七尾旅人が歌い続けてきたこと 名もなき人生を照らす音楽家の20年

七尾旅人は、誰かのために、歌を歌ってきたのだろうか。それとも彼は、自らのために、歌を歌ってきたのだろうか。この問いに対して、ひとつのハッキリとした明確な答えがあるとは思わない。ただ、言えることはひとつ。彼が、この20年間において生み出してきた、不思議な形の音楽――いびつで、しかし、ため息が出るほど美しい形をしたその音楽は、たしかに誰かの人生を照らしてきたのだ、ということ。巨大なものの陰に隠れながら、それでもたしかにそこにある、名づけられることのない人生や感情の存在を、彼の音楽は照らし続けてきた。

新作『Stray Dogs』は、『リトルメロディ』や『兵士A』といった近作に比べても、七尾自身の「独白」という性格が強いアルバムとなった。この20年間、世界中から溢れる様々な声に耳を傾け、それを表現し続けてきた力強く巨大な音楽家であると同時に、部屋でひとり佇む、無力な少年の面影を残し続けてきた七尾。それら全ての表情が、この『Stray Dogs』には刻まれている。そして、その全てが柔らかく細やかな光となって、この作品に出会う人々の横顔を照らすだろう。

この世界に、歌があってよかった。歌が「人」から生まれるものであってよかった。そして、七尾旅人の紡ぐ歌に出会えて、本当によかった。『Stray Dogs』を聴いて、僕は心からそう思っている。

自分のなかには、メディアでは脚光を浴びていないけど、決して忘れてはいけない人たちの横顔が、いっぱい蓄積されている。

—アルバム『Stray Dogs』、本当に素晴らしい作品だと思いました。

七尾:ありがとうございます。自分では、まだあまり客観視することができていないんだけど……ただ、不思議だったのは、このアルバムを作っている間、10代の頃に作った1stアルバム(1999年発表の『雨に撃たえば…!disc 2』)や、20代の頃に作った2ndアルバム(2002年発表『ヘヴンリィ・パンク:アダージョ』)を思い出す感覚があったんですよね。

僕の作品は初期とそれ以降でファン層がすごく別れてしまっているみたいなんだけど、この20周年アルバムは、昔のお客さんにもぜひ聴いてみてほしいですね。

七尾旅人

七尾:“迷子犬を探して”(『Stray Dogs』収録曲)なんて、それよりもっと前のアマチュア時代、高知県にいた15歳の頃の曲みたいで。当時、こういうポップソングをたくさん作っていて「そのうち東京に行ってバンドメンバーを見つけて、サザンやミスチルみたいに日本中の人を感動させるんだ」みたいな素朴な青写真を描いていたんだけど、その数年後、実際にデビューしたら「なんだこのキチガイは!」みたいなリアクションで(笑)。

—(笑)。

七尾:悪い癖で、入り込みすぎちゃうんだよね。自分のなかで課題が生じると、納得がいくまで一切、他のことができなくなってしまう。その結果が、『911FANTASIA』(2007年)や『兵士A』(2016年)だったりとか。

『兵士A』は「覚悟のあるヤツだけ聴いてくれ」っていう感じだったけど、今回は、「みんな、ちょっと聴いてみてよ」って言えるようなアルバムになったと思う。自分の一番ポップで聴きやすい部分と、他の人の音楽とはちょっと違う部分が同居している感じがして。

七尾旅人『Stray Dogs』(2018年)収録曲

七尾:さっき「1stや2ndに近い」って言ったけど、それ以上に、今までの僕の音楽人生の記憶みたいなものが少しずつ、ここには含まれているような気もするんですよね。実際に、2ndアルバムで使用したシンセ音や、『911FANTASIA』で使用したSEを、過去データから探し出してきて、楽曲の重要な部分に織り込んだりもしました。たとえば、“崖の家”で鳴っている風の音は、10年以上前に“荒野”という曲で使ったものです。

「自分はなぜ歌ってきたんだろう?」とか、「これまで何がしたかったんだろう?」「これから何がしたいんだろう?」ということを考えながら、『ドラえもん』に出てくるようなタイムマシンで、自分の半生を横切っていく感覚で録音していたと思う。

