夏目知幸が振り返る、レーベル設立とバンドにとって苦難の時期

全4回にわたってシャムキャッツの歩みをその歌詞から振り返るトークイベント『シャムキャッツ・夏目知幸が送る 10年分の歌とことば』。2019年11月16日(土)に開催された第3回は、自主レーベルTETRA RECORDSの立ち上げから、アルバム『Friends Again』に至るまでの時期にフォーカス。一連の歌詞についてはもちろん、当時のさまざまな秘話が明かされました。

TETRA RECORDS設立期は、まさに苦難の時期。夏目くんも当時の心境を「精神的にすごく辛かった」と打ち明けつつ、その時々でぶつかっていたソングライターとしての課題と、傑作『Friends Again』にたどり着いた過程を事細かに振り返ってくれました。ということで、夏目くん本人もにとっても再発見がいくつもあり「エモかった」という第3回のレポートを早速どうぞ。

食べていくためには、自分たちでレーベルを始めるか、メジャーにいくかだったんです。

―2010年代前半の東京には、インディ「シーン」と呼べるものが確実にあったと思うんです。その流れが2015年頃からすこしずつ変わってきて、シャムキャッツにせよ、ミツメにせよ、各々の戦いになってきた印象が僕にはあって。

夏目:うん。本当にそうですね。

―事実、この頃のシャムキャッツにはメジャーレーベルから声がかかっていたんですよね?

夏目:そうなんです。当時の僕らはとても音楽だけで暮らしていけるような状況ではなかったので、これから食べていくためにはどうするか決めなきゃいけなかった。そのときに選択肢としてあったのが、自分たちでレーベルを始めるか、メジャーにいくかだったんです。

―そして、「TETRA RECORDS」を設立すると。

夏目:でも、あの頃は本当にグチャグチャで。じつはいちどメジャーで出すことが決まって、数曲分のレコーディングもすでに終わってたんですよ。でも、その予定が1本の電話で白紙になっちゃって。

夏目知幸(なつめ ともゆき)
東京を中心に活動するオルタナティブギターポップバンドシャムキャッツのボーカル、ギター、作詞作曲。2016年、自主レーベルTETRA RECORDSを設立し、リリースやマネジメントも自身で行なっている。近年はタイ、中国、台湾などアジア圏でのライブも積極的。個人では弾き語り、楽曲提供、DJ、執筆など。

―なかなか酷な話ですね……。

夏目:僕らはそこで切り替えて「だったら自分達で出せばいいじゃん」と。それで“マイガール”(2016年)というシングルを出すんです。

―つまり、“マイガール”はメジャー移籍を見越したうえで生まれた曲ということ?

夏目:そうですね。どうせメジャーに行くならちょっと派手な曲にしてみようか、みたいな雰囲気はあったと思う。じゃあ、どういう曲がいいのかなと。それで当時仲がよかった女の子にかるく相談してみたんです。

そうしたら「夏目くんの一般的なイメージは、日常、恋愛、男気。この三本柱を全部押さえる曲を書いてみたら?」と言われて、「なるほど」と。で、そういうことを意識しながら作ったのが“マイガール”なんです。

シャムキャッツ『マイガール』ジャケット

―“マイガール”は、想いを寄せている女性に主人公が語りかけていく曲で、こういう視点の作詞は夏目くんの得意とするところでもありますよね。

夏目:たしかに。でも、ここまで男らしさを前面にだしたキャラクターを主人公にした曲は“マイガール”が初めてだと思う。“マイガール”の主人公って、僕のなかでは『AFTER HOURS』の“SUNDAY”にでてくるキャラクターが成長したイメージなんです。

シャムキャッツ“SUNDAY”を聴く(Apple Musicはこちら

夏目:“SUNDAY”の主人公は、好意を抱いてる子に対して<髪をバサッと切ってきておくれよ>なんて言っちゃうようなやつなんですけど、仮にあいつが17歳だとして、それから10年経ったらどうなってるかなーと。というか、人間としてちゃんと包容力を身につけてもらってなきゃ困るし、俺自身もそうありたいっていう気持ちがあったんですよね。

―“マイガール”には夏目くんの目指す男性像が投影されてる部分もあるってこと?

