大友良英が『いだてん』に感じた、今の時代に放送される必然性

現在、絶賛放送中の『大河ドラマ「いだてん」』。オリンピックを背景に、明治から昭和までの時代を描く異色のドラマは、来年に迫る2020年の東京オリンピックとも共鳴して、「日本人はどこから来て、どこへ行くのか?」をスポーツを通して伝えようとしている。

そんな意欲作の劇伴を担当するのが、音楽家の大友良英。NHKでたくさんの楽曲を作ってきた大友は、すでに伝説ともいえる『連続テレビ小説「あまちゃん」』チームとともに、『いだてん』の音楽世界を作ろうとしている。感動の最終回に向けて、最後の作曲作業に打ち込む大友に話を聞いた。

宮藤官九郎に珍しく相談。『あまちゃん』“潮騒のメモリー”はこうして生まれた

―『大河ドラマ「いだてん」』(以下、『いだてん』)は『連続テレビ小説「あまちゃん」』(以下、『あまちゃん』)からの流れで制作されていますが、どんな成り立ちで企画が動き出したのでしょうか?

大友:そもそもディレクターの井上剛さんとは、2005年の『クライマーズ・ハイ』以来いっしょにチームを組むことが多くて、阪神淡路大震災のドラマ(2010年 / 『その街のこども』)などを作ってきたんです。そこに宮藤官九郎さんが加わったのが『あまちゃん』の始まり。

『いだてん』の第1部でも関東大震災のエピソードが登場しますが、やはり『あまちゃん』も東日本大震災が大きい要素になっていて、なんとなく井上さんとは、ずっと震災のこと、そして歴史をテーマにする仕事をやってきた、という感じがします。

大友良英(おおとも よしひで)
1959年横浜生れ。10代を福島市で過ごす。インディペンデントに即興演奏やノイズ的な作品からポップスに至るまで多種多様な音楽をつくり続け、映画音楽家としても数多くの映像作品の音楽を手がける。近年は障害のある子どもたちとの音楽ワークショップや一般参加型のプロジェクトにも力をいれる。2012年、東日本大震災を受け福島で様々な領域で活動をする人々とともにプロジェクトプロジェクト「FUKUSHIMA !」の活動で「芸術選奨文部科学大臣賞芸術振興部門」を受賞、2013年には『あまちゃん』の音楽他多岐にわたる活動で「東京ドラマアウォード特別賞」「レコード大賞作曲賞」他数多くの賞を受賞している。

―「歴史」ですか?

大友:黒柳徹子さんの半生を描いた『トットてれび』(2016年)も、日本のテレビ史を扱ってたでしょう? 井上さんとの仕事ではなにかしら「歴史」ってものがキーワードになっているんです。『あまちゃん』も祖母・母・子の三代記ですしね。それで『あまちゃん』が終わって、すごくよいチームだったから、「同じチームで大河ドラマはきっとあるだろうなー」と勝手に思っていて、それが『いだてん』になったわけです。

―宮藤さんとも、音楽面での相談はあったのでしょうか?

大友:宮藤さんに限らず、ドラマや映画の制作で脚本家と直にやりとりするってことはまずなくて、各話の監督との相談が中心です。でも『あまちゃん』ではたった1回だけ宮藤さんに連絡したことがあって。それは“潮騒のメモリー”のことなんだけど、どういうイメージの曲なのか尋ねたんですよ。

―能年玲奈さんと橋本愛さんのデュエット曲ですね。アイドル歌謡的な感じですか? たとえば松田聖子風とか?

大友:宮藤さんは聖子ちゃんとはいわなかった。例としてあがったのは“そんなヒロシに騙されて”。

ジューシィ・フルーツ“そんなヒロシに騙されて”

―じぇじぇじぇ(笑)。

大友:『あまちゃん』は複数の監督がいて、みんなに尋ねたんですけど、この曲に関してはみんないうことが違うんですよ。

―「俺の“潮騒のメモリー”はこれだ!」と。

大友:自分がなんとなく最初に作ったのも、いま考えるとやや山下達郎風というかシティポップっぽかった。夏っぽいイメージ。でも、そうしたら宮藤さんや井上さんが「なんか違う」と。子どもが歌える感じがないし、スナック感がないと。たしかに“そんなヒロシに騙されて”はスナック感ありますよね(笑)。

大友良英“潮騒のメモリー”(Apple Musicはこちら

―そうすると、『いだてん』の音楽に関しても井上さんとの相談が中心になったということですね。

大友:そうですね。金栗(四三)さんから田畑に主役が変わってもテーマ曲は変えない、とか。そういえば、『あまちゃん』のときも、「震災回の日でも変えることのないテーマ曲にしたい」っていわれました。「それって明るくも暗くもある曲ですよね?」って聞くと「いや、明るいほうがいいです」と。今回の大河もひたすら元気で明るく痛快って要望でした。

