柴田聡子が見た言葉をめぐる展覧会『ヒツクリコ ガツクリコ』展

ヒツクリコ、ガツクリコ――。このおかしな響きの言葉は、大正から昭和にかけて活躍した詩人・萩原朔太郎が、前橋の街を酔った足取りで歩く詩人の姿を表現したオノマトペです。普通なら「トボトボ」などと表される光景の、既存の言葉からはこぼれてしまう情感を、彼は独自の言語によって拾い上げようとしました。思えば私たちの日常には、こうした新しく言葉にされるのを待つような、言葉未満の言葉=感情が溢れているのでしょう。

そんな言語と感情をめぐる挑戦を、近代詩から現代アートまでの幅広い領域を通じて紹介する展覧会『ヒツクリコ ガツクリコ ことばの生まれる場所』が、アーツ前橋と前橋文学館で開催されています。今回、本展を訪れたのは、現代の微細な感性を切り取る歌詞でも人気を集めるミュージシャンの柴田聡子さん。アルバム『愛の休日』も好評な彼女の言葉に対する思いとは? 展示を通して、その詩作の世界に迫ります。

じつは朔太郎は、「マイフェイバリット詩人」なんです。

素晴らしい秋晴れに恵まれたこの日。柴田さんがまず訪れたのは、前橋文学館です。最初の展示室に飾られているのは、前橋ともゆかりの深い萩原朔太郎らによる、言葉と視覚の表現を横断しようとした作品の数々。

柴田聡子
柴田聡子

「言葉をめぐる展覧会」と聞くと、じっと文字を読み込む光景を想像してしまいますが、展示室には目を楽しませてくれる作品が多く、身構えていた気持ちが一気に軽くなります。たとえば朔太郎の『踊の印象』は、「足」の字の繰り返しが紙の上にビートを生み出す、彼の作品では唯一とも言われるビジュアルポエトリーです。

柴田聡子

萩原朔太郎未発表詩篇『踊の印象』の直筆原稿
萩原朔太郎未発表詩篇『踊の印象』の直筆原稿

ところで美術大学の映像科出身ということで、現代美術や映像作品には馴染みが深そうな柴田さんですが、詩の世界はどうなのでしょう?

柴田:じつは朔太郎は、「マイフェイバリット詩人」なんです。高校時代にはじめて読んで、いまも愛読しています。詩以外にも、エッセイやアフォリズム(格言)も面白いんですよ。でも、こんなビジュアルの挑戦もしていたのは知らなかった! 「ヒツクリコ、ガツクリコ」もそうですが、朔太郎の詩は音楽的ですよね。

前橋文学館の展示風景 / 所狭しと作品が並ぶ充実した展示室
前橋文学館の展示風景 / 所狭しと作品が並ぶ充実した展示室

言葉の意味というと、その中身のことだと思われるけど、視覚も全部を使って、伝えたいことを伝えている。

表現者たちは、言葉の意味を、「かたち」としての文字の実験を通じても伝えようとしてきました。萩原恭次郎の詩集『死刑宣告』も、そのひとつ。1920年代、前衛芸術運動のなかでアナキズムの立場から生み出された彼の詩には、大小さまざまな文字や記号が踊っています。

柴田:うわっ! すごい熱気ですね。普通、言葉の意味というと、その中身のことだと思われるけど、この作品は視覚も全部を使って、伝えたいことを伝えている。言葉の意味と音とかたち、そして身体が一緒にある感じがします。いま、こういう表現はあまり見かけないけど、なぜだろう。当時の表現として、すごく自然だったのかもと思いますけどね。

