まるで魔法のような没入感。カーディフ&ミラーが作る美しき世界

感情的に書いてしまうが、おそらくこのような展覧会を見る機会はこの先ほぼないだろう。それは、金沢21世紀美術館で始まった『ジャネット・カーディフ&ジョージ・ビュレス・ミラー』展のことだ。

音を使った詩的な作品で『ヴェネチア・ビエンナーレ』特別賞を受賞したカーディフと、機械仕掛けの彫刻などを手がけるミラーによるアーティストユニットが作るのは、捨てられたキャンピングカーやメリーゴーランドを改造した幻想的で悪夢的なインスタレーション。作品はそれぞれ5~20分間のループする時間の中で、ある女性の夢や孤独な趣味者の人生を伝える。それはアートでありながら、演劇のようでもある。

金沢21世紀美術館の、いくつもの箱のような展示室が独立した特異な空間は、カーディフ&ミラーが生み出す美しく孤立した小世界に驚くほどマッチしている。だから必見なのだ。この稀有なる展覧会のオープンに合わせて来日した二人に話を聞いた。

私たちがクリエイティブな要素を生み出していくうえで、遊びや戯れは不可欠。(カーディフ)

—作品を見終わった後、思わず拍手してしまった展覧会は初めてだったのですが、おそらくそれはお二人の作品がアートと演劇の要素をあわせ持っているからだと思います。もともと演劇に興味はあったのですか?

カーディフ:意外に思われるかもしれないですけど、その質問は初めてされました。

ミラー:でも返事の難しい質問だね。

カーディフ:やはりすべての出発点は、私たちの最初の作品である『プレイハウス』なのだと思います。私たちはずっとオペラに夢中だったのですが、じつは同作を作った1996年時点では実際に生でオペラを見たことはなかったんですよ。だから親しく感じていたのは劇場よりも、映画館だったんです。

左から、ジョージ・ビュレス・ミラー、ジャネット・カーディフ
左から、ジョージ・ビュレス・ミラー、ジャネット・カーディフ

—『プレイハウス』は鑑賞者が1人ずつ体験する5分間の作品ですね。ヘッドフォンから流れる案内に導かれて、とても小さな劇場に入っていく……、その先の展開はここでは話しません(笑)。

カーディフ:空間への没入性がとても重要で、それを実現したバイノーラルオーディオ(人間の耳あたりにマイクを仕込んだダミーヘッドを使い、3Dサウンド録音を行う技術)の導入も大きいですね。実際に体験していただくとよくわかりますが、音の力を通じてまったく存在しない現実への完全な没入体験を作り出すことができるんです。

『プレイハウス』 / 1人ずつヘッドフォンから流れる案内に導かれて体験する作品
『プレイハウス』 / 1人ずつヘッドフォンから流れる案内に導かれて体験する作品

カーディフ:もう一つ重要なのが「Play」について。「劇場」という意味の言葉ですが、同時に「遊び」の意味もある。舞台上の役者が架空の世界に没頭しながら演じることは、遊びや戯れになぞらえられると思います。

結局は子供時代にやっていたごっこ遊びこそが、芝居の本質なのではないか? 私たちがクリエイティブを生み出していくうえでも遊びや戯れは不可欠です。だから、最初の作品のタイトルは『プレイハウス(芝居小屋 / ままごと用の小さな家)』になりました。

ミラー:もう一つ大事なことを付け加えると、本当に作りたかったのは人をまったく違うところへ連れ去っていくような体験だった。でも『トイ・ストーリー』のような巨大な予算の「映画を作る」ことはしたくなかったんです。

多くの場合、何らかの物語の語り部になりたいと望む人は映像表現に走りがちで、ごく初期の段階で僕たちも試してみた。でも、あまりにも多くの人と協力して作業する必要があって、それが自分たちにはフラストレーションでしかなかったんです。そうして「映像作家や映画監督にだけはなるまい!」と決心しました。

左から:ジョージ・ビュレス・ミラー、ジャネット・カーディフ

—お二人の作品はどれも手の込んだ大作ですが、DIYマインドで作られているのがよくわかります。しばしば夢や個人的な幻視が主題になっていますが、それと制作のスタイルは関係していますか?

カーディフ:そう思います。つまり想像することを重視しているんです。一人で小説を読んでいる時間と同じように。

ミラー:あとは、自分自身の要素を作品の中に必ず忍び込ませることをとても大切にしています。

—そういったことを重要視するようになったのはどういう理由からでしょうか?