あとは長さですね。朝ドラ(朝の連続テレビ小説)のテーマ曲って60秒~90秒と短いんですけど、大河ドラマはいまどきのドラマではありえないくらい長くて2分30秒~2分50秒もあるんです。ただ井上さんは、それを短くしたいといってました。録画した視聴者に早送りされないオープニングにしたかったのもあるでしょうね。結局、出演者やスタッフも多いから短くはできなかったんだけど、ギリギリ2分20秒にしちゃった(笑)。だから他の大河と比べて『いだてん』のスタッフロールの流れるスピードはかなり早いんですよ。

プロパガンダではなく、戦争へのカウンターとして企画された大河ドラマ『いだてん』

―「オリンピック」というテーマから浮かんだアイデアもあったのでしょうか。

大友:これは実現できなかったことですけど、スタジアムに3000人くらい集めて、思い思いの楽器で演奏する、っていうアイデアもありましたよ。というのは、『いだてん』は最初、嘉納治五郎1人だけが「オリンピック!」と大騒ぎするところから始まって、それがだんだん大勢の人に伝播して1964年の東京オリンピックに結実するという話だから。これって音楽でいえばインディーズが大メジャーになっていくようなものだと思いました。

―その意味で、やはりオリンピックって楽しいだけでなく、国民を「動員」していく政治性も強いと思うんです。それをやはり国民的番組である大河ドラマの題材にするというのは、プロパガンダ的な危うさがあるとも思います。

大友:その通りだと思います。そういわれても仕方ない。

―ところが以前、宮藤さんがとある雑誌にこのような寄稿をしていて驚きました。

ひょっとして翌'20年の東京オリンピックを盛り上げるために巧みに仕組まれた国家的プロパガンダじゃない? そんな邪推を、この場でハッキリ否定します。そんな大それた企画だったら俺んとこなんかに来るわけないじゃない。

意外かもしれませんが、こちらから持ち込んだ企画なのです。「大河でオリンピックやりたいんですけどー」とお伺いを立てた時の各所の反応は、総じて及び腰だったようです。
(『Number』970号、2019年1月17日発売号に掲載)

大友:ここまでだったとはこの記事が出るまで知らなくて驚きました。ここに出てないことでいうと、ディレクターの井上さんが最初にやりたかったのは、同じ時代の「戦争」を描くことだったんですよ。

―明治以降の近代的な戦争?

大友:もっというと近代、明治維新から現代のあいだのことを描きたかったんだと思います。それで最初戦争をキーワードにしたのかもしれない。でも戦争ってとにかく超悲惨なことしか起こらない。

―日本は参戦してませんが、「最初の近代戦」ともいわれる第一次世界大戦は、戦車や毒ガスなどの最新兵器が導入されました。いまだにヨーロッパ人のトラウマになるくらい悲惨な戦死が相次ぎました。

大友:そうですよね。それと戦場シーンを作ろうとすると予算がいくらかかるかわからない。「悲惨」と「予算」なんてダジャレいってる場合じゃないけど(苦笑)。

じゃあ、その逆ってなんだろう、と考えたときにどうも「スポーツだ!」ってなったようなんですよ。さっきいった『トットてれび』も、じつはテレビを通した近代史がテーマなんだけれど、テレビは明治期には発明されてないからちょっと最近すぎる。おそらくいままで大河が描いてきた江戸時代と現在の間はなんだったんだってことをやりたかったのかな。

―明治期も含めた歴史を描きたかった。

大友:そもそも近代オリンピックは戦争に対するカウンターとして作られたという経緯も興味深い。ただ2020年の東京オリンピック前ってこともあって、ただでさえオリンピック関連のものはIOC(国際オリンピック委員会)の許可がいちいち必要ですから、逆に制作サイドは様々な許可関係にかなり苦労しているようでしたよ。

―IOCから認められた企業や団体しか宣伝できないんですよね。

大友:だから実際には、仮にプロパガンダにしたかったとしても、させてもらえない(笑)。ただ、IOCの見解としては歴史に忠実であればオリンピックの負の側面を描いてもよい、ということらしくて、そこはさすがヨーロッパは大人だなというか、ね、どっかの国みたいに事実を曲げてまで、歴史を隠したり作り直すことはしない。

