坂本龍一ディレクション『札幌国際芸術祭 2014』が描き出す、北海道、そして世界が抱える諸問題

明治維新以降の人為的な都市計画によって実現した、快適な都市・サッポロシティ

札幌は年間を通して約1,300万人の観光客が訪れる一大観光都市である(平成24年度調べ)。碁盤の目状に区画整備された街並みは、初めての来訪者でも迷子になることはほとんどないだろう。「チ・カ・ホ」と呼ばれる札幌駅から南北に伸びる地下歩行空間を始め、地下施設が発達しているのは降雪量の多い北国ならではの特徴で、暑い夏でも寒い冬でもすいすい移動できる。札幌市内と郊外を結ぶタテヨコ2本の地下鉄も利便性に優れ、とても快適だ。暑さも人の数も締切も、なにもかもが過剰な東京を脱出して、今すぐ引っ越したい。もう原稿なんて知らない……。

松江泰治『JP-01 SPK』2014年 ©TAIJI MATSUE Courtesy of Taro Nasu
松江泰治『JP-01 SPK』2014年 ©TAIJI MATSUE Courtesy of Taro Nasu

しかし、この快適さは明治維新以降のきわめて人為的な都市計画によって実現したものだ。札幌はアイヌ語の「サッ・ポロ・ペッ」を語源にしている。「乾いた広大な川」を意味するこの名がなぜこの土地に与えられたかと言えば、市の南西に広がる山地から、ちょうど現在の札幌駅あたりまでが緩やかな扇状地になっており、そこから北西の石狩川までに湿原があったからだ。札幌駅より北は鮭が遡上する豊かな水源であったが、けっして人が定住するのに適しておらず、そのキワの部分にあたる札幌南部は、アイヌの人々にとって恵まれた居住地であった。だから明治維新以降に本格化した北海道開拓の中心地に札幌が選ばれたのは当然の選択だったのだ(もちろんその過程で和人=本州から来た日本人によるアイヌ排斥などが起きたのだが)。

2世紀ほど時間を巻き戻すだけで、異なる表情が見えてくるのが札幌という都市の興味深いところだ。「都市と自然」をテーマに掲げた『札幌国際芸術祭2014』(以下『SIAF2014』)は、こうした歴史を背景にして組み立てられている。

中谷芙二子『FOGSCAPE#47412』2014年 提供:創造都市さっぽろ・国際芸術祭実行委員会 photo:Keizo Kioku
中谷芙二子『FOGSCAPE#47412』2014年 提供:創造都市さっぽろ・国際芸術祭実行委員会 photo:Keizo Kioku

札幌中心部と郊外の移動を通して見えてくる、近代以降の北海道、そして世界が抱える諸問題

『越後妻有アートトリエンナーレ』『あいちトリエンナーレ』など、地方開催型国際展の多くがそうであるように、『SIAF2014』もかなり広い地域を開催エリアに設定している。チ・カ・ホ、地下道を利用した500m美術館、赤れんが庁舎、大通り公園西端の札幌市資料館、そこからやや北にある北海道立近代美術館などは札幌中心部に集中しているが、メイン会場の1つである札幌芸術の森美術館やモエレ沼公園は、それぞれ札幌からシャトルバスで30分程度の距離にある。効率的にすべてのポイントを廻ろうと思うならば、それなりに緻密なタイムスケジュールを組む必要があるだろう。それを「めんどくせえ!」と思うか否か。しかし、この移動を通じて得られる体験はじつは豊かで深い。

スーザン・フィリップス『カッコウの巣』2011年 提供:創造都市さっぽろ・国際芸術祭実行委員会 photo:Keizo Kioku
スーザン・フィリップス『カッコウの巣』2011年 提供:創造都市さっぽろ・国際芸術祭実行委員会 photo:Keizo Kioku

『SIAF2014』全体のテーマと同名の企画展示『都市と自然』は、札幌芸術の森美術館と、北海道立近代美術館の2館で構成されている。森深くに中世イングランド民謡を響かせるスーザン・フィリップスの『カッコウの巣』や、原色を組み合わせた抽象的な色彩構成がクールなカールステン・ニコライの新作『unicolor』が展示された前者は『SIAF』全体でも屈指のおすすめポイントだが、ここで示されている自然と都市の関わりは、「いかに世界を見るか?」という尺度を写真の平面性を通じて示す松江泰治の『JP-01 SPK』によって、後者の近代美術館へとリンクする。