夏目:そうですね。これから自主レーベルでやっていくんだし、どっしり構えてかなきゃって。ここらでちょっとメンバーに男気を見せたかったというのもありました。

西野カナの対抗馬として、わがままな女性を増幅させるような曲を書いてやろうと思ったんです。

―なるほど。一方で“マイガール”には<正直めんどう 暗い君の相手>という歌詞もあって。ここには男の本音が垣間見れるなと。

夏目:これはジョン・レノンの“Jealous Guy”(1971年『Imagine』収録曲)みたいなイメージですね。要は、自分が嫉妬深くて女々しいやつなんだっていうさらけ出し。あと、男女間の喧嘩って、最後の最後に本音が出てきがちじゃないですか。その感じが出せたらいいなーと。それと、“マイガール”に関してはもうひとつ思ってたことがあって。西野カナの“Darling”という曲があるじゃないですか。あの曲に勝ちたいな、という気持ちはあった(笑)。

―どういうこと?

夏目:“Darling”の歌詞って、ちょっと落語みたいな感じなんですよね。それに、靴下を脱ぎっぱなしにするダメ男をさらに増幅させるような危険性を孕んだ曲でもある(笑)。だったら、俺はその対抗馬としてわがままな女性を増幅させるような曲を書いてやろう、みたいな気持ちがちょっとだけあったんです。

―西野カナって素晴らしい作詞家ですよね。“トリセツ”とか、すごいなと思う。

夏目:あれは俺も現代版“関白宣言”だと思いました。しっかり芯を捉えてるというか、どの時代にも通じる曲って感じがする。

―“トリセツ”の語り部って、それこそ男性からすると<正直めんどう>なキャラクターじゃないですか。それがすごくリアルだと思うんです。

夏目:そう、あれがリアルだと思っちゃうんだから、歌詞としてはもう大成功ですよね。本当にうまいなと思う。

―“マイガール”後半の<だいたい世の中は暗い? つらいことばっかり? ニヒルなやつはいいねえ 楽しそうにしているさ>という歌詞は、主人公と彼女が置かれている社会的状況のちょっとした説明にもなってます。

夏目:うんうん。たとえば“LAY DOWN”とか“GIRL AT THE BUS STOP”がそうなんですけど、僕には世の中で戦ってる女性を描きたがるところがあって。“マイガール”を書いてるときは、彼女たちに手を差し伸べるような曲にしたいな、みたいなことをすこし考えてた気がします。まあ、これってちょっとおこがましいというか、俺のエゴでもあるんですけどね。

俺みたいな男がなにを歌えばリアルなのか、本当にわからなかった。

―そんなシングル“マイガール”のわずか3か月後にリリースされたのがEP『君の町にも雨はふるのかい?』。

夏目:正直、この頃は精神的にすごく辛かったからか、あまり記憶がないんですよね。

―そんなに辛かったんだ?

夏目:うん。曲が書けなくなっちゃってた。“デボネア・ドライブ”とか、ぜんぜん歌詞がでてこなくて、半泣きしながら録音した覚えがある(笑)。自分がなにを歌うべきかわからなくなってたんでしょうね。俺みたいな男がなにを歌えばリアルなのか、本当にわからなかった。

シャムキャッツ『君の町にも雨はふるのかい?』ジャケット
シャムキャッツ『君の町にも雨はふるのかい?』を聴く(Apple Musicはこちら

―『君の町にも雨はふるのかい?』は実験性とポップさが共存したいい作品だと思うし、ちょっと過小評価されてる気が僕的にはするんだけど。

夏目:うん、たしかにいい曲が揃ってると思います。でも、作品としてはちょっと支離滅裂というか、当時の悩んでた感じがでちゃってるから、僕的にはちょっと振り返りづらい作品ですね。何をしたらいいかわからなかったし、とにかく変化を求めてた。まあ、だから金髪にしたんでしょうね(笑)。

―(笑)。“マイガール”の時期から、夏目くんは金髪になりましたね。

夏目:きっと気持ちを明るくしたかったんだと思う。実際、効果はあったんです。朝起きたときに鏡に映る金髪の自分を見ると、自分がめちゃくちゃ明るい人間に思えるんですよね。

