1冊の本を売る森岡書店店主が今後のカルチャーを語る。鍵は伝播

東京、銀座の片隅に、「1冊の本だけを売る」という一風変わった本屋がある。昭和初期のモダンなビルの1階にある、その店の名前は「森岡書店」。神保町の老舗古書店で修行を積み、その後、本屋とギャラリーを併設した書店を茅場町にオープン。そして、10年目にして、その拠点を銀座に移し、現在の営業形態をスタートさせたという店主、森岡督行の意図するところとは? さらに、そんな彼が新たな試みとして最近スタートさせた「森岡書店総合研究所」とは、どのような集まりなのか? 時代や価値の変化に鋭敏な森岡店主に、「ビールシフト」「カルチャーシフト」を考えるキリンとCINRAの共同企画で取材を行った。

自分や著者、そして編集者が、販売する本の世界の中にお客さんをお招きするというイメージでやっています。

―まず改めて、森岡書店とは、どんな本屋なのでしょう?

森岡:基本的には「1冊の本を売る書店」というテーマで、ある1冊の本から派生する展覧会を行いながら本を販売している本屋です。正確に言うと、1冊ではなくて1種類の本ということなのですが、大体1週間で1種類の本を販売し、翌週はまた別の本を販売しながら、その本に関する展示をやっている感じですね。

さらに、著者や編集者、あるいはデザイナー、カメラマンなど、その本作りに携わった方々をできるだけ店にお招きして、「お客さんにその本を直接手渡ししていただく」というのが、コンセプトのひとつでもあります。お客さんは、ときどきお土産を持ってきてくださったりして……それに対して、著者の方はサインをしたり、「これからもよろしくお願いします」とあいさつをしたり。「1冊の本を介したコミュニケーションの現場であって欲しいな」と、思っています。

森岡督行
森岡督行

―1冊の本を介して、著者や関係者、そして読者が集う、「サロン」的な役割も果たしているわけですね。

森岡:まさに、そういった「サロン的な役割も担えたら」と思ってやっているところもあります。さらに言えば、本というものはもともと二次元のものですが、それを三次元に展開するような感じでしょうか。自分や著者、そして編集者が、その本の世界の中にお客さんをお招きするというイメージでやっていますね。

―「三次元に展開する」というのは?

森岡:本作りというのは、割とエネルギーが必要なものだと思うんです。さまざまな資料を集めながら、いろいろとアイデアを練り、そこから取捨選択して1冊の本を作っていく。つまり、展覧会を開くことができる材料というのは、その制作段階でいろいろとそろっているわけです。それを展示として見せていこうと。

あと、本作りというのは、基本的に内に向けたエネルギーだと思うのですが、それを外に向かってちゃんと出してあげるというか、そうやって本の中身を外に出すことによって、その本の世界を立体的に体験してもらいたいんです。

森岡書店
森岡書店

ただ物を買うだけではなく、買う行為そのものを体験として楽しもうという傾向になっていますね。

―森岡さんは、神保町の老舗古書店「一誠堂」を退社された後、茅場町で本屋+ギャラリーのお店を約10年なさっていたとのことですが、この本屋のアイデアというのは、いつ頃から温めていたのでしょうか?

森岡:最初に思いついたのは、もう10年前ぐらいですかね。自分では覚えてなかったのですが、茅場町の店舗を始めて1年ぐらいのとき、飲みの席で、「1冊の本を売る本屋」という話を、私が熱弁していたらしくて(笑)。

茅場町の店舗は、主に美術関係や建築関係の写真集などを扱っていて、併設のギャラリーで展覧会や新刊の出版記念イベントを行ったりしていたのです。そうやって1冊の本に対してお客さんが来てくださったり、そこで豊かなコミュニケーションが生まれているのは当時から感じていて、「1冊の本があれば、それで成り立つのではないか?」と思ったんですよね。それで茅場町の店舗が10年目を迎えたときに、「何か新しいことをやろう」と思って、2015年にいまの森岡書店を、この場所に立ち上げました。