展示されていた萩原恭次郎の詩集『死刑宣告』に興味津々の様子
展示されていた萩原恭次郎の詩集『死刑宣告』に興味津々の様子(Amazonで見る

萩原恭次郎『死刑宣告』(再販)1926年(初版 1925年)長隆舎書店
萩原恭次郎『死刑宣告』(再販)1926年(初版 1925年)長隆舎書店

ただ言葉を紡ぐだけでは、表現しきれないもの。会場には、朔太郎たちも取り組んだこの感覚をさまざまな手段を使って追う、現代の作品も並びます。たとえば、ブログで絵文字を使った「モニタ詩」や拡張現実の技術を用いた「AR詩」を発表するni_kaさんは、今回、それらの作品を複数の映像に重ねたインスタレーションとして展示しています。

ni_ka『AR詩』と『モニタ詩』を複数の映像に重ねたインスタレーション
ni_ka『AR詩』と『モニタ詩』を複数の映像に重ねたインスタレーション

柴田聡子

一方で足立智美さんの『立体印刷詩』は、見る角度で読み方が変わる、3Dプリンターで印刷された文字のオブジェ。そして浦上秀樹さんの『こころMoji』は、漢字のなかにひらがなでもうひとつの意味を潜ませた作品です。

柴田:ni_kaさんは綺麗に収めようとしていないのがリアル。浦上さんの作品も漢字として成立するかギリギリだけど、それが「絶対に伝えたい」という宣言みたいで面白いですね。「わかる人にしかわからない」先進性も好きだけど、出品作家の人たちはダイレクトに伝えるため、言葉の外見も工夫している。とても大事なことだなと感じます。

『立体印刷詩』をいろいろな角度から眺める
『立体印刷詩』をいろいろな角度から眺める

足立智美『5つの立体印刷詩』(2017年)
足立智美『5つの立体印刷詩』(2017年)

浦上秀樹『感謝~すべてのであいといのちのすばらしさ~』(2017年) / 漢字のなかにひらがなで書かれたもうひとつの意味が潜む『こころMoji』
浦上秀樹『感謝~すべてのであいといのちのすばらしさ~』(2017年) / 漢字のなかにひらがなで書かれたもうひとつの意味が潜む『こころMoji』

歌詞を書くとき、いつも心がけていることは、センチメンタルな気持ちに流されないこと。

前橋文学館の展示で柴田さんがもっとも熱く語っていたのは、「ムットーニ」こと武藤政彦さんによる自動からくり人形『題のない歌』。人形が置かれた小さな箱の前に座ると、箱のなかで朔太郎の詩集『青猫』に収められた同名の詩の世界が、驚くべき仕掛けによって展開されます。

ムットーニ『題のない歌』(原作:萩原朔太郎、2016年) / 作品の大きさからは想像できない独自の世界が細かいディテールで繰り広げられる
ムットーニ『題のない歌』(原作:萩原朔太郎、2016年) / 作品の大きさからは想像できない独自の世界が細かいディテールで繰り広げられる

じつは『青猫』、とくにその序文が大好きという柴田さん。ムットーニの作品を通して、あらためて朔太郎の詩の特徴も見えてくると語ります。

柴田:朔太郎はその序文で、「パッション」や「憂鬱」について書いているんです。でも彼は、ただ感情に身を任せるのではなく、その「かたち」をよく見ることが大事だと言っているように、私には思えました。

実際にムットーニさんの作品も、朔太郎の詩が「雲」や「船」など、想像できる具体的な言葉で構成されていたから、長いときを経ても、これほど豊かなイメージを膨らませることができたんじゃないかな、と思います。

柴田聡子

「朔太郎の詩は包容力がある」と話す柴田さん。その包容力を生み出す、冷静な言葉の「かたち」への意識は、さまざまな情景を描く彼女の詩作りでも大事だと言います。

柴田:センチメンタルな気持ちに流されないことは、歌詞を書くとき、いつも心がけていることです。歌詞というと、そこに描かれた「気持ち」が注目されるけど、じつはそれをきちんと伝えるには、リズムやビートも同じくらい大事だと思っています。

柴田聡子

言葉にならない感情もあるけど、言葉にしないと伝わらない。そのジレンマと、人類はずっと戦ってきたんだと思うんです。

前橋文学館をあとにした一行は、続いて徒歩5分ほどの距離にある、アーツ前橋へと向かいました。その道中の街灯の下には、「いま何を考えていましたか?」など、さまざまな質問の書かれた旗が。

