シャムキャッツが10年で作り上げた景色。気まぐれな旅路の途中で

2019年12月13日に、デビュー10周年ワンマンライブを開催したシャムキャッツ。新木場スタジオコーストという彼らのキャリア史上最大の会場には、2000人以上のファンや関係者が詰めかけた。

バンドに限らず、10年間ひとつのことを続けるというのは全然当たり前のことではない。こういう言い方はなるべくしたくないけど、ましてや音楽だ。彼らにとって決して平坦な道のりでなかったことは想像に難くない。本当にそう思う。

2020年6月30日、シャムキャッツが解散を発表した。9月にベストアルバムのリリースはあるものの、ライブに関してはあの10周年公演が実質的に最後のものとなった(その後、10周年の台湾公演があったわけだけれども)。「こんな去り方、ありかよ」と思う。あの場所にいた人たちのほとんどは、約半年後にバンドが解散するなんてことを予期すらしていない。だからこそ思うのは……これで最後とは思いたくないけど伝えるべきと思うのは、あの日は一体どんな一日だったのかということ。

2020年の前半にライターの渡辺裕也とCINRA.NET編集部で作っていたライブレポートをここに残しておきます。3人の視点で綴る、シャムキャッツのあの日について。

シャムキャッツ
左から:夏目知幸、菅原慎一、藤村頼正、大塚智之
メンバー全員が高校三年生時に浦安にて結成。2009年のデビュー以降、常に挑戦的に音楽性を変えながらも、あくまで日本語によるオルタナティブロックの探求とインディペンデントなバンド運営を主軸において活動してきたギターポップバンド。サウンドはリアルでグルーヴィー。ブルーなメロディと日常を切り取った詞世界が特徴。2019年12月13日、デビュー10周年を記念したワンマンライブを新木場STUDIO COASTで開催した。

「いまだ旅の途中にあるシャムキャッツを切り取った、ひとつの作品のようなライブ。舞台裏まで含めた、あの日の一部始終」テキスト:渡辺裕也

2020年、シャムキャッツはバンド結成以来はじめて休息の期間を設けている。まあ、休息とは言っても4人はそれぞれの活動を展開しているし、「TETRA RECORDS」としての動きも相変わらず活発なんだけど、何はともあれシャムキャッツの今年のスケジュールは、今のところ白紙状態のようだ。

となると、昨年末に行われた新木場スタジオコーストでの公演は、やはり彼らにとってはひとつの節目だったのだろう。それにしても、あの日の僕はなんであんなに興奮していたんだろうか。ずっと好きなバンドが大舞台で演奏している姿に感動したから? もちろんそれもあったかもしれない。でも、それだけじゃなかった。

シャムキャッツが年末のコーストで演奏したのは、アンコールも含めて全28曲。気まぐれな旅路のはじまりを告げる“Travel Agency”で幕を開け、いくつもの壮大な寄り道を経て、「5人目のメンバー」、つまりはスタッフやオーディエンスに捧げた“No.5”で締めくくるという構成は、今思い返しても本当に素晴らしかった。あのセットリストはキャリアの総括というよりも、シャムキャッツというバンドが10年をかけて作り上げた、ひとつの作品だったように思う。

同時に、コーストのワンマン公演には彼らの旅路がまだ途中だってことも感じさせた。

あの日、僕はバンドの了承を得て本番前のリハーサルを覗かせてもらうことができた。約2時間にも及ぶ入念なリハーサルのなかでも、とりわけ印象的だったのが、彼らが比較的最近だした楽曲のサウンドチェックに時間を割いていたこと。具体的にいうと、“逃亡前夜”のときに使う同期の出力や、同じくエレクトロニックな音を大々的に鳴らす“我来了”といった、プロダクション的には彼らのディスコグラフィーのなかでも異質、あるいは新機軸といえる楽曲の確認を、彼らはPAと綿密に取り合っていた。

そうした工程を目の当たりにしていたのもあってか、“我来了”のチャイムのようなイントロがフロアに響いたときの高揚、“逃亡前夜”のビートが鳴ると同時にオーディエンスが前方へと詰めかけていく瞬間は、今も忘れがたい。この10年間、新しい作品を放つごとにそれぞれ異なるビジョンを提示してきたシャムキャッツ。そんな彼らの「今」を伝えている曲にこれだけ熱烈な反応が返ってくるということに、このバンドが10年かけて勝ち取ってきたものを見た気がした。