—その感覚は、聴いている側としても感じました。このアルバムは、これまでの全ての旅人さんのアルバムと密接に繋がっていると同時に、そのどれとも違っている。この作品からは、まるで少年のような旅人さんの姿も、子を見守る父親のような旅人さんの姿も見えてくるような感覚があって。それに、僕が今作を聴いて改めて思ったのは、旅人さんの音楽は一貫して、まだ名前のつけられていないものに名前をつけるような、そんな力を持ち続けていたんだということでした。

七尾:今言ってもらったことはすごく嬉しい。自分の、これまでの20年間を概観してみたとき、まだ名づけられてない、歌や映画にも取り上げられていないような人たちにスポットをあてるべきなんじゃないか? っていう気持ちは、いつも心の片隅にあったから。

それは、社会的な正義感から来る気持ちというよりも、単に、自分自身がそういう磁場で育った人間だったからではないかと思います。僕のなかには、メディアでは脚光を浴びていないけど、決して忘れてはいけない人たちの横顔が、泣き顔とか、小さい笑顔とかが、いっぱい蓄積されているので。

今回の作品は、大部分を僕の個人的な気持ちが占めているんですよね。

—これまで、旅人さんの歌のなかには、本当にたくさんの人々やキャラクターが登場してきましたよね。

七尾:そうですね。いろんな主人公が顔を出しては消えるっていう構成の作品が、これまでの自分には多かったと思う。たとえば『兵士A』には、戦死していく近未来の若い自衛官や、アフリカの少年兵、ゴムボートで対岸を目指す難民の母親、それに、戦前に活躍した野球選手の沢村栄治なんかも出てくるし。昔の作品ではもっと極端だったね。

七尾:男娼になったり、モンスターになったり、殺人鬼になったりとか、若い頃は抽象的でアイコニックな登場人物を設定していることが多かった。それが、『911FANTASIA』あたりから、老人と孫の会話を通して過去から近未来までの光景を巡っていくという構成を試みたり、具体的な目標設定をするようになりましたね。

“圏内の歌”(『リトルメロディ』収録曲)を作ったときは、東日本大震災直後に福島に通いはじめて、いろんな方々と触れ合ううちに、単純に「フクシマ」や「原発」といった単語で記号化して「こうだ」と言い切れない複雑さを感じて、その場で直接に聞かせて頂いた話から曲を作るという試みをしました。

さらに、それだけでは不十分だと感じたので、当事者であるその方々ご自身に歌を作っていただく場を設けたこともあります。福島から北海道に移住した6歳の男の子が作った歌なんて、すごかったですよ。そうやっていろいろ試みることが、言説のメインストリームから外れてしまっている声を拾い上げていくことにつながると思っていたんです。

七尾:ただ、今回の『Stray Dogs』がこれまでの作品とちょっと違うのは、ほとんどの曲の主体が「自分」なんです。素朴に、一人称で歌っている。これまでの作品について話すときは、社会的なテーマがどの作品にもある程度は侵入していたんだけど、今回の作品は、大部分を僕の個人的な気持ちが占めているんですよね。

沖縄の高江で生まれた歌(“蒼い魚”)が入っていたり、アフリカのモザンビーク内戦っていう1990年代の出来事を扱った歌(“Across Africa”)も入っているんだけど、それも実際に顔を合わせて友情を交わした相手に宛てて作られた歌で、ほとんど手紙みたいなものなので、個人的な歌と言えると思います。

—なるほど。

七尾:“きみはうつくしい”も、最初に着想を得てメインのモチーフを作ったのは3.11震災直後、東北に通う過程においてのことでしたが、まだまだ復興もままならずみんな苦しんでいる状況下でこの曲を東北のお客さんの前で歌おうという気持ちにはどうしてもなれなくて、後にもっとパーソナルな理由が生じるまで、5年ほど未完成のままお蔵入りになっていました。

