井浦新×柿本ケンサク対談 二人が「旅」に見出した人生論

コカ・コーラ、TOYOTA、Panasonicなど大企業のコマーシャル、イメージPVを手がける柿本ケンサクは、次世代の映像作家として各方面から注目を集める人物。しかし同時に、世界中を旅して、辺境に生きる人々や、彼らの生活にカメラを向ける写真家としての顔も持っている。そんな知られざる柿本のプライベートワークを集めた写真集が『TRANSLATOR』だ。今回、その発刊を前に、俳優・井浦新との対談が行われた。柿本同様に、旅人としての顔を持つ井浦は、彼の写真に何を見出しのだろうか。

モンゴルの雄大な平原を歩いているときに、この大地はすべて糞かもしれないと思えてくるんです(笑)。(柿本)

—『TRANSLATOR』は、柿本さんが世界中でロケをする中で撮りためた写真で構成されているそうですね。

柿本:ええ、多くの写真はそうですね。

—モンゴルや東欧の片田舎など、「辺境」と呼ばれるような土地も数多く登場しますね。そこから世界の多面性、あるいは都市部に住んでいては見えないものが見えてくる気がします。

柿本:そうですね。けっして裕福ではないし、着ているものもNYや日本と比べて質素だったりしますけど、「何が豊かで何が豊かではないか」という尺度をフラットに見せたくて撮影していました。ギャグみたいな話なんですけど、本当に雄大な大地がばーっと広がっているモンゴルの平原って、じつは地面がすべて家畜の糞なんですよ(笑)。

井浦:えっ! すごいですね!

柿本:隙間がないくらい糞が落ちていて、新鮮なものもあれば、風にさらされてかさついたようなものもある。そこを歩いていると、「この大地がすべて糞かもしれない」と思えてくるんですよ。

左から:柿本ケンサク、井浦新
左から:柿本ケンサク、井浦新

井浦:モンゴルの遊牧民は家畜と共に移動して暮らす生活をしているから、あながち間違いじゃないかもしれない。

柿本:日本人からすると「えっ!」と戸惑ってしまうけれど、そこにも豊かさがあるんですよ。中国の内モンゴル自治区では、もともとゲルに住んで遊牧生活をしていた人々が、中国政府から遊牧生活を禁じられて、いまは都市部で暮らしているんです。子どもたちも、学校への登校を義務付けられている。でも、みんな本当はずっと遊牧民として、先祖から受け継がれてきた生活や文化を守り続けたいと思っている。その方が、家族と一緒に暮らすことができますからね。糞に囲まれたような場所に、自分が生まれ育ち、先祖が守ってきた土地だというプライドを持っているんです。

井浦:すごいわかります。僕は数年かけてアジアを旅するテレビ番組をやらせていただいていたんですが、アジア地域にある38か国のうち「まだ知らない国がたくさんあるなあ」と思って旅していたんです。最近は個人的にボルネオに家族を連れて行ってみたんですよ。本当に自然以外は何もない。でも、その土地ならではの圧倒的な体験を子どもにさせたかったんです。

井浦新

全員から「才能の塊だ!」と言われている奴なんて、逆に信用できないと最初は思ってました(笑)。(井浦)

—それぞれ旅に思い入れのあるお二人だと思いますが、そもそも最初の出会いはいつ頃だったんでしょう?

井浦:ちょうど1年前ですね。僕がアンバサダーを務めさせてもらっている「SAVE THE ENERGY PROJECT」という取り組みがあるんです。「時代の流れの中でファッションはどんどん消費され、使い捨てられていく。そうではないあり方を、ユーザー側の消費活動だけではなく、ファッションの作り手側にも訴えていこう」というもので。そのビジュアルディレクターとして、柿本さんが参加していて。それ以前から柿本さんの映像作品は見ていたし、親しい友人たちから「オモシロイ人がいるんだ」って話も聞いていました。

柿本:(笑)。

井浦:全員が口を揃えて「才能の塊だ!」って絶賛してましたよ。でも、「そんなにみんなから褒められるヤツは逆に信用できない!」なんて思ってたんですけど(笑)。

柿本:期待に応えられたならうれしいです(笑)。企画全体のコンセプトを練るところからちょっと関わらせてもらったのですが、ファッションは門外漢だったのですごく素朴に、そもそも「ファッションとは何なのか?」「人はなぜ服を着るのか?」ということから議論を始めました。

