振付家パウラ・ロソレンが超えようとした、典型的なダンスの限界

例えば、休日の東京の湾岸エリアに行くと、大勢がエアロビクスやヨガに興じる風景に出くわすことがある。多くの場合スポーツメーカーなどが主催しているこういったイベントを見ると、健康や美に対する人々の執着や欲望を垣間見ることになるが、ちょっと意識を変えて、これを「コンテンポラリーダンス」として見てみるとどんなことが起きるだろうか?

ドイツを拠点に活動するアーティスト、パウラ・ロソレンが試みているのは、そんな視点の変換による、新しい動きの発見である。10月から始まるダンスフェスティバル『Dance New Air 2018』でアジア初上演される『Aerobics!- A Ballet in 3 Acts』は、無音のなかで延々とエアロビクスの動きを見せる奇妙な作品だ。ユーモラスであるばかりでなく、何らかの不気味さも感じさせる同作は、どのようなアイデアから構想されたのだろうか? 公演を前に来日したロソレンに話を聞いた。

誰もが知っているエアロビクスを題材にすることで、ダンスの持つ限界を逸脱したかったんです。

—今回東京で上演されるコンテンポラリーダンス『Aerobics! A Ballet in 3 Acts』は、その名のとおりエアロビクスを題材にしています。なぜエアロビクスだったのでしょうか?

ロソレン:アイデアが浮かんだのは2012年頃だったでしょうか。当時流行していたダンスの傾向に対して、ちょっと批判的に反応したかったんです。

—どんな流行だったのですか?

ロソレン:とても強いコンセプトやアイデアがあるけれど、舞台上ではあまり動きのないもの。想像しているものと現実に起こることの間に齟齬があるようなダンスですね。それに対して、動きがあって、なおかつコンセプチュアルであり、そしてインパクトを持った作品を作りたいというのが出発点でした。アーティスト自身にとってだけでなく、観客にとってもフィジカルな体験を生み出したかったんです。

パウラ・ロソレン
パウラ・ロソレン

—ロソレンさんはフランクフルトを拠点に活動していますが、今おっしゃったような傾向はドイツ特有のもの?

ロソレン:もちろん、いろんな傾向が同時にあります。例えば州が運営する劇場では、典型的なダンス作品が上演されることが多いですが、その外側のオフシーンでは実験的な内容が好まれます。私が言っているのは後者のほうですね。

しかし後者にも、ある「典型」というものがあって、そのために常に観客が限定されていて専門的すぎるんです。この限界を逸脱していくことが私の活動の軸にあり、エアロビクスを題材に選んだ理由もそこに関係しています。誰もが知っているエアロビクスやバレエを題材にすることで、普段はダンスを見ない人の興味をそそるものを作ろうと考えたのです。ダンスをエリート層に向けて限定されたジャンルにしたくなかったんですよ。

—たしかにエアロビクスは、フィットネスの一種として世界中で親しまれていますね。

ロソレン:そう。視覚的に豊富な動きを持っていても、一般には「ダンス」と思われていない点も重要でした。一見するとダンスではないものからダンス的な要素を抽出していくというのは、私の作品メソッドの一つです。

パウラ・ロソレン

—日本人がエアロビクスに主に感じるのは、衣装や表情のファニーさ、あるいはダイエットのために一生懸命になっている人の熱心さだったりします。でも、この作品では愉快な要素に特化してはいないですよね。非常に技巧的な振付とフォーメーションの複雑な展開は、明らかにプロフェッショナルの仕事です。そこにはバレエの精密さも感じます。

ロソレン:私があえてコミカルな要素を取り上げなかったのは、エアロビクスにはあまり知られていない歴史的背景があるからです。エアロビクスは1980年代に世界的に流行するのですが、そのスタートは1969年あたりで、最初はアメリカ空軍のパイロットの訓練として開発されました。そして約10年後に世界中に伝播していくわけですが、それはその当時の仕事中毒的傾向、消費社会、自己啓発といった時代的流行と結びついていました。

—「タフさ」が人に求められた時代ですね。日本だと「24時間戦えますか?」という栄養ドリンクのキャッチコピーを思い出します。

ロソレン:それは作品の目的とも合致しています。約1時間の上演はかなりハードな運動ですが、パフォーマーが疲れていく過程や身体的な弱さ・脆さを絶対に見せないというのは大きなポイント。それはバレエにも共通する要素でしょう。もう一つ意識したのは、作品から音楽の要素を取り除くことです。パフォーマーたちは無音のなかでエアロビクスを行いますが、音楽は観客の意識に対して非常に操作的な傾向を持っているので、これをなくすことで動きに焦点を当てました。

—カラフルな衣装を身につけたパフォーマーたちが無心で運動し続ける様子には、ある不気味さがありますね。その一方で、黄色のコスチュームを着たぽちゃり体型の男性に目が向きます。キュートですよね!