お客さんも素敵だった。熱狂的な人がたくさんいる一方で、その熱狂ぶりを煙たがるような人は全然いなくて、各々がいい意味で勝手に楽しんでる感じがよかったし、このバンドの自由気ままなスタンスがお客さんにもしっかり伝わってるのを感じた。そういえば、たまたま自分の近くにいた女性はどうやら藤村くん推しだったようで、ことあるごとに「ヨリ様~♡」と黄色い声を上げていたな。そういうのも最高だった。

シャムキャッツというバンドの面白さは、メンバーそれぞれの音楽的な関心が必ずしも同じ方向を向いてないところだと思う。もちろん作品ごとにテーマを設定したり意思統一を図る場面もあるだろうけど、そうした決めごとから逸脱することを彼らは恐れないし、そこで生まれるイビツさがシャムキャッツの代え難いチャームだと思う。

いや、何も音楽性に関することだけでない。この4人はキャラクター的にも本当にバラバラで、その感じはいまだに少年漫画の主人公グループみたいだ。

コーストでのワンマンは、そんなシャムキャッツの集大成だったのだろうか。目下の最新作『はなたば』を今改めて聴くと、あきらかにこれはバンドの過渡期を捉えた作品だと感じるし、あの公演は『はなたば』の完成にあてたライブという意味合いも、それなりに強かったと思う。少なくとも僕にとって『はなたば』は、シャムキャッツがこの先につくる音楽がもっと聴きたいと思わせる作品だったし、新木場での公演においてもそれは同じだった。

シャムキャッツ『はなたば』を聴く(Apple Musicはこちら

どうやら最近の夏目くんは、クラブミュージックに傾倒しているのと同時に、言語学への関心をますます深めているようだ。そして、東アジア音楽への造詣を深めている菅原くんは、中国~台湾のインディーアーティストとの交流を重ねつつ、最近は中央ヨーロッパのアンダーグラウンド音楽にも興味を示していて、この年明けには実際に足も運んだという。どちらにしても彼らは音楽を聴くこと、作ることにとても貪欲だ。そして、その創作意欲はシャムキャッツという器から少しずつ溢れ出したんだと思う。ここにきてシャムキャッツがしばしの休息を必要としたのは、きっとそうした要因もあるんだろう。

そのうえで僕は想像してしまう。この4人がまた一緒に音をだしたら、そのときはどんなハレーションが起きるんだろう。それはどんな音楽なんだろう。だから、時間がかかってもいい。シャムキャッツの次が聴きたい。そして、あの日の新木場をさらに凌ぐような光景を見てみたい。そんな日に想いを巡らせながら、僕は4人の紡いできた音楽に耳を傾けている。

「ちかしくて、さりげない言葉と音楽が育んだ、シャムキャッツと『5人目のメンバー』との連帯」テキスト:川浦慧(CINRA.NET編集部)

シャムキャッツが新木場スタジオコーストでライブを行った。10周年の節目で立った大舞台、その情報が解禁されたのは4月に開催された『Tour Virgin Graffiti』のファイナル公演。スクリーンに映像が映し出された解禁の瞬間、会場が驚きと歓声で湧いた。私は半年以上先のその姿を想像して、とてもドキドキして胸が熱くなっていた。

それにしても、シャムキャッツの10周年イヤーの動きはすごかった。『Virgin Graffiti』ツアーからはじまり、デビュー作『はしけ』の再現ライブとアナログ化、そして中国ツアー。11月にはEP『はなたば』をリリースし、クリスマスには台湾でライブも敢行。それらのバンド活動と並行して自主レーベル「TETRA RECORDS」を動かしたり、ライブ映像化に向けたクラウドファンディングを実施したり。

さらに私たちCINRA.NET編集部は、夏目さんと一緒にトークイベントを企画して9月から12月まで毎月実施した。これはシャムキャッツの10年を、「歌詞」に注目して振り返っていくというもの。こうして見ると、シャムキャッツのこの1年に対する気合いがめちゃくちゃ感じられるスケジュールだけど、渦中の本人から気負っている様子は感じず、いつも飄々としていた。

