「果てしない闇の向こう」で、「LOVELOVE愛を叫んだ」、1995年

生まれ変わったら言ってみたい言葉の1つに、「『COUNT DOWN TV』をご覧のみなさま、こんばんは!」がある。控え室で固定カメラに向かって「今回のシングルはですね、遠く離れた恋人同士の、変わらぬ想いをラブバラードにしてみました。それでは聴いてください、どうぞ」とやりたい。必要以上にクルクル回転する、あのキャラクターに導かれたい。中学校に入りたてだった「1995年」、眠い目をこすって何とかたどり着いた土曜深夜の『CDTV』は、今や、そろそろ風呂にでも入るかなという時間帯に、何代目かのJ Soul Brothersが「冬の切ない恋を歌い上げました、それでは聴いてください、どうぞ」と放たれるそれに変わった。いや、変わったのは、こちらの就寝時間だけだ。「どうぞ」に至るまでのメッセージは、実はそんなに変わっていない。

『CDTV』を今でも毎週欠かさず観ていると言うと、同世代(30代前半)に必ず驚かれる。1993年に始まった番組を、かれこれ20年も観続けていることになる。「太陽とシスコムーン」が「T&Cボンバー」に改名したタイミング(2000年)を覚えているし、あの番組はタイアップソング特集を頻繁に組んできたから、「桃の天然水」のCMが華原朋美から浜崎あゆみに変わったタイミング(1999年)を覚えている。今、『CDTV』には「CDTVライブラリー」という、ある年の同じ週のシングルTOP10を振り返るコーナーがある。例のキャラクターが、「今週は……」とふりかぶり、くるくる回ったルーレットが「1995年」で止まると、待ってました、とソファーに座り込む私。安室奈美恵にはスーパーモンキーズがwithして、H Jungleにはtがwithして、篠原涼子にもやっぱりt.komuroがwithしていた時代。今やトップ女優になった篠原涼子が「愛しさから切なさから心強さ」まで欲したのは1994年、その翌年にドリカムは「LOVELOVE愛を叫んで」、TOKIOは「ハートを磨くっきゃない」と爽やかに叫んでいた。

「1995年」=「戦後史の転機となった年」、それはつまり阪神淡路大震災とオウム真理教による凶悪事件が重なった「変動期の到来」。この1995年を「『戦後史の転機となった年』という刷り込みからいったん解き放ち、個別具体的に政治、経済、国際情勢、テクノロジー、消費・文化、事件・メディアといった具合にあらゆる側面から輪切りにして再検証してみる」のが本書だ。「震災とオウムが同時に起きた年」というフレーズだけで振り返ってしまうと、例えば、当時、首相だった村山富市が震災当日、規模の大きさに気づかず多くの予定を従来のスケジュール通りこなして批判を浴びた事実を取りこぼすし、麻原彰晃が逮捕された翌月の6月、オウム信者を装ったハイジャック犯によって全日空機が乗っ取られた事実を取りこぼしてしまう。

本書で行われる細やかな輪切りは、こういった取りこぼしを防ぐ。象徴的な1年を、ある事象に「象徴させすぎない」ために有効な再検証が続く。あの日、霞ヶ関駅が物々しい雰囲気に包まれた映像を忘れる者はいない。しかし、その同じ年に、ドリカムが「LOVELOVE愛を叫んで」いたことを並べて記憶しておくことは難しい。青島幸男が「世界都市博覧会中止」という公約一本で民意をさらい都知事になった年を、建築家の隈研吾は「それ以降の日本を覆う『建築嫌い』の始まりとなった重要なポイントである」と指摘したし、Windows 95の発売に沸いたこの年、小室哲哉は雑誌『BART』のインタビューでマルチメディア戦略を激白し、では、そのマルチメディア戦略の目玉とは何だったのかと辿れば、「komuro.co.jp」のホームページ開設であった。

著者は書く。1995年はバブルから5、6年しか経っていない、一方、2013年から遡れば18年も前だ。しかし、「『1995年』はバブルの時期よりも現在に近い時代であるように思う。そして、現在の日本はその95年の延長線上に置かれている未来であるのは間違いない」。この「延長線上」の理由が様々な輪切りから引っ張り出される。自分が、『CDTV』の「どうぞ」に変わらなさを覚えるのと同様に、1995年に起きたあらゆる事象は、確かに今に続く同じ線の上にある。でも僕らは、その「線」を忘却する。オウム事件後、地下鉄のホームからゴミ箱が撤収され、今やホームの椅子までスケルトンになっていることに「オウム」を感じないように。だからこそ、「線」を知るために「面」を出す。つまり、ある象徴的な1年を用意して、その「面」に張り付いたものを細かく拾い上げていく。

“Tomorrow never knows”(直訳:明日は決して分からない)でMr.Childrenが<果てしない闇の向こうに><僕はゆくのさ 誰も知ることのない明日へ>とちょっぴりキザに前へ踏み出した1995年、岡本真夜は“TOMORROW”で、<明日は来るよ 君のために>とやたらポジティブに断言した。イチローが日産のCMで「変わらなきゃ」と言ったのも1995年。とにもかくにも、停滞していられなかった1995年。あの年に動き始めた明日は、まだ地続きにある。あの「面」からの、いくつもの「線」に気付かせてくれる本書。1995年は、歴史の向こう側でなく、分水嶺となってこちらに向かって流れてくる。

書籍情報
『1995』

2013年11月7日発売
著者:速水健朗
価格:798円(税込)
ページ数:224頁
発行:筑摩書房



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