『Aerobics!- A Ballet in 3 Acts』photo: Alex Brenner 
『Aerobics!- A Ballet in 3 Acts』photo: Alex Brenner

ロソレン:いかにもダンサー的な体型じゃない人をあえて選んでいるんですよ。ちょっとぽっちゃりした人、胸の大きな女性、すごく細い人だとか。いろんな体型の人を選ぶことで、パフォーマーを観客にとって自己投影できる鏡として機能させたかったんです。

私自身、観客として劇場に行く機会は多くありますけど、ある種の近寄り難さを身にまとったパフォーマー、それを当たり前のことにしている作品に接すると居心地の悪さを感じてしまいます。そういった観客とパフォーマーの間にある溝を埋めていきたいんです。

複雑なバックボーンがアーティスト活動にどう影響しているか、語るのは難しい

—ロソレンさんはアルゼンチンに生まれ、ドイツに渡ってアーティストとして活動しています。異なる文化の間を移動してきたことと、ダンスの外にある要素を経由してダンスを表現していることの間には、何かしらの関係があると思いますか?

ロソレン:二重国籍を持っているなど、いくぶん複雑なバックボーンが私にはありますが、それがアーティストとしての活動にどのように反映しているかを自分で語るのは難しいですね。たしかにアルゼンチンで生まれてドイツに渡ってきましたが、アーティストとしての出発点は、アカデミックなダンスの教育を受け、振付の修士号を得たベルリンであると思っていますから。単純化して言えば「私は私」ということじゃないでしょうか。いろんな要素が重なって、今のスタイルにたどり着いたんです。

パウラ・ロソレン

—興味深いです。あなたが主宰するグループ「HAPTIC HIDE」では、第二次世界大戦時にアルゼンチンに亡命したユダヤ系ドイツ人ダンサーについての作品や、日本各地の人形舞踊をリサーチした作品があります。エアロビクスもそうですが、自分の外にある「動き」への興味・理解から作品を組み立てているように感じます。それは、世界を知るために移動する旅人のようでもあります。

ロソレン:なるほどなるほど。インタビュアーであるあなたが言語を使っているように、私は一つひとつの作品ごとに、素材を集め、独自の言語を編み出して、大きな世界観を作っています。作品内ではテキストも頻繁に使うのですが、断片的に扱うことでテキストを一種の振付として扱っています。これも、文化的な違いを超えるための一つの方法ですね。たくさんの人形使いにリサーチした作品『パペット』は、特にそういった傾向を見出せるかもしれません。

実際に身体を動かすことはなくとも、観客にも役割を担ってもらう。それが作品の目的です。

—『パペット』には本物の人形は一切登場しませんね。ダンサーたちは人形を操る動きだけを組み立てることで、一種のダンスを生み出していきます。

ロソレン:『パペット』は京都に滞在してリサーチを重ねたことから生まれた作品です。それは文楽、沖縄の獅子舞、淡路島の人形浄瑠璃といった人形舞踊のマスターたちに話を聞いて、そこにあるダンスの「動き」を発見する旅でした。アジア的でエキゾチックなものに出会うこと、各舞踊の裏にある哲学的な思考を知るための旅ではなく、純粋に「動き」を見に行くためのものです。

人形の着物を脱がせた状態でパフォーマンスを見せてもらったりすると、からだの構造がよく見えてきます。人形使いの方も、黒子の衣装を着ていないと所作や身振りがよくわかる。それを映像に収めて「動きのカタログ」を編纂していき、そこからいろんな要素を組み立てて、作品を作っていくんです。これはエアロビクスも同様で、アルゼンチンの競技チームに1ヶ月間密着して、彼女たちの動きを観察して作りました。

パウラ・ロソレン

—カタログを作ることが、リサーチの一つの目的なんですね。

ロソレン:『パペット』はさらに複雑です。文楽や獅子舞といった複数の要素を組み合わせ、さらに舞台上にはない想像上の人形をパフォーマーと観客が共に作り上げていくようなプロセスですから。例えば3人のダンサーが1つの人形を動かすようなシーンでは、3人の動きの関係性を変えていくことで、異なる動きの軌道をステージに作り上げていくことをしました。

『パペット』photo: Jörg Baumann
『パペット』photo: Jörg Baumann

—文楽は1体の人形に対して、「主遣い」が首と右手、「左遣い」が左手、「足遣い」が脚をそれぞれ操作します。文楽を見るのは不思議な経験で、観客は人形に集中してフォーカスしていますが、視点を少し広げると3人がかりで人形を動かす奇妙な状況がそこには展開しています。

ロソレン:『パペット』の目的はまさにそこです。観客には積極的に観察する役割を担ってもらって、細部に焦点を当ててもらうことで、架空の人形を想像してもらいます。

一方、エアロビクスでは観客が実際に身体を動かすことはなくとも、能動的に作品に参加してほしいという意図がありました。作品を見ることが、エアロビクスの文脈に含まれた「避けられないトレーニング」と重なってくる。さらに観客がパフォーマーにとっての鏡にもなるんです。エアロビクスのスタジオでは前面に大きな鏡があって、自分の動きやポーズを逐一チェックするでしょう? その鏡の役割を、観客が担っているんです。鏡のように反射する床面も、鏡の一つになっていますが。

