8日放送)
5.シュビ・ドゥビ・パパヤ(1991年1月7日放送)
6.いつもとおんなじさようなら(1992年10月3日放送〈最終回〉)
7.おめでとう にこにこ、ぷん ~えかきうた~ (1989年1月4日放送〈古今亭志ん輔ほか〉)
8.のびのびむらのにこにこ、ぷん 1(1990年5月4日放送〈ロケ地 富良野〉)
9.のびのびむらのにこにこ、ぷん 2(1990年5月4日放送〈ロケ地 富良野〉)
10.オーストラリアのにこにこ、ぷん ~ねえ青空(あおぞら)さん~ (1993年12月15日放送)
11.オーストラリアのにこにこ、ぷん ~オーストラリアの動物(どうぶつ)ファミリー~(1993年12月20日放送)

書籍情報
『e-MOOK NHK なつかしの'80sキャラクター』

2016年12月7日(水)発売
価格:1,498円(税込)
発行:宝島社

プロフィール
菊池亜希子 (きくち あきこ)

女優・モデル。1982年、岐阜県生まれ。ドラマ・映画・CM・舞台など女優として活躍する一方著者としても活躍。「菊池亜希子ムック マッシュ」では、編集長を務め現在最新刊の10号が発売中。リンネルにて連載していた『またたび』(宝島社)が書籍化され12月12日に発売。公開中の映画「アズミ・ハルコは行方不明」に出演中。またNHK Eテレ「趣味どきっ!幸せになる 暮らしの道具の使い方。」(12/7スタート)に出演。

北爪努 (きたづめ つとむ)

(有)スタジオじゃぴぽ代表取締役・プロデューサー・構成作家。作詞家井出隆夫(山川啓介)氏のマネージャーを長年務める。2011年に「にこにこぷん」の制作・キャラクター管理を行う(有)スタジオじゃぴぽの代表に就く。

よこざわけい子 (よこざわ けいこ)

声優。「天空の城ラピュラ」(シータ)、「ドラえもん」(ドラミ)、エスパー魔美(魔美)ほか、一線で活躍する。ぴっころとして歌った曲は約2300曲に上る。(株)ゆーりんプロの代表を務め、よこざわけい子声優・ナレータースクールの講師として、後進の指導にあたる。



フィードバック 0

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

  • HOME
  • Life&Society
  • 大人になった菊池亜希子が語る伝説の子供番組『にこにこ、ぷん』

Special Feature

coe──未来世代のちいさな声から兆しをつくる

ダイバーシティーやインクルージョンという言葉が浸透し、SDGsなど社会課題の解決を目指す取り組みが進む。しかし、個人のちいさな声はどうしても取りこぼされてしまいがちだ。いまこの瞬間も、たくさんの子どもや若者たちが真剣な悩みやコンプレックス、生きづらさを抱えながら、毎日を生きている。

記事一覧へ

JOB