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これは、ヴァーバル・アート・ユニットTOLTAによるもの。最近、とにかく「考えはじめること」の大切さに気付いたという柴田さんも、こうして言葉を街に連れ出し、そのきっかけを作ることの重要さを語っていました。

そんなことを話すうちに、アーツ前橋に到着。前橋文学館では、越境的な活字表現の展示が中心でしたが、こちらでは言葉以前の言葉や、言葉の生まれる場所に注目した作品が多く並びます。最初の展示室では、言葉の初期段階にも近い「オノマトペ」をテーマにした、荒井良二さんと小学生によるワークショップの成果が飾られています。

柴田聡子

そのワークショップの内容とは、このようなもの。まず、「午後3時~4時までに耳に入ってきた音を書き出しましょう」という宿題が参加者の小学生に出されます。その言葉をもとに絵を描いたり工作をしたら、その制作物から再びオノマトペを考えます。こうして、その表現は既存の言葉の「型」を離れ、どんどんオリジナルなものになっていきます。

荒井良二と小学生によるワークショップの様子 撮影:木暮伸也
荒井良二と小学生によるワークショップの様子 撮影:木暮伸也

柴田聡子

私たちは普通、大人の言葉は定型文ばかりで、子どもの言葉は自由なものだと考えがちでしょう。しかし学芸員の方の話で面白かったのは、むしろ「型」を学んだばかりの子どもも、あまり自由な言葉は使わないということ。だからこそ、荒井さんが粘り強く参加者から引き出したオノマトペには、殻を破ったような勢いがあります。

柴田:すごく良いワークショップ! 私も普段、録音のために曲のイメージを人と共有するとき、新しい言葉の必要性を感じます。「誰々みたいに」や「言葉にできない」と言いたくなくて、ピッタリの言葉を探したい。

でも、既存の表現から離れるほど、「こんな言葉あるのかな?」と不安になります。それでも、恐る恐るくちにしてみて……、ということをいつも繰り返している。言葉にならない感情もあるけど、勇気を持ってそれを言葉にしないと、伝わらない。そのジレンマと、人類はずっと戦ってきたのかなと思うんです。

柴田聡子

自分の詩の無意味さに死にたくなることもあるけど(笑)、それが誰かに聴かれ、なにかを感じさせるのはすごいことだと思う。

アルバム『愛の休日』では、その「ちゃんと伝えること」をこれまで以上に考えたという柴田さん。次にやってきたのは、20世紀前半にヨーロッパで展開された芸術運動「ダダイスム」(以下、省略ダダ)を紹介するコーナーです。

ダダは、その運動名自体が「辞書でたまたま見つけられたもの」とも言われるように、意味や理性への疑いを追求した動向でした。彼らの開く集会では、みんなが口々に無意味な言葉を発するといったことが行われたのです。

トリスタン・ツァラ編『アンソロジー・ダダ ダダNo.4-5』(1919年) うらわ美術館蔵  / 「ダダ」とはトリスタン・ツァラが偶然に辞書のなかから見つけ出した言葉とされる
トリスタン・ツァラ編『アンソロジー・ダダ ダダNo.4-5』(1919年) うらわ美術館蔵 / 「ダダ」とはトリスタン・ツァラが偶然に辞書のなかから見つけ出した言葉とされる

その背景には、第一次世界大戦の影響もあったと言われます。言葉が象徴する理性。しかしその理性こそが、戦争をもたらした。そんな現実への抵抗の身振りとして、言葉の意味から距離を取ろうとしたのがダダの運動でした。じつはダダについて、「怖い」という印象があったと話す柴田さんですが、背景を聞いて少し見方が変わったようです。

柴田:ダダには、そこから先は焼け野原みたいな、無意味さの極北まで行くような怖さがあって……、だってみんなで無意味な言葉を話しているとか、怖いじゃないですか(笑)。だけど背景を知ると、そこにはポジティブな可能性もあったんだなと。厳しい状況のなか、そこから距離を取ることで、逆に現実をはぐらかして問題にアプローチしている面もあったのかもしれないですね。