―出店の決め手となったのは、いまの物件が借りられたことも大きかったと聞いています。

森岡:そうですね。この「鈴木ビル」という歴史的な物件に入ることができたのは、やっぱり大きかったと思います。この建物は、1929年に建てられたのですが、1939年からは「日本工房」という編集プロダクションが入っていて、当時の日本の対外宣伝誌を、ここで作っていたんです。

そこには土門拳さん、亀倉雄策さん、名取洋之助さんなど、当時の第一線で活躍するクリエイターが集結していて、その方々が戦後日本の出版界を牽引していった。そういう歴史的背景のある場所で、現代の本を紹介するのは、とても意義があることのように思えたんです。

森岡書店の入っている「鈴木ビル」
森岡書店の入っている「鈴木ビル」

―先ほど、ビルの内部を拝見させていただきましたが、かなり雰囲気のある建物ですよね。

森岡:そうなんです。実は、私は近代建築の中でしか、仕事をしたことがないんですよね。一誠堂も1931年に建てられたビルにあったし、茅場町の店舗が入っていたビルも1927年に建てられたものでした。そういった空間の特徴は、現代でもなければ昔でもない、東京でもなければ外国でもないところだと思っていて。そういう何か、心身ともに揺さぶられる体験ができるところが、こういう近代建築のいいところだと思うんです。

―そういう場所にやってくることが、ひとつの「体験」にもなるわけですね。

森岡:近年、「もの」から「こと」へといった感じで、消費の在り方が、ただ物を買うだけではなくて、買う行為そのものを体験として楽しもうという傾向にあると思うんです。そういった流れで言えば、最近は面白いトークイベントもたくさんあるし、有意義なワークショップなども、東京に限らず日本中どこの街でも行われていて、すごい豊かだなと思っています。ただその一方で、「次の何かがあってもいいな」とは思っていて。いま、自分が取り組んでいることは、もしかしたら、それに近いことなのかもしれないですね。

森岡督行

―というと?

森岡:簡単に言えば、「妄想を形にして、それを実現する」、そして「その過程を共有する」ということでしょうか。よりリアルな身体的体験及び、そこから発生する喜びや伝播力といったもの。そういうものがいいんじゃないかと思っています。

東京オリンピックのある2020年くらいでカルチャーの潮流が変わると思います。

―森岡さんが「次の何か」を考え始めたきっかけを伺えますか?

森岡:現在の東京のカルチャーの源流をどこかに設定するとなると、2000年前後だったように思うんです。たとえば工芸がいま、すごく脚光を浴びていると思うのですが、木工作家の三谷龍二さんは、その著書の中で、2000年ぐらいからお客さんの質がグッと変わったと書いていて。そのあたりに、何があったかというと、『クウネル』(2002年)や、『天然生活』の創刊(2003年)がありました。

さらに、現在さまざまな都市で行われている芸術祭の原型も、その頃に登場しました。北川フラムさんたちが『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』を始めたのもその頃ですよね。本屋で言うと、そのあたりに江口宏志さんの「ユトレヒト」(代官山)、松浦弥太郎さんの「カウブックス」(中目黒)がオープンしたりしている。なんとなく、現在に連なる「点」みたいなものが、その時期に固まっているように思うんです。

森岡督行

―なるほど。

森岡:それからおよそ20年ぐらいが経つのですが、当時良しとされた価値というのは、今も良しとされている。ただ、それがまた、どこかで変わるんだろうなっていうのは思っていて。それは恐らく、2020年ではないかと、個人的には思っているんですよね。

2019年に元号が変わる予定ですよね。そして2020年には東京オリンピックがある。やはり、元号が変わるというのは、結構大きい気がするんです。きっと、2020年あたりで、またカルチャーの潮流が変わるでしょう。で、「次は何だろうな」と考えると、それはこういうスペースを、もうちょっとアップデートしたものなのかもしれないって思ったりもしています。

直接会った人と人を繋げていくことが、これから重要になっていくと思います。

―最近、立ち上げられた「森岡書店総合研究所」というのは、その「次の何か」と関連する話なのでしょうか?

