『バジーノイズ』むつき潤が語る、ロックマンガへのカウンター

音楽、マンガ、映画、アート、さまざまな分野が過渡期を迎えている。そんな「時代」に敏感なデジタルネイティブ世代のクリエイターの活躍が、目覚ましい。そのひとりが、いま最も注目を集めている音楽マンガ『バジーノイズ』の作者、むつき潤だ。

『バジーノイズ』は、「音楽しかない」というシンプルな生活を望む主人公・清澄と、バンドマンに恋をする承認欲求の塊のような破天荒な女の子・潮の結びつきを描いた物語。

むつきは本作で、現代の人の繋がりを描いている。今回、その彼にSNS社会、ネット社会になったことで、過渡期を迎えている音楽やマンガ、その他カルチャーの時代性や今後の在り方について話を聞いた。

シティポップ的なバンドマンガは、いわゆるロックマンガに対するカウンターになり得る時代だと思ったんです。

—パソコンで音楽を作るしか楽しみがない主人公・清澄と、バンドマンに恋をする承認欲求の塊のような女の子・潮の結びつきを描いたむつきさんの『バジーノイズ』は、SNS社会で暮らす2018年の「ユースカルチャーの現在形」や、個人と社会の関わりを非常に考えさせられる作品に思えました。そもそも、むつきさんはいま、おいくつなんですか?

むつき:26歳です。もともとマンガを読むのは好きで、神戸芸術工科大学のまんが表現学科に進みました。そこで21歳のときに初めてマンガを描き、在学中にマンガ賞をいくつかいただけて、勘違いしたのが、いまの始まりですかね(笑)。

むつき潤

—音楽についてはいかがですか? 『バジーノイズ』の主人公・清澄は、音楽制作にしか興味のないミニマリスト。常にサンプラーとPCを持ち歩く、いわゆる打ち込みミュージシャンが題材という点が、音楽マンガとしてまず新鮮でした。さらに、劇中にtofubeatsの名前が登場するなど、これまでの音楽マンガにはない、イマドキ感にあふれています。むつきさんご自身も、かなりの音楽マニアなのでは? と感じたんですが。

むつき:ご期待を裏切るようで、本当に申し訳ないんですが……じつは、『バジーノイズ』を始めたのは担当編集さんから「バンドマンガを描いてみませんか?」という話をいただいたからです。

僕はバンドをやったこともないし、楽器もろくに弾いたことがない。リスナーとしても、小学校でORANGE RANGE、中学でBUMP OF CHICKEN、高校生で宇多田ヒカルさんにハマったり……本当に有名な音楽しか聴いてこなかったですね。たぶん、いまの時代だから、こんな僕でも音楽マンガを描けているんだろうと思います。

—「いまの時代だから」というのは?

むつき:ネットで大体のことは調べられますからね。僕も作品を描くことになってから、どういう音楽やカルチャーがいま注目されているのか、勉強を始めたんです。

—どういう勉強の仕方をしたのですか?

むつき:まずTwitterで音楽関係だけ、3000くらいをフォローする専用のアカウントを作り、毎日ひたすらタイムラインを眺めてましたね。信頼できる情報を持つ人がいたら、その方が推してるアーティストを聴いてみる。そんなふうに、自分の音楽の引き出しを増やしていっています。

作品中に具体名を出すアーティストについても、知り合いで打ち込みをやっている人に「こういうシーンで鳴らしたい曲があるんだけど、どんなのがいいかな?」と相談したり。tofubeatsさんの“水星”は、まさにそこから出てきた曲でした。『バジーノイズ』の舞台も神戸なので、「神戸出身のtofubeatsさん、ぴったりじゃん!」と(笑)。

—26歳、まさに物心ついてからずっと身近にインターネットがあった、デジタルネイティブならではの勉強方法と情報アプローチです。

むつき:そうですね。勉強中に出会った音楽も、『バジーノイズ』の作品内容やルックス、テンションのビジョンが浮かんだきっかけを作ってます。いちばん大きかったのは、D.A.N.ですね。2016年は、Suchmosを筆頭にシティポップがすごくキテた。そういう音楽や、バンドが出してくるビジュアルやルックスもすごく新鮮で。