唯一の例外として、デヴィッド・ボウイの訃報の翌日に作った曲“DAVID BOWIE ON THE MOON”は、なんだか宇宙空間のサーカスナイトみたいな不思議な楽曲で。亡くなって成層圏を離れたボウイが未知の何者かに呼びかけるという歌詞になってますが、ボウイという特別な存在を通して、普段なら歌えないようなことが歌えてしまった側面もあり、完全に自分から乖離した歌とは言い難い。なので基本的なトーンとしては、僕のすごく個人的な心情を託した曲が多いと思います。

震災後、どんなアルバムを作ればいいのか、結論を出すのが難しくなってしまう感じがあって。

—前回、国府達矢さんと対談していただいたときにも、「次のアルバムは、とてもパーソナルな作品になるだろう」ということはおっしゃっていましたよね。改めて、本作の出発点について、お話していただけますか?

七尾:そもそもは、もっとポピュラーフィールドに振り切ったアルバムを作ろうとしていたんです。その前、『リトルメロディ』から『兵士A』に至る流れは、かなり苦しんで。震災後、いろんなことを深堀りすればするほど、作り手として何が誠実なことなんだろうと悩めば悩むほど、どんなアルバムを作ればいいのか、結論を出すのが難しくなってしまう感じがあって。

試行錯誤を繰り返すうちに、“ぼくらのひかり”や“少年兵ギラン”のような、スーパーヘビー級みたいな曲がどんどんできて、収拾つかなくなってしまったんですよね。それを、河合宏樹くんが映像作品にまとめてくれたことで、『兵士A』という一番いい形に収めることができた。これでやっと、書き溜めたままずっと放置していたポップソングも外に出していけるなと、当時は思っていて。

—『兵士A』を作ったことで、震災以降の試行錯誤にひとつの着地点を見つけることができた。

七尾:そうですね。何年かぶりに羽の生えたような身軽な気持ちが出てきて。心機一転がんばろうと思って、2017年の年明け、梅津和時さんと一緒に、明るいテイストのワンマンライブをやったんです。兵士Aで一緒にデッドエンドまで歩いてくれた梅津さんと、今度はまったく違ったエンタメ感のあるコンサートをやれたことが嬉しくて。よし、いろんなもん作るぞって、すごく前向きな形で新年を迎えました。でも、それから半年くらいして、僕のとても大切な人が自死してしまって。それは僕のアイデンティティーを根底から突き崩されるような出来事だったんです。

それまでは、もっと楽しい方向に振り切ったアルバムにしようと思って録音を進めていたんだけど、その作業をそのまま続ける状況じゃなくなってしまったんだよね。録りためたものは捨てて、もう一度、何を作るべきか、ゼロから自問する日々がはじまりました。“天まで飛ばそ”や“Leaving Heaven”“いつか”のような新曲も増えていって。ずっと放置していた“きみはうつくしい”も、思いがけない形で完成していきました。これらの曲は、次のアルバムに入れざるを得ないだろうということになっていったんです。

聴いてくれた人の苦痛とも並走できるような、そんなアルバムを目指したくて。

—“天まで飛ばそ”は、NHK『みんなのうた』でもオンエアされましたね。

七尾:“天まで飛ばそ”は、その人の葬式の日の夜にできたんです。この曲が『みんなのうた』で流れることになったとき、担当者の方が「この曲は現代の“シャボン玉”ですね」って言ってくれたんだけど、そういう聴こえ方もあるのかなと。あと、Twitterで「この曲が流れると、うちの2歳の子どもが『悲しい曲だね』と言って涙を流します」みたいな書き込みをけっこうたくさん見つけて、驚きました。子どもの鋭敏さって、すごいなと。全部見透かされているんだよね。

—“天まで飛ばそ”もそうですけど、『Stray Dogs』はパーソナルな主題の作品だからといって、決して、重く暗い作品ではないし、閉ざされた作品でもないんですよね。むしろ、すごく柔らかさのある作品だと思いました。