柿本ケンサク

—ファッションの根本部分から迫りたかったんですね。

柿本:コマーシャルの業界で働いていると、やっぱりある種の矛盾、葛藤があるんです。例えばハイファッションであれば高価な服や装飾品を買ったり売ったり、毛皮を着たりしてなんぼという世界であるにも関わらず、仕事を離れると「戦争反対」や「自然保護」を訴える気持ちを多くの人が持っている。そういう根本のところから考えたいね、っていう話をしました。

井浦:「SAVE~」では、柿本さんの作った映像に僕がナレーションをつける、という関わり方でした。既にある作品を通して、その人の思考は理解できるけれど、心の中までは会ってみないとわからない。そして実際に会って感じたのは、「信念のある人だ」ってことです。だから、プロジェクトの仕事が終わった後も、「いつかもっと深く関わりたい」「一緒に何かをしたい」と思っていました。

柿本:僕も、もちろん雑誌や映画で新さんは知っていました。そして会った印象は……すごくまっすぐな人。だから今日の対談も楽しみにしてきました。今回の写真集を外国人も含めた多くの人に見てもらっているんですけど、「(君は)素直な人だね」って感想をもらうんですよ。じゃあ、新さんはどう見て、どう感じるのか聞きたかったんです。新さんは心の目で見ている人だと思うから。心の奥に沸々と熱いものが密かに燃えていて、ずっと絶えることがない人。

井浦:僕は、柿本さんの写真を「優しい」と思いましたね。「本人の心がそのまま現れているな」って。そしてもちろん、優しさには、その反面にある「厳しさ」も含まれている。ナミビアの大地を空撮したランドスケープはたしかに美しいけれど、次にこの場所を訪れたときには土地の変動や開発などによって同じ姿ではいられないんじゃないか……。そんな怖さも訴えている気がします。

柿本がナミビアの大地を空撮した作品 ©Kensaku Kakimoto
柿本がナミビアの大地を空撮した作品 ©Kensaku Kakimoto

井浦:なんだろう、同じ時代に生きている人や物やことの叫びというか。「わーっ!」って大声で響くのでない心の叫びを感じます。そしてそれも内包して、優しく、厳しく、世界に眼差しを向けていますよね。

「目には見えない何か」をなるべくフラットに把握して、目に見えるものに翻訳するのが自分の仕事です。(柿本)

—柿本さんが旅して作りあげた『TRANSLATOR』は、どのようにして生まれたのでしょうか。

柿本:この写真集ができるまでにいくつかのステップがあります。去年の1月に、写真展を開催していたんです。そこで展示したのは、仕事の合間に撮りためた数万点の中から選んだ写真でした。

左から:柿本ケンサク、井浦新

柿本:展示のディレクションをお願いしたギャラリーの方に、最初に「たくさん写真を並べるのもいいし、写真のリズムや情緒を大事にして選び抜いた10枚くらいに絞るのもいいと思うんだ」とアドバイスをもらったんですね。

僕としては、映像作家である僕が写真を撮ること、写真展を行うことに違和感があったので、最初はあくまでも映像作家としての肩書きで勝負することにしたんです。そこで、たくさんの写真を並べて流れの中で見せることにしました。

—自分が目にした多くのイメージを、ある種映像的に見せると。

柿本:普段仕事を一緒にしているフォトグラファーの先輩たちからしたら「へえ、柿本くん、展示やるんだ?」って感じですしね(苦笑)。

井浦:その感覚よくわかります。僕も趣味で写真をやっていて、単なる趣味であるにもかかわらず写真展をやらせてもらったり、それを編集して本にして出版したりしていると、気恥ずかしさを感じるところがある。

柿本:そうなんですよ。そんな自分でも、壁に並んだ写真をずっと観察していると、「必要なもの、余計なものがある」ってことがだんだんわかるんですね。それは写真の面白さ、奥深さを勉強するプロセスでもあって、「もっと続けたい」と思った。

柿本がリオデジャネイロで撮影した作品 ©Kensaku Kakimoto
柿本がリオデジャネイロで撮影した作品 ©Kensaku Kakimoto

柿本:初めての写真展が終わってからも、何千枚という写真ができあがってきたんだけど、写真集に掲載する作品のセレクションは「写真のプロに全部託そう」と思ったんです。そこでお願いしたのが、YKGギャラリーの菊竹寛さん、デザイナーの田中義久さんです。

柿本ケンサク

—セレクトは他の方に委ねたんですね。

柿本:自分はやっぱり「映像の人間」だから。無意識のうちに写真にストーリーが入ってしまうんです。でも、菊竹さんと田中さんは、それらのストーリー性を外して見直していって、自分とはまったく違う見せ方を提案してくれました。緩急をつけたレイアウトにするかと思いきや、すべてが同じサイズだったり、デザインも見開きで大きくバーンっと見せたり、純粋に写真としての存在感を見せるシンプルなものになっていって。