―ヨーロッパには、第一次世界大戦と第二次世界大戦の反省がありますからね。

大友:僕もプロパガンダの危うさを感じたから、最初に『いだてん』の企画をもらったときは正直躊躇しました。でも、井上さんからいまいったような経緯を聞いて、面白いって思ったんです。いま、ちょうど最後の10話分に使う劇伴の作曲作業を進めています。詳しい筋はいえませんが、どんどん厳しい話になってくるんです。戦争もあるし、スポーツに対する理想の挫折もあるので。でも前向きなんですよね。素晴らしい台本ですよ。

朝ドラや大河を研究する中で見える、政治や歴史と関わりながら生まれた音楽

―『いだてん』は現代に近い時代設定ですから他の大河ドラマと比べてもかなり特殊な作品ですよね。

大友:時代背景でいうと、『いだてん』の明治~大正~昭和って、じつは朝ドラに似てるんですよ。でも大河と圧倒的に違うのは、舞台のスケール。予算の関係もあるだろうけど、朝ドラの舞台って、自宅とかおばあちゃんの家とか近所の喫茶店とか、数が限られている。それに合わせて登場人物も主人公のファミリーと、その外からやって来る人に限定されている。ほぼファミリーストーリーなんですよ。

けれども大河は本質的に家族を描くわけではない。家族の話はあっても描きたいのは、彼らが生きる「時代」のほうだろうなって僕は思いました。『いだてん』でもさすがに主人公の家族は出てくるけど、重要人物なのに嘉納治五郎は家族がいるかどうかもわからない。いるんですよ、実際には。でもそれはとりあえず無視して、治五郎さんが社会の中でどう動いたかってことを中心にしている。そこも大河らしいところですね。

―言われてみれば!

大友:というわけで、音楽もこれまでの大河の基本がなにかを押さえつつ、でも同時に全然違うものになるよう考えたんです。

―大河の音楽の基本ってなんでしょう?

大友:「いかにも大河のオープニング」っていう雰囲気があって、それを誰が最初に作ったのか? と思って、調べたんですけど、すでに初期の『赤穂浪士』(1964年)から大河っぽいんですよ。

―1作目は『花の生涯』(1963年)ですが、大河ドラマと呼称したのは『赤穂浪士』が最初なようですね。そういう意味では実質的に大河の最初から、オープニングは大河らしかったんですね。

大友:作曲は芥川也寸志さん。有名なメロディーは日本っぽいんだけど、よく聴くと完全にマカロニウェスタン的なアレンジなんです。 鞭みたいな音が「パシィッパシィッ!」って入るところなんてモリコーネ風で、つまり最初から和洋折衷。ただモリコーネのマカロニウェスタンも1964年だから、もしかしたら真似とかじゃなく、同時代の中で同じようなアイデアで和洋折衷をやったんじゃないかな。

そもそも考えてもみれば、オーケストラが演奏する「和」なんて元々はあるわけないんですけど、いつの間にか和風のオーケストレーションが生まれてくる。それ自体が『いだてん』に似てますよね。もともと舶来のものだったスポーツに挑戦して、やがて自分たちのものにしていくわけだから。

―時代的にも、第1部はみんな和装だったのが、第2部ではみんな洋装になっていきますしね。

大友:海外の文化がどんどん入ってくる様子を、音楽的には欧米と日本って対比だけじゃなく、南米とか東南アジアとかを入れながら、あえて日本らしいものを作るって発想にしてみたんです。せっかく5つの輪のオリンピックの話ですから。あと、これまでの大河が常套句のように使っている転調のやり方とかをあえて使うみたいな遊んだ部分もありつつ、でも独自のものを作ってやるぞって思いながらやってました。『あまちゃん』のAメロはCのコード一発だけだったんですが、大河だから朝ドラの倍で2つにしてみるかくらいの気持ちで、最初はDとCを行き来するコードで作ろうと思ったんですが、これがずーっと走り続ける感じにぴったりくるんで、結局この2つのコードを行き来するモチーフが全編の劇伴の空気感を作っていると思います。

―歴史に対する考察も、音楽に反映してるわけですよね。

大友:そうですね。音楽にも歴史や政治は影響してるから。たとえばドラムセットの起源。シンバルやスネアドラムの発祥って軍隊なんですよ。シンバルは、トルコの軍楽隊が戦争のために使っていた。

ー戦意高揚や、敵軍の威嚇のために。

大友:そうですね。アメリカ南部の黒人たちは、南北戦争が終わって安く払い下げされた南軍の楽器を組み合わせてドラムセットを作ったんですよ。ジャズはニューオリンズ発祥の音楽だけど、あそこのジャズがブラスバンド編成なのは、軍楽隊の影響があるから。

