8年で10倍に。レコードの復権を支えたRSDの成功と東洋化成の挑戦

レコードストアの文化を祝う祭典『RECORD STORE DAY』(以下、RSD)が今年も4月21日に開催される。2008年にアメリカでスタートし、現在では世界23か国に広がっているこのお祭りは、様々なイベントやRSD限定盤のリリースなどによって、毎年大きな盛り上がりを見せている。

日本は2011年から正式に参加し、近年では当日限定盤を求めて行列を作るお客さんの姿も珍しくなくなるなど、音楽ファンの間に確実に浸透していると言えよう。日本のレコード市場も、2009年に生産枚数が10万枚まで落ち込んだのを最後に、2017年は10倍の100万枚まで復活してきている(日本レコード協会調べ)。

そんなRSDの共同創設者であるマイケル・カーツが来日。今年から日本での主催を務める東洋化成のRSD担当、松田里子と、それぞれの国におけるRSDおよびレコード文化の状況について語ってもらった。ストリーミングサービスがここ日本でも身近なものになる中で、お店やレコード、そこから生まれる人との繋がりを再確認する機会になったように思う。

今アメリカでは若い女の子の間でもレコードの人気が高まっているんですよ。(マイケル)

—マイケルさんが2008年にRSDをスタートさせたのはどういった経緯だったのでしょうか?

マイケル:アメリカでは2006年にタワーレコードがなくなり、ナップスターが立ち上がりました。その当時、メディア全体がレコード店に対してネガティブな印象を持っていたんです。

でも実は、個人でレコード店を経営しているような人々は成功していて、日々を謳歌していました。アーティストたちもみな、店内で演奏したがっていましたしね。ポール・マッカートニー、ニール・ヤング、Wilco、アデル……みんなレコード店での演奏経験がありました。ですから、私たち個人経営のレコード店には、メディアのネガティブな反応が理解できなかったんです。そういうこともあってRSDを立ち上げました。レコードのパーティーをやろうってね。

マイケル・カーツ
マイケル・カーツ

—マイケルさんご自身も当然レコード店に強い愛情を持っていらっしゃるわけですよね?

マイケル:そうですね。私も、1978年ごろからずっと個人経営のレコード店に携わってきました。そういうレコード店では、みんなお互いに話しかけて、どのレコードやバンドが素晴らしいかを教え合うんですよ。「このバンドは知るべきだ」なんて言って、その人がその気になってくれるととても楽しいものですよ。

—松田さんはレコード店にどんな思い出がありますか?

松田:私がレコードと出会ったのは7年前です。それまではCDやiTunesなどのダウンロードがメイン、あとはMDで音楽を聴いてたんですけど、年上の友人に下北沢のレコード店フラッシュ・ディスク・ランチに連れて行ってもらったんです。そこの常連のレコードディガーの方と知り合って、自分の知らない音楽をたくさん教えてもらいました。

マイケル:RSDが始まったころはほとんどのお客さんが中高年の男性でしたが、今アメリカでは若い女の子の間でもレコードの人気が高まっているんですよ。

—それって何か理由があるんですか?

マイケル:実は私にもわかりません(笑)。ただ思うに、好きなバンドのポスターを集めるように、レコードを買い始めたんだと思います。レコードプレイヤーは後から買うって言う人も多いですし。

あとはソーシャルメディアが一役買っていますね。バンドがRSD用のレコードをリリースをするときは、SNSを使ってファンにレコード店に行くように勧めるんです。女の子たちの多くがそういうツールを使って、お気に入りのバンドと繋がっていますから。

松田:日本でも、レコード店に行く若い人が増えた理由として、例えば、水原佑果さんというモデルさんがDJでレコードを回している姿を見て、影響を受けたりしてると思うんです。もちろん、アナログ盤を出すアーティストが増えてきていますし、10代、20代の方々がレコードを目にする機会も少しずつ増えてきているのではないでしょうか。

左から:マイケル・カーツ、松田里子(東洋化成)
左から:マイケル・カーツ、松田里子(東洋化成)

レコード文化の再興は、アーティストたちが原動力になった。(マイケル)

—今日マイケルさんは東洋化成の工場を見学されたそうですね。どのような印象をお持ちですか?