最初に展示会をやるときのように「これでいいのかな?」っていう違和感も感じたんですけど、やっぱりじっくり見ていくと、写真だからこそのリズムがきちんと届くんです。

井浦:それはすごく面白いですね。僕も柿本さんも世界のいろんな場所を旅しているけれど、そこで目にするもの、受ける感覚は個々に違う。写真っていうのは、そのリズムの違いにあらためて気づかせてくれるものなのかもしれません。

左から:柿本ケンサク、井浦新

—今日、取材に来るまでの間に『TRANSLATOR』(=翻訳者)というタイトルの意味を考えてきたのですが、例えば菊竹さんや田中さんといった第三者、翻訳者の目線が入ったことを指しているのでしょうか?

柿本:今となっては、それも含まれていると思います。もともとなぜ『TRANSLATOR』と名づけたかというと、僕自身も何らかの翻訳者だからです。それは「SAVE~」でアンバサダーになった新さんが、企画する側の気持ち、考えを共有し、さらにご自身のフィルターを通して広めていってくれたことと似ています。

井浦:なるほど。

柿本:僕がしている映像や広告の仕事というのは、「目に見えるものに徹底的にこだわること」です。でも、企画が動き出して、カメラを向けて撮影するまでは、むしろ大半のことは「目に見えないもの」としてある。

被写体に対峙するときには、自分の中にある偏見や先入観、理屈やストーリーは全部外して、心の中で感じた「目には見えない何か」を、なるべくフラットに把握したいと思うんです。そうやって把握した見えないものを、見えるように翻訳することが僕の仕事であり、『TRANSLATOR』というタイトルを写真集につけた理由なんです。

柿本さんのすごさは、目に見えない心の内を露骨にせず、目に見える形に置き換えられるバランス感覚。(井浦)

井浦:柿本さんが「見えないものを見えるものに翻訳する」と話してましたが、僕も正直当たり前のように目に見えないものの価値を信じているところがあります。べつに精霊とか幽体といったオカルト的な話ではなくて、目に見えない観念や時間、習慣といったものが、人間が生きるうえでどれだけ重要かということです。

柿本:ええ、僕もよくわかります。

柿本が撮影した、アメリカ合衆国ニューメキシコ州のホワイトサンズ国定公園の景色 ©Kensaku Kakimoto
柿本が撮影した、アメリカ合衆国ニューメキシコ州のホワイトサンズ国定公園の景色 ©Kensaku Kakimoto

井浦:でも、そちら側が強く出過ぎると、見る人が限られちゃうんですよね。柿本さんがすごいのは、例えば「見えないもの」と「見えるもの」のバランスを見定める感覚をたしかに持っていることだと思うんです。目には見えない心の叫びを露骨に示すのではなく、バランスよく世界の奥深さ、多様さを見せてくれる。

柿本:まだ発表してないけれど、じつはもっと変なスタイルの作品もあるんです。でも、そういったある種攻めたスタイルも、例えばコマーシャルの仕事のような相反する事物を知っているからできるんだと思う。そのバランスの取り方はかなり意識しています。

柿本ケンサク

—『TRANSLATOR』では、どのようなバランスを意識されたんでしょう?

柿本:なるべく圧迫感のない、主張することが目的にならない、フラットな写真を選んでいます。メッセージ性が強くなる写真は入れないように決めていました。なぜなら、圧迫感のあるものを毎日見ていると、自分の心も波が立って来るんです。

コマーシャルの世界では、日常的に波打っているような視聴者の心を、さらに波立たせるようなアプローチが必要になります。だから、もっと波が大きく揺らめくような、エッジのついた手法や、人の目にとまるメッセージを投じる必要があります。でもこの作品に関しては、「トイレにも飾れるような、それくらいフラットなものにしたい」と思ったんです。言い方は軽いですけど(笑)。

柿本が撮影した、ソルトレイクシティーの風景 ©Kensaku Kakimoto
柿本が撮影した、ソルトレイクシティーの風景 ©Kensaku Kakimoto

井浦:たしかにフラットですよね。そこがとてもいい。

柿本:それでもいつもの手癖で、ちゃんとした画角をキープしてしまったりしているから、そこはまだまだ勉強が必要ですね(笑)。

日常の中に旅を、旅の中に日常を発見することが、自分が自分でいられるためには大事なんです。(柿本)

—柿本さんも井浦さんも、コマーシャルな仕事をしつつ、同時に自己表現、自己探求につながるアートに近い活動をしていますね。それに対して「2つのいいとこ取りをしているのでは?」という反発の声もあるのではないかと思います。これまでの話を伺っていると、むしろそれは逆で、異なる2つ以上の世界を知っていることが、もっと別の豊かさに気づける機会になっているように思ったのですが、いかがでしょう?