森岡:森岡書店総合研究所は、最近始めたインターネットのコミュニティーサイトなのですが、森岡書店を始めたときに、「ホームページを作らない」っていうことを決めていたんですね。茅場町の頃はあったんですけど、移転に際して一度やめてみたんです。

というのは、自分はいま40代なのですが、1990年代……たとえばワタリウムに行くときとか、佐賀町エキジビット・スペースに行くとき、別に何の情報もなく行っても、得るものがあったなというふうに思っていて。そういう「野生の勘」みたいなものを信じたいというか、いまは情報がたくさんある時代だからこそ、そういう考え方のほうが際立つかなっていうのがあって。

とは言っても、いまは個人が顔を持った時代なので、TwitterとかInstagram、Facebookといったレイヤーには、間違いなく情報がいきわたるというバックボーンもあるわけですが。

森岡督行

―森岡さん自身もTwitterで発信なさっていますし、それで最低限の情報は伝えられると。

森岡:はい。現状この森岡書店というのは、いわゆる「オフ会」の場みたいなものだと言えると思うんです。ここでは、お客さん同士が、リアルに会話できる。で、10分、20分の会話が終わったら出ていく、と。それに対して、森岡書店総合研究所は、「オン会」というふうにとらえているところがあって。「オフ会」の反対の「オン会」ですね。

「普段がオフの場ならば、オンの場があってもいいだろう」と。書店だと、10分か20分ぐらいのコミュニケーションですが、ウェブ上では常にコンタクトを取ろうと思えば取れるわけじゃないですか。そういうコミュニケーションの場があったら、またそこで何か生まれるのではないか、心の豊かさが共有できるのではないかと思っていて。そういう考えがベースにあって、始めたんです。

―森岡書店総合研究所では、具体的にどんな活動をされているのでしょう?

森岡:たとえば、川越にカレーのお店を作ろうという編集者の方がいて、その店がどう成立していくかをみんなで妄想しながら、店名とか味とかのアイデアを出していったりするんです。で、実際に、今度はみんなでカレーを食べに行き、どういうカレーがいま求められているかとか、カレーについていろいろと研究してみたり。そういうことが、まずあったりします。

あと、書きためてきたエッセイを出版したい、あるいは文筆業として独立したいという方がいて、その方が書いたエッセイをみんなで読んでアドバイスをしたり、「そもそもエッセイストとか文筆業に必要な資質って何だろう」って考えたりとか。そういうことを、いろいろとやっている感じですね。

森岡督行

―普段はウェブ上のコミュニティーサイトで、いろいろな議題に関して意見を交わしながら、定期的にイベントを行ったりもすると。

森岡:そうですね。定期的に集まって、みんなの妄想を形にしていこうという。とは言っても、その後の飲み会が、楽しみだったりするのですが(笑)。何かそういうのが、これからすごく重要になってくるのかもしれないと思っているんです。直接会って、コミュニケーションを取りながら、ちゃんと人と人を繋げていくというか。そういうものが、心の豊かさにも繋がっていくと思うんですよね。

日本の場合、「表現」よりも「仕事」のほうが、長く生き残るものなのかもしれません。

―現在、キリンとCINRAでは「ビールシフト」「カルチャーシフト」を考える共同企画に取り組んでいます。そこで、ビールの価値観を変えるために最近、キリンが発売したクラフトビールを飲んでいただきたいのですが……ちなみに森岡さん、お酒のほうは?

森岡:大好きです(笑)。「ビールがあれば幸せ」というタイプで、ひたすらビールを飲んでいます(笑)。なので、実はクラフトビールには興味津々なところがあって……あ、このグラスは?