七尾:そう言っていただけるのは有り難いです。『兵士A』は、もう剥き出しで、戦場を突きつけるような気持ちでやったけど、今回は、自分にとってどれだけシリアスな曲でも、聴いた人が引っ張られて余計に落ち込むようなものにはしたくなかったんですよね。むしろ、こうして心の内を語った作品があることによって、聴いてくれた人の苦痛とも並走できるような、そんなアルバムを目指したくて。

それに『兵士A』をやり終えたあと、なんとか本来の夢に向けて舵を切ろうとしていた僕が、またドツボにはまって、『兵士A』よりもさらに重い方向へ潜っていくことを、亡くなった彼は望まないだろうと思ったんです。半年くらいずっと彼と心のなかで話し合ったんだけど、そういうことではないだろうと思った。だから、自分自身でも納得がいきつつ、彼にも、お客さんにも、身近な仲間にも元気を出してもらえるような、そんなバランスを見つけようと思ったんです。

今の時代を生きる誰もが「はぐれ犬」のようにも思えたんですよね。

—結果として、このアルバムはこれまでの旅人さんのディスコグラフィーのなかでも、特筆して、聴き手を選ばない作品になっているように思います。

七尾:自分でも、この形になってよかったと今は思ってます。このアルバムにはポップな曲も多いと思うけど、僕は、「いい曲を何曲か並べました」っていうだけの作品では不満で、もっと何か強烈な必然性によって楽曲が互いに結び合っていてほしいんだよね。まるで生き物のような、世界のような、ある種の自律性を持った作品が作りたいというか。それを徹底しすぎると『911FANTASIA』や『兵士A』みたいになっていくけど、今回は、また違う答えにたどり着くことができたのではと。

そういう過去の大作みたいにどっぷり聴くこともできるけど、BGMとして気楽に流しておくこともできる、そんな不思議なバランスが作れたんじゃないかな。人生のなかで一番ヘビーだったことも、ちゃんと作品のどこかに刻印していないと、シンガーソングライターとしては不誠実なんじゃないかと思っていて。作り笑いで乗り切るようなことはしたくなかったから。いろいろ悩んだけれど、着地点を見つけられたと思います。

—岡田喜之さんのイラストによるアートワークも、この作品の持つ悲しさと優しさを見事に表現していますよね。

七尾:岡田さんは、このジャケットに使わせていただいた絵をネットで見て、一目惚れしたんです。岡田さんの絵はビックリするぐらい、僕が表したかった心象風景に近かったんですよね。この、男の子が犬に傘を差しかけている光景は、彼の子ども時代の思い出らしくて。

岡田さんは子どもの頃、雨の日の散歩中に、愛犬が濡れないよういつも傘を差しかけていたらしいんだけど、この絵を見たとき、他人の気がしなかったんだよね。その時点で既に『Stray Dogs』っていうタイトルも決まっていて、曲のモチーフに犬も出てきていたし……「何だろう、この不思議な絵は?」って。

七尾:そこには、自分自身だけでなく、僕の記憶のなかのいろんな人たちが映りこんでいるような感覚があった。それで、「この絵を使わせてください」ってお願いしたんです。さらに全曲分の歌詞に対応した新しい絵も描き下ろしてくださって、僕からの手紙というか、セルフライナーのようなものも封入して、今までで一番トータル性の高いパッケージにすることができました。

今回のアルバムは亡くなった彼と僕のあいだに子ども時代からずっと横たわっていた「レコード」という物体そのものへの夢に基づいて生まれた感じがしていて、手にとってジャケットを開いてもらうことで初めて全体像が見えてくる作りになっています。なので、できればCD版を手に入れてほしいなと思います。

—曲のなかに出てくる「犬」のモチーフや、『Stray Dogs』というタイトルはどういったところから生まれたのでしょうか?

