原田祐馬×服部滋樹のデザイン流儀 「公共性」と「工共性」

大阪を拠点に、日本各地の建築や都市のデザインなどに関わる原田祐馬と、彼が主宰するUMA / design farmの展覧会が開催される。とくに2011年の東日本大震災発生以降、人と人とのつながりや地域やコミュニティーの再生などが社会全体のみならず、クリエイションの場でも重視される傾向が加速した。原田はその中のトップランナーと呼んで差し支えない人物だが、どうやら本人の意思は違うところにあるらしい。「地域やコミュニティーは出発点ではない」とは、このインタビュー内での彼の言葉だ。

阪神・淡路大震災から25年、東日本大震災から約10年。そのあいだに世界も日本も大きく変化し、多くの人々がこれまでの生き方を再考する段階に足を踏み入れつつあるが、そんな時代の中で原田はどんな「デザイン」を考えているのだろうか。彼同様に大阪を拠点に、モノだけでなくコトへも関心を寄せた活動を続けてきたgraf代表の服部滋樹を招き、2人の考える「いま」と「これから」を聞いた。

「よい三角関係」をつくるってことがデザインの役割なんじゃないかと思っています。(服部)

―原田さんとUMA / design farmはじつに多くのデザインを手がけていますが、今回の個展では奈良県の社会福祉施設「たんぽぽの家」と協働している障害のある人たちの仕事づくりを実践する「Good Job! Project」を中心に、とくに地域やコミュニティーに関わるプロダクトにフォーカスされていますね。

原田:うーん。自分自身としては地域やコミュニティーを出発点にしてデザインの仕事をしている感じはないんですよ。もちろんいろんな人と関係性をつくりながら仕事をしていくっていうのは僕らにとってはかなり重要な方法で、むしろそうでないとうまく仕事をやっていけないんですよね。服部さんもそうじゃないですか?

服部:うん。目標が先に決まっていてキャスティングするよりも、「このメンバーで探っていくと、もっといろんな人も巻き込めて面白くなりそうだぞ」みたいな感じが最初にあって、リサーチしていった先にはじめて結果が出てくるというのが自分としてはしっくりきますね。

左から:原田祐馬、服部滋樹

服部:最近、「シンバイオティクス・リレーション」っていうことについてよく考えてるんだけど。日本語に訳すと「共生関係」かな。たとえば蜂と花みたいに蜂が花の花粉を運んで受精させて……と考えると2つの共生関係しかないように思えるけれど、実際にはそこには土も関わっていて三者以上の共生の関わりがあるわけです。そういった「よい三角関係」をつくるってことがデザインの役割なんじゃないかと思っていて、ちょっと流行らせたいんだよね。シンバイオティクス・リレーションって言葉を。

原田:面白いですね。

服部:生きて仕事してると、健全な利害関係をどう持続的に結びつけていくかってことを常に考えるでしょう? お互いのスキルや知識を共有し、その関係を持続させることが大事。(原田)祐馬がやってるのはまさにそれだと思う。「たんぽぽの家」だって、スタッフの人たち、障害のある人たちも含めた三者がよくなる方法を模索してると思うんですよ。いい換えると、それは「生態系をつくる」ってことやね。祐馬が神様になってさ。天地創造(笑)。

服部滋樹(はっとり しげき)
1970年生まれ、大阪府出身。graf 代表、クリエイティブディレクター、デザイナー。美大で彫刻を学んだ後、インテリアショップ、デザイン会社勤務を経て、1998年にインテリアショップで出会った友人たちとgraf を立ち上げる。建築、インテリアなどに関わるデザインや、ブランディングディレクションなどを手掛け、近年では地域再生などの社会活動にもその能力を発揮している。京都造形芸術大学芸術学部情報デザイン学科教授。

原田:いやいや、人間ですよ(苦笑)。

服部:生態系が持続されるためには、そこにいる人が重要で、だから大西麻貴(「大西麻貴+百田有希/o+h」を主宰する建築家)さんがいないとだめだし、祐馬がいないとだめだし、ヨレヨレのTシャツにこだわりのあるプロダクトデザイナーの吉行良平くんがいないとだめで。ある生態系に興味のある人が自ずと集まってデザインが立ち上がってくるのであって、大層なコンセプトやビジョンありきじゃないんだよ。

原田:僕らが最近興味を持っているのが「群れ」で。群れって、突然発生するものではないじゃないですか。生きるための技術というか勘のようなもの。

服部:群れるといえばヤンキーだから、祐馬にはぴったりだね!