僕の世代だと、音楽マンガというと『BECK』(ハロルド作石、講談社)や『ソラニン』(浅野いにお、小学館)が代表的なんですが、シティポップ的なバンドマンガは、いわゆるロックマンガに対するカウンターになり得る時代だと思ったんです。

『バジーノイズ』メインビジュアル

カルチャーを売る側の目線には、すごく興味があるんです。

—たしかに、『バジーノイズ』は従来の音楽マンガへのカウンターを感じます。

むつき:もうひとつ、ネットを漁りながら考えたことがありました。音楽の記事をたくさん読んでいく中で、「いまは音楽がタダで聴かれてる時代、だからCDは売れなくなった。ここから音楽業界は、ミュージシャンはどうすればいいのか?」という問題提起を、めちゃめちゃ目にしたんですよ。そこで思ったのが、「この問題は、マンガも一緒だな」ということ。

むつき:海賊版の問題、「漫画村」問題がその後、取り沙汰されるようになりましたし、世の中には同人誌やウェブマンガがいっぱい出てきていた。マンガ家が既存の出版社の雑誌掲載や単行本の出版にこだわる意味はあるのか? そもそもマンガを職業にする必要があるのか? という疑問は、音楽にもマンガにも言えるし、それ以外のカルチャーにも、同じことが起こっていると思いました。そういう問題意識からも、『バジーノイズ』は生まれています。

『バジーノイズ』1話の抜粋

—そういえば、『BASEMENT-TIMES』のコラム(「週刊スピリッツで連載中の音楽漫画バジーノイズについてのお話」)でも、『バジーノイズ』は「良い音楽を作って売れる!」についての一元的な話ではなく、「"音楽を売る"というとことと"現実"」がテーマだと分析されていました。そういう分析がされる音楽マンガも、珍しいように思います。

むつき:そうかもしれないですね。そもそも売る側というか、会社側の大人目線には、すごく興味があるんです。カルチャーを売ることに対する目線が、新人発掘をしていて清澄と出会う(速水)航太郎というレコード会社側のキャラクターに結びついています。

上から:主人公の清澄、航太郎

—しかも、新米A&Rをやっている航太郎は、正社員じゃなく業務委託。夢を持って音楽業界に入ったのに、いまどきロックスターなんて見つからない、そこそこで結果を出さないと首になるぞ、なんて上司に言われてしまう。まさに業界あるあるで、すごく生々しいです(笑)。

むつき:そのあたりの音楽業界の現実は、編集部のお力を借りて、現場の人たちに取材をさせていただいてます。若い人が集まる下北沢のライブハウスに初めて足を踏み入れたり、出ていたアーティストさんにもお会いしたりしました。A&Rという仕事もネットで知って、レコード会社経由でアポを取らせていただきました。名古屋のライブ仕事の後、アーティストさんと移動するワゴン車に同乗させてもらい、密着取材みたいに話を聞かせてもらったこともあります。

SKY-HIさんのヒストリーマンガや、チャットモンチーさんのラストライブ『こなそんフェス2018』レポートマンガ(『週刊ビッグコミックスピリッツ NO.39』掲載)も、『バジーノイズ』を描く上ですごく参考になっています。とくにチャットモンチーさんは、僕も聴いていたアーティストなので、感慨深かったですね。

いま、「音楽を描くこと」は、イコール「SNSを描くこと」だと思うんです。

—先ほども話に出た、ネット世代の音楽・マンガ・カルチャーの在り方で思い出すのは、『バジーノイズ』の単行本第1巻収録話で清澄の音楽が彼ひとりの趣味ではなく、人に聴かせるものへと変化するきっかけが、潮が彼の演奏動画を投稿したSNSだったこと。これもイマドキの生々しい「音楽あるある」じゃないかなと感じました。