カーディフ:暮らしている場所の影響もとても大きいと思います。子供ができてから今は、カナダを拠点にしているけれど、1990年代はベルリンに制作拠点を置いていて、故郷のカナダでも活動していたから2つの街を移動する生活をしていました。あの超都会的なベルリンから、カナダ西部の田舎という2つの世界を体験してきたんです。

ジャネット・カーディフ

ローテクでもハイテクでも、テクノロジーがもたらす摩訶不思議な体験には今でも惹きつけられます。(カーディフ)

—カナダというとサーカスが盛んですよね。日本でも有名なシルク・ドゥ・ソレイユもモントリオールを拠点にしています。ジャネットさんたちの作品は、サーカスや見世物小屋といった、クラシックでレトロな遊技場のイメージを強く持っている気がします。メリーゴーランドを再利用した『ザ・カーニー』とか。

カーディフ:「孤立」を出発点にして話すと、私とジョージが住んでいる家は大自然に囲まれていて、街からすごく離れているんです。人の気配もなくて、何かを見たい、刺激を受けたいと思ったら車を運転して街中まで行かなければいけない。そこで見るのがサーカスや芝居なんです。

小さい頃、私は農家で育っていて移動型のマーケットやフェスティバルに行くことをとても楽しみにしていました。そこで10歳の時に見た光景は今でもはっきり覚えている。小さな金魚鉢に大人の女性が閉じ込められていたんですよ!

『The Carnie』(『ザ・カーニー』、2010年)photo: 木奥惠三 提供:金沢21世紀美術館 Courtesy of the artists, Gallery Koyanagi, Tokyo and Luhring Augustine, New York
『The Carnie』(『ザ・カーニー』、2010年)photo: 木奥惠三 提供:金沢21世紀美術館 Courtesy of the artists, Gallery Koyanagi, Tokyo and Luhring Augustine, New York

—まさに見世物小屋のイメージですね。今の日本でも人魚を見せる興行が細々と続いています。

カーディフ:もちろん何らかの映像をプロジェクションしていただけなのだけど、小さかった私は本当のことだと信じて「何でこんなことができるの!?」とビックリしました。ローテクでもハイテクでも、テクノロジーがもたらす摩訶不思議な体験には今でも惹きつけられます。錯覚的で、幻覚的で、夢のような。

スマートフォンを持つようになって、孤独は癒されると期待していた。でも現実はまったくそうではないですよね。(カーディフ)

—「孤立」と言えば、リサイクルショップで見つけた数百枚のオペラのレコードコレクションから着想した『小さな部屋のためのオペラ』を連想します。R・デネヒーという名の会ったこともないコレクターの人生を想像して、彼の個室を作ってしまった。その空間は、社会から距離を置いて孤独に生きる人の部屋そのものに見えます。そういった人々への共感が作品には反映されているんでしょうか?

ミラー:その共感は僕らにとってとても重要なことです。それと同時に僕らの作品を見に来る観客の中に、そんなつらい孤独に苛まれている人が少なければいいと願っている。

『Opera for a Small Room』(『小さな部屋のためのオペラ』、2005年)photo: 木奥惠三 提供:金沢21世紀美術館 Courtesy of the artists, Gallery Koyanagi, Tokyo and Luhring Augustine, New York
『Opera for a Small Room』(『小さな部屋のためのオペラ』、2005年)photo: 木奥惠三 提供:金沢21世紀美術館 Courtesy of the artists, Gallery Koyanagi, Tokyo and Luhring Augustine, New York

カーディフ:私も孤独を愛する一人で、孤独であることは時にとても大切です。でも、この10年で痛感したことはテクノロジーの進歩と皮肉だった。

みんながスマートフォンを持つようになって、常につながっていられることで孤独は癒されると期待していたのに、現実はまったくそうはなっていない。都市の中で感じる孤立は、非常に重要なテーマとして色々な場所で議論されていますよね。

左から:ジョージ・ビュレス・ミラー、ジャネット・カーディフ

カーディフ:ちょうど今、進行中のプロジェクトのリサーチの中でLAの人たちからよく聞くのが、「街の中で私たちはお互いに切り離されている。共感を持つ一つの大きな集合体だという実感が得られない」という声です。この問題をどのように受け止めて、表現に結ぶべきなのかずっと考えています。

私たちはビデオやオーディオを見聞きしながら街を歩く「ウォーク」シリーズを作ってきました。それを体験した人たちは、耳元で聞こえる私の声、息遣いを通して、まるで本当に一緒に歩いているかのように親密さを感じると言ってくれます。

『Alter Bahnhof Video Walk』(2012年) 提供:ギャラリー小柳 Courtesy the artists, Luhring Augustine, New York and Gallery Koyanagi, Tokyo
『Alter Bahnhof Video Walk』(2012年) 提供:ギャラリー小柳 Courtesy the artists, Luhring Augustine, New York and Gallery Koyanagi, Tokyo

—そういったささやかな体験の提供が、孤立を乗り越える力になる?