原田:そういう意味じゃなくて(笑)。僕の隣のガラの悪い中学校に通ってた服部さんにいわれたくないですよ!

服部:ガラ悪くないわ!

原田:それはともかく(笑)。「群れ」というより「群れていく」っていうのかな。走っている人たちが実感し、知ってみようと合流していくというか。「たんぽぽの家」で手がけた『Good Job! Project 』や、福井市との協働プロジェクト、次世代のデザイナーに向けての教室『XSCHOOL』もたぶんそうで、走りたい人、興味のある人がどんどんジョインして、生態系や群れが広がっていくのが面白かったんだと思います。魚の群れは英語では「school」と呼ぶし、面白いですよね。

原田祐馬(はらだ ゆうま)
1979年大阪生まれ。UMA / design farm代表。大阪を拠点に文化や福祉、地域に関わるプロジェクトを中心に、グラフィック、空間、展覧会や企画開発などを通して、理念を可視化し新しい体験をつくりだすことを目指している。「ともに考え、ともにつくる」を大切に、対話と実験を繰り返すデザインを実践。「グッドデザイン金賞」(2016年度)、「第51回日本サインデザイン賞最優秀賞」(2017年度)など国内外で受賞多数。京都造形芸術大学空間演出デザイン学科客員教授。愛犬の名前はワカメ。

フィロソフィー(哲学)をたくさんの人が真似できる社会になってほしいんです。(原田)

―展覧会のためのステートメントで、原田さんは「たんぽぽの家」理事長の播磨靖夫さんからいわれた言葉が「UMA / design farm の道しるべ」になったと書いてますね。

原田:もともとグラフィックの仕事を依頼されていたんですが、Good Job! Projectの立ち上げのときに播磨さんが呼んでくれたんですよ。「いろいろ凝り固まってるから、横串で刺して、ガラガラポンしてほしい!」と、播磨さんからいわれたことをステートメントに書きましたが、行政と近いところがあって、自分の仕事で手一杯になって福祉の世界も横の連結が薄い。そして物事が進行するほど、その縦割りが深くなっていっちゃう。

奈良県の福祉施設「たんぽぽの家」と共同で企画した、障害のある人たちの仕事づくりを実践する「Good Job! Project」(2012年~)の様子 Photo Yoshiro Masuda

原田:学生時代、椿昇さんやヤノベケンジさんといった現代美術のアーティストのサポートやアシストを僕はやっていたんですけど、そこで学んだ最も大きなことは「世界を丁寧に見るための目」なんです。社会からこぼれ落ちて見えなくなっているものがたくさんあって、それをちゃんと見ることや、さらにそれを視覚化するのがこれからのデザイナーの仕事なのだと、先輩たちとの関わりから強く感じたんですね。いまの社会って、ついつい速く走りすぎてしまうでしょう? そうすると、人は見えなくなったり忘れちゃったりしがちだから。「そうではない世界のほうが大事かもしれないぞ」と思ってずっと仕事してきたし、URと進めている色彩計画や、公共性の高い仕事が増えてきたのもその流れにあるかもしれないです。

だから、さっき服部さんがいっていた「流行らせたい」って発言が意味するところもすごくわかります。つまりフィロソフィー(哲学)をたくさんの人がコピーできる社会になってほしい、ってことなんですよね。「こういうやり方があるんだ」「真似していいんだ」と感じて、たくさんの人に共有されて広がっていくスキーム。それがデザインの面白さかも、って最近の僕は思っています。

大阪にある、UMA / design farm社内

服部:そういう年齢に、祐馬がなってきたってことでもあるんじゃない? 昔は、「公共性には断固アンチだ!」みたいな雰囲気があったじゃない。とくに政治とかさ。でも歳をとって、社会もどんどん変化してきて、公共について考えることが僕らに求められる環境にもなってきて、さらにそれを後輩たちやこれからデザインを志す若い人たちにどうやって残すかみたいなことも考えるようになってきた。そうすると、僕らが固執してきた「かたち」が第1ではなくなるんだよね。フィロソフィーとか魂みたいなものに関心が寄っていく。

原田:そうですね。もうちょっといえば、公共といっても政治とか行政の話じゃなくて「人がふといられる場所」っていうのかな? 路上とか電車の中とか。そういう、誰もが自由に出会えるところに存在するデザインについて考えています。そういう環境を開くこと、そしてきちんと閉じるってことの両方を考えて最近はデザインしてますね。