柴田聡子

一見すると無意味な状況が、じつは切実な現実への態度にもなっている。そんなダダの表現のあり方は、だいぶ趣が違うものの、どこか柴田さんの歌詞とも通じます。

柴田:たしかに私も、「どうでもいいけど、どうでもよくないこと」を歌いたい。自分の詩の無意味さに死にたくなることもあるけど(笑)、それが誰かに聴かれ、なにかを感じさせるのはすごいことだと思います。

ある歌詞に「これ」という見方しか許さないのは、宣教師みたいで少し怖い。みんな日々、なにかを考えて悩んでいるから、それぞれの視点から詩をどうとでも捉えてくれる。そんな受け取られ方が、一番健康的な気がしますね。

柴田さんも関心があるという、大澤雅休の自由奔放な書の作品などの横を通り、続いて見えてきたのは山川冬樹さんの作品『ハロー:グッバイ 伝達のテクネ』の展示スペース。この作品は、体験した柴田さんがとくに興味深い戸惑いを見せたものでした。

柴田聡子

展示空間の導入部では、金色のレコードが回る映像が投影されており、観客はまずその手前に置かれた装置から、耳栓を受け取ります。それを手に歩を進めると、目の前に現れるのは3枚の壁。案内役の学芸員の方の誘導に従い、耳栓をして壁におでこを当てると、なにかを読み上げる男女の声が聞こえてきます。これは一体?。

柴田聡子

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歌詞の整合性はないのにパッとつながる線に、意外な感動が詰まっていることがあるんです。

じつはここで朗読されているのは、有名アナウンサーでありながら病に倒れた山川さんの父・千秋さんが、生前に妻と山川さん兄弟に当てた3枚の遺書。壁から骨伝導を通して聞こえたのは、展示もされているその遺書を、彼らがそれぞれ読む声です。

柴田聡子

一方、最初に映像で映されていたのは、NASAが1988年、地球外生命体に向けてボイジャー号に搭載した、55か国の異なる「こんにちは」の声が録音された通称「ゴーデンレコード」。会場には、実際の音声も流れています。つまりこの作品は、未知の存在への出会いの言葉と、地上を去る死者の言葉を並列させたものだったというわけです。

柴田:額を当てながら、聞き入ってしまいました……。この場所に展示されると思わずに書かれた、実際に亡くなった方の文章だから、自然と凄みがあって。それに、私たちが本来聞くべきではない言葉を聞いてしまっているような、後ろめたさもありました。

柴田さんの感じた戸惑いの正体は、究極の1対1の伝達ともいえる「遺書」の言語空間に、他人だったはずの自分が立ち会ってしまったことに由来するのかもしれません。

柴田:声のリズムに合わせて光が明滅していて、振動もすごく来る。お父さんの言葉を追体験させる工夫がたくさんされていました。でも、その演出より、私にはお父さんの実際の遺言の衝撃が強くて……。この作品を消化するのは、時間がかかりそうです。

柴田聡子

言葉をめぐる、アーティストのさまざまなアプローチ。そのなかには、山川さんの作品のように、具体的な言葉で描かれながら受け手の心を揺さぶるものもあれば、いまだ不定形な言語空間を視覚的に表現したものもあります。鈴木ヒラクさんの『GENGA』や『Constellation』といったシリーズは、まさに後者を象徴するような作品です。

鈴木ヒラク『Constellation ♯19』2017年 作家蔵
鈴木ヒラク『Constellation ♯19』2017年 作家蔵

柴田聡子

『GENGA』とは、「言語」と「銀河」を組み合わせた鈴木さんによる造語。映像で次々に流れる象形文字のような不思議な形態は、道路標識など、さまざまなものの断片をつないで彼が描いた新しい言葉です。