七尾:犬って多頭飼いするとよくわかるんだけど、人間に似て、すごく社会的な動物で、仲間や家族に対して強い愛情と帰属意識を持つんですね。だからこそ、1匹だけはぐれてしまっている状態の犬には、独特の物悲しさがある。

みんなの輪を離れてひとり死んでいくという選択をした彼のことを考えるうちに「はぐれ犬のようだ」と、ふと思ったんですよね。同時に、人間みんな、どこかではぐれているんじゃないかとも思った。今はSNSなんかもあって、繋がりの感覚は得られやすいかもしれないけれど、全員が完膚なきまでに漂流してしまっている時代とも言えるよね。

愛犬を連れて来場、観覧することを目的に開催されたライブ企画『犬たちのためのコンサート』より

七尾が愛犬とともに登場した、タワーレコードの意見広告シリーズ「NO MUSIC, NO LIFE!」ポスター

七尾:誰しもが完全に、どこかに帰属できているわけではなくて、たとえ昼間には誰かと笑っていても、夜にはひとりで綱渡りをしなくちゃいけない。みんな、究極的には「ひとり」なんだけど、それでも、ときにすれ違って、互いに大切なものを投げ渡したりしながら、生きている。完全に孤立した者同士が、何かのきっかけで束の間だけ結び合う光景はきれいだし、考えてみれば音楽だってそれぞれに孤立した単音の瞬間的な重なり合いを、リズムやハーモニーのような形で永遠に固着化(レコード)したものです。

そんなことを思ううちに、『Stray Dogs』っていうタイトルになっていきました。それに、僕自身の20年間の音楽人生を振り返ったときにも、「あ、盛大にはぐれてるかもな~」っていう懸念があったので(笑)。親にもらったこの「旅人」っていう名前も、なんだか定住しづらいというか、平穏な暮らしを維持するための障壁になっている気がします(笑)。

時代や社会を取り巻く「気分」のようなものよりも、その底にあるものを見つめていたい。

—このアルバムは先ほど旅人さんがおっしゃったように、『リトルメロディ』や『兵士A』のような形で社会的なテーマが入り込んだ作品ではないと思うんですけど、それゆえに、この時代に突き刺さる表現でもあると僕は思いました。このアルバムは、「何が善で何が悪か」というような二元論では片づけられない、「個人がいて、人生がある」という事実をダイレクトに伝えてくる。その一見当たり前のことこそ、今一番感じていたいことなんだと思ったりもするんですよね。

七尾:今は社会的な事象が、一時的なトピックとして消費されやすい。SNSとかで「これは間違っている」って脊髄反射的に憎悪が集まって大炎上して、叩かれまくった誰かの人生が暗転して、それが1週間もすると下火になって、また新しいトピックに関心が移って……そんなちょっとヒステリックな状況に陥ってしまっている感じはあるよね。

そうすると、声の小さい人は何も言えないまま隅っこで、光があたらず忘れられてしまうのかなっていう気もするし……。話題になることや、欲望されることは、ときと共にめまぐるしく移り変わっていくものだから、そればかりを見ていると、自分を見失っていくことにも繋がってしまうと思うんだけど。

—本当にそう思います。

七尾:個々の価値観がせめぎ合うのはいいことだけど、同時に、ひとつのことにアジテーションされかねない怖さ、民意がひとつの方向に振り切ってしまうことの怖さも、そこにはあるから。そういう状況は、少しずつ解毒されなければいけないと思う。

だから、個々の顔がマスキングされたままひとつの大きな声になっていく場より、自分は、一人ひとりの小さな声とか、押し殺した悲しみに、少しずつでも近づいていけるような、そんな場所に身を置いて、創作をしたいと思っていたのかもしれない。

七尾:『兵士A』や『リトルメロディ』においても、直ちに「これは善で、これは悪だ」っていうことを断罪するような構造にはしてこなかったんだよね。個々の小さな表情の集積として、日本という磁場が歴史的に抱えた業であったりとか、人間が根源的に抱えた喜びや悲しみを描けたらと思っていた。そうやって少しずつ組み立てていった物語の底には、自分自身も含む日本人への懐疑みたいなものがあるけれど、怒りの表明だけがテーマではなかったので。