それを受けて北海道立近代美術館では、閉山した夕張炭鉱遺構の痕跡をフロッタージュ(床面などに紙を押しつけ、その上から鉛筆や木炭をこすりつけ、凹凸を刷り出す手法)によって伝える岡部昌生の『YUBARI MATRIX 1992-2014』や、日本やヨーロッパの近代的思考をグロテスクなオブジェで批判した工藤哲巳の『前衛芸術家の魂』が、近代化の暗部を糾弾。そして展示の最後では、北海道大学で教鞭を執った中谷宇吉郎博士の雪の結晶の写真を紹介し、科学と自然の関わりという観点から再び芸術の森美術館へと戻っていく。札幌中心部と市郊外を往還する、この見えない動線は、「自然~都市~近代(化)~科学~……」というコンセプトをループさせる役割を果たし、近代以降の北海道、そして世界が抱える諸問題を指し示している。

岡部昌生『YUBARI MATRIX 1992-2014』2014年 作家蔵 オフィシャルサプライヤー:日本硝子北海道株式会社 提供:創造都市さっぽろ・国際芸術祭実行委員会 photo:Keizo Kioku
岡部昌生『YUBARI MATRIX 1992-2014』2014年 作家蔵 オフィシャルサプライヤー:日本硝子北海道株式会社 提供:創造都市さっぽろ・国際芸術祭実行委員会 photo:Keizo Kioku

都市中心部でタテヨコに交差する、社会にうねりをもたらすための実験の場

「都市と自然」が歴史に対するリファレンスであるとすれば、札幌中心部でタテヨコに交差するチ・カ・ホ特別展示『センシング・ストリームズ』と参加型プロジェクト『アート×ライフ』は、リファレンスに対する回答とも言えるだろう。

チ・カ・ホの温度や騒音といった諸データをドローイングに自動変換する菅野創 / yang02の『SEMI-SENSELESS DRAWING MODULES (SDM)』や、自作カヌーで石狩川から札幌市内へと遡上し、近代以前の川の流れと歴史を自ら体感しようとする山川冬樹の『River Run Practice』は、見えないもの、聴こえないものをテクノロジー&アートによって感知することをテーマとする『センシング・ストリームズ』を代表する作品と言えるだろう。

山川冬樹『リバー・ラン・プラクティス:石狩湾から札幌駅前通地下歩行空間へ遡上する』2014年 提供:創造都市さっぽろ・国際芸術祭実行委員会 photo:YOSHISATO KOMAKI
山川冬樹『リバー・ラン・プラクティス:石狩湾から札幌駅前通地下歩行空間へ遡上する』2014年 提供:創造都市さっぽろ・国際芸術祭実行委員会 photo:YOSHISATO KOMAKI

一方、大通り公園を中心にして東西に展開する『アート×ライフ』展には、深澤孝史の『とくいの銀行』や、『インターネットヤミ市4 in 札幌』(開催は8月3日のみ)が参加している。ダンスや肩もみなど各人の得意なスキルを預金として銀行に預け、それを他人が引き出して活用できる前者や、実体を持たないインターネット上のコンテンツや機能をなかば力ずくで具現化し、フリーマーケット形式で売買する後者は、そもそもかたちにしづらい技能や知識を新たな「財」としてとらえ、そのささやかな流通によってコミュニケーションの活性化を図ることを目的としている。

おそらく、ここでもっとも重要なのは作品ごとの個的な自立ではない。作品やアーティストが一種のカタリスト(触媒)となることで、社会に動的なうねりがもたらされる。そのための実験の場として、この2つの企画は定義されている。日々、多くの市民が行き来する交差路を俯瞰することができるならば、そこには多様なパルスの交信を見てとることができるだろう。人の波、経済活動、Wi-Fiなどの電磁波。そして、それこそ不可視・不可聴な人の心の振幅もそこでは活性化し、変化し続ける。

『札幌国際芸術祭』は、本当の意味でのポストモダン、もしくはオルタナティブなモダンを実現できるか?

こうして『SIAF2014』の主要な展示会場を見てくると、札幌中央部を活性化させる十字と、それに歴史的な裏付けを与える往還するタテ軸が現れるが、ここでさらに大きな円を付け加えたい。札幌市をぐるりと取り囲む緑地帯がそれだ。これは1982年に策定された緑化計画「環状グリーンベルト構想」によるもので、主要会場であるモエレ沼公園や札幌芸術の森美術館もこれに含まれている。

坂本龍一+真鍋大度『センシング・ストリームズ ー 不可視、不可聴』2014年 photo:Keizo Kioku 提供:創造都市さっぽろ・国際芸術祭実行委員会
坂本龍一+真鍋大度『センシング・ストリームズ ー 不可視、不可聴』2014年 photo:Keizo Kioku 提供:創造都市さっぽろ・国際芸術祭実行委員会

そもそも「グリーンベルト」とは、人口増加による市街地や住宅地の無秩序な増加をせき止めるための緩衝帯として企図されたもので、近代都市計画の祖と呼ばれるエベネザー・ハワードが19世紀末に提唱した。ハワードが述べたTown(都市)、Country(田園)、Town-Country(田園都市)による三位一体説(3つの磁石)は、農耕社会から工業社会への移行期において性急に実践され、世界各地にモダンな街並みを生み出したが、市民自身が自主運営する理想的なコミュニティーはほとんど現れなかったとされる。その意味でグリーンベルトとは、実現しえなかった理想の近代の残滓とも言える。