一方、「星座」を意味する『Constellation』では、まさに星座が、無数の点のあいだに関係性や意味を見出していくように、なにかを示唆するような記号の断片の集まりが、シルバースプレーによって描かれています。読めそうで読めない鈴木さんの作品を前に、柴田さんも「音楽みたい」と興味津々。

柴田聡子

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ところで、断片と断片をつないでひとつの世界を描くのは、柴田さんの歌詞にも見られる特徴です。たとえば、『愛の休日』の1曲目“スプライト・フォー・ユー”では、歌詞の前半で<富士山見れてうれしかった>という言葉が繰り返し登場する一方、後半ではそれと無関係に思える<泡の飲み物>のありがたさが歌われます。しかし、その日常の断片がひとつの歌詞に収められることで、そこに新鮮な感情が立ち上がります。

柴田:そこは、私が映像を学んでいたことが関係するかもしれません。映像も、複数のシーンをつなぐもの。編集では、どんなシーンをつなぐかで面白さが変わります。

そして歌詞も星座と同じで、整合性はないのにパッとつながる線に、意外な感動が詰まっていることがあるように思います。その方法は言いたいことを直接表現するより、その感情に近いことが思いのほか多い。歌詞を書くときは、一旦遠いところから出発してみたりします。

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柴田聡子『愛の休日』ジャケット
柴田聡子『愛の休日』ジャケット(Amazonで見る

作者以上に世界観を羽ばたかせてくれるのは、見たり聞いたりしてくれる人たちなのかもしれません。

一見バラバラに見える、現実のワンシーンや些細なものたち。それらを編み込むことではじめて語りうる物語や感情の可能性は、最後に訪れたミヤギフトシさんの作品にも共通するものです。展示されているのは、「American Boyfriend」というシリーズ。

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ミヤギフトシ『The Ocean View Resort』(2013年) 提供:ミヤギフトシ
ミヤギフトシ『The Ocean View Resort』(2013年) 提供:ミヤギフトシ

2012年に開始されたこのシリーズでは、リアルかフィクションか判別しがたい語りによって、ミヤギさんの故郷の沖縄県とアメリカとの関係性、男性同士の恋愛、個人のアイデンティティーといった主題が扱われています。驚くべきは、使われるメディアの幅広さ。映像や写真はもちろん、印刷物や関係者への手紙、文芸誌に書かれた小説やブログの文章、さらにはタバコの空き箱や市販のガムまでもが、その世界を構成しています。

ミヤギフトシ『The Ocean View Resort Printed Ephemera』(2013年) 提供:ミヤギフトシ
ミヤギフトシ『The Ocean View Resort Printed Ephemera』(2013年) 提供:ミヤギフトシ

柴田聡子

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柴田:ここにあるものすべてが、ひとつの物語につながっているなんてすごい。しかも、現在進行形で要素が増え続けているのは、ジャングルの増殖みたいで面白いです。文章も、人のすごく柔らかいところを触れてくれるような、想像させる力に溢れていて素敵です。

柴田聡子

一方、ミヤギさんの作品からは、その世界を受け取る人の重要性も感じると言います。

柴田:こうした世界観の断片を、多くの人が受け取って、物語を創造してくれるのは奇跡的なことだなと思います。私の曲も、聞いてくれる人がいないとどうにもならない。作者以上に世界観を羽ばたかせてくれるのは、見たり聞いたりしてくれる人たちなのかもしれません。

柴田聡子

こうして、長時間にわたった鑑賞ツアーは終了。印象的だったのは、じっくりと作品に向き合い、そこにある言語への思考を、自分の言葉で口にしようとする柴田さんの姿です。表現者たちの言葉との戦いは、柴田さんを大いに刺激したようです。

柴田:朔太郎ファンなので、はじまりからとても感化されたし、いろんな人が言葉について考え続けていることが、すごく大切だと思いました。私も考え続けて、現代に石ころくらい投げられたら本望です。