金髪の夏目

―『君の町にも雨はふるのかい?』には“すてねこ”という曲が収録されてて。いま聴くと、この歌詞には当時のバンドの状況も反映されてるように聴こえますね。

夏目:まさにこれは妬みつらみですよ。それこそ俺らはメジャーに捨てられたわけですからね(笑)。あともうひとつのイメージとして、夏目漱石の『吾輩は猫である』は思い浮かべてました。あの小説の始まりがめちゃくちゃロックンロールなので、“すてねこ”︎はその物語の続きを書いたというか。それこそ僕は夏目だし、僕らはシャムキャッツだからね。

―なるほど。

夏目:ていうか、“すてねこ”は本当そのまんまな曲でもあって。実際に僕、この頃に捨て猫を拾って飼い始めるんですよ。で、自分も捨て猫になるっていうね(笑)。自分でこうして振り返ってみても、猫のことを歌ってるのか、自分のことを歌ってるのかわからないんです。

―このEPを踏まえて、夏目くん的にはここでちょっと頭を切り替える必要があった?

夏目:うん。それは感じてたし、今のままだとダメだなと思ってた。この時期は「俺たちだってメジャーっぽい曲くらい書けるし」みたいな意識が強くて、ちょっと意地を張ってたんだよね。“マイガール”はそのおかげで作れた曲でもあるんだけど、やっぱりこのままじゃ面白くないし、ここはひとつインディバンドとして力強いものを出したいなと。

僕らは友達として作品を作る関係性ではなくなってたけど、もう一度そういう雰囲気にならないかーーそういうメッセージを渡したかった。

―自分たちのストロングポイントをもういちど見直す時期に来たと。そこで完成したアルバムが『Friends Again』(2017年)。何よりもこのタイトルが象徴的ですよね。

夏目:新作のコンセプトをバンドに持ち込むのって、僕はメンバーへのちょっとしたプレゼントだと思ってるんです。僕らは自主レーベルという道を選んで、ただ友達としてわちゃわちゃ作品を作る関係性ではなくなってたけど、もう一度そういう雰囲気にならないかーーそういうメッセージをメンバーに渡したいなって。

シャムキャッツ『Friends Again』ジャケット
シャムキャッツ『Friends Again』を聴く(Apple Musicはこちら

―『Friends Again』は、菅原くんがソングライターとして覚醒した作品でもありますよね。

夏目:『Friends Again』を作ったときは、あらためて思いましたね。この4人はひとつの目標に向かって行くときの力が本当に強いなって。俺がルールみたいなものをひとつ提示して、菅原がそこから逸脱したものを作ってくる。そうなっていくと作品がどんどん芳醇になっていくんです。

それこそ菅原が“Riviera”を持ってきたときは、もうバッチリだと思いましたね。“Riviera”は改装中のマンション、そして僕が書いた“花草”にはマンションの屋上がでてくる。さらに“Riviera”では<神様にお願いした>と歌ってるんだけど、一方で僕の書いた“Coyote”では<とりとめのない景色に神様は似合わない>と歌ってて。これはめちゃくちゃいいアルバムになると思いました。

―同じような情景を舞台としながら、主体となるキャラクターはそれぞれ異なる感情を抱いていると。

夏目:そうそう。というのも、この頃のシャムキャッツがテーマとして掲げていたことのひとつが「アンビバレント」だったんです。なにかひとつの事象が起きたときに、自分のなかでそれと背中合わせの感情が生まれる。

たとえば、友達から子供が産まれたと連絡がきて、めちゃくちゃ嬉しい。でも、なんか置いてかれた気がして寂しい、みたいな。今の俺らにとってはそういうアンビバレントな感情がリアルなんじゃないかって。『Friends Again』の歌詞はそれが自然にできてるんですよね。

身の回りもそうだし、バンドメンバーにも「大丈夫」が足りてない感じがしてたんです。

―“花草”“台北”には、東アジアへと活動範囲を拡げ始めていたバンドの状況も表れていますよね。

夏目:いろいろゴタゴタはありつつ、当時の僕らは韓国と台湾に行くチャンスを得ることができて、そこですごくいいパフォーマンスができたんです。で、そのときに感じた「俺ら、ぜんぜんイケるじゃん!」みたいなウキウキした気持ちをそのまま曲にしたのが“台北”。