キリンとドイツのシュピゲラウ社が共同開発したJPL専用のグラス
キリンとドイツのシュピゲラウ社が共同開発したJPL専用のグラス

―こちらは、グランドキリンJPLのために、キリンとドイツのシュピゲラウ社が共同開発した、JPL専用のグラスです。

森岡:なるほど、すごい。見たことのない形だ。これで飲むと、ビールの香りが堪能できるわけですね。クラフトビールに対する職人さんのこだわりとか、グラスを作った方が意図したことを聞くのは、すごく楽しそうですね。私は工芸が好きなので、工芸作家の話を聞く機会が多いのですが、長年研鑽を積んだ人の話というのは、やはりすごく面白いんですよ。そういう機会があれば、是非いろいろお話を聞いてみたいところですね。

森岡督行

―今日は、「JPL」「IPA」「WHITE ALE」の三種類を試飲していただきましたが、この中ではどれがお気に召しましたか?

森岡:私はやはり、ラガータイプの「JPL」が好きかもしれないです。他のものも、それぞれ美味しかったのですが、「JPL」は自分が慣れ親しんだ味に近いので、その美味しさがよくわかるような気がします。正直、美味しいです(笑)。

キリン「グランドキリン JPL(ジャパン・ペールラガー)」
キリン「グランドキリン JPL(ジャパン・ペールラガー)」

キリン「グランドキリン IPA(インディア・ペールエール)」
キリン「グランドキリン IPA(インディア・ペールエール)」

キリン「グランドキリン 「WHITE ALE」(ホワイトエール)」
キリン「グランドキリン 「WHITE ALE」(ホワイトエール)」

森岡:そういえば先日、飲み屋でたまたま山下裕二先生(明治学院大学教授)という日本美術史の先生と一緒になったのですが、その方が「日本の美術は、表現ではなく仕事だね」というようなことをおっしゃっていて。つまり、日本美術の歴史を振り返ってみると、いわゆる「表現」よりも、誰かのためにした「仕事」のほうが、のちのちまで生き残ってきたところがあると。ちょっとその話を思い出しました。やっぱり、日本の場合、誰かのためにした仕事が評価されるし、生き残るものなんだなと。それは、ビールに関しても、同じかもしれないですね。

11月11日と12日に開催されるCINRA主催の大人の文化祭イベント『NEWTOWN』では、クラフトビールを飲みながら授業を受けられる「大人の学校」も開催予定
11月11日と12日に開催されるCINRA主催の大人の文化祭イベント『NEWTOWN』では、クラフトビールを飲みながら授業を受けられる「大人の学校」も開催予定(オフィシャルサイトを見る

―では最後に、シフトするカルチャーにとって何が重要と感じられているか、改めてお聞かせください。

森岡:たとえば、岸和田の「だんじり祭り」とか、諏訪大社の「御柱祭り」とかって、毎年話題になりますよね。ああいう伝播力みたいなものが、これからの時代はかなり強いんじゃないかと思っているんです。

本作りというのも、実はそれと似た要素があると思っていて。著者というのは、1冊の本に、ものすごい労力と時間、そしてエネルギーをかけているわけですよね。それは編集者やデザイナーも同じかもしれない。そういう伝播力が本にもあるし、今後ますます重要になっていくのではないかと考えています。

森岡督行

イベント情報
『NEWTOWN』

2017年11月11日(土)、11月12日(日)
会場:東京都 多摩センター デジタルハリウッド大学 八王子制作スタジオ(旧三本松小学校)
料金:入場無料
※ 雨天決行、荒天中止
※クラフトビールを飲みながら授業を受けられる「大人の学校」も開催予定

プロフィール
森岡督行
森岡督行 (もりおか よしゆき)

1974年、山形県生まれ。1998年に神田神保町の一誠堂書店に入社。2006年に茅場町の古いビルにて「森岡書店」として独立し、2015年5月5日に銀座に「森岡書店 銀座店」をオープンさせた。そして2017年、6月13日に「森岡書店総合研究所」を開設。著書に『写真集 誰かに贈りたくなる108冊』(平凡社)、『BOOKS ON JAPAN 1931-1972 日本の対外宣伝グラフ誌』(ビー・エヌ・エヌ新社)、『荒野の古本屋』(晶文社)など。



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