柿本:僕は、「役者の人のほうが大変なんじゃないか」と思います。様々な人格を演じる、すごく多面的な生き方を選択する仕事だから。

井浦:たしかに、演じる意味ではそうですね。でも、僕自身はそんなにプレッシャーやストレスを感じたりはしません。すごくシンプルなんです。日本でファッションや役者の仕事をしつつ、でも一方で「旅に出てみよう」「見たことないものを見に行こう」という意識は常に持っている。できるなら旅の途中で死にたいぐらい(笑)。本当に、子どもの頃に感じた好奇心や冒険心を持ったまま大人になったようなものです。むしろ子ども時代以上に興味が広がっている。

井浦新

井浦:もちろん、批判みたいなことを言われたことはあります。そこで傷ついて、壊れてしまいそうになったこともあります。でも、それでやめてしまっていたら、今まで見続けていたものが見えなくなってしまう。「壊れて傷ついても、否定されても、見続けたいな」と、僕はあるときに強く思ったんです。そして、そのまま育って42歳になってただけの話なんです。

—2つの世界が連続してつながっている?

井浦:ファッションやコマーシャルと、アートの活動を「2つの世界」として、ちょっと分けすぎかな? もっと多様だし、もっと無理なく連続していると思います。僕らが当たり前のように生きている社会って、本当は当たり前ではないはずなんです。この当たり前だと感じている世界は、もっと広い世界の上にある一部に過ぎない。

『TRANSLATOR』のあとがきで柿本さんもそんなようなことを書いてますよね。

柿本:さきほど「優しさと厳しさ」って話もありましたけど、まさにそうだと思います。それは相対する概念だけれど、対立しているわけではないんです。狂気があるから、人を深く愛することもできる。振り幅の大きさが、人生の豊かさにつながっていると思うんです。

写真家のソール・ライターも、「もっともドラマチックなことは地球の裏側にあることではなく、そのへんに落ちていること」だと言ってますよね。それは言い換えると、日常の中にも旅を、旅の中にも日常を発見することで、そういう営みは、自分が自分でいられるためには大事なんです。それが僕の旅する理由の1つですね。

左から:柿本ケンサク、井浦新

書籍情報
『TRANSLATOR』

2017年8月下旬から蔦屋書店、青山ブックセンターほかで販売
著者:柿本ケンサク
価格:7,560円(税込)
発行:株式会社コネクション、一般社団法人オンザヒル

イベント情報
『TRANSLATOR』刊行記念
『柿本ケンサク × 窪塚洋介 トークイベント』

2017年9月18日(月・祝)14:00~15:30
会場:東京都 青山ブックセンター本店

プロフィール
柿本ケンサク (かきもと けんさく)

1982年12月9日生まれ、theatre-tokyo支配人。映像作家、写真家として映画、TV-CM、MUSIC VIDEO 等を中心に活動。言葉では表現できない空気、体温、感情を切り撮ることを大切にし、Think globally Act locallyをモットーに作品制作を行う。学生時代より、映画、TV-CM、MUSIC VIDEO等で助監督を経験しながら、作品の制作を始め、中野裕之監督と共に映像制作集団『ピースブラザース』の末っ子として活動。2005年、長編映画『COLORS』を制作。映画『スリーピングフラワー』で劇場デビューを果たす。

井浦新 (いうら あらた)

1974年東京都生まれ。98年に映画『ワンダフルライフ』に初主演。以降、映画を中心にドラマ、ナレーションなど幅広く活動。現在、NHK『日曜美術館』の司会を担当するほか、『一般社団法人 匠文化機構』にも従事し、日本の手仕事、歴史、伝統文化を未来に繋げ拡げていく活動を行っている。更に京都国立博物館の文化大使や、『SAVE THE ENERGY PROJECT』のアンバサダー、そしてアパレルブランド『ELNEST CREATIVE ACTIVITY』のディレクターを務めるなどフィールドは多岐にわたる。2017年11月25日に主演映画「光」が新宿武蔵野館、有楽町スバル座他にて公開。以降、2018年春に主演映画「ニワトリ☆スター」が公開予定。



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