柴田聡子

世の中には、自身の言葉になりにくい感情を、そのまま「言葉にならない」という紋切り型の言語に託してしまう表現も多くあります。しかし、その言葉未満の感情を、視覚や聴覚といったあらゆる手段を通してなんとか「かたち」にしようとする努力から、言葉の可能性は拓かれてきた。そんなことが、この展覧会を歩くことから見えてきます。

柴田:実際には言葉は、どんな風にも表現できる。でも、やっぱり「なんでもアリ」じゃない気もします。戸惑いながらでも、なにかを口にしないと伝わらない。『愛の休日』ではそんな「伝えること」に、これまで以上にもっと取り組もうと。

ここに展示された人たちが見ようとした言葉の可能性に、私も頑張って向き合いたいです。そこから多くの人が考えることをはじめたら、それはとても良いことだと思うんです。

柴田聡子

イベント情報
『ヒツクリコ ガツクリコ ことばの生まれる場所』

2017年10月20日(金)~2018年1月16日(火)
会場:群馬県 アーツ前橋、前橋文学館
時間:アーツ前橋11:00~19:00、前橋文学館9:00~17:00(共に入場は閉館の30分前まで)
参加作家:
足立智美
荒井良二
浦上秀樹
大澤雅休
大澤竹胎
オノ・ヨーコ
oblaat
河口龍夫
河原温
フランチェスコ・カンジュッロ
北園克衛
草野心平
ジョン・ケージ
塩見允枝子
クルト・シュヴィッタース
白石慶子
鈴木ヒラク
トゥッリオ・ダルビゾラ
トリスタン・ツァラ
東宮七男
TOLTA
新国誠一
ni_ka
萩原恭次郎
萩原朔太郎
福田尚代
文月悠光
ベン・ヴォーティエ
ジョージ・マチューナス
Maniackers Design
フィリッポ・T.マリネッティ
ミヤギフトシ
ムットーニ
山川冬樹
山村暮鳥
横堀艸風
休館日:水曜、12月28日~1月4日
料金:一般700円 学生・65歳以上350円
※高校生以下、障害者手帳をお持ちの方と介護の方1名は無料
※10月20日、10月28日、1月9日は観覧無料日

山川冬樹パフォーマンス

2017年12月2日(土)
14:00~15:30 パフォーマンス
16:00~17:30 山川冬樹×今井朋(本展担当学芸員)対談
会場:群馬県 アーツ前橋 地下ギャラリー
料金:無料(要観覧券)
※申込み不要

『かくとはなす』

2017年12月9日(土)
14:00~14:30 ドローイングパフォーマンス
14:45~16:15 今福龍太(文化人類学者)×鈴木ヒラク対談
会場:群馬県 アーツ前橋 地下ギャラリー(パフォーマンス)、アーツ前橋スタジオ(対談)
定員:50名(対談のみ、事前予約制)
料金:無料(要観覧券)
※本展参加作家の鈴木ヒラクのライブパフォーマンスと今福龍太との対談イベント、申し込みアーツ前橋へ電話(027-230-1144)

書籍情報
『ヒツクリコガツクリコ ことばの生まれる場所』

2017年11月1日(水)発売
監修:アーツ前橋、前橋文学館
価格:2,376円(税込)
発行:左右社

プロフィール
柴田聡子 (しばた さとこ)

大学時代の恩師の一言をきっかけに活動を始める。作品の発表は数多く、現在までに三沢洋紀プロデュース多重録音による1stアルバム『しばたさとこ島』、自身で録音した2ndアルバム『いじわる全集』、山本精一プロデュースによる3rdアルバム『柴田聡子』、岸田繁(くるり)、山本精一のプロデュース参加を始め、錚々たるミュージシャンたちと紡いだ4thアルバム『愛の休日』を発売。また、フェスティバル / トーキョー13では1時間に及ぶ独白のような作品『たのもしいむすめ』を発表、2016年、初の詩集『さばーく』を発売。第5回エルスール財団新人賞<現代詩部門>を受賞。『文學会』『すばる』に詩を寄稿するなど、歌うことを中心に活動の幅を広げている。

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