このレポートを書くにあたって、新木場でのシャムキャッツのライブを思い出す。あれは2019年の私の出来事のなかでも、5本の指に入るとても幸せな時間だった。彼らの10周年のお祝いに駆けつけたたくさんのお客さんが、踊ったり歌ったり、シャムキャッツの音楽とともにある思い出を思い出したりしていた。

あのときに目撃したのは、バンドとお客さんの気持ちがお互いに行き来するように通い合った、これまでに見たことのない理想的なライブの姿だったように思う。この日のダブルアンコールの最後に歌った“No.5”のことを、以前のトークイベントで夏目さんはこう語っていた。

ここでちょっとロマンチックなことを言うと、4人でバンドをやってると、やっぱり5人目が大事なんですよね。それはスタッフって意味でもあるし、お客さんって意味でもあるんですけど、とにかく5番目のものに愛情を注ぎたい。そういう感性を曲にできないかなと。
(「夏目知幸が10年を振り返る。心情描写をしていたバンド初期」より)
シャムキャッツ“No.5”を聴く(Apple Musicはこちら

バンドから向けられる感謝のようなメッセージをお客さんは受け取っていたし、お客さんからの愛をメンバーも受け取ってそこに立っていた。大好きなバンドの大きな舞台というバイアスを抜きにしても最高なライブだったと、今振り返っても思う。

シャムキャッツは、表面的に聴き手に寄り添うようなことは言わないし、そういうことに意味がないこともわかっている。日常の出来事をすくい取ってその美しさを教えてくれたり、かと思えば、どう見ても本気っぽい愚痴を吐いたりもする。それは、パンチラインみたいな強い言葉で惹きつけたりしないぶん、とてもさりげない。そういうシャムキャッツの絶妙な言葉の選び方や伝え方の不思議が知りたくて、バンドの10年を言葉から振り返るトークを企画した。

そのなかでも特に印象的だったのは、3回目のトークで語られた“花草”に関するもの。<コカ・コーラの大きい看板 スポーツ選手が引き延ばされている>という歌詞について夏目さんは、引退したある水泳選手が大きく引き伸ばされたそのポスターの様子と、彼の過去の栄光がいまだにこうして大きく使われ、いつまでも引き延ばされ続けていることを表していると、語っていた。だから「伸ばす」ではなく「延ばす」という字を使ったということも話していた(これはレポートにも書かれていない話)。

そうやってさりげなく、だけど夏目さんらしい鋭さで感じた感覚をすくい取っている。歌詞について知れば知るほど、シャムキャッツを聴いたときに歌詞の一つひとつが浮き上がって聴こえてくるようになった。

シャムキャッツ“花草”を聴く(Apple Musicはこちら) / トーク企画のレポートを読む(記事はこちら

そしてシャムキャッツは、私を旅に連れて行ってくれる。たとえば、彼らがライブで足を運んだアジアの地を歌うことで、私は一緒にアジアに行くことができる。それは、夏目さんとのトークイベントでもそうだった。彼が選ぶ言葉、そしてその情景を思い浮かべるだけで、遠くのどこかへと飛んでいけた。新木場公演でもそう。そんな感じで、私にとってシャムキャッツは、どこか遠くへ連れて行ってくれる旅人のような存在。

新木場公演、“完熟宣言”のセリフ箇所で夏目さんは「僕たち私たちは、完熟ってどういうことなのか、もうわからなくなりました」と歌った。10年でバンドは円熟し、次に姿を現すときにはもしかしたら新しいゾーンに突入した4人なのかもしれない。まだまだ完熟なんてしない。今は旅の途中、少し休息を挟んだりしながら、また私を遠くまで連れて行ってくれるはず。

「親愛なる隣人として。市井の人々の心模様を、何でもない日常の瞬間を、描き続けてきた先に見えた景色」テキスト:山元翔一(CINRA.NET編集部)