そうやって歴史から音楽を考えるのは面白い。明治時代の音楽ってなんだろう、とかね。でも、実際に明治期の日本で流行していた音楽を再現しようとしてもね……劇伴でそれをやっても盛り上がんないんですけど(笑)。

海外で活躍してきた大友が感じる、異なる文化との関わり方

―『いだてん』のサントラ第2弾と同時期にリリースされた『GEKIBAN 2 -大友良英サウンドトラックアーカイブス-』は、大友さん個人の歴史を振り返るところもあって共通点を感じました。1990年代に香港で制作された楽曲も入っていますね。

大友:『スタントウーマン 夢の破片』(1998年 / アン・ホイ監督)や『喝采の扉 虎度門』(1997年 / シュウ・ケイ監督)ですね。1990年代半ばの劇伴の仕事は本当に香港しかやってないから貴重な音源ですよ。香港ではやった仕事はほぼ全部サントラ盤になったんですが、『スタントウーマン 夢の破片』だけが未リリース。特に気に入ってたから、今回はぜひ入れたいと思いました。

―当時の香港の空気が感じられる気がします。

大友:実は、東京のミュージシャンたちによる東京録音だったんですけどね(笑)。ただ、当時の香港の感じは出せてるとおもってます。猥雑でパワフルな感じは、いまの香港からは失われたものだと思います。それと、当時の自分の環境を思い出しちゃいますね。ただ、まったく別の意味でいまの香港はものすごくパワフルですけど。

1990年代、自分の活動の半分はヨーロッパとアメリカで、残りの1/4くらいが香港。日本での活動はすごく少なかったんです。海外の仕事で面白かったのが、特にヨーロッパでは国境を越えてみんないっしょに仕事をしていたこと。車で移動できるから、フランスの人とドイツの人がバンド組んだりして、お互いさほど上手ではない英語でやりとりして、音楽を作っていて。それを見て、すごくうらやましいと思ってましたね。

―うらやましい?

大友:当時はインターネットもない頃だから、コミュニケーションも大変だったんです。欧米や香港は英語でなんとかなるけれど、たとえば韓国なんて地理的に日本と近いのに、まるで言葉が通じない。中国本土もそうで。

それにいまもそうだけど、国同士の仲の悪さってあるでしょ。ドイツとポーランドなんてお互いに超悪口を言い合うんですよ。でも、いざ音楽となるとミュージシャンはそれを跳ね飛ばしてつながっていける。この頃に見たそういう風景から、アジアにも音楽のネットワークを作りたい、と強く思うようになりました。

―それが現在の「ENSEMBLES ASIA / アンサンブルズ・アジア」などの活動につながっているんですね。それを経ての『いだてん』みたいな音楽世界があるわけですから、『GEKIBAN2』と『いだてん』のサントラを続けて聴くと、この30年弱の大友さんの旅路がわかるんですね。

大友:そうですね。だから、前半の金栗さんや嘉納治五郎が海外に行って、なんとか海外とつながろう、日本にオリンピックを持ってこよう、って気持ちは痛いくらいわかるんです。オリンピックって要は音楽でいえばフェスなので。まるで自分を見ているよう。

金栗さんが「JAPAN」じゃなくて「NIPPON」って書かれたプラカードを掲げたいって思った気持ちもすっごいよくわかるんです。微かな抵抗として、自分はYOSHIHIDE OTOMOではなく、ある時期からOTOMO YOSHIHIDEと名乗るようになりました。グローバルスタンダードに合わせないといけないのはもちろんわかるんだけど、それってほとんどはヨーロッパの基準で、そのことにイラっと来るんですよ。

―ヨーロッパのルールに従うのが当然というような雰囲気に、でしょうか。

大友:そうです。でもだからといって、素朴な国粋主義になっちゃうのもダサい。他の価値を認めないで自分の価値だけが正しい、なんて考えるのは弱虫の発想だと思います。いろんな国のいろんな考え方を、どう受け止めるかってことでしか世界はうまくいかない。そのためには、まずは自分も考え方を表明しないと。名前がその最初の一歩でした。

当時ヨーロッパに行くと「禅の影響は」って必ず聞かれたんです。すごい嫌でしたよ、安易なステレオタイプで見られることが。だから自分が海外と接するときは、かつてヨーロッパが犯したその手の過ちを繰り返したくないし、日本が過去にやってしまった国粋主義や排外主義にも陥りたくない。じゃあどうするか? ってことを1人で海外に行ってた1990年代は真剣に考えてたので、『いだてん』時代の人たちの気持ち、自分のことのようにわかるんです。

―そういう大友さんから見て、1990年代と現代では時代のマインドは変わったと思いますか? あるいは20世紀と21世紀で違いはありますか?