むつき:いま、「音楽を描くこと」は、イコール「SNSを描くこと」だと思うんですね。SNSは、一部の天才をハッキリと可視化する。一部の成功例を、ダイレクトにみんなが目にする時代だと思うんです。でも、「いいね」でバズって、それが仕事に繋がるみたいなことに、僕はあまりリアリティーを感じてなくて。

マンガもそうですけど、ネットでタダで見聞きできるものにお金を払うハードルって、高すぎるじゃないですか。作り手に目を向けるキッカケにはなるかも知れませんが、ネットで先にタダで作品が垂れ流されちゃう現状には、僕はかなり疑問があります。音楽はマンガ以上にそれが大きいし、マンガ家としてもシンパシーを感じる問題でした。だから、そこは描きたいと思ったんです。

まだ紙媒体が生きている間は、本で持ってて価値のあるマンガにしなければって思っています。

—音楽はマンガ以上に、ビジネスとしてネットの影響が強いと感じますか?

むつき:そう思います。基本的に、YouTubeで音楽に触れずにCDを買うぞという人は……なかなかいないんじゃないですか?

—アーティストの方々も、CDや有料の音源を買ってもらうにはどうすればいいか? と戦々恐々としています。

むつき:マンガの場合は、いきなり単行本で買う人も一定数はいるので、そこでの危機感は、音楽よりも楽天的なところがあるかもしれないですが、大きな括りでいえば現状は同じ。じゃあ、僕らがマンガの単行本を買ってもらうためにはどうしたらいいのか? というのは、『バジーノイズ』の連載前に、編集者の方ともいろいろ話し合いました。

—そこで出した結論は?

むつき:オシャレであることですね。単行本がインテリアとして映えるとか、『バジーノイズ』を読んでるのがカッコいいと思ってもらえる作品にならなきゃ、意味がないと思いました。そのうち、マンガも音楽と同じようにネット上、デジタルで完結してしまうものになるかも知れないですけど、いまはまだ紙媒体が存在できている。だったら、本で持ってて価値のあるマンガにしなければって。たとえば、単行本はCDジャケットみたいなルックスにしようとか。

—そこはすごく戦略的な部分なんですね。むつきさんの読み切りデビュー作である、『小学館新人コミック大賞』「青年部門」大賞受賞作の『ハッピーニューイヤー』は、もっと青年マンガ然とした泥臭い絵柄でしたよね?

むつき:はい。いまとは全然違いますね(笑)。『バジーノイズ』のルックス、ビジュアルは、これも音楽専門のTwitterアカウントを見てたときの影響なんです。

とくにシティポップ系のフライヤーやジャケットイラストは、シンプルでちょっとユルい。音楽好きな人が、好きと思える絵柄を作ろうという意識があって、江口寿史さんなどの絵も参考に、あえてシンプルな画作りをしました。

—そこにもシティポップの影響が。

むつき:同時に、僕自身がマンガの画面の緻密さ合戦みたいなものに、辟易していたんです。デジタルツールの普及もあって、どれくらい描き込むかに重点を置いたマンガ家さんがいまは多い。

でも、マンガで語る上で、描き文字を詰め込んだり、オノマトペや大量の効果線、集中線、変則コマ割りを演出したりすることは、それほど必要なのかな? みんな、本当にそれ全部が必要だから使っているのかな? と思うんです。これからはスマホでマンガを読む人もますます増えるでしょうし、僕は伝えたいメッセージを圧迫してしまう画面効果は使わずに、シンプルに伝えたいなと思いました。

僕がハマったD.A.N.さんも、音数を減らしていくことを考えて音源を制作してらっしゃるとおっしゃっていたんですが、そういう思想にも影響は受けてますね。

人間同士のコミュニケーションを最も現代的な形で反映している「SNS」とは何かを描きたかったんです。

—絵柄の話で言えば、音楽という形のないものを、いかに絵で表現するかは、とても難しいと思うんです。ところが、『バジーノイズ』はその表現方法もとても新鮮でした。清澄が音を鳴らすと、シャボン玉のような大小の丸がぽわぽわと彼の周りに飛び交いますね。