カーディフ:ええ、大切なことだと思います。人と人がお互いにつながりあっていること、あるいはつながりあえていないこと。このテーマは私たちのあらゆる作品に織り込まれているんです。

左から:ジョージ・ビュレス・ミラー、ジャネット・カーディフ

女性と男性であることだけではなくて、強い信頼を結べる二人であるってことが貴重だと思う。(カーディフ)

—今回はミラーさん個人名義の作品『アンバランス6(ジャンプ)』も出品されています。テレビに映った人の足の映像が動くと、そのテレビ自体もぎこちなく動くという彫刻的作品です。そのぎこちない動きは、人間の孤立ともつながる気がしました。

ミラー:『ジャンプ』に関しては、むしろ映像や動きが生み出す存在しないイリュージョンについての作品なんです。ずっと見ていると、まるで身体がテレビを動かしているように、もしくはテレビが身体に干渉しているように見えてくる。

左から:ジャネット・カーディフ、ジョージ・ビュレス・ミラー

『Imbalance.6 (Jump)』(『アンバランス 6(ジャンプ)』、1998年) photo:木奥惠三 提供:金沢21世紀美術館 Courtesy of the artists, Gallery Koyanagi, Tokyo and Luhring Augustine, New York)
『Imbalance.6 (Jump)』(『アンバランス 6(ジャンプ)』、1998年) photo:木奥惠三 提供:金沢21世紀美術館 Courtesy of the artists, Gallery Koyanagi, Tokyo and Luhring Augustine, New York)

カーディフ:でも『アンバランス6(ジャンプ)』は、あと5~6個の作品と合わせて一つのシリーズだったでしょ? そこには「人間は空を飛べない」ことへの探求と深化のテーマがあったはず。思うようにならない人の身体の問題が関わってくるんじゃなかった?

ミラー:そうかもしれない。でも……、う~ん。

左から:ジャネット・カーディフ、ジョージ・ビュレス・ミラー

—先ほど行われたプレスツアーのQAの時間でも、互いに見解に違いがありましたね(笑)。

ミラー:お互い学生時代以来の長い付き合いだからね(苦笑)。作品をどのベクトルに持っていくべきかは大いに議論するんです。制作段階では意見が異なることもざらにあります。

カーディフ:美術館に行った時に、好きな作品も違うんです。私が好きな作品を、彼は「うーん、つまんないよ」とか言うんです!

左から:ジャネット・カーディフ、ジョージ・ビュレス・ミラー

ミラー:でもジョセフ・コーネル(小箱の中に雑誌の切り抜きなどをコラージュした幻想的な作品で知られるアーティスト)は二人とも好きじゃないか。でも、君の方がはるかに……退屈な作家でも許すよね?

カーディフ:(しかめっ面をして)「ちょっと。君はこれで、いいわけ?」って言ってくれる人が隣にいることは大事なんですよ(笑)。女性と男性であることだけではなくて、強い信頼を結べる二人であるってことが貴重だと思う。アーティスト同士の夫婦で共作・合作をするのはなかなか大変ですからね。

二人で「これなら行ける!」と思った時に、はじめて作品は完成するんです。(カーディフ)

—お二人がうまくいく秘訣は、なんでしょうか?

カーディフミラー:(笑)。

ミラー:一緒に仕事をするのが僕は好きなんです。一緒にいることが好き。

左から:ジャネット・カーディフ、ジョージ・ビュレス・ミラー

カーディフ:私は自分の考えで頭がいっぱいになっちゃって別世界に行っちゃうタイプだけど、彼はとても楽しくて、笑わせてくれる人ですね。

そう、重要なことがもう一つあった! 生活のスタイルがまるで違うことは大きいです。彼は完全に夜型で、午前3時まで起きているのが普通。でも私は完璧な朝方。だから、なんだかんだですれ違っている時間もけっこうあるし、違いもある。

私は観念的なことや、リサーチが大好きだけど、じつはコンピュータにはまったく興味がないんです。でも彼は天才的なエンジニアで、いろんなことの知識があり、好奇心旺盛。

ミラー:マニアやギークとはちょっと違うけどね。

カーディフ:そう? 私はプロジェクトについていろんな話をするのが好きだけど、あなたは「とりあえず作ってみようよ」と手を動かすタイプじゃない? 例えば『小さな部屋のためのオペラ』の時、私はせっせと脚本を書いていて、あなたは録音の作業に夢中だった。作中で流れるギターは彼の演奏なのよ。