マイケル:ジャック・ホワイト所有の工場を彷彿とさせました。とても清潔で、工場の中で調和が取れていて、みんなが一丸となって働いているという感じでしたね。

カッティングエンジニアの手塚和巳(東洋化成)
カッティングエンジニアの手塚和巳(東洋化成)

プレス作業の粟野張男(東洋化成)。手塚とほぼ同時期に東洋化成へ入社し、長きに渡りレコードをプレスし続けてきた
プレス作業の粟野張男(東洋化成)。手塚とほぼ同時期に東洋化成へ入社し、長きに渡りレコードをプレスし続けてきた

松田:マイケルさんは今までいくつのレコードプレス工場に行かれましたか?

マイケル:うーん……10くらいですかね。アメリカ、ヨーロッパ、そしてここ。確かアメリカには、3年くらい前まで、7つくらいしか工場がなかったんですよ。でも、今は25近くあると思います。

—RSDがアメリカでスタートしてから10年以上が経ちました。日本でもその間、レコードの生産枚数は10倍に膨らみましたが、なぜレコード文化やRSDは、ここまで広がったのでしょうか?

マイケル:アーティストたちが原動力になっていたからでしょうね。アーティストたちはレコードやRSDに対してとても熱心で、私たちが扱っている素晴らしいレコードの多くは彼ら自身が手がけています。最初は私たちの方から頼んでいましたが、今は自らやってくれる。それは彼らがこの企画が大好きだからです。

—アーティストが自発的にレコードを作ってくれるようになったんですね。

マイケル:そう。そしてそれは、RSDがオープンソースのイベントとして始まったことも大きいのではないかと。私たちはRSDから利益を得るわけではありませんし、そのつもりもありません。様々なコミュニティーと協力し合って、「私たちはこういうことをやっています。あなたも好きなようにやってください」と言うんですよ。

そういうわけで今、世界23か国でRSDが開催されていますが、各国が好きなように取り組めばいいようにしていて、みなさん、自分たちの企画のように感じて取り組んでくれています。そうすることによって、アーティストとファンが繋がり、コミュニティーが広がっていくんです。

マイケル・カーツ

—日本のレコード市場も盛り上がってきていますね。

松田:日本でもここ数年でレコード店が少しずつ増えていて、中古のみならず、新譜の生産・販売が増えた印象です。2011年~2013年頃までは東洋化成のプレスが停滞していた時期だったんですけど、2014年にHMV record shopさんが渋谷に誕生したことを皮切りに、レコード店が増えたことで、プレス量もリリース量も増えていて。それは明らかにRSD USやUKの影響だと思います。みなさんのレコードに対する情熱や熱狂が、日本にも伝わったんじゃないかなって。

マイケル:それも事実かもしれませんが、その背景として、やはり大半のアーティストがそういうふうに音楽を体験してほしいと望んでいるからというのが大きいと思います。自分たちはただそれを可能にしただけです。

私たちとしては、今年が元年だと思っています。(松田)

—東洋化成が日本のRSDを主催するにあたって、松田さんはどんな点を意識されていますか?

松田:限定盤のリリースだけではなく、もっと多くのレコード店が参加できるきっかけを、日本のRSDでは作りたいです。我々は新作のレコードを作らせていただいてますけど、全国には中古のレコード店もたくさんあるので、中古店の方々にも参加してもらいたいんです。

松田里子

RSDで配布されるレコードマップとオフィシャルガイドブック
RSDで配布されるレコードマップとオフィシャルガイドブック

マイケル:大切なことだと思います。ヨーロッパではアメリカと同じくらいRSDの規模が大きくなってるんですけど、東に行くと文化の違いも大きいですし、言語の壁も大きい。だから、アジアのRSDを盛り上げる上で、日本のレコードコミュニティーと密に協力し合っている東洋化成と一緒に取り組めるのはとても嬉しいことなんです。理に適った決断ができますからね。

松田:アメリカではRSD限定盤を取り扱わないお店もたくさん参加してるんですか?

マイケル:現在RSD参加店は14万店舗ありますが、どういうふうにRSDを祝うかはそのお店次第です。彼らが仕入れるようにレコードを作りはしますが、意図的に全部にいきわたるようにはしていません。なので、各店で何を扱いたいかを決めます。

松田:限定盤を仕入れていないお店ではどうやって盛り上がっているのでしょうか?