服部:10年前はあんなに尖っていた祐馬が大人になって(笑)。

原田:「デザインの関係者、全員ぶっ潰す……!」な感じでしたね。

服部:それはわかるよ。僕らって結局、バブル景気の尻拭いを仕事にしてるようなもので、先輩たちを一切信用してなかったんです。

原田:デザイン誌に載ってる生意気そうな服部さんの写真見てイライラして(笑)。なので、出会う前は服部さんのことも「クソグラフ」って呼んで仮想敵にしてました。口が悪いですね。きっと若い人たちに僕もいわれてるかもしれません……。

『Good Job! Project』(2012年~)ワークショップの様子 Photo Michio Hayase

―その怒りの理由ってなんですか?

原田:ちょっと前に後輩から教わったんですけど、僕らの世代っていわゆる「ロスジェネ」らしいんですよ。バブルが弾けて行く末がないかわりに、逆に自由で自立性が高い。そういった時代の中で、自分たちを守るためには強くないといけないって気持ちもあったかもしれません。それで1人で尾崎豊をやってたのかも(笑)。

―服部さんは原田さんの10歳年上ですね。若いときはどんな風に時代を見ていましたか?

服部:grafを立ち上げたのが1998年で、世紀末のいろんなことを腹立たしく思ってましたね。僕も尾崎やんけ(笑)。

政治もデザインも、あらゆることに不満を抱いていたから、自分たちでつくることから始めないと戦えないと思ってました。「B to B(企業同士の商売)」と「B to C(企業と顧客のあいだでの商売)」を両方やるっていうのも最初から考えてましたし。後者をやったのは、社会の中に「よい生活者」がもっと増えればいいなと思ったからだし、前者の企業に対しては「こんな世の中間違ってるぜ!」と伝えたかったから。だから創業したばかりの頃は人のツテを頼って大きい企業の役員に直談判に行って「こういうアイデアがあるからやらせろ!」って迫ってました。

たとえば、不動産業が管理してる駐車場を週末に貸し出して日曜はマルシェをやりましょう、とか。そうすることで都市のボイド(空白)に機能を持たせることができるし、住宅区画の中での生活にも変化が現れるんじゃないか、と提案して。もちろんうまくいくことばかりじゃなかったけど、正論だけで組み立てられるデザインが、必ずしもよくないってことを知れたりもした。それは現在の活動の土台になっています。

デザインしすぎないほうがよい、あるいはそもそもデザインしないほうがいい、ってことは往々にしてある。(服部)

―いまの話を聞くと、原田さんも服部さんのgrafも思想は近いところにありますよね。実際いまは仲もよいわけですし。なぜ悪口なんていってたんですか?

原田:ジェラシーです!(笑) その後、『Osaka Design Week』というイベントで、服部さんとはじめて会ったんですよ。

服部:そうそう。当時祐馬はもう1人とチームを組んで、クリエイターのオークションに参加してたんですよ。それで自転車のカゴをリサイクルしてつくったような椅子のモデルを出していて、それを僕が落札したんです。

原田がつくった、自転車のカゴをリサイクルした椅子のモデル

原田:そうですね。というか、僕らのやってることって最初からヤンキーですね(笑)。金属バットでカゴをボコボコに叩いてつくる、DIY。

服部:でも概念模型としては本当によいかたちだった。「こういうやつがいるんだ!」と思って、すごい感動しました。この椅子を買ってなかったら仲良くなることはなかったかもしれないんですね。まさに健全な利害関係(笑)。

原田:物体をつくったのもこの椅子がはじめてだし、当時はグラフィックも自分たちの年賀状づくりくらいしかやったことなかったし……。なんで、いまこんな仕事ができているのか謎。

―自分たちがつくりたいと思うままに突き進んだ結果として開いていった、という印象を受けます。実際、アーティストの椿昇さんもそういう思想と思考の持ち主じゃないですか。

原田:それはすごく大きいです。瀬戸内海にある小豆島で一緒だったプロジェクト『小豆島 醤の郷+坂手港プロジェクト』も、まずは実際に島に行って「こういうところか」って知るところからスタートして、そこにやってくる『瀬戸内国際芸術祭』と住民の関係性を考えるところから始まって、その経験はいまの自分にも大きく影響しています。