『Opera for a Small Room』(『小さな部屋のためのオペラ』、2005年)photo: 木奥惠三 提供:金沢21世紀美術館 Courtesy of the artists, Gallery Koyanagi, Tokyo and Luhring Augustine, New York
『Opera for a Small Room』(『小さな部屋のためのオペラ』、2005年)photo: 木奥惠三 提供:金沢21世紀美術館 Courtesy of the artists, Gallery Koyanagi, Tokyo and Luhring Augustine, New York

『Opera for a Small Room』(『小さな部屋のためのオペラ』、2005年)photo: 木奥惠三 提供:金沢21世紀美術館 Courtesy of the artists, Gallery Koyanagi, Tokyo and Luhring Augustine, New York
『Opera for a Small Room』(『小さな部屋のためのオペラ』、2005年)photo: 木奥惠三 提供:金沢21世紀美術館 Courtesy of the artists, Gallery Koyanagi, Tokyo and Luhring Augustine, New York

—とはいえ、アーティスト同士の生活には苦労が多そうです。自分の作品に対して批評的な意見を言われたらムカつきませんか?

カーディフ:大学で15年間教鞭をとってきてわかったことは、まずは持ち上げて、それから「でもね?」と言うことですね。

ミラー:君はいきなり意見してくる気もするけど(笑)。

カーディフ:『キリング・マシン』を例にとると、音楽にしても動きにしても、一緒にOKだと思わない限りはダメ。二人で「これなら行ける!」と思った時に、はじめて作品は完成するんです。

『The Killing Machine』(『キリング・マシン』、2007年)photo: 木奥惠三 提供:金沢21世紀美術館 Courtesy of the artists, Gallery Koyanagi, Tokyo and Luhring Augustine, New York
『The Killing Machine』(『キリング・マシン』、2007年)photo: 木奥惠三 提供:金沢21世紀美術館 Courtesy of the artists, Gallery Koyanagi, Tokyo and Luhring Augustine, New York

作品制作は基本的に引き算の作業。まずは作り込んで、そこから大部分を削ぎ落としていく。(ミラー)

—『キリング・マシン』はとても難しいテーマの作品ですよね。手術台に縛り付けられた透明人間が拷問を受けているようなイメージが強烈です。非常にシュールな世界であると同時に、グロテスクで、政治的で、攻撃的な世界。そういった複雑に価値観がせめぎ合う世界について、両者が同意に至るのは困難なのではないでしょうか?

カーディフ:たしかにハードで、複雑です。『キリング・マシン』のそもそもの出発点は、ある倉庫で発見したたくさんの拷問道具。そこにあった拡声器には尋問者、2つのロボットアームには直接拷問を下す人物のイメージを重ねたんです。

でも最初は小道具が多すぎて、作品の「魔法」が消えてしまった。説明的で現実的になりすぎてしまったんです。というのも、最初はロボットアームが8本もあったんですよ!

ミラー:クレイジーだよね? だから作品制作は基本的に引き算の作業なんです。まずは作り込んで、そこから大部分を削ぎ落としていく。『小さな部屋のためのオペラ』でも人に相当するのはいくつかの拡声器と影だけど、最初の構想では人形を使おうと思っていたんです。それはアーティストブック(展覧会に合わせて刊行された書籍)に収録したスケッチにも残っている。

ジョージ・ビュレス・ミラー

『キリング・マシン』の初期のスケッチを見せてくれるミラー
『キリング・マシン』の初期のスケッチを見せてくれるミラー

—『キリング・マシン』で印象的だったのは内側のガジェットだけではなく、展示室の壁に浮かび上がる様々な影です。金沢21世紀美術館は箱型の展示室が独立していくつもある空間構成ですが、まるで鑑賞者である私たちも、その小さな世界に閉じ込められている感覚を覚えました。

カーディフ:まさにそのとおり! だから作品を起動するボタンを展示室内に置いているんです。観客がボタンを押して拷問は始まる。そのプロセスがあることで、あなたも私もこの悪夢的な事態に関わっている当事者なのだということを意識せざるをなくなるんです。

テレビの向こう側で報道されているグアンタナモ収容所での虐待(2002年にアメリカ政府が設立した政治犯収容所。内部で行われた非人道的な拷問が社会問題になった)や、世の中で起きている不当な暴力や差別は自分とは無関係なことではない。自分たちも当事者であり、加害者でもありうる。それを伝えたいわけです。