仮にひとつの考えを持った社会集団があったとしても、それも決して一枚岩ではない、個々人の集まりなわけだから。時代や社会を取り巻く「気分」のようなものよりも、その底にあるものを見つめていたいし、その先にあるものや、その前にあったものを同時に見つめていたい。点ではなく、線で捉えたい。そうすれば面になり、やがて立体になる。世界をどうやって立体として描き出すか、それが音楽であり、芸術全般の役割なのではないかとも思うので。

—世界を立体的に描く……その視点を芸術が持ち得てきたということは、過去を振り返ってみても、とても大きなものだったのだと思います。

七尾:今回のレコーディング中はほとんど人の作品に触れる時間がなかったんだけど、(ウィリアム・)フォークナーとかは、やっぱりすごかった。南北戦争の敗者の側からしか描けない壮絶な立体があって、内戦のあとの歴史のなかでこういう怪物じみた作家が現れ、しかも国民的な支持を得られるアメリカという国は、やっぱり一筋縄ではいかないなと思った。

最近見た実話に基づく映画『ファニア歌いなさい』(1980年公開、監督はダニエル・マン)もよかったな。最初、アウシュビッツ収容所に捕らえられた歌い手が、殺されていくユダヤ同胞を歌で励ます映画だと勘違いしていて。そのとき僕は、末期がんで病床にいた友達に手紙や音声ファイルを送ったりしていたけれど、けっきょく亡くなってしまった直後で、気落ちが大きかったので、自分自身に気合いを入れ直すために見はじめたんだけど、実際のストーリーはナチス高官の慰安に奉仕することによって得られる自分たちオーケストラメンバーの延命のため仕方なく演奏をし続けるという、なんともやりきれない内容で。楽器を演奏できない他の同胞からは憎まれ、罵られもする。人間の醜さや気高さが終始せめぎ合っていて、勧善懲悪的な戦争映画よりも、人の尊厳を立体的に描き出すことに成功していたと思う。

「レコードって、人間が封じ込められている魔法の円盤なんだ」って、ずっと思ってきたから。

—最初にも少し言いましたけど、旅人さんの音楽は、人や物事を記号化させないんですよね。一人ひとりに人生があり、名前があるんだっていうことを、常に真摯に見つめている。なぜ、こうした視線を持ち続けられるのだと思いますか?

七尾:完全にうまくいってるとは思わないけど、目指してはいます。それはもしかしたら、僕の子どもの頃からの音楽の聴き方のせいかもしれないですね。ひとつのジャンルやスタイルを身にまとっていくっていう音楽の聴き方はしてこなかったんです。それよりも、「この人の歌は、どんな表情をしているんだろう? 歌っている理由はなんだろう?」といったことに、ずっと耳を澄ませてきました。「人」を聴いてきた、というか。

七尾:友達を作るのも下手だったし、合コンとかも無縁だったから(笑)、家でひとり、じっくりと、まるでニーナ・シモンやビリー・ホリデイが目の前で歌っているかのように、本人が実体化して見えるぐらいの没入感で音楽を聴いてきたんですよね。ニーナ・シモンなんて、「知的で優しくて、海のように広大で、それでいて、なんてお転婆でチャーミングな人だろう……」って、レコードを聴きながら思ってました。……全部、勝手な妄想なんだけど(笑)。

—(笑)。

七尾:最近Netflixでニーナ・シモンのドキュメンタリー映画を見てみたら、それほどは歌から得たイメージと乖離してなかったんだよね。非常に魅力的で、哀しい人だった。「レコードって、人間がその生きた時代ごと封じ込められている魔法の円盤なんだ」って、ずっと思ってきたから。要するに、子どもの聴き方だよ。子どもみたいにして耳を澄ませていると、何を聴いていても面白いんですよ。

ジャズを聴いても、ロックを聴いても、デスメタルを聴いても面白い。ジャンルなんて関係ない。デスメタルでもね、デス声を単にスタイルとして使っているバンドと、本気で悪魔崇拝しちゃってるようなバンドとでは、聴いていて全然違う。もちろん本気で悪魔に魅入られて人を殺したり放火したりしてるようなバンドはいっさい認めないよ。最悪だよね。どっちがいいっていう話ではなくって、差異を聴き分けられるようになってくるんです。これは表層的な知識でスタイルとして音楽を受けとめてしまうと、わかんなかったこと。