シャムキャッツ“台北”を聴く(Apple Musicはこちら

夏目:“花草”に関していうと、台湾ではインディポップのことを花草系というらしくて。それってめっちゃいいなと。日本だとインディって2軍みたいなイメージを抱かれがちだからイヤなんだけど、花草系と言われたら、「ええその通りです」みたいな(笑)。

で、これはほぼネタバレになっちゃうんだけど、この曲はRCサクセションの“トランジスタ・ラジオ”がヒントになってるんです。それこそ屋上ソングのナンバー1といえば、“トランジスタ・ラジオ”ですからね。

シャムキャッツ“花草”を聴く(Apple Musicはこちら

―どうヒントになったのか、もう少し噛み砕いて教えてもらってもいいですか?

夏目:“トランジスタ・ラジオ”って、要は自分が暮らしている街のブルースみたいな曲なんですよね。彼は退屈な授業を抜け出して屋上で煙草を吸っている。ラジオから流れてくる海外の音楽に救われていて、彼はそれを誰とも共有できない。そして、彼の好きなひとはいま教室で授業を受けてる。そこで<あぁ こんな気持ちうまく言えたことがない>っていう。

RCサクセション“トランジスタ・ラジオ”を聴く(Apple Musicはこちら

―“花草”の歌詞はそこのオマージュだったんですね。

夏目:うん。多分どの時代にも“トランジスタ・ラジオ”の彼とおなじ気持ちになる少年はいると思うんです。だから僕も“トランジスタ・ラジオ”の主人公みたいな少年に勇気を与えたかったというか、屋上に花でも咲いてたらいいかなって。

あと、これも台湾と韓国でライブをしたときにわかったことなんですけど、「大丈夫」という言葉ってすごく便利なんですよね。「大丈夫」は韓国だと「ケンチャナ」、台湾だと「メイクワンシィー」というんですけど、この言葉を言うだけで、相手にすこし安心してもらえる感じがあって。それから僕のなかで「大丈夫」という言葉がすごく強いものになったんです。なので、“Coyote”という曲ではとにかく「大丈夫」と歌いたかった。あの曲のストーリーは「大丈夫」で締めくくりたいなって。

―というのは?

夏目:身の回りもそうだし、バンドメンバーにも「大丈夫」が足りてない感じがしてたんです。なんとなくね。いや、自分がそう言ってほしかっただけなのかな。大丈夫って。

―いずれにせよ、東アジアとの交流が生まれたことで、夏目くんの視点はあきらかにひろがったようですね。

夏目:うん。やっぱり環境って大事ですよ。むしろ、なにかを変えるなら環境しかないんだなって。環境が変われば、自分は絶対に変わりますからね。

『シャムキャッツ・夏目知幸が送る 10年分の歌とことば』
イベント情報
『第3回 シャムキャッツ・夏目知幸が送る 10年分の歌とことば』

2019年11月16日(土)
会場:東京都 渋谷ヒカリエ 8 / MADO
登壇:
夏目知幸
渡辺裕也

リリース情報
シャムキャッツ
『はなたば』(CD+DVD)

2019年11月6日(水)発売
価格:2,420円(税込)
TETRA-1018

[CD]
1. おくまんこうねん
2. Catcher
3. かわいいコックさん
4. はなたば ~セールスマンの失恋~
5. 我来了

[DVD]
『バンドの毎日4』

シャムキャッツ
『はなたば』(LP)

2019年11月20日(水)発売
価格:2,750円(税込)
TETRA-1019

1. おくまんこうねん
2. Catcher
3. かわいいコックさん
4. はなたば ~セールスマンの失恋~
5. 我来了

プロフィール
夏目知幸
夏目知幸 (なつめ ともゆき)

東京を中心に活動するオルタナティブギターポップバンドシャムキャッツのボーカル、ギター、作詞作曲。2016年、自主レーベル〈TETRA RECORDS〉を設立し、リリースやマネジメントも自身で行なっている。近年はタイ、中国、台湾などアジア圏でのライブも積極的。個人では弾き語り、楽曲提供、DJ、執筆など。



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