『The Killing Machine』(『キリング・マシン』、2007年) / 展示室の壁面に作品の影が幾重にも浮かび上がる
『The Killing Machine』(『キリング・マシン』、2007年) / 展示室の壁面に作品の影が幾重にも浮かび上がる

カーディフ:政治的であるということはとても難しく、熟考の必要があります。例えば拷問を「悪しきこと」として糾弾したいのに、そこで実際の拷問を見せてしまっては問題だと思います。同じように、女性のイメージを作品の中で安易に扱うことは女性の権利からしてどうなのか。逆に女性を貶めるイメージを蔓延させることにもつながりかねない。

それはおかしなことです。だから、私たちの作品は批評でありたい。何かについて徹底的に追求して、細かく分析し、対象について丁寧に考えることが重要です。そして、私たちは多くの場合、メタファーを使って切り込んでいく。それが私たちの好みの流儀なんです。

ジョージ・ビュレス・ミラー

危惧しているのは、最近の子供たちは退屈を体験する機会を失っているように見えることです。(カーディフ)

—アーティストブックは辞典のようなデザインで、その中に「メランコリー(憂鬱)」という項目があります。ジャネットさんたちの作品が大事にしている「憂鬱さ」「シニカルさ」には、同時に戯れのような愉快さもある。それは逆説的に、孤立している私たちをつなげる鍵にもなる気がします。

カーディフ:加えて重要なのが「退屈さ」と「沈黙」。これらは孤立や孤独につながってくると私は考えています。四六時中まわりに誰かがいるような状況では、一人で立ち止まって考えるゆとりはないですから。熟考するためには、一人になれる状況が必要だと思っています。

個人的に危惧しているのは、最近の子供たちは退屈っていうものを体験する機会を失っているように見えることです。子供たちの気を紛らわすような何かしらの娯楽や慰みが仕掛けられている環境では、ある時突然にフッと湧いてくるようなすごいアイデアや空想が出てくるチャンスを失わせている。

ジャネット・カーディフ、ジョージ・ビュレス・ミラー 『Something Strange This Way』発行元:青幻舎 / 活動や作品、その背景に関連するキーワードを辞典形式で収録。本展覧会の開催に合わせて刊行された
ジャネット・カーディフ、ジョージ・ビュレス・ミラー 『Something Strange This Way』発行元:青幻舎(Amazonで購入する) / 活動や作品、その背景に関連するキーワードを辞典形式で収録。本展覧会の開催に合わせて刊行された

ミラー:歴史上の芸術家たちが作ってきた歌や詩は、その多くが寂しさや孤独に向けて捧げられてきました。『マリオネット・メーカー』のラストシーンで聴こえる音楽は、ゲーテが記した『ヴィルヘルム・マイスターの修行時代』にチャイコフスキーが曲をつけたもので、<孤独を知る者だけが、私の悲しみを知りうる>と歌っている。それが、私たち二人がもっとも言いたいことです。

左から:ジャネット・カーディフ、ジョージ・ビュレス・ミラー

イベント情報
『ジャネット・カーディフ&ジョージ・ビュレス・ミラー』

2017年11月25日(土)~2018年3月11日(日)
会場:石川県 金沢21世紀美術館
時間:10:00~18:00(金・土曜は20:00まで、1月2日、1月3日は17:00まで)
休場日:月曜(1月8日、2月12日は開場)、12月29日~1月1日、1月9日、2月13日
料金:一般1,000円 大学生800円 小中高生400円 65歳以上800円

プロフィール
ジャネット・カーディフ&ジョージ・ビュレス・ミラー

1995年頃から共同制作を始め、カナタ・ブリティッシュコロンビア州グリンドロッドを拠点に活動。『第49回ヴェネチア・ビエンナーレ』のカナダ館代表として特別賞、第4回ベネッセ賞(2001年)を受賞。『ドクメンタ13』(2012年)など国際展にも多数参加している。日本国内では『横浜トリエンナーレ』(2005年)のほか、『第1回恵比寿映像祭』(2009年)、『越後妻有アートトリエンナーレ』(2009年)、『瀬戸内国際芸術祭』(2010年)、『あいちトリエンナーレ2013』などに参加。メゾンエルメスにて個展も開催された(2009年)。国内に常設されている作品には、『ストーム・ハウス』(2010年)、『Dreaming Naoshima』(2016年)(ともにベネッセアートサイト直島)がある。



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