服部:そのプロジェクトには僕らも参加していて、いまも尾を引いてる。リサーチベースでプロジェクト全体を進めて、プロセスを展示へと導いていくような経験。もっとも、椿さんの仕事の投げ渡し方がすごいんだけど、それもよかったというか。

これはデザインの思考にも通じるんだけど、デザインしすぎないほうがよい、あるいはそもそもデザインしないほうがいい、ってことは往々にしてあるんだよね。

原田:仕事の依頼って、だいたいが様式を整理しすぎた状態で頼まれますからね。でも「ちょっと待ってください。本当にその本ってつくる必要あるんですか?」ってところに立ち戻って考えることが大切で。

服部:そのプロセスを一緒に走れない人と仕事するのは難しい。でも、こういうことばかり訴えてきた20年だから、苦労も相当しました。「若造がなにいうとんねん!」ってことは周りからよくいわれて。同時に可能性を感じてくれた大人の人たちには、かなり救われましたよ。

UMA / design farmは、株式会社斎藤管工業のブランド構築を担当した(2014年~)Photo Kohei Shikama

―「大人」ってことでいうと、ぜひお聞きしたいんですが、お二人からするといまの学生や若者はどう見えていますか? 暮らしや政治に対するスタンスも個人で千差万別ですから、一概に世代で分けられるものではないにせよ。

原田:学生ってなると……「社会に接続したくない病」ってありませんか?

服部:最近はそうかもしれないですね。ちょっと前までは「ソーシャリティ」とか学生がめっちゃいってたけど、最近はやけに個人的。

原田:それを面白く思う気持ちも僕はあるんですよ。いろんなものに手を出していた僕らと違って、逆に専門性を突き詰める方向に進んでいる若い人たちも多い。専門的であることに意義を感じる価値観があって、それはよい傾向だと思うんですよ。だいたい直近の先輩世代と同じことなんて、若い頃にやるわけないじゃないですか。参照するのは僕らをひとつ飛び超えた上の世代だったりするし、それは自分たちもそうだったと思う。それに僕らにしても、目の前の若い人たちのために仕事をしてるんじゃなくて、さらにそれよりも若い人や遠い未来の社会のことを考えていると思いますから。

―古いものから新しいものへと、隔世遺伝的に影響が伝播していくイメージですね。

原田:そうですね。それに学生の多くは学校の外の社会で働いたり動いたりしてないでしょう。アルバイト先の居酒屋の世界くらいは知ってるかもしれないけれど「それが世界のすべてではないよ」っていってもわからないものだと思います。僕が学生のころはなんにもわかってなかったし(笑)。

服部:喜びの数値が違うんだよね。たぶん僕も、彫刻をやっていた学生のときはそうやったと思います。個人的な創造性を突き詰める自己表現の世界で得られる達成感と、たくさんの人たちと協働して達成する喜びは性質が違う。

原田:矛盾したことをいっちゃいますけど、むしろいまの学校ではプロジェクト型のカリキュラムが多すぎて、自分1人でやっていくための思考や技術が育ちにくいという弱点もある。だから、服部さんがやってきた彫刻の経験や、若い人の中に専門性に意義を見出す人が増えているのもよいことだと僕は思うんですよ。

大阪、鳥飼野々二丁目団地をリデザインした「UR都市機構の色彩計画」(2017年~)Photo Yoshiro Masuda

「公」のために「工」をつくらないといけないですね。(服部)

―いままで話してきたことを踏まえて、お二人は今後のデザインについてどう思っていますか。社会のスキームの変化があって、「ソーシャルデザイン」と呼ばれるものも一般化してきて、それに対していかに打ち返すか、ってことが新しい課題になってくると思います。

原田:最初もいったように、僕も服部さんもソーシャルデザインの文脈で語られがちなんですけど、どちらかというと2人とも個人的な経験や個人的な思いから社会を見つめる方法としてのデザインを目指しているように思います。自分たちの思考と体験が一致していかないと身体が動かないというか。

服部:先輩がいない世代だからね、僕らは。「ソーシャルデザインと同じカテゴリーに入れんといてほしい」ってのは、たしかにある(笑)。社会のことが課題だなんて当たり前やんか。なのにあえて社会課題解決型とかいわれても。僕としては、ずっとクリティカルに突っ切ってきた気持ちがあるよ。