マイケル:パーティーを開いて、ビールや食べ物を振る舞ったり、アーティストがパフォーマンスを行ったり、子どもたちに風船を配ったり……RSDはお客様に感謝の意を表す日なんですよ。ですから、限定盤を扱いたくないと言っても構いません。

ニューヨークでは「RSDクロール」というものを始めました。バスを借りて、レコード店を巡回するのです。バスが走っている間中パーティーが行われていますよ(笑)。フランスでは日中RSDをやって、夜は『Record Store Night』をやっています。美術館やコンサートホール、劇場などで色々なパフォーマンスが行われたり、どのコミュニティーもそれぞれ違いますね。

—日本でも「限定盤を買いに行く」という意味での盛り上がりはすでにありますが、今後よりレコード店やレコード文化自体の盛り上がりにつながるといいですよね。

松田:今日お話をお伺いして、アメリカやヨーロッパのレコードを愛する人たちの緩やかな心意気がお客様を楽しませている要因なんだなと強く感じました。それを日本バージョンでどんなふうにできるのか、自分たちを含めレコード好きの方々が楽しめることをもっと考えていきたいですね。

ミックス卓。カッティング前に、レコーディングされた音源の細やかな調整を行う。デジタルレコーディングが普及する以前は、この卓で音づくりまで行われていたという
ミックス卓。カッティング前に、レコーディングされた音源の細やかな調整を行う。デジタルレコーディングが普及する以前は、この卓で音づくりまで行われていたという

カッティングマシン。これで、「ラッカー盤」と呼ばれるレコードを作る際の型の元になる溝を掘る
カッティングマシン。これで、「ラッカー盤」と呼ばれるレコードを作る際の型の元になる溝を掘る

「スタンパー盤」とレコードの元になる塩化ビニール。ラッカー盤に刻まれた溝を受ける形で作られたスタンパー盤で、塩化ビニールを挟み込むことでレコードが作られる
「スタンパー盤」とレコードの元になる塩化ビニール。ラッカー盤に刻まれた溝を受ける形で作られたスタンパー盤で、塩化ビニールを挟み込むことでレコードが作られる

—日本のRSDの将来的な展望もお伺いしたいです。

松田:日本のRSDは、当時RSDという取り組みに着目していたJET SETさん 、BIG LOVEさんなどの日本を代表するレコードストアの方々によって2011年に立ち上がりました。アンバサダーとしてGotchさん(ASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文)や曽我部恵一さんなどのミュージシャンをお迎えし、日頃アナログレコードのリリースもあり、リスナーとしても造詣のある方々が賛同してくださって、ここまでの認知と活性につながりました。それから2018年に運営が東洋化成に代わりました。

私たちとしては、ここまでのみなさんの地道な活動に加えてさらにどのようにしてこのイベントを盛り上げられるか、今年が日本の「レコードストアデイ元年」だと思っています。なので、これから改めて、個人店さんに参加したいと言っていただけるような面白いムードや、コミュニティー作りをできたらと思っています。

—マイケルさんも、いろんな人の協力があったからこそ今のRSDがあるとおっしゃっていましたが、コミュニティー作りをする上で大事にしたのはどんなことでしたか?

マイケル:あらゆるものを歓迎して、その一部となることですね。だからこそ、私たちはすべてのジャンルを取り扱っています。誰もがレコード店で歓迎されて、いい経験ができるようにね。

例えば、私たちはアメリカでジャズを立ち上げ直したんです。ファン層がニッチなので、大きな会社は扱わないのですが、RSD的には完全に理に適っています。グラント・グリーンやマイルス・デイビスといったアーティストの特別なレコードを作ったりして、今では4千~5千枚売れてチャートの1位になったりしていますからね。

『RECORD STORE DAY JAPAN』ビジュアル
『RECORD STORE DAY JAPAN』ビジュアル(サイトを見る

アート性の強いバンドとストリーミングは合わない。(マイケル)

—最後に、音楽の聴かれ方についてもお伺いさせてください。ストリーミングが主流となっている現代について、マイケルさんはどのように受け止めていますか?