七尾:なぜそこでオートチューンが使われてるのか、なぜ変拍子なのか、なぜここでこの和音なのか、今の流行りなのか、スタイルだからなのか、それとも何か大きな理由があるのか。スタイルありきで作るのが悪いと言ってるんじゃないよ。でもときどき、「やむにやまれぬ必然性があって、どうしてもそうなった」という音楽を見つけることができる。そんなとき、心から感動してしまうんですよ。なんで泣いてるの? なんで笑ったの? どうして今だけ踊ったの? これはたぶん子どもの聴き方ですよね。昔、父親が僕ら子ども3人育てながら少ない小遣いで買い集めたアナログ盤をなんべんもなんべんも嬉しそうに聴いていたんだけど、その姿が自分のベースにあるかな。

やがて、YouTubeみたいなツールが出てきてからは、それこそ自分の父親にどこか似たような人たちというか、遠い国のベビーシッターが赤ん坊にむけて歌う子守唄だったり、貧しい国の子どもたちが自分なりのやり方でポップスを生み出したりする様子だって見ることができるようになった。

それは1990年代までの、大きな企業が音楽流通の大部分を取り仕切っていた時代においては光のあたらないものだったけど、僕はここ十何年でそういう覆い隠されてきた音楽たちにも出会えるようになったことについては、ワクワクしていたね。

—そういった状況への祝福は、2010年の『billion voices』というアルバムタイトルにも反映されていますよね(参考記事:七尾旅人インタビュー 「何億もの声」から見えてくるもの)。

七尾:うん、「何億もの声が噴出している今、ポピュラーミュージックが変わっていくんだ」って。そんな感じで音楽をとらえるスタンスの基礎は、子どもの頃にできていたのかもしれないです。

七尾旅人『billion voices』収録曲

七尾:僕は、これまでの人生でたくさんの音楽に触れてきたけど、レコード漁りをしてきたというよりは、人々の魂を渡り歩いてきたような感じがするんです。それは、僕を孤独じゃなくしてくれたし、生きる指針をくれた。

それなら自分も、決して才能あるいいミュージシャンではないかもしれないけど、目先の利益や功名心に引っ張られて、聴き手を裏切るようなことにだけはなりたくないなと思うんですよね。レコードに、自分の綺麗事だけを入れるようなことはしたくない。ダメなところもフェアに出したうえで、ちゃんと何かしらの創意工夫をしたいんです。1stアルバムから『兵士A』まで、ずっとそうだったけど、誰か他者を叩くためではなくて、自分自身を徹底的に叩きのめして変化させるために創作をしてきた。そうすることで、成長を続けて、「こんなレコード、今までなかったでしょ?」って言えるようなものを目指したいんですよね。

ひとりで、「このつらさは誰とも共有できないな」ってとき、このアルバムを引っ張り出してほしい。

—今までになかった音楽作品を作ろうとする。その旅人さんのスタンス自体が、聴いている人にとっての救いになり続けてきたんだと僕は思います。今までになかった形の歌や音楽がこの世に生まれるということは、この世界でずっと光のあたらなかったもの、名づけられなかったものが、その音楽の放つ光によって照らされるということだと思うので。

七尾:自分の音楽に誰かを救う力があるかなんて、恐れ多くてよくわからないけどね。でも、この『Stray Dogs』は本当に、心から「作っている」感じがしたし、作れてよかったと思う。今までで一番そう思える作品かもしれないですね。ずっと音楽をやってきたけど、自分を褒められない部分もあったんですよ。「がんばったな」って一時的に思えることもあったけど、どの作品も、常に「これでいいのかな?」っていう不安を持ちながら作ってきたので。いつでも喜びより、苦しみのほうが勝っていました。

でも今回のアルバムは、自信を持って、人にプレゼントできるものを作りたかった。自分が今まで生きてきて、お世話になってきた無数の人に感謝を伝えたうえで、ずっと大事に思ってもらえるようなレコードを残せないかなと思ったんです。