むつき:それも既存の音楽マンガへのカウンターですね。ロックマンガの演奏シーンに描かれる、勢いのある「ギュイーン!」みたいな表現を、今回はしたくなかった。

むつき:丸い玉は、音源制作ソフトの画面に打ち込みの音の点々が浮かんでいるのを見たのがヒントになりました。僕にとって音楽の最大要素はビートなので、ポンポン弾むもののイメージがそこに重なり、ピンときた気がします。もうひとつは、YOOKsの“hanashi”のミュージックビデオ。ネオンが光の玉となって車窓を過ぎ去っていく映像にも、インスパイアされました。

—その丸い玉に囲まれて、幸せそうな顔になる清澄の音楽表現。さらに、清澄の心がモヤモヤしたときには、実際にモヤモヤな線が画面を埋めて、心情表現されている。表情が非常に乏しい清澄の微妙な心の動きが、そのふたつで可視化されているのが、とても面白いです。

むつき:モヤモヤに関しては、構想の初期段階で、彼が突発性難聴を患っているという設定があったときの名残なんですよ。僕にも突発性難聴を抱えてる友達がいて、片耳がずっと耳鳴りがしているそうなんです。設定自体はなくなりましたが、結果的にフラストレーションが溜まったときに出てくるノイズ感をモヤモヤで残すのは面白いと思い、活かしてます。

—シンプルでスタイリッシュ、クールな印象を受ける『バジーノイズ』のビジュアルですが、読んでみると音楽や心のモヤモヤといった有機的なものが、絵からあふれ出して見えます。その表現自体が、とても音楽的だと思います。

むつき:そう言っていただけると、うれしいですね。僕はマンガにせよ音楽にせよ、かなり遅れて入った人間なので、固定観念がない。それが逆に良かったのかも知れないですね。

『BECK』も『ソラニン』も、実際に音楽をやってらっしゃった方が描いていると聞くので、僕にしか描けないものをキープするためには、まず音源制作の詳しいところを描く選択肢を、あえて削ごうと思いました。それは僕が描きたい物語ではない。

僕は人間同士のコミュニケーションを最も現代的な形で反映している「SNS」とは何か? を描きたくて『バジーノイズ』を始めました。そこで、いわゆる「ミニマムな暮らしで満足し、余計な希望を持たずひとりになりたいと思う現代性」は清澄に、「SNSで承認欲求を満たす1億総発信者たる現代」というものの投影は潮に担ってもらっています。

左から:潮、清澄

—SNS社会における、現代人のふたつの層が、2人のメインキャラクターに投影されているんですね。

むつき:そうですね。そして、僕の中にもその2人の要素は確実に共存しています。いま連載のほうで清澄はバンドを組むようになるんですが……清澄と潮たちは現実の人との繋がりを通じて、どうなっていくのかを描いていきたい。音楽とマンガの相似性というものを裏テーマにしながら、『バジーノイズ』に僕が現在の社会に思うことを、込めていければと思います。

アプリ情報
『Eggs』

アーティストが自身の楽曲やプロフィール、活動情報、ライブ映像などを自由に登録・公開し、また、リスナーも登録された楽曲を聴き、プレビューや「いいね」等を行うことができる、アーティストとリスナーをつなぐ新しい音楽の無料プラットフォーム。登録アーティストの楽曲視聴や情報は、「Eggsアプリ」(無料)をダウンロードすると、いつでもお手もとでお楽しみいただけます。

料金:無料

書籍情報
『バジーノイズ(1)』

2018年9月12日(水)発売
著者:むつき潤
発行:小学館

プロフィール
むつき潤 (むつき じゅん)

マンガ家。兵庫県出身。大学時代に新人賞を2度受賞するもデビューには至らず。大学卒業後、新聞社でバイトをしながらマンガを描きつづけ、2015年『ビッグコミックスピリッツ』に掲載された『ハッピーニューイヤー』でデビュー。2018年5月から『ビッグコミックスピリッツ』で初の連載マンガ『バジーノイズ』を執筆中。



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