マイケル:素晴らしいことだと思いますよ。本当に便利だから私もいつも利用していますし、うちの子どもたちも利用しています。唯一の欠点は、シングル主導になって、アルバムがあまり重視されなくなってしまうこと。

大好きなアーティストと繋がるにはアルバムのほうがいいと思いますし、アーティストがアルバムを作ったり、より大きなメッセージを打ち出したりすることを厭うようにならないといいなと思います。Radioheadのようなバンドが大衆に迎合するとは思えないですけど、だから最近あの手のバンドはあまりパッとしない。アート性の強いバンドとストリーミングは合わないのです。

左から:マイケル・カーツ、松田里子

—少し前に日本のSNSでも、『Forbes』の「アルバムは時代遅れ」という記事(参考:アルバムの時代の終焉、アップルも「LPサービス」を停止へ / Forbes JAPAN)が話題になっていましたが、松田さんはどうお考えですか?

松田:個人的には、アルバムを通して聴くタイプで、次の曲を歌い出せるくらい聴き込みますね。マスターピースとして聴くものがLPだと思っているので、それは絶対になくならないと思っています。

マイケル:私もアルバム志向ですね。大半のアーティストもアルバム志向だと思います。シングルは音楽への特定のアプローチのようなもので、それはそのバンドのひとつの見方に過ぎません。

ときにはアレンジ、プロデュース、マスタリングの仕方までシングルとアルバムとでは違うんです。シングルの場合、聴き手の反応を引き出すためにあえて音を詰め込み、飽和状態にするものが多いですし、それは理に適っていますが、いささかトゥーマッチではあります。だから、私はアルバムの音の扱い方の方が好きなんですよ。音楽体験が全く違います。音楽ファンなら解ってくださるでしょう。

—日本でも徐々にストリーミングへと移行が進むなか、その一方では、確実にアナログレコードも盛り上がりを見せている。もちろん、どちらがいい悪いではなくて、それぞれの楽しみ方があり、共存する未来へと向かっているのかなと。

松田:私は音楽を聴く時間が増えるなら、それがレコードでもストリーミングでもとても幸せなことだと思います。ビジネスとしてどうかは、ビジネスをやっている人々が考えること。何であれ、音楽を聴く時間が増えるのであれば、それはハッピーなことだと思います。そこで音楽の魅力に気づいたら、ぜひさらなる音楽やそこにいる人に出会いにレコードストアに行ってほしいですね。

左から:松田里子、マイケル・カーツ

『RECORD STORE DAY JAPAN』ポスター
『RECORD STORE DAY JAPAN』ポスター(サイトを見る

イベント情報
『RECORD STORE DAY JAPAN』

2018年4月21日(土)日本全国のレコード店にて

プロフィール
マイケル・カーツ

RECORD STORE DAY共同創設者。2007年、独立資本のレコード店の経営者や従業員を集め、米国内約1400のインディペンデントレコード店、及び世界中のレコード店と、その文化を世界に広め、祝福するためにRECORD STORE DAYを創設。2008年4月19日、RECORD STORE DAY 第1回目はメタリカと共に開催。現在ではRECORD STORE DAY参加店舗は南極を除く全大陸に及び、世界規模という点で歴史的にも最大級の音楽イベントとなった。RECORD STORE DAY創設以前は、その前身であるThe Department of Record Stores(DORS)のトップとして尽力。レコード店経営者、アーティストマネージャー、レコードレーベルや音楽、映画のディストリビューターらと共に米国に72店舗、カナダに12店舗を構えた。2013年に世界的な音楽文化への功績をたたえられ、フランス文化・通信省より芸術文化勲章シュヴァリエを受勲。2014年にはRECORD STORE DAYの取り組みに対しThe National Association of Retail Merchandisersよりインディペンデント・スピリット賞を受賞。翌2015年にはインディペンデント・レコードレーベルを代表する団体であるthe American Association of Independent Music(A2IM)よりリビー賞を受賞。

松田里子 (まつだ さとこ)

大学卒業後、2007年、カルチュア・コンビニエンス・クラブ入社。人事やアライアンスコンサルティング、TSUTAYA店舗での勤務を経たのち、2012年、音楽配信サイトOTOTOYへ転職。“岡村詩野音楽ライター講座“を始めとする音楽を基軸にしたワークショップ「オトトイの学校」のディレクターとして2年間で述べ200以上の講座の企画・運営までを行う。出産を機に退職するも、一念発起し2016年、東洋化成株式会社へ入社。アナログレコードの文化発信を目的とした情報サイト「Record People Magazine(http://r-p-m.jp)」や毎年11月3日に開催する「レコードの日」のプロモーション、広報業務を担当しながら流通分野ではレコード店への店舗営業を担当。2018年からレコードストアデイ事務局も兼任。



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