グリーンベルトの円周の内側に、歴史を具体化するタテ軸と、コミュニケーションを活性化する十字を刻むことで、『SIAF2014』は「都市と自然」を再考する。この試みは、近代を超克し、本当の意味でのポストモダンを実現できるだろうか。あるいは別のかたちのポストモダン(オルターモダン?)を見出すことができるだろうか。その真価と是非を今回の『SIAF2014』のみで判断することは性急すぎるだろう。

スボード・グプタ『ライン・オブ・コントロール(1)』2008年 Courtesy of the Artist and Arario Gallery 提供:創造都市さっぽろ・国際芸術祭実行委員会 photo:Keizo Kioku
スボード・グプタ『ライン・オブ・コントロール(1)』2008年 Courtesy of the Artist and Arario Gallery 提供:創造都市さっぽろ・国際芸術祭実行委員会 photo:Keizo Kioku

実際のところ、今回の『SIAF2014』には課題が山積している。同質の問題意識を共有しているにも関わらず、北海道とそれ以外の地域(主に東京)のアーティスト同士のあいだの交渉が、展示からはほとんど見えないこと。また北海道全域の歴史性を扱っているにもかかわらず、実際的に札幌以南のアート動向の紹介に終わっていること。北海道立近代美術館1階の作品(岡部昌生、工藤哲巳、スボード・グプタ、アンゼルム・キーファー)が、批判される対象としての近代を象徴しているようにしか見えず、チ・カ・ホや札幌市資料館でのプロジェクトが扱うアクチュアリティーから後退していること。

ゲストディレクター坂本龍一の病気療養による一部プログラムの変更や、大竹伸朗の出品取りやめ、野村萬斎らが出演する『能楽×アイヌ古式舞踊「北の大地を寿ぐ(ことほぐ)」の雨天中止などのニュースばかりが取り沙汰されていた印象があるが、会期後半に向けて『SIAF』の巻き返しを期待したい。まだまだ札幌には、汲み尽くすことのできない水脈が豊かに流れ続けているのだから。

イベント情報
『札幌国際芸術祭 2014』

2014年7月19日(土)~9月28日(日)
会場:
北海道 札幌市 北海道立近代美術館、札幌芸術の森美術館、札幌駅前通地下歩行空間(チ・カ・ホ)、北海道庁赤れんが庁舎、モエレ沼公園、札幌市資料館、札幌大通地下ギャラリー500m美術館ほか市内各会場
参加アーティスト・会場構成を行う建築家:
スボード・グプタ
畠山直哉
平川祐樹
アンゼルム・キーファー
工藤哲巳
栗林隆
松江泰治
三原聡一郎
宮永愛子
中谷芙二子
中谷宇吉郎
カールステン・ニコライ
岡部昌生
トマス・サラセーノ
砂澤ビッキ
高谷史郎
青木淳+丸田絢子
A.P.I.(Arctic Perspective Initiative)
アンティエ・グライエ=リパッティ(AGF)
ジョン・ビョンサム
菅野創 / yang02
毛利悠子
パク・ジョンソン
坂本龍一+真鍋大度
セミトランスペアレント・デザイン
進藤冬華
露口啓二
山川冬樹
伊福部昭
掛川源一郎
伊藤隆介
上遠野敏
高田洋三
武田浩志
坂本龍一+YCAM InterLab
島袋道浩
田島一成
シディ・ラルビ・シェルカウイ+ダミアン・ジャレ
COMMUNE
エキソニモ
深澤孝史
IDPW(アイパス)
YCAM InterLab+五十嵐淳
暮らしかた冒険家 池田秀紀・伊藤菜衣子
スーザン・フィリップス
坂東史樹
藤木正則
今村育子
神谷泰史
宮永亮
中島幸治
楢原武正
HIDEMI NISHIDA
鈴木悠哉
谷口顕一郎
土田俊介
山田良
イアン・ウィルソン
野村萬斎
観世清河寿
帯広カムイトウウポポ保存会
プロジェクトFUKUSHIMA



フィードバック 0

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

  • HOME
  • Art/Design
  • 坂本龍一ディレクション『札幌国際芸術祭 2014』が描き出す、北海道、そして世界が抱える諸問題

Special Feature

Habitable World──これからの「文化的な生活」

気候変動や環境破壊の進行によって、人間の暮らしや生態系が脅威に晒されているなか、これからの「文化的な生活」のあり方とはどういうものなのだろうか?
すでに行動している人々に学びながら、これからの暮らしを考える。

記事一覧へ

JOB

これからの企業を彩る9つのバッヂ認証システム

グリーンカンパニー

グリーンカンパニーについて
グリーンカンパニーについて