きっとシャムキャッツは、ここにいる人たちの人生と並走してきたのだろう。そしてその音楽は、そんな僕らが生きてきた記憶や感情、出来事と分かち難く結びついていて、聴き手の数だけの物語が紡がれている。だからこそ自分にとっても、「シャムキャッツのどこが、なぜ好きなのか?」という問いに対して、その理由を簡潔に言葉にすることができないんじゃないかとも。

あの場にいた人たちの10年という人生の物語が早回しで再生されているような、そんな時間が集まっているような、不思議な感覚のライブだった。そんなことをやってしまえるバンド、彼ら以外にはいないような気がする。

2019年12月13日、全28曲を編み上げたシャムキャッツを見届けて思ったことを言葉にするならこんな感じだ。終演後にそんなふうに考えていた僕をぶん殴るように会場に流れてきたのは、Pavementの“Shady Lane”だった。どうしてこの曲なのか全然意図がわからなかった。

シャムキャッツに初めて出会ったときのことだけれど、当時大学生だった自分は“なんだかやれそう”のミュージックビデオを見て「Pavementみたいだな」と思った。地に足つけることなんてナンセンスと言わんばかりのやけっぱちな演奏と楽曲に、メンバー4人が4人とも収拾のつかないエネルギーをぶちまけているという感じなのに底抜けにポップな音楽。正直に言うと、そのときは「なんか鼻につくバンドだな」と思った。自分のバンドを組みたくても組めなかった僕にとって、シャムキャッツは最初から理想のバンドだった。

シャムキャッツ“なんだかやれそう”を聴く(Apple Musicはこちら

振り返ればあのとき、大阪の大学に通っていたこともあって、シャムキャッツに限らず東京の「インディーバンド」の作品や音源の多くは、自分のものとして感じることがどうしてもできなかった。

それは音楽の仕事をするようになっても変わらず、『AFTER HOURS』や『TAKE CARE』といった作品にリスナーとして興奮させられても、シャムキャッツが歌っていることをちゃんと受け止められているような気がしなかった。それは東京に暮らすようになっても、どこにも居場所を見つけられなかったことと重なるように。

だからこそ、シャムキャッツが自分の人生に飛び込んできたときのことはよく覚えている。CINRA.NET編集部で働きはじめることになった2016年4月、歓送迎会の二次会のカラオケで自分と入れ替わりで退職する先輩が“AFTER HOURS”を歌いはじめたときのこと、「自分はここにいてもいいんだな」となぜだか直感的に思ったのだった(「こんな難しい歌、よく歌うな」とも思ったのだけど)。

“AFTER HOURS”を聴くたびに、今でもたまにこのことを思い出す。新木場のあの日もそうだった。誰かの人生と人生が重なるところに物語が生まれるのだとしたら、そんな場所に鳴っているのは、きっとこういう歌なのだろう。

シャムキャッツ“AFTER HOURS”を聴く(Apple Musicはこちら

<どうしてここにいたいのか / たまにわからなくなるのさ>――「僕たち私たちは、完熟ってどういうことなのか、もうわからなくなりました」と言い放った“完熟宣言”の次に披露された“PM 5:00”のこの一節にハッとして、反射的にメモを取っていた。

その理由を知りたくて、田中宗一郎さんが手がけたやたらと前置きの長い『The Sign Magazine』掲載の『TAKE CARE』期のインタビューを読み返した。そこには、昆虫キッズをはじめ同年代のバンドたちが次々と活動を辞めていくなかで、“PM 5:00”のような曲を書かなければならなかったのだと書かれていた。

無意識的にハッとさせられた理由は、ただ単に意外な選曲だったからではない。無邪気な季節は過ぎて、ここではない別のところに行かなくちゃ、と歌う彼らと自分の人生が重なったような気がしたからなんだと思う。

シャムキャッツ“PM 5:00”を聴く(Apple Musicはこちら

『TAKE CARE』から約4年半の月日を経た彼らは、<ここにいる理由なんてないさ ただいたいだけ>とかつての自分たちに語りかけるように歌った。この“おくまんこうねん”の一節は、シャムキャッツというバンドのスタンスを表現した一番新しいものだと僕は受け止めている。

