DYGL・Akiyamaが語る「自分にないもの」を受け入れる強さ

この日の取材中、DYGLのフロントマンであるNobuki Akiyamaはふと、笑いを交えてこんなふうに言った。「もうひとりのメタな自分の声も聞こえてくる」――それはデビュー以降、音楽性においても、活動スタイルにおいても独自の道を突き進んできた、この聡明なロックバンドのフロントマンの内側にある、いくつもの声、いくつもの表情の在りようを垣間見る瞬間だった。彼らが3rdアルバム『A Daze In A Haze』に先駆けてリリースした、切なくもポップなシングル曲の“Half of Me”というタイトルが頭をよぎった。

『A Daze In A Haze』リリースに際してのAkiyama単独取材だが、内容はかなり彼のパーソナルな部分に踏み込むものになった。勘違いしてほしくないのは、アルバムの内容を無視したからそうなったのではなく、むしろアルバムの内容に引っ張られるかたちで、自ずとそうした質問が増えたということ。そのくらい、『A Daze In A Haze』はとてもパーソナルな、あるいは孤独な、アルバムである。

もちろんそこには、コロナ禍の影響も多々あっただろう。しかし、これも勘違いしてほしくないのは、音楽的にはかなり明るいアルバムでもある。それは1990年代初頭生まれの彼らDYGLが、自分たちの音楽原体験である2000年代という時代にあらためて向き合ったからこそ生まれたサウンドデザインによるところが大きいようだ。

「いま」という時代と、自分たちの記憶――それらに真っ向から向き合ったことで産み落とされたアルバム『A Daze In A Haze』。本作について、そして自分自身について、Nobuki Akiyamaに語ってもらった。

DYGL(でいぐろー)
2012年に大学のサークルで結成され、アメリカやイギリスに長期滞在をしながら活動を続ける全編英詞のギターロックバンド。Albert Hammond Jr.(The Strokes)とGus Obergがプロデュースをした1stアルバム『Say Goodbye to Memory Den』(2017年)は国内外問わず多くのメディアの注目を集めた。2019年に2ndアルバム『Songs of Innocence & Experience』をリリース。約6か月に及ぶ全世界52都市を巡ったアルバムツアーを遂行し、東京のみならず北京・上海・ニューヨーク公演がチケット完売となった。2021年7月にダイハツ「タント・カスタム」のCM楽曲に抜擢された新曲“Sink”を含む3rdアルバム『A Daze In A Haze』をリリース。

ブレなさと不器用さは紙一重。失敗しづらい時代に生きること

―日本と海外を行き来する活動スタイルであったり、自分たちのルーツに向き合った音楽性であったり、DYGLのこれまでの歩みには芯の通ったブレなさを感じるんです。今日の取材で、Akiyamaさんの根っこにあるものを少しでも覗くことができればと思っています。

Akiyama:よろしくお願いします(笑)。……でも、どうなんですかね。客観的に見た「ブレなさ」は、むしろ自分の不器用さから来ている部分もあるのかなって思います。世間の流れや人の目に合わせてなにかをすることができないというか。例えばめちゃくちゃ売れ線のJ-POPをつくれるのかって聞かれると、単純に興味はあるんだけど、そもそもやりたい気持ちにはなれなくて。そういう「自分はこれしかできない」っていう不器用さが「ブレなさ」に見えることもあるのかなと思う。

Nobuki Akiyama

―自分の欲望に実直なんですかね。

Akiyama:それはあると思います。俺、高校生くらいの頃からマジでバイトが続かなくて(笑)。小さい頃から、周りからは「しっかりしてる」と思われてきたと思うけど、自分でよくよく考えてみると、仕事は続かないし、勉強もやりたい教科以外は全然やらなかったし。

ただ、中学生くらいから俺らにはSNSがあったから、その影響もあって「世渡り」みたいな感覚も植えつけられてきたんだと思います。2014年くらいにYkiki Beatとして「失敗しない生き方」って名前のバンドと共演したことがあるんですけど、そのバンド名は世相を表していて面白いなと思って。あるときから、みんなそういうふうに生き始めていたような気がするんです。

―失敗しないように?

Akiyama:ものすごい失敗をする人が減ったのと同時に、ものすごく成功する人も減っていった。みんな「中間」にいる感覚がずっとあって。失敗してはいけない、一度失敗したら足元すくわれるっていう世の中の空気を「イヤだな」と思いつつも、無駄な地雷を踏まないようにする嗅覚をいつのまにか備えていた。この時代を生き抜くために、自動的に。だから俺も、結果的にそんなにヤバい奴には見られてなかったと思うけど(笑)。

―(笑)。

Akiyama:でも、現実には自分が本当にやりたくないことをやっても全然楽しくないし、それをやっちゃうと心が荒んでいく。例えばバイト中とかでも、自分にとって全然おすすめじゃないサービスをお客さんにおすすめするとか、マジでできないんです。

そこに折り合いをつけてやっていくのが働くうえでの強さや常識なんだろうけど、自分は受け入れられなかった。そう考えると、本当に音楽があってよかったと思いますね。バイトが続かないとか、人と本当に仲良くなるまで時間がかかるとか、そういう自分の不器用さって、俺のなかでずっと弱さだったんです。だからこそ音楽にたどり着けたっていう意味では、その弱さは、いまの俺にとっては強さともいえるのかなって。

DYGL『A Daze In A Haze』を聴く(Spotifyを開く

DYGLが2000年代のサウンドを振り返ったわけ。いま、自分が良いと思うものを

―今回、ジャケットはなぜポータブルCDプレイヤーなんですか?

Akiyama:これは、ちょっと桃源郷みたいなところがあって。サウンド的にはいろんな要素を拾っていったんですけど、それをまとめていくうえで、2000年代の、自分たちが子供の頃に聴いていた音楽の感覚が改めて新鮮に響いてきたんですよね。2000年代って、自分たちが音楽を最初に意識的に好きになった時代でもあったので、そこを改めて見直すのはどうだろう? っていうのは、メンバー間でよく話していたんです。アートワークもそういう意味で、CDプレイヤーっていう過去の遺物みたいのを今のグラフィックで出すっていう気持ち悪さは面白いんじゃないかって。

―Akiyamaさんは1992年生まれなので、2000年代はある種、青春時代だと思うんですけど、あらためて「2000年代を見直す」というのは、ご自分にとってどういうことだったんですか?

Akiyama:まず2010年代以降って、それこそ「失敗しない音楽」が増えた感じがあって。GarageBand(無料アプリ)で簡単に音楽がつくれるようになったし、自分で掘ったレコードをサンプリングするんじゃなくて、誰かが既にサンプリングした素材を組み合わせて曲にする、みたいなことが増えた。

それによって、簡単にそれなりにかっこいいものはつくれるけど、失敗のしようもなくなった。そういう意味で言うと、その前の2000年代までって、結構突き抜けたことをやっていたんだなと思うんです。イカレたものが多かったというか。やっぱり、2010年代以降は、どうしてもバカになりづらくなっていった。

―そこはやはり、インターネットやSNSの影響が大きい。

Akiyama:そうですね。2010年代に比べると、まだ2000年代はいい意味で井の中の蛙でいられたというか、自分の身の回りのことを中心に生きていられた時代だったんだと思うんです。もちろん、社会的な面ではネットがなければ可視化されなかった残酷な部分もあったと思うし、どっちがいいということではないけど……。

自分たちが好きだった2000年代の音楽をDYGLとして振り返ったきっかけは、ああいう時代のポジティブさを自分たちが欲していたこと。歌詞にはコロナ禍による暗さや寂しさがあったりして、二面性のある作品になったと思います。

Akiyama:そこで行きついたのが、DYGLとしてはいままで参照していなかったポップパンク系のバンドとか、あるいは、アシュリー・シンプソン、ヒラリー・ダフ、マイリー・サイラス、テイラー・スウィフト……女性ばっかりだけど(笑)。ほかにもクリック・ファイブのような、ビルボードTOP50みたいな音楽。「こういうの、逆に面白くない?」って。

―2000年代の再評価って、いま世界的に起こっている感じもしますよね。例えば、海外の若いアーティストのインタビューなんかを見てもアヴリル・ラヴィーンの名前がよく出てきたりして。

Akiyama:そうなんですよね。ムラマサが2000年代的なサウンドを解釈しているように聴こえたり、あるいは、プリンセス・ノキアがSUM41をライブのSEで流すとか。そういう最近の動きもヒントになりました。いま、そういうことがアリになってきているのは面白いし、考えてみれば、自分たちもああいう情緒に対してNGを出していたんだなと気づいたし。

……でも、まぁこれもこの先どうなるのかわからないですけどね。時代の捉え方って、どこから見るかで全然変わってくる。今回のアルバムって、自分たちとしてはもはや日記みたいな感じなんです。「いま、こう思ってる」ということが出ているだけで、それがどういう意味なのかっていうのは、いまの俺らには結局わからない。5年後、10年後にはわかるかもしれないけど。

DYGL“Half of Me“ミュージックビデオ

―今作が「日記」というのは、しっくりきますね。

Akiyama:前はもっと「答え」を出したいと思っていたんです。完璧なもの、完成された構築美のある音楽や歌詞をつくりたいと思っていた。アートの分野から見ても、文学の分野から見ても、音楽の分野から見ても、人間の感情から見ても、隙のないもの。時代を超えて、どの角度から見てもなにかに気づくことができるものをつくりたかったけど、そのために自分にないものをつくろうとしたり、自分じゃないもののフリしても結局は続かないんだなって、前よりハッキリと感じるようになっていて。

まだ道半ばだと思うけど、「自分にないものはない」っていうのを、受け入れる準備ができてきた気はしてるんですよね。……と言いつつも、もっと素直になれるとも思う。もうひとりのメタな自分が、「まだまだだぜ、もうちょい出せるよ、もうちょい素直になれよ」って言っている声も聞こえてくるから(笑)。そのスタートラインに立った感じはありますね。

コロナ禍で取り戻した「会話しているくらいの温度感」

―さきほど「歌詞にはコロナ禍による暗さや寂しさがある」とおっしゃいましたが、去年から今年のコロナ禍にかけては、どんなことを感じていましたか?

Akiyama:大事なライブが飛んだのは残念だったし、社会的な面ではコロナの問題は早く解決してほしいと思う一方で、「動かなくていい」っていうのは、自分にとっては安心に繋がったり、免罪符みたいなところもあって。

2ndアルバム(2019年7月発売の『Songs of Innocence & Experience』)をつくっている時点では、メンバー同士の考えがぶつかることもあったし、そこからのツアーも超ハードで、「このバンド、もう続かないな」っていうところまできた時期があって。自分の考えもメンバーの考えも混ざりあっているような感覚で、自分がなにを考えているのかわからないくらいになっちゃったんですよね。

―そこまでいっていたんですね。

Akiyama:俺らって、ずっと一緒にいたんですよ。海外で生活しているときも大体同じ家に住んでたし、ツアーに出てもずっと一緒だし。そもそも大学もサークルも一緒で、ベースの加地(洋太朗)くん以外、バイトも一緒だったし。それで交友関係も近いってなると、いよいよヤバいなと(笑)。それで話し合いをして、「いまは風通しも悪いけど、なんとか耐えて一旦落ち着こう」って。ツアーが終わったらそれぞれの時間を持ちたいと思っていたんですが、その矢先に、コロナがきたんですよね。動きが制約されるストレスの反面、ゆっくり考えられる安心感もあって。

いまのメンバーでやるんだったら、等身大なものというか、普通に俺らが会話しているくらいの温度感で、自分たちが思っていることや感じていることを1回、そのままサウンドにできたらいいんじゃないかとか、そういうことも話し合えるようになってきました。

―なるほど。その「普通に会話しているくらいの温度感」というのが、3rdアルバムのベースにはある。

Akiyama:もし各々がDYGLの外でやりたいことがあれば外でやってもいいし、そのうえで、DYGLはDYGLで面白いことやったらいいんじゃない? っていうことをみんなで話し合って。それで俺もTAWINGSのコニー・プランクトンとサイドプロジェクト(Deadbeat Painters)を始めたり、メンバーそれぞれ動きがあったりして。そうやって風通しがよくなってきたことで、ようやくDYGLを自分たちでも俯瞰的に見れるようになったなっていうのがありますね。

言葉はセラピー。Nobuki Akiyamaにとっての詩

―Akiyamaさんにとって、曲づくりは自分自身にどういったものをもたらす行為なんですか?

Akiyama:これまでの取材でも「ものづくりはセラピー的なもの」と言ってきたし、実際その面はあるんだけど、よくよく考えるとセラピーは俺にとって「言葉」であって、曲づくり自体は楽しいからやっているという感じなのかもしれません。曲は、楽しいときや高揚を感じたいときに書くことが多いし、頭より体で音楽を感じるほうが好きだなと思うぶん、本当に辛いときって、あまり曲が書けない。

そういうときは、ずっと詩か日記を書いていますね。詩と言っても、歌詞じゃなくてただの日本語の詩。キツくてベッドから出ることができない日は、ずっと携帯で言葉を書いていて。

―それは昔から習慣づいているものなんですか?

Akiyama:最初に詩を書いたのは、中一か中二くらいの頃ですね。BUMP OF CHICKENが大好きで、藤くん(藤原基央)の書く曲や歌詞の世界観を見て、言葉ってすごいな、音楽ってすごいなと思ったんです。それでその頃、学校のプリントの裏とかにちょっと書いていたのは覚えてるんですけど、それはいま思うとかなり痛い感じで(笑)。

詩を書くことが自分の救いになるって明確に気づいたのは、2016年頃。その頃、個人的に結構辛いことがあって。「これはキツい、どうしようもない」となったときに、「なにかしら産まないと」と思ったんです。いまこの感情をなにかに昇華できたら、後々、この過去も受け入れられるかもしれないって。でも曲を書く気は全然起きないし、とりあえず言葉を書き始めたら、詩みたいになっていって。

―そうやって産まれた詩を音楽にのせることはあるんですか?

Akiyama:いままでやったことはないです。やっても面白いかなと思うけど、それはいまのDYGLみたいなポップスに近い音楽よりは、もう少し形がない音楽のほうが合うような気がして。

そもそも、詩があまりにも個人的すぎて、腑に落ちるポイントがまだわからないんですよね。そのくらい、いままでバンドで書いてきた歌詞と、言葉だけの詩で見比べると、めちゃくちゃ違う人格というか……。人格は一緒なのかな、ただ、違う感情が出ていると思います。詩はかなり鬱鬱しいというか、救いがない感じのもあるけど、歌詞のほうは曲にアップリフトされることで、ちょっと明るい、救いがある感じになる。

「救いは自分のなかにしかない」。共鳴した宇多田ヒカルの言葉

―僕は今作を聴いて、「ちゃんと孤独であろうとしている人がつくった作品だ」と思ったんです。自分自身のルーツや、愚かしさや、弱さを受け入れたうえで、変化する時代のなかを歩こうとしている。その「受け入れる」という態度が、このアルバムの柔らかさや深さを生み出している一端なんだろうなと思いました。

Akiyama:それはあると思いますね。俺は、孤独とか寂しさを小さい頃からかなり感じることが多くて。寂しげなメロディーとか寂しげな人、寂しげな状況、寂しげな作品とかをすごく拾うことが多かったんですよね。アンパンマンよりもバイキンマンが好きだったり(笑)。だから、コロナ禍になって急に孤独に気づいてしまったというよりは、「また新しいかたちの孤独がきたな」ってシンプルに受け入れられる感じではありました。

……最近、宇多田ヒカルのドキュメンタリーを見て「すごくいいな」と思ったシーンがあって。宇多田さんは家庭環境も人と違うし、若くして売れたし、それゆえにすごくいろんなことを考えたと思うけど、ドキュメンタリーのなかで、「結局、救いは自分のなかにしかない」ということをすごく強調して言っていて。

Akiyama:きっかけや言葉は世の中に溢れているけど、最終的に救いを他人に求めても、そこに救いはない。救いは自分のなかにしかないんだっていうことを、ハッキリと言っているのが強いなと思ったし、本当にシンプルだなとも思ったし。

自分を知って、自分以外のものになろうとしないことが大事なのかなって。どれだけ欲しがっても、手に入れたところで自分は使いこなせないものだってあるし、「手に入れない」ことで手に入れられる自由もあるし。

―そうですよね。

Akiyama:まあ、俺が自分自身の本質とか「自分らしさ」みたいなものを、まだ全然掴み切れてないから。「こいつ、なんか偉そうに語ってんな」みたいにならないといいけど(笑)。

―ならないですよ(笑)。

「本質に辿り着きたい」と思い続けることができれば、その過程で失敗してもいい

Akiyama:俺はどちらかというと、ものごとの本質がわかっている人とか、「自分らしさ」みたいなものの芯食ってる人を見ると、プレッシャーを感じることがあって。ものづくりをしていることもあってか、自分が無理してるなっていうことを極端にわかってしまうところがあるんですよね。

でも、失敗して気づくことは絶対にあると思う。みんながみんな最初から本質に気づけるかと言ったら、そうじゃないですよね。ものすごく賢くて10代で気づいちゃう子もいるかもしれないけど、人によっては50歳になって気づく人もいるかもしれないし。そのペースって、本当に人それぞれだと思う。それに、そもそも「自分らしさ」なんて、言葉では理解できても、体で理解するのはすごく難しい。

―そうですよね。「自分ってなんなんだろう?」って、ずっと問うていく感じもします。

Akiyama:だから、芯食っていないこともいっぱいしていいと思うんですよ。「自分自身の本質に辿り着きたい」って、どこかで思い続けることができれば、その過程で自分らしくないこともいっぱいしていいと思う。いっぱい失敗して、こっちじゃない、こっちじゃないって、しらみ潰しにやっていけばいい。そうすることで、最終的には自分の中心に寄っていけると思う。「救いは自分のなかにしかない」って、それさえわかれば、あとはやるしかないんだろうなって思います。

とりあえず手を動かして、行きたいところに行って、やりたいことをやって、話したい人がいたんだったら、その人が話しかけてくるまで待たないで自分から話しかけて、勉強したいと思うことを勉強して、自分らしくない格好でも自分がしてみたかったらしてみて。

自分がそれをやっていて気持ちがいいのなら、ほかの人にどう思われようがそれはやり続けていいことだし、自分で気持ち悪かったら、ほかの人に「それいいね」と言われても「こんなの自分じゃねえよ」と言えばいいし。「とりあえずやったほうがいい」っていうことは、俺自身、ある時期からすごく思っているような気がします。

―今日、中盤で「道半ば」と仰っていましたけど、それってすごくAkiyamaさんにとって大切なことなのかもしれないなとあらためて思いました。

Akiyama:「終わらないでほしい」と思っているのかも。「完成した」と思ったら、音楽も人生もやめそうだし。本質に近づきたい、気づきたいっていうのはあるけど、同じくらい「その先にまだなにかある」と思っていたいのかもしれないです。そう思えるのであれば、そもそも終わらないと思うし。「ずっと旅してたい」と思うぐらい飽き性だし、そのなかで音楽はよく続いているなと思うけど(笑)。なにより「道半ばである」ということ自体が、俺はすごく好きなのかもしれないです。

リリース情報
DYGL
『A Daze In A Haze』

2021年7月7日(水)発売
価格:2,750円(税込)
HEC007

1. 7624
2. Banger
3. Half of Me
4. Did We Forget How to Dream in the Daytime?
5. Sink
6. Bushes
7. Wanderlust
8. The Rhythm of the World
9. Stereo Song
10. Alone in the Room
11. The Search
12. Ode to Insomnia

イベント情報
『A Daze In A Haze Tour』

2021年10月1日(金)
会場:静岡県 浜松 窓枠

2021年10月2日(土)
会場:京都府 磔磔

2021年10月3日(日)
会場:兵庫県 神戸 VARIT.

2021年10月5日(火)
会場:愛媛県 松山 サロンキティ

2021年10月6日(水)
会場:香川県 高松 DIME

2021年10月7日(木)
会場:熊本県 NAVARO

2021年10月9日(土)
会場:福岡県 BEAT STATION

2021年10月10日(日)
会場:岡山県 CRAZYMAMA KINGDOM

2021年10月11日(月)
会場:広島県 広島クラブクアトロ

2021年10月17日(日)
会場:長野県 松本 ALECX

2021年10月19日(火)
会場:石川県 金沢 GOLD CREEK

2021年10月20日(水)
会場:新潟県 GOLDEN PIGS – RED

2021年10月22日(金)
会場:福島県 郡山 HIPSHOT

2021年10月23日(土)
会場:岩手県 盛岡 the five morioka

2021年10月25日(月)
会場:宮城県 仙台 Rensa

2021年10月30日(土)
会場:北海道 札幌 SPiCE

2021年11月2日(火・祝)
会場:大阪府 BIGCAT

2021年11月4日(木)
会場:愛知県 名古屋クラブクアトロ

2021年11月5日(金)
会場:東京都 USEN STUDIO COAST

プロフィール
DYGL
DYGL (でいぐろー)

2012年に大学のサークルで結成され、アメリカやイギリスに長期滞在をしながら活動を続ける全編英詞のギターロックバンド。Albert Hammond Jr.(The Strokes)とGus Obergがプロデュースをした1stアルバム『Say Goodbye to Memory Den』(2017年)は、期待のインディロックバンドとして国内外問わず多くのメディアの注目を集めた。アジアツアーや日本ツアー、海外アーティストとの対バンを行いながら制作を続け、2018年シングル『Bad Kicks』を発表。同年12月に行った全国5カ所をまわるツアーはすべて完売。その後2019年に各ラジオ局ヘビーローテーションにも選出され高い評価を得たシングル『A Paper Dream』が含まれる2ndアルバム『Songs of Innocence & Experience』をリリース。約6ヶ月に及ぶ全世界52都市を巡ったアルバムツアーを遂行し、東京のみならず北京・上海・ニューヨーク公演がチケット完売となった。2021年4月よりダイハツ「タント・カスタム」のCM楽曲に抜擢された新曲『Sink』は、ストイックにロックと向き合ったDYGLだからこそ辿り着いた新鮮でユニークな楽曲となっており、多くのリスナーが新作アルバムへ期待を寄せている。



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