大友:20世紀のカルチャーは、みんながやったほうがいいものをみんなでやるっていう時代ですよね。みんな同じものを楽しんだり受け取ったりすることでなるべく平等になっていくって発想。スポーツも音楽もそう。

でも、いまは「みんなが聴かなくてもいいけど、面白いものはいっぱいはある」って時代でしょ。だからオリンピックみたいな全世界を巻き込むイベントのカウンターとして、小さくてジャンルの細分化されたフェスが世界中に出てきた。世界中で「みんな同じ音楽をやりましょう」って変だし、嫌ですよね。

ーたしかにそうですね。

大友:宮藤さんの脚本がいいなと思うのも、その変化とちゃんとつながってるところなんです。男女差別の問題とかも含めて、当時の人が意識してなかったことを、いろんな変化球でちょいちょい突っ込んでいくでしょう。現代的な視点が入ってくることで作品がより立体的になってるように思います。

『いだてん』、視聴率的にはなかなか苦戦してるけれど第1部の最後で空気が変わった気がするんですよ。オリンピックの歴史は、少し勉強が必要だった。でも、関東大震災の場面を通して、東日本大震災のこと、被災した記憶、避難所の記憶を思い出した人はいっぱいいたと思うんですね。

―つまり、自分ごととしてドラマを見られるようになった。

大友:その意味では、これからの『いだてん』は、直接的に現在につながる話になってきます。そこには喜びもあれば時代の中でどうにもならなかった切実な歴史も出てくる。それを見ている人に伝える助けに劇伴がなっていけばいいな、と思ってます。

リリース情報
大友良英
『大河ドラマ「いだてん」オリジナル・サウンドトラック 後編』(CD)

2019年7月24日(水)発売
価格:3,240円(税込)
VICL-65225

1. いだてんメインテーマ 歓声入りVer
2. 金の男
3. 田畑のテーマ
4. 闘う女子
5. 変貌
6. Far East
7. 新世代
8. グロリアス!
9. 孝蔵のブルース
10. 河童のテーマ
11. にらみあい
12. 夢見る人
13. 覚悟のとき
14. Team TABATA
15. 焼け野原
16. 空のうた
17. 勝のテーマ
18. 新富久マラソン
19. 戦争と平和
20. スタディオン
21. ユートピア

大友良英
『GEKIBAN 2 -大友良英サウンドトラックアーカイブス-』(CD)

2019年7月24日(水)発売
価格:3,240円(税込)
VICL-65226

1. 鈴木先生のテーマ
2. 日常のテーマ
3. テーマ・いざ隠岐島へ
4. クライマーズ・ハイ オープニングテーマ
5. しあわせ色写真館
6. アイデン&ティティのテーマ
7. 浄念のテーマ2
8. トットてれび オープニングタイトル
9. トットの行進曲
10. 兵士とハイビスカス
11. 鬼太郎が見た玉砕 エンディングテーマ
12. 撃てない警官
13. スタントウーマンのテーマ
14. 決闘のテーマ
15. 太陽
16. “やっぱり、かえろう”篇
17. 歌おうマーチ
18. バカボンのパパよりバカなパパのテーマ
19. 風花
20. 兵器のある風景
21. 希求2
22. 三里塚に生きる
23. 対立
24. 虎度門 オープニングテーマ
25. 虎度門 エンディングテーマ
26. クライマーズ・ハイ
27. 島のテーマ

プロフィール
大友良英
大友良英 (おおとも よしひで)

1959年横浜生れ。十代を福島市で過ごす。常に同時進行かつインディペンデントに即興演奏やノイズ的な作品からポップスに至るまで多種多様な音楽をつくり続け、その活動範囲は世界中におよぶ。映画音楽家としても数多くの映像作品の音楽を手がけ、その数は70作品を超える。近年は「アンサンブルズ」の名のもとさまざまな人たちとのコラボレーションを軸に展示する音楽作品や特殊形態のコンサートを手がけると同時に、障害のある子どもたちとの音楽ワークショップや一般参加型のプロジェクトにも力をいれ、2011年の東日本大震災を受け福島で様々な領域で活動をする人々とともにプロジェクトFUKUSHIMA!を立ち上げるなど、音楽におさまらない活動でも注目される。2012年、プロジェクトFUKUSHIMA ! の活動で芸術選奨文部科学大臣賞芸術振興部門を受賞、2013年には「あまちゃん」の音楽他多岐にわたる活動で東京ドラマアウォード特別賞、レコード大賞作曲賞他数多くの賞を受賞している。



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