漫画家・高野文子の作品集『絶対安全剃刀』に収録された『午前10:00の家鴨』には、「ここいたいとーおもうからーいまぁいーるだけー」というセリフがある。そのコマにばったり出くわしたとき、シャムキャッツのことを瞬間的に思い出した。2つの歌詞とセリフが表現している心模様は、今の自分には正直まだよくわからない。ただ、このセリフのあとには、「だぶついたおもいほどしまつのわるいものはないわ」という言葉が続く。

やれることは全部やったというようなデビュー10周年は、彼らにとっては全然通常運行ではなかった。荒れ狂う日々、と言ってもいいかもしれない。だからシャムキャッツとして、そのままのモードと気分で12年目に突入するには、多少のだぶつきもあったことだろう。だからこそあの日を経た今思うのは、気負いのないありのままの4人がつくる新しい音楽を聴いてみたいということだった。原点回帰的に、破茶滅茶な感じもありかもしれない。

シャムキャッツ“はなたば ~セールスマンの失恋~”を聴く(Apple Musicはこちら) / <荒れ狂う日々の後にだけ / 後にだけ、こだまする / 形のない歌を追いかけた。>と歌われる

あの日、新木場スタジオコースト公演で、シャムキャッツは一度、完成を見たのだと勝手に考えている。「一生物」と言って差し支えない内容だったし、実際に4人は、そういうライブを狙って作りにいったと思う。

でも彼らは、完成してしまったものは得てしてつまらないということをきっと知っているし、そもそも根っからの飽き性だから、シャムキャッツが見せる次のアクションは、ここ数年では考えられないようなとんでもないことなんじゃないかなと僕は妄想している。

以前、サニーデイ・サービスに寄せた企画記事のなかで、夏目知幸は「バンドの命題は、自分たちのよりもだいぶでかい世の中という巨大宇宙船を小さな一隻で転覆させることにある」と綴ってくれた。

何度も修繕しながら音楽という大宇宙に繰り出すその舟に乗っているのは、シャムキャッツの音楽と共に生きる一人ひとりなんだろうと思う。シャムキャッツという一隻の舟なのではなく、聴き手の数だけその舟はある。彼の言葉を勝手にそう解釈している。一隻一隻は小さくても、一人ひとりの日常の何でもない記憶を、喜怒哀楽さまざまな思い出を、大切な誰かの横顔を、抱きかかえるように大切に載せている。聴き手一人ひとりが送ってきた人生の物語のすぐそばに立っていたからこそ、彼らはあんなに素晴しいライブをすることができたのだと思う。

最後に、あえてここに何か付け足すならば、あの日、あなたや私の物語もスタジオコーストのステージ上にあったということだ。そして僕は思う、4人はあなたの親愛なる隣人だ。彼らが10年間かけて作り上げた時間と空間は、シャムキャッツというバンドをそのまま表しているようでもあった。

大塚智之
夏目知幸
藤村頼正
菅原慎一
イベント情報
『シャムキャッツ 10周年記念ライブ at STUDIO COAST』

2019年12月13日(金)
会場:東京都 新木場 STUDIO COAST

リリース情報
シャムキャッツ
『大塚夏目藤村菅原』(LP)

2020年9月16日(水)発売
価格:5,500円(税込)
HRLP207/208

[Side A]
1. GIRL AT THE BUS STOP
2. 完熟宣言
3. Coyote
4. MODELS
5. 忘れていたのさ

[Side B]
1. SUNNY
2. PM 5:00
3. Travel Agency
4. 我来了
5. AFTER HOURS
6. すてねこ

[Side C]
1. KISS
2. マイガール
3. Four O'clock Flower
4. Lemon
5. サマー・ハイ

[Side D]
1. 洗濯物をとりこまなくちゃ
2. アメリカ
3. このままがいいね
4. 逃亡前夜
5. 渚

プロフィール
シャムキャッツ

メンバー全員が高校三年生時に浦安にて結成。2009年のデビュー以降、常に挑戦的に音楽性を変えながらも、あくまで日本語によるオルタナティブロックの探求とインディペンデントなバンド運営を主軸において活動してきたギターポップバンド。サウンドはリアルでグルーヴィー。ブルーなメロディと日常を切り取った詞世界が特徴。2019年12月、デビュー10周年を記念したワンマンライブを新木場STUDIO COASTで開催した。



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