—ロソレンさんの作品はどれも、会場に研究室を作る試みなのかもしれませんね。動きを把握する視覚を通して、観客とパフォーマーが共にイメージを作っていく。あるいは何らかの鍛錬を行う。

ロソレン:私が最初に作った『DIE FARCE DER SUCHE』は、さきほどあなたが言っていたアルゼンチンに亡命したダンサーを題材にしていますが、それは観客にリサーチャー役を担ってもらうような内容でした。

ドイツ表現主義を代表するダンサーだった彼女についてのテキストを観客に渡し、作品を通じて私が行ってきたリサーチの追体験をしてもらいたかったのです。彼女はもう亡くなっていて、いろんな情報の断片をつなぎ合わせなければ全容を把握できません。そのなかには嘘の情報も混ざっていたりして、そういったノイジーな経験も含めて、観客は追体験するんです。

パウラ・ロソレン

私は、いまだに日本と日本人に対して1980年代的な印象を持っています。

—国内外のダンスを紹介するフェスティバル『Dance New Air』は、今年のキーワードに「身体を透して見えてくるもの」を掲げています。しかし、主要作品のラインナップを見ると、そこには「スポーツ」という共通項を感じます。

例えば、木野彩子さんのレクチャーパフォーマンス『ダンスハ體育ナリ?』は、日本の近代化のなかで考案されていった体育教育と、その軍事的な歴史背景を結びつけるもので、私たちが親しんできた体操や体育の内にある政治性に気づかせてくれます。身体に宿る政治的側面をダンスが表現する、ということについてロソレンさんはどう思いますか?

『Dance New Air 2018』メインビジュアル

『Dance New Air 2018』メインビジュアル(公式サイトを見る

ロソレン:その質問に対して、私は「個人的なことは政治的なこと」と返事したいです(笑)。

—1960年代の学生運動やフェミニズム運動のスローガンの引用ですね。政治は国や社会に関わる大きなことだけでなく、個人の小さなことでもある。あるいは個人の領域にこそ重要さがある、という。

ロソレン:『Aerobics!- A Ballet in 3 Acts』は、今回はじめてアジアで上演されます。そこで楽しみにしているのは、日本人のみなさんがどんな反応を示すのか、です。

私は、いまだに日本と日本人に対して1980年代的な印象を持っています。つまりみんな寝ずに働くワーカホリックで、効率主義的。多くの人たちがいまだにタバコを吸っていますね。そういった社会では、どんな反応が生まれるのかに興味があります。

またオリンピックを前にした時間・空間における政治性というのも重要な要素でしょう。例えば「エアロビクスをオリンピック競技にしよう」という動きもあったりして、そこには政治が密接に関係しています。そこで、再度引用させてください。「個人的なことは政治的なこと」と。

ダンス作品に対する反応は、一人ひとりそれぞれに違います。とても楽しむ人もいれば、ずっと苦痛に感じる人もいるかもしれません。そして私が求めているのは、中庸な反応よりも、多様な反応を引き起こすラディカルな作品です。私がこれまで一貫して求めてきたのは、やはり観客との関わりなんです。

それはクリエーションの内部でも同様です。私はフィーベルコンさんというコラボレーターと長年作品を作ってきましたが、彼にはダンスに関するバックボーンがまったくありません。映画のエンジニアリングにずっと携わってきた人ですが、彼が持つ外の視点、他分野の要素を持ち込むことで、私は自分自身の狭い領域から外に出ていくことができるのです。自分が親しんだフィールドのなかで質問を投げかけて、もしも答えがかえってこなかったとき、外に目を向けることをすごく大事にしているんです。

パウラ・ロソレン

—その発言には同時代性を感じます。自分のコミュニティーや国家の外にある価値観に触れることの重要性はますます高まっていますから。

ロソレン:ダンスの世界に置き換えれば、1960年代の時点でトリシャ・ブラウンが壁を歩くだけのダンスらしからぬダンス作品を作っていますから、空間や領域を横断することはけっして新しい発想ではないでしょう。けれども、観客なしには、やっぱり作品は成立できない。観客について考えるということは自分にとっての核なんです。観客の反応や想像力をいかに作品に取り込むか。それが大切なことです。

イベント情報
『Dance New Air 2018』

2018年10月3日(水)~10月14日(日)
会場:スパイラルホール、草月ホール、草月プラザ、ゲーテ・インスティトゥート、東京ドイツ文化センター、VACANT、シアター・イメージフォーラム、青山ブックセンター本店、スタジオアーキタンツ、リーブラホール、ワールド北青山ビル

プロフィール
パウラ・ロソレン

1983年、アルゼンチンに生まれ、現在はドイツのフランクフルトを拠点とする振付家、ダンサー。エッセンのパクト・ツォルフェライン、ポーランドで開催された『ヨーロッパ・コンテンポラリーダンス・フェスティバル』など、各地の重要な劇場で作品を上演。2014年にはパリの国際コンクール「ダンス・エラジー」で優勝した。2016年にコンテンポラリーダンスの祭典『タンツプラットフォーム』にて披露した作品『Aerobics!- A Ballet in 3 Acts』を、東京・青山で開催される『Dance New Air 2018』でアジア初上演予定。

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