—その想いは、本当に、このアルバムから伝わってくるものだと思います。

七尾:この20年間、迷いながら歩いてきたし、失敗も繰り返してきたけど、これについては希望があるなっていう、小さな確信も、積み上げてきたので。今回のアルバムでは、それを音に込めたかった。だから、しんどい日にも聴いてほしいんだよね。

七尾:もちろん楽しい日にも聴いてほしいけど、せっかくシンガーソングライターの作品なんだから、ひとりぼっちでつらいときにも聴かれるものであってほしい。「このつらさは誰とも共有できないな」ってとき、レコード棚から引っ張り出されるいくつかの作品のなかに入れたら嬉しいなと思う。演者ひとりきりだし、けして派手な形態ではないんだけれど、個人のすぐそばに立っていられる、それが、シンガーソングライターのいいところだと思うんです。

僕の後輩にも、いいシンガーソングライターはいっぱいいるんだけど、みんな、社交的に成功目指してガツガツいくのが苦手だったりして、努力と才能のわりに評価されていなかったりするんですよ。でも、僕は何気に、彼らのアルバムを心の支えにしている日もあるんですよね。本人は、自信もないなかでただ一生懸命やっているだけかもしれないけど、僕は確実に、その音楽から勇気をもらっているので。自分も今回『Stray Dogs』で、そんなシンガーソングライターならではの、困ったときのお守りのような作品が作れたんじゃないかと思います。

七尾旅人『Stray Dogs』を聴く(Apple Musicはこちら
リリース情報
七尾旅人
『Stray Dogs』(CD)

2018年12月12日(水)発売
価格:3,024円(税込)
PECF-1164 / cap-294

1. Leaving Heaven
2. Confused baby
3. 迷子犬を探して
4. スロウ・スロウ・トレイン
5. DAVID BOWIE ON THE MOON
6. Almost Blue
7. 崖の家
8. Across Africa
9. きみはうつくしい
10. 蒼い魚
11. 天まで飛ばそ
12. いつか

イベント情報
七尾旅人
『20周年記念ワンマンツアー「Stray Dogsの冒険」』

2019年3月10日(日)
会場:北海道 ペニーレーン24
ゲスト:瀬尾高志

2019年3月16日(土)
会場:福岡県 電気ビルみらいホール
ゲスト:瀬尾高志

2019年3月17日(日)
会場:広島県 広島CLUB QUATTRO
ゲスト:瀬尾高志

2019年4月7日(日)
会場:大阪府 梅田CLUB QUATTRO
バンドセット:
Shingo Suzuki(Ba)
Kan Sano(Key)
山本達久(Dr)
小川翔(Gt)

2019年4月27日(土)
会場:愛知県 名古屋CLUB QUATTRO
バンドセット:
Shingo Suzuki(Ba)
Kan Sano(Key)
山本達久(Dr)
小川翔(Gt)

2019年4月29日(月・祝)
会場:東京都 恵比寿ガーデンホール
バンドセット:
Shingo Suzuki(Ba)
Kan Sano(Key)
山本達久(Dr)
小川翔(Gt)

2019年5月25日(土)
会場:沖縄県 桜坂劇場ホールB

2019年6月15日(土)
会場:京都府 磔磔

2019年6月22日(土)
会場:高知県 キャラバンサライ

プロフィール
七尾旅人 (ななお たびと)

シンガーソングライター。これまで『911fantasia』『リトルメロディ』『兵士A』などの作品をリリースし『Rollin' Rollin'』『サーカスナイト』などがスマッシュヒット。唯一無二のライブパフォーマンスで長く思い出に残るステージを生み出し続けている。即興演奏家としても、全共演者と立て続けに即興対決を行う「百人組手」など特異なオーガナイズを行いアンダーグラウンド即興シーンに地殻変動を与え続ける。その他、ビートボクサー、聖歌隊、動物や昆虫を含むヴォーカリストのみのプロジェクトなど、独創的なアプローチで歌を追求する。2018年12月12日、にニューアルバム『Stray Dogs』をリリース。

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