それに実際には先輩たちもそういう仕事をしてきた人が大勢いるんですよ。椅子1個で社会を変えてしまうようなデザインってものが現実にあって、それはプロダクトであると同時にソーシャルデザインでもある。

原田:なので、エンツォ・マーリ、ブルーノ・ムナーリ、アッキーレ・カスティリオーニ(いずれも、イタリアのデザイナー)はすごい尊敬してますよ。

服部:最近のフィリップ・スタルク(フランスのデザイナー)もめっちゃいい感じ。フードデザインとかしてるでしょう。「デザインしない」って宣言してからの行動に痺れてる。

原田:自分がいままでつくった椅子のデータを学習させたAIスタルクをつくって、AIにデザインさせたりもしてますね。スタルクの初期がいいのはいうまでもないけれど、人気が出て消費されまくってからのいまの展開がいいんですよ。

―フードデザインもAIも、ある種の自己批判性を感じますよね。自分自身の過去を振り返ってみて、さあ次はなにをしようかっていう思考のプロセスを感じます。

服部:突然ジャンプするんじゃなくてね。個人が試行錯誤してきた経過がわかるからこそ、こっちも「そっち行くんか? おもろいな!」ってなる。そこで突然の褒めだけど、祐馬のデザインには知性があるよね。磨かれた知性に魅力を感じる。

原田:AIぽいってことですか(笑)。

服部:ちがうよ! 思考と活動が結びついてるでしょう。正直、巷には下品なデザインってめっちゃ多いけれど、祐馬のはエレガントやもんな。品がよいです。

原田:ありがとうございます。ヤンキー生活圏で育ちましたけど、僕らは品のよいヤンキーなので(笑)。

デザインのこれからってことでいうと、最近「工」と「公」の関連性について考えてます。僕は、「公」って言葉を、空間や知識の共有という意味で使ったり考えたりしてるんですけど、そこに「工」が持っている「つくる」という発想が欠けている気がするんです。なんというか「工共性」みたいな造語をつくって考えたくなる。

服部:おもろいやん。

原田:いっぽう、僕らも工芸の「芸」のほうはなんとなく理解してるけれど、「工」のことを知らないですよね。それで辞書で調べたんですけど「工」の上下の横棒2本は、天と地を表していて、そこをつなぐ縦線が人らしいんです。そして「工」そのものは、道具としての台、ものをつくるための台らしいんです。そして、「工」のかたちは古代の甲骨文字からほとんど変わっていない。

服部:なるほどね。「公」のために「工」をつくらんと。

原田:そうなんです。僕も服部さんも、ものをつくってしかコミュニケーションできない人間やから(笑)。これからもプロセスを通してフィロソフィーを伝えて、つくっていくことを大切にしたいですね。

リリース情報
『UMA / design farm展 Tomorrow is Today: Farming the Possible Fields』

日程:2020年2月25日(火)~3月28日(土)日曜・祝日休館
会場:東京都 銀座 クリエイションギャラリーG8
料金:無料

プロフィール
原田祐馬 (はらだ ゆうま)

1979年大阪生まれ。UMA / design farm代表。大阪を拠点に文化や福祉、地域に関わるプロジェクトを中心に、グラフィック、空間、展覧会や企画開発などを通して、理念を可視化し新しい体験をつくりだすことを目指している。「ともに考え、ともにつくる」を大切に、対話と実験を繰り返すデザインを実践。主なプロジェクトに、香川県・小豆島町のアートプロジェクト「醤の郷+坂手港プロジェクト ー観光から関係へ」、奈良県・奈良市のたんぽぽの家と障害のある人たちの仕事づくりを実践する「Good Job! project」、福岡県・福智町での町立図書館と歴史資料館建設プロジェクト「ふくちのち」、福井県・福井市での未来につなぐ ふくい魅える化プロジェクト「make.fukui」などがある。グッドデザイン賞審査委員、京都造形芸術大学空間演出デザイン学科客員教授。

服部滋樹 (はっとり しげき)

1970年生まれ、大阪府出身。graf 代表、クリエイティブディレクター、デザイナー。美大で彫刻を学んだ後、インテリアショップ、デザイン会社勤務を経て、1998年にインテリアショップで出会った友人たちとgraf を立ち上げる。建築、インテリアなどに関わるデザインや、ブランディングディレクションなどを手掛け、近年では地域再生などの社会活動にもその能力を発揮している。京都造形芸術大学芸術